船は謎を載せて 2

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2011 [2011年02月17日 06時00分]
1890年に来日し遭難したトルコ(オスマン帝国)船エルトゥールル号の海中遺品の中から発見されたコーヒーミル(「船は謎を載せて」参照)に関する続報が今2011年2月に発表された。
 ertugrul-mill.jpg
 
 《…調査団は8日、同町串本のエ号リサーチセンターで、同町での今年の保存
  処理作業が終了したと報告した。団長でトルコ人海洋考古学者のトゥファン・
  トゥランルさん(58)は「昨年の調査で発見し、今回保存処理をしたコーヒーミ
  ルは世界中の人々の興味を引いた」と話した。2012年に串本町内で予定し
  ている遺品の巡回展に展示したいという。 …コーヒーミルは2010年の発掘
  調査で、海中の洞窟内にあった重さ50キロの塊の中から発見された。保存
  処理を始めた当初は陶器や木材などが付着していたが、歯の治療用の電動
  器具やナイフ、ハンマーを使って付着物を切り離したところ、鉄製の箱の前
  面に楕円形のメダルが付いていた。メダルの標記から、このコーヒーミルが
  1878年のパリ国際博覧会で銀賞を受賞した、英国のT&Cクラーク社製の
  ものであることが分かった…》
  (2月9日:紀伊民報)
 
 《…昨年2月、海底洞窟から引き揚げられた約50キログラムの凝固物の中か
  ら発見された高さ約30センチのコーヒーミルは、「英国T&Cクラーク社製
  No.4」とわかった。このミルは1878年、フランス・パリで開催された国際博
  覧会に出品、銀賞を受賞していた。 …遺品の巡回展示会は今年10月に大
  阪市住之江区の市立海洋博物館、来年は和歌山市、串本町でも行う予定。
  コーヒーミルも保存、復旧作業が終われば展示する方向という。》
  (2月17日:朝日新聞)
 
 s-TC Clark-Mill
コーヒーミルの製造元と比定されたT&C Clark社は、1795年にThomasとCharlesによって設立され、イングランド中部の都市ウォルヴァーハンプトンで最大級の鋳鉄工場となった企業である。手挽きコーヒーミルの老舗といえば、日本ではZassenhaus(ザッセンハウス)やPeugeot(プジョー)やSpong(スポング)などが著名であるが、PeDe(ペデ)・Armin Trosser(アーミントロッサー)・Elma(エルマ)・Steinfeld(スタインフィールド)・Logan and Stonebridge(ローガンアンドストーンブリッジ)・Arcade(アーケード)・Wilmot Castle(ウィルモットキャッスル)などに並んで、Kenrick(ケンリック)なども古いコーヒーミルのコレクターから注視されている製造元である。T&C Clark社の製品も、そうした蒐集家の対象にはなっているが、そのほぼ全ては外見上Kenrick(ケンリック)社デザインを模倣したコーヒーミルであり独自性は薄い。それでも19世紀後半から20世紀初頭にかけて、イギリス市場でコーヒーミルの普及品として知名であり、存在を無視することはできない製造元である。
 s-Kenrick-mill.jpg  s-Kenrick-Mill medal
 
発見されたT&Cクラーク社製のミルは、「ジャポニズム」が最高潮に達したパリ万国博覧会開催の1878年以降、エルトゥールル号が座礁し沈没した1890年以前の間に製造されたもの、と推定される。コーヒーミルの出自が明らかになったことは、トルコ(オスマン帝国)船がもたらした日本との交流話にコーヒー話が加わるに胸躍る思いもするが、なぜこのミルが船にあったのかという私にとっての「謎」は解明されない。願わくば、復旧され展示されたコーヒーミルを目の当たりにする際には、「謎」の解明に進展がありたいものだ。
 
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コメント

エルトゥールル号珈琲ミル
口自生 URL [2011年02月18日 13時38分]

帰山人 様
 エルトゥールル号発掘調査により引き揚げられた珈琲ミルについての疑問について、発掘団代表のトゥファン・トゥランル氏に対し、あなたのブログを紹介し、ミルについてのあなたの疑問を照会したところ、下記のような回答が来ましたので、お知らせいたします。

Thank you for leading me to Kisanjin's blog; very interesting. Regarding the presence of the coffee mill on Ertugrul, it really does not strike me as 'mystery'. In fact, it is very natural; coffee drinking has traditionally been very popular in Turkey, perhaps even more so in Ottoman times.
I personally think the mill was in use on the ship, probably to have the officers of Ertugrul have fresh coffee whenever they wish.
Coffee is a common beverage on all sea vessels. There are usually long watches and many sailors revert to coffee to stay awake.
Therefore finding coffee mill on Ertugrul is not a surprise for me.
I hope above information helps.

 串本で遺品巡回展開催の折には是非おいでください。

to:口自生さん
帰山人 URL [2011年02月18日 21時15分]

ありがとうございます。まず、串本町で日本トルコ友好関連事業の統括をされている濱口さんが拙愚のブログ記事に目を留めていただいたことに感謝申し上げます。加えて、発掘団代表トゥランル氏にご照会いただき、深謝いたします。
トゥランル氏の回答通り、私も「エルトゥールル号にコーヒーミルが載っていた」こと自体には驚いてはいません。私の疑問は、(1)オスマン帝国船で飲用されたコーヒーはターキッシュ(トルコ)コーヒーであろう、(2)発見されたコーヒーミルはトルココーヒー用の微粉に挽くには不向きなものであろう、という2つの前提の上に立っています。(1)あるいは(2)のいずれかが間違っていれば、特段に「謎」ではないのですが(笑)。少なくとも現代においては、(発見されたミルと同様の)木製箱型のミル内部に備えられている(豆を粉に挽く刃の)構造では、本来のトルココーヒーにする極微粉が挽けない、トルココーヒーにはトルココーヒー用の極微粉にコーヒー豆が挽ける構造のミル(外見は真鍮製で円筒型のもの)が相応しい、といわれています。120余年前はどうであったのか?あのT&Cクラーク社製ミルでも極微粉は挽けるのか?それともエルトゥールル号で飲まれていたコーヒー自体がトルココーヒーではなかったのか?この矛盾を「謎」としたのです。19世紀末のオスマン帝国船内に「イギリス製の」コーヒーミルがあったことを疑問に思ったわけです。
瑣末な点まで解明したくなるのは、珈琲狂ゆえの悪い癖です(笑)が、ここが解明できれば当時のコーヒー飲用における器具・抽出方法の地域間の差異や交流までわかるかもしれません。そういう意味でも貴重な発見をしていただいた、と胸躍る思いでいます。
串本での遺品巡回展にはぜひとも伺いたいと思っています。今後ともよろしくお願いいたします。

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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
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