コーヒー・ポルノ

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:日本珈琲狂会 [2011年05月08日 06時00分]
CLCJ推薦図書 その5
『JAMJAM日記』 殿山泰司:著
 
 
《よい映画批評を読むと、なんとしてもそこで採り上げられている映画を見に行きたくなる。そんな本をつくりたいと思った。ページを追っていくうちに、自然にコーヒーが欲しくなるような。編者としては、かなり自信の持てる内容になったと満足しているが、どうだろうか…》、と清水哲男は『日本の名随筆 別巻3 珈琲』(作品社:刊)のあとがきで記している。コーヒーに関連した達文の編修は確か、点睛を欠くとすれば「三文役者」がいないことか、《ページを追っていくうちに、自然にコーヒーが欲しくなる》といえば殿山泰司の漫録である。
 
 
【聴いて読んで観て飲む役者】
 
『JAMJAM日記』は、太秦に映画村が開設された1975年11月より、女優の田中絹代が死亡した1977年3月まで、著者が役者稼業の傍らで、ジャズを聴いて、ミステリーを読んで、映画を観て、コーヒーを飲む日々が延々と綴られている。殿山泰司は、鎌倉の「偉大なる女房」近藤あき子とは別に、「側近」井端すず江と赤坂のアパートで後半生を暮らし終えた。「側近」が老舗喫茶〈フランソワ〉の女給であった昔、著者の飲んだコーヒーの味は如何か? 「三条寺町通りの〈スマート〉でコーヒーを飲む。京都では〈イノダ〉もだけどこの店のコーヒーもうまい」と言いながら、日に2度行った〈きく亭〉については「ここはコーヒーを問題にするよりもオレたちの溜り場である」とも述べ、実に融通無碍。『JAMJAM日記』の殿山泰司は、東京で京都で地方のロケ先で、自宅で専門店でジャズ喫茶で食堂で、時と場所を選ばず状況と店を選んでコーヒーを飲み続け、その愛好を超えた無為自然の姿は比類を見ない。
 
 
【コーヒー異変を察知していた?】
 
『JAMJAM日記』1976年2月某日の日記に、著者の何気無くも(?)重大な発言がある。
 《東銀座のワーナーの試写室でシドニー・ルメット監督の「狼たちの午後」を見る。
  (略)帰りに〈蘭〉でブラジルをのむ。去年の夏ごろ、東京でのんでも関西方面
  でのんでもブラジルがひどくうまかったな。コーヒーの豆というのは一体どうなっ
  ているのだ。》
1975年7月17日から19日にかけてパナマ州を中心にブラジルのコーヒー主要産地を霜害が襲った。「黒い霜」と呼ばれた大霜害は、ブラジルのコーヒー木の半数以上を枯らし、霜害前の4月ニューヨーク市場で1ポンド当り45セントだったコーヒー価格は高騰を続け、2年後1977年4月には当時の市場最高値336セントを記録した。生産壊滅と価格急騰は、日本のコーヒー市場にも不安を与えてコーヒーの質も低下させ薄く抽出する状況を招いた。著者の発言は「このごろ、東京でも関西方面でもブラジルがひどくまずくなったな」とでも言うべきところを裏返しに表現したものと考えられ、コーヒーの世界的大異変を舌だけで言い当てた感想と捉えられる。コーヒーを飲み続けた愛好家の底力には畏れ入るばかり。
 
 
【コーヒー愛好のオーネット・コールマン】
 
《『DUG』を作った(昭和42年)のも(略)ジャズを肴に気楽に飲みながらおしゃべりができるような、ラフな空間が欲しかったから。(略)’70年代を通じてジャズ喫茶は下火になってきてしまった。(略)一番の理由は客のジャズ喫茶に対する意識が変わってしまったということだ。》と中平穂積は語っている(『月刊喫茶店経営別冊 blendブレンド―No.2』)。殿山泰司が『JAMJAM日記』の中で〈DUG〉にも通っている頃、高度経済成長期を経て日本の社会全体に隆盛と斜陽の不協和音が響き始めていた。それはジャズ・ミステリー・映画そして喫茶の業界にも及んでいたのであるが、著者は盛衰に呑み込まれることなく、自宅の万年床の中でもジャズを聴きミステリーを読み手ずから淹れたコーヒーを飲んだ。《殿山さんは日本のエッセイ文体史におけるオーネット・コールマンだということになる》と山下洋輔は述べている(角川文庫版解説)が、既成概念に縛られないフリーとJAM(閃き)を求め続けた著者の人生、コーヒー愛好の生活においてもオーネット・コールマンである。
 
 
殿山泰司は生来のヒーコー人間だから、「ヒーコーとは何ぞや」なんて考えたこともねえ──ウーン!「ヒーコーとは何ぞや」なんて阿呆らしいこと考えるなッてんだッ馬鹿!! ヒーコーなんてのは、それをフウフウとのんでるときだけがヒーコーである。虚業ではないからだ。コーヒー屋なんてのは虚業だから、その仕事をしていないときもコーヒー屋である。わかりますか? オレがいうんだから間違いはねえ。ヒーコーもだけど、この本がキイキイクラクラハフハフとイケルのよアナタ、ヒヒヒヒ、どうするウ? 『JAMJAM日記』はいわばハード・ポルノなコーヒー本であります。無責任に推薦するなッ!! キャンキャン!
 
 
(注:推薦は主宰・帰山人の独断による。他の会員に罪は無い)
 
コメント (4) /  トラックバック (0)

コメント

No title
ナカガワ URL [2011年05月09日 20時57分]

素晴らしい!!海野弘とみうらじゅんを足したような幻惑的書評でらっしゃる。そのうち田中康夫の日記も風評してください。

to:ナカガワさん
帰山人 URL [2011年05月10日 17時07分]

田中ヤッシー康夫チェンチェイは如何なる智性と温性の持ち主なのか、今まで以上に潜在的な力として勘性をはぐくみ、しなやかな勇気と自信を抱けるようになってから、見事に照射してみたいと考えます。やれんのう。

No title
チッチョ URL [2011年05月12日 20時36分] [編集]

>「側近」が老舗喫茶〈フランソワ〉の女給であった

えっ!そうだったのですか!
葬儀では、偉大なる女房と側近が仲良く見送ったそうですが。
殿山泰司は人徳(女徳って言葉はあるのですが男徳はないんですよねw)があったのか、憎みきれないろくでなしだったのか。好きな俳優さんでしたが、プライベートも楽しそうですね。

to:チッチョさん
帰山人 URL [2011年05月12日 21時27分]

泰(タイ)チャンの側近話は、新藤兼人氏の評伝『三文役者の死―正伝殿山泰司』あるいは氏が撮った映画『三文役者』にも登場いたします。
タイチャン…私も好きな俳優です、というより好きな日本の俳優No.1であります。人生そうなれないけれどマネて生きたい憧れの人物でもあります^^/

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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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