1992年の文化遺産

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:回顧編 [2011年05月01日 01時00分]
「ジュリアナ東京」が開店して丸1年が過ぎた日の朝、『心理療法序説』(河合隼雄:著)を新幹線の車中で読みながら私は神戸に向かう…「国際社会におけるコーヒー飲用文化」をテーマとした3日間の国際会議に参加するために。前年末にUSSR(ソビエト連邦)が瓦解し、日本のバブル景気も終息が見え始めた頃、1992(平成4)年5月15日のことであった。
 
 国際コーヒー文化会議 (1)  国際コーヒー文化会議 (2)  国際コーヒー文化会議
「国際コーヒー文化会議」は、神戸ポートアイランドのUCC上島珈琲株式会社(本社ビル3階大会議室)で開催された。隣設したUCCコーヒー博物館の開館(1987年10月1日)5周年記念と、会場であるUCC神戸新本社ビル完成披露とに事寄せた史上初の大規模催事だ。(会期中の講演内容は後に『コーヒーという文化―国際コーヒー文化会議からの報告―』という本にまとめられている。以下は会期中に取った私の講評メモ抜粋、敬称は略す。)
 
 
【第1日:1992年5月15日】
 
病老を押して挨拶に立った上島忠雄氏(当時UCC会長:故)、祝辞というより執心の吐露。
 
◎木村隆吉 「戦後日本のコーヒー飲用」
 ⇒消費(需要)側のコーヒー受容のモチベーションに関する説明が薄い。
   流通(供給)側からの計数ばかりでは、飲用の文化論は成立しない。
 
◎高田公理 「缶コーヒー文化論」
 ⇒「缶」という形状・形態・材質・機能による缶コーヒーの影響分析が欲しい。
 
◎小松左京「日本の喫茶店文化の変遷」
 ⇒役所・郵便局・公園など公共的施設に喫茶店を作る提言は興味深い。
 
◎Bekele Engida 「エチオピアのコーヒーセレモニー」
 ⇒セレモニーが精神病の治療としても機能するらしい、文化的依存症候群に
   心理療法の場としてコーヒーセレモニーが関わっているのか?興味深い。
 
 
【第2日:1992年5月16日】
 
◎Peter Langhammer 「ウィーンのコーヒーハウスの始まり」
 ⇒チップ制がヨーロッパのカフェ経営の重要な要素(byにしむら珈琲:川瀬)
 
◎吉永陽三 「有田焼とマイセン焼」
 ⇒他所の陶石・陶土と混ぜる必要がないことが有田焼の磁器焼成先行理由…
   ナルホド。但、現在の有田焼は天草陶石を使用している…ナルホド。
   
◎Ian Bersten 「コーヒー抽出器具の発達史」
 ⇒浅く煎り薄く淹れるアメリカンコーヒーを決定付けたのがパーコレーター?
   アメリカにおけるパーコレーターの普及時期が重要な課題となる。
 
◎Daniela U. Ball 「コーヒーポットの変遷」
 ⇒トルコでのコーヒーカップの大きさに関して、BerstenとBallが激しく論争。
 
◎Keble A. Munn 「ブルーマウンテンコーヒー飲用の普及」
 ⇒Q:ブルマンの樽詰出荷はいつから何故? A:いつからか不明。船荷に適?
 
◎Alexandre F. Beltrao 「コーヒー飲用の文化的考察」
 ⇒クォータ制復活と機構の再編を目指すのは好いが早く、無駄無理になる。
 
 
【第3日:1992年5月17日】
 
◎石毛直道 「日本の茶とコーヒーの重層構造」
 ⇒スパイスでもミックスは七味だけの日本ではブレンドという概念が希薄…
 
◎Hernan Uribe Arango 「コロンビアコーヒー」
 ⇒Q:改良品種のフレーバー低下していないか? A:低下なし。品種より地域差。
 
◎Timothy J. Castle 「アメリカにおけるコーヒーの飲用」
 ⇒スペシャルティコーヒーの定義に特に定めはない。一つの目安は豆で販売。
 
 国際コーヒー文化会議 (3)  国際コーヒー文化会議 (4)  国際コーヒー文化会議 (5)
座長(コーディネーター)役の木村治美氏は「私はコーヒーについては全くの素人」を連発、ゲストスピーカーの専門的な説明を陳腐化し感覚で捉えて俗化する妨害進行に辟易する。参加登録費30,000円を払い安宿に連泊して3日全参加した素人研究家(私)は立腹、2日目は「にしむら珈琲店」(本店)で、3日目は「萩原珈琲」(珈琲倶楽部)で、癒される。
 
閉会後にUCCコーヒー博物館を見学、戯れでコーヒークイズに挑戦すれば偶然か当然か全問正解のサイレンが鳴り響き(当時の仕様)、気恥ずかしくも景品コーヒーカップを受く。会場を離れ、南京街の「老祥記」に行って豚まん40個を購入したが、帰途の新幹線内で八角弁当を平らげた後に、土産の豚まん半量を胃に入れてしまう毎度の失態を演じた。
 
「国際コーヒー文化会議」は、協賛名目のUCC上島珈琲が実質の主催者であり、完成した新本社ビルと同時に創業者・忠雄氏から長男・達司氏への承継体制を披露する機会として画策されたものであったと思われる。だが、これを謗り蔑むべき口実は日本のコーヒー業界には与えられない。意図がいかなるものであれ、これほど内容の充実したコーヒー関連の文化催事が行われたことはその後の日本で(現在に至るまで)無い、恥ずべき実態である。会期中に発表された「神戸 コーヒー宣言」の主旨、「国際コーヒー年」の設定も雲散霧消だ。1992年の「国際コーヒー文化会議」と「神戸 コーヒー宣言」は珈琲「文化遺産」となった。
 
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コメント

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ナカガワ URL [2011年05月03日 14時28分]

執心の吐露----大切。
消費(需要)側のコーヒー受容のモチベーションに関する説明が薄い。流通(供給)側からの計数ばかりでは、飲用の文化論は成立しない。----今も変わらずごめんなさい。むしろ、流通側からの飲用の文化論ばかり増強してるみたい。
公共的施設に喫茶店----増えたような気もしますが、誤解も増強されているような、気がします。
地震酔いにコーヒーの時が効くらしいというデマかしら。
チップ制----クレジットカード時代に入って変化かしら。私は、サービスが気に入らないと払いませんが、最近は最低15%ですよ、みたいな店も。おいおい。
マイセンには「錬金術師」がいたのです(偏見)。
浅く煎り薄く淹れる----日本での普及は誰がいつどこで?
激しく論争----はこの程度のテーマがよいです。
ブレンドという概念----日本茶はどうしているのでしょうねえ。
「私はコーヒーについては全くの素人」----だったら断りなさい、こんな人多いです。イグノーベル先生とか、生豆を煮出して混ぜて飲めという先生とか。

to:ナカガワさん
帰山人 URL [2011年05月04日 12時58分]

ゲッ、19年も前の私のメモにツッコミいれるとは!(笑)
今この催事が開かれていたならば私のメモだって…
「>今も変わらずごめんなさい」(笑)
ま、大きく変わったといえば…「豆で売っているコーヒーはスペシャルティ」っていう概念かなぁ…ん?定義じゃなくて実態で捉えてみると…あ!
「>今も変わらずごめんなさい」(笑)

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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
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