進取の新種

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2011 [2011年05月20日 04時30分]
ほぼ「通解」の「大全」前著を凌ぎ、「泰然」と姉妹編の体裁をなしたる本が「痛快」に登場。
  スペ大全  スペ大全 (1)
 
『田口護のスペシャルティコーヒー大全』 (田口護:著/NHK出版:刊)
 
 
【戦慄の強襲】
 
一読して私は慄然とした。これまでも焙煎論を軸にして容赦ない正言(?)をコーヒー業界に
浴びせてきた田口護氏であるが、SCAJ(日本スペシャルティコーヒー協会)の理事であり
副会長を現任する立場にして、「スペシャルティ」への妄信を一蹴する言説、常軌ではない。
 …国際審査員がお墨付きを与えたものだからと、むやみにありがたがる風潮に対しては、
 私なりに忸怩たる思いがないわけではない。そこにはコーヒーへの主体的な関わりが
 欠けているだけでなく、虎の威を借る何とかみたいに権威主義的なニオイが少なからず
 感じとれるからである。(本書「はじめに」)
のっけからコレである。SCAJの理事を現任するに同様であるコーヒー店主の鈴木誉志男氏
(サザコーヒー)・堀口俊英氏(珈琲工房ホリグチ)・丸山健太郎氏(丸山珈琲)らの旧著に
並んで、さらなる「スペシャルティ」礼賛の言質を巨匠・田口氏から取ろうと期待する下衆な
スペシャルティ信奉者は失意で頓死するかもしれない。呵呵、小気味好いことこの上なしだ。
 
ならば無闇に「スペシャルティ」を毛嫌いする否定派に味方する内容か、と疑えば見当違い。
 …スペシャルティコーヒーの焙煎はただ煎ればよい、というものでもない。豆の個性や
 キャラクターを引き出す焙煎でなくてはならないのだ。“キャラ”の立つ焙煎とはどんな
 ものか。いよいよ核心に迫っていく。(本書「第2章 技術編 スペシャルティコーヒーの焙煎」)
田口氏は全体の6割弱の紙面を割いて、スペシャルティコーヒーに対する極めて具体的な
焙煎論と抽出論を展開している。生産段階での特性ばかりに着目してきた他者らの旧著と
異なり、ここまで拡げつつ踏み込んだ「スペシャルティ」論は稀有の存在である。また同時に
ここまで拡げず踏み込まない浅見短慮な「スペシャルティ」否定派には顔色も様も無いのだ。
 
定義も実態も判然としないままに輓近は称呼の気合ばかり熱い「スペシャルティコーヒー」、
小林充=嶋中労氏&NHK出版での組合せ3冊目にして田口護氏が真正面から取り上げ、
コーヒー業界にはびこりがちな盲従も娼嫉も二項同時に強襲して切り捨てた本書は見事。
 
 
【機知と叡智】
 
一読して私は哄笑した。これまでも「ものづくりに求められるのは冷徹な実証性と論理性」
(前著『田口護の珈琲大全』「はじめに」)と断言してきた田口護氏であるが、ややもすれば
難解な「スペシャルティ」を説くに機知と茶目っ気に富んだ本書の言明、堪えられず面白い。
 …ゲイシャは「2ハゼのちょっと手前」と念仏のごとく唱え続けるのもどうかと思う。
 ひょっとすると、この「アグトロン#55信者」たちは、その先の焙煎度まで煎った経験が
 ないのではないか、などと勘繰りたくもなってしまう。
 (本書「第2章 技術編 スペシャルティコーヒーの焙煎 5.焙煎のストライクゾーン」)
「アグトロン#55信者」…言い得て妙の嘲謔である。他に、「キーワードは《ヌルヌル》」や
「全体にD方向へ半音ずつズレる感じ」など田口氏独特の表現にもニヤリとさせられる。
 
加えて本書が空前の価値を示しているのは、田口氏のブレーントラストである旦部幸博氏
(「百珈苑」主宰)の卓越した見解と氏による精緻な資料を鏤(ちりば)め掲げていることだ。
『田口護・旦部幸博の新版・珈琲大全』と改題して構わないほどに旦部氏が寄与している。
自説を強化する役割を越えて、実際には「スペシャルティ」のみに限定されずコーヒー全般
を追究するに有益なテクストを掲げる趣向、老残ならぬ田口氏の叡智といっては過言か?
 
 
【何か容喙(ようかい)?】
 
一読して私は憂惧した。本書の内側に強いて容喙すれば、「スペシャルティ」との整合に
苦慮している「システム珈琲学」の現状に対して私は二重に危惧の念を抱いたのである。
一つには田口護氏自身が本書内で度々触れている通りに、コモディティコーヒーでは概ね
通用したコーヒー豆分類「4タイプと焙煎度の相関」がスペシャルティコーヒーでは「見事に
裏切られる」という状況を素直に披瀝している点にある。これをして体系理論の陳腐化と
短兵急に断ずることは、(例えるならば、相対性理論・量子力学などの現代物理学を見て
ニュートン力学・解析力学などの古典力学を不要・無用と偏頗に決めつける誤りと同様に)
避けるべき浅慮である。だが強腰の著者が吐露した潔さ、愚鈍の者が責める口実になる。
 
他方で「冷徹な実証性と論理性」の整合に鑑みれば、本書今般での「システム珈琲学」は
充分に「スペシャルティ」にも奏効しているとは言い難い。コモディティコーヒーを2次元とし、
 スペシャルティコーヒーとなると、そこに「高さ」が加わり、一気に3D(3次元)の世界に
 入っていく。(本書「第2章 技術編 6.スペシャルティコーヒーの特性を生かす焙煎」)
という「イメージ」は時勢を反映した表現とも捉えられるが、やや牽強付会の感は免れない。
著者はより「理想的な焙煎のイメージ」を追うために、旦部氏の考案した物理化学的焙煎
モデル(焙煎ダイアグラム)の援用により推論を展開している。田口氏の推論と旦部氏
モデルとの合致を根底から疑うべき要素は特段無いが、(再び例えるならば、古典力学的
システム珈琲学がコモディティコーヒーを扱うスケールでは実態近似として充分に有効でも、
スペシャルティコーヒーをも包括して扱う統一場理論としては未だ仮想概念の段階という)
真の「大全」とするほどに揺るぎも隙も無い大統一理論(GUT)の提唱は前途に多望する。
 
 
【進取の新種】
 
『田口護のスペシャルティコーヒー大全』は進取の気性に富んだコーヒー本であり、百年
一日(?)の如く概要構成が変わらないコーヒー入門書の類とは一線を画する「新種」本
である。前著『田口護の珈琲大全』ですら遥かに凌ぐその視座の開明性は、田口護氏に
加えて旦部幸博氏と中川文彦氏(編集協力)が結集した成果を示しているものであろう。
そして「スペシャルティコーヒー・大全」の題を名乗りつつ、業界関係者や愛好者に向けて
スペシャルティコーヒーもコモディティコーヒーも(ハイコマーシャルコーヒーもサスティナブル
コーヒーも各種認証コーヒーも)全てを対象とした「スペシャルティ(特別な)・珈琲大全」
即ち『田口護の珈琲大全・特別編』として著された実質の意図を勝手に読み取り「痛快」。
 

  (※本書の内容に関しては、Tambe氏のブログ記事も参考にされたい)
コメント (19) /  トラックバック (0)

コメント

属すのは地球?人間?
世界 珈琲科学技術研究所 URL [2011年05月20日 10時12分] [編集]

豆は人間に対して、一律の方向性を備えている訳ではありません。
豆は自分たち(コーヒーの木)種族継続のために結実します。
それを忘れて、思い通りにすることは不可能です。
http://blogs.yahoo.co.jp/tatuya_kurosawa/40946114.html
http://blogs.yahoo.co.jp/tatuya_kurosawa/40946114.html

こんにちは
じょにぃ URL [2011年05月20日 12時48分]

帰山人さん。
はじめまして。
じょにぃと申します。
ねこや珈琲さんからお邪魔します。

今回の内容、早く書いてくれないかなと内心期待していました。

帰山人さんの考え方にはいつも共感したり考えさせられています。

私は頭が悪いのであまり難しいことは言えませんしお店を持っている訳ではあるませんが珈琲に関しては中立的な立場で関わっていければ良いかなと思っています。

日本人は新しいものが出ると古いものは全て論外だーとするところがありますよね。今まで散々使っておいて。

そうならないように気をつけていきたいと思っています。


これからも陰ながら拝見させて頂きます。

それでは失礼いたします。

to:世界珈琲科学技術研究所さん
帰山人 URL [2011年05月20日 15時33分]

掲げていただいたブログ記事を拝読しましたが、「起豆/眠豆」の認識が実感でも概念でも私には把握できませんでした。頂戴したコメントは「傲慢による見識の欠落」をご指摘いただいているのでしょうか?それは著者・田口氏に対して?それとも私・帰山人に対して?或いは両者ともでしょうか?
他の記事で「人は概念があるからこそ、人として生きていける訳であって…」と言われていましたが、コーヒーノキは概念がなくても結実します。「種族継続のために」結実する豆も(頼まれてもいないのに)世界中に人間の恣意で運ばれたモノばかりです。結局「思い通りにすることは不可能」かもしれませんが、「思い通りにすること」を断念するならばコーヒー1滴すら飲めないことになります。何かをどこまでか認識できれば恣意が事実となるワケではありません。それを忘れて、「理論」とは呼べないと考えます。

to:じょにぃさん
帰山人 URL [2011年05月20日 15時49分]

じょにいさん。ど~も
ようこそお越しくださいました^^
今回の記事、期待にお応えできたでしょうか?
(あ、ムリに共感しなくてケッコウです:笑)
ま、自己顕示はしたがるのに論争は嫌がるのも日本人の特性ですから、この本もこの記事も「論」から外れた非難は受けるでしょうねぇ~^^;;
あ、これからも「陰ながら拝見」などと言わずに
お気軽に寄っていってくださいましぃ~^^/

to2:世界珈琲科学技術研究所さん
帰山人 URL [2011年05月20日 22時49分]

誠に恐縮ですが、2度目に頂戴したコメントがあまりに長文でしたので(手元には控え残して)、表示割愛させていただきました。勝手ではありますが、この記事でとりあげた田口氏の著書もしくは私の見解に対して簡明直截にコメントをいただければ幸いです。ご寛恕ください。

No title
ナカガワ URL [2011年05月21日 01時30分]

闇の中から光に入って、光に入ってまた闇の中に入っていく。(埴谷雄高) 破壊と慈悲と混沌。(宮崎駿) そんなものでも、やはり知恵(プラジュニャ)と勇気(トゥルーグリット)とユーモアを持って、前向きにどこまでも歩んでいきたいものです。
個人的には、ソステヌート(サステナブル)より、92年に黒沼ユリ子さんが新聞に寄稿した「コロンブスの宿題」の中のモデラート(中庸)の方が好きです。
スフィンクスの謎かけみたいで、すいません。でも「飲むコーヒー」が大切だと、思います、わたしも。「飲まないコーヒー」の話なんて、わたしにはあまり大切に考えられません。

No title
teaR URL [2011年05月21日 10時16分] [編集]

こんにちは。とても興味深い本ですね。情報通ではない僕は、発売されていたことも知りませんでした。帰山人さんが、そこまで言う本、期待しちゃいます。まぁ正直、バッハは一番なじみのないコーヒー屋だったりするんですけどね。

to:ナカガワさん
帰山人 URL [2011年05月21日 14時26分]

カンタービレとはいかずに「だめアジタート」な評にしてスイマセン^^;
そうそう、「飲む」から乖離しなければ、シアトル系カフェももっとエスプレッシーヴォだろうに
サスティナブルというよりsustainedサステインドコーヒーと胸をはって言えるものならばソステヌートでも好いのですがネ
《余報》かってにリンク貼りました。

to:teaRさん
帰山人 URL [2011年05月21日 14時41分]

いや、発売されていたんじゃなくて当(まさ)に今から発売する本です。畏友仲間の仕立てた本なので推してるな、って言われればそれまでですが、内容はある程度予想できても切り口に関しては想像以上に挑発的で刺激に満ちた本になっています。バッハは「正しく凡庸な珈琲屋」ですが、その凡庸さの価値に目を背けて今のコーヒー界を論ずることはできなくなった…「凡庸さを嫌ってもマズイ珈琲屋じゃダメだろっ!」そういう喧嘩が売られているザマミロな本です。

No title
ナカガワ URL [2011年05月21日 20時19分]

余報、あらいやだ。「内緒」で「公開」なんですあれは。ホンの一部の人に役立てばいいなって具合です。検索の鋭い人に、変なコメント書いちゃったわね。あくまで「別人」ですので、よろしくお願いします。

No title
エスプリ URL [2011年05月21日 23時52分]

世界珈琲科学技術研究所さんのブログも拝見しましたが、妄想的概念を自ら構築して、自説に溺れ、思い通りにならない焙煎を、何かにこじ付けて、それを理論と自称する。よくいます、そんな人。
設計屋さんのブログや「カフェ&レストラン」の記事を読んで、一つの構想を実際に作り上げる実力や見識は歴然としています。田口さんも凄いですが、その取り巻きも凄いです。

to2:ナカガワさん
帰山人 URL [2011年05月22日 20時53分]

「別人」さん、今後とも差し障りがあればいつでもおっしゃってください。でも、その存在が役立つことは間違いない、と心得ているつもりです。

to:エスプリさん
帰山人 URL [2011年05月22日 23時18分]

ま、誰しも自説こそが正しいと思ってそれを理論と自称しますから…(笑)
水掛け論になるのはゴメンですから、記事に沿っての切り口に限定させていただきました。他所でならば何をどう言おうとよいことにしましょう^^;
>田口さんも凄いですが、その取り巻きも凄いです。
いや、(旦部氏、嶋中氏、中川氏を指すと解釈して)「取り巻き」というより限定的な「協力者」であると思いますよ。ご機嫌取りや利権目的の纏わりつきをしているとは思えませんから。むしろ旦部さんは(重要な特定分野に関して)田口さんの「センセイ」であります。ことコーヒーに関しては田口さんと真っ向勝負している方々、それを活用しちゃうところが田口さんの「実力」ではないかと…

No title
cocu-coffee URL [2011年05月23日 13時52分]

バッハさんは自家焙煎のコーヒー屋で偏った考えを持たず、きちっと商売として成り立たせ、なおかつ情報発信もできる数少ないコーヒー屋だと思います。(こう書くとバッハグループの人間みたいですが・・・)
わたしも正しく凡庸なコーヒー屋を目指してボチボチやっていきたいと思います。

to:cocu-coffeeさん
帰山人 URL [2011年05月23日 17時50分]

帰山人の「ああ言えBar交遊」?・・・まぁ田口さん自身は「偏った考えを持たず」と思っているでしょうねぇ^^;
・・・でも嶋中さんが指摘している通り、コーヒー世界に棲息する奇妙キテレツなおたく族をうならせるコーヒー屋は数少ない分だけ、これまた偏っているかも(笑)
http://rouroushimanaka.blogspot.com/2011/05/blog-post_22.html

No title
ナカガワ URL [2011年05月24日 02時58分]

「正しく凡庸なコーヒー屋」は、今でも毎日2~3リットルのコーヒーを飲んでいます。自家製のパンと一緒に飲み。自家製の焼き菓子と一緒に飲み。専用水筒と専用マグで飲み。30年来の古い常連客と一緒に飲み。マダムポワンのように若いスタッフのコーヒーを飲み。夏は涼やかに、冬は暖かに飲み。自らが最も良いお客様を実践しています。コーヒー屋としては凡庸かもしれませんが、こうしたお客様に好かれたら素晴らしいだろうな、という、なんというか、お客様としては非凡です。自らが「正しく非凡なお客様」モデルを実践しているので、それに憧れて見習うお客様が集います。

to3:ナカガワさん
帰山人 URL [2011年05月24日 17時27分]

凡庸と非凡、ホントはそれ自体どっちでもイイのです。
死馬の骨を買い先ず隗より始めよ…権威の豆を買い先ず怪より始めている方々にワカルかなぁ~。
昔、モカが丸焼けだった頃、コロンビアは生焼けだった。他の豆は片焼けで、店も客も胸焼けだった、わっかるかなぁ?わっかんねぇだろうなぁ~?わかんなきゃ大全を読みながらコーヒーをガバガバ飲め!

No title
浅野嘉之 URL [2011年05月31日 17時38分]

サスティナブルとかトレーサビリティとか
英語になっただけで
昔から田口さんがよくお話になられていた事
そうもう随分前から
ごく当たり前のように語られていた
そんなことを思い出しながら
読ましていただきました
『田口護のスペシャルティコーヒー大全』
田口さんの語られる例えばサスティナブルならサスティナブルで
巷に流布しているサスティナブルとはやはり重みがちがう
素直にそう感じました
あらためてその巨大さ
あ~あ

to:浅野嘉之さん
帰山人 URL [2011年05月31日 20時15分]

コモディティコーヒーに対するランク付け(No.いくつとかSHBとか…)は、コーヒーの世界だけで通用する身内の概念であるのに対して、サスティナビリティとかトレーサビリティとかは違う世界から導入された概念…つまり田口さんは「もう随分前から、ごく当たり前のように」コーヒー世界に拘泥しない範疇に視座があった、ともいえますね。ま、そうでなければスキューバダイビングの教導メソッドから『珈琲大全』の組み立てを考えるなんてことは考えられないですよね。スゴイ奴ですよ田口オヤジは…(笑)

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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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