船は謎を載せて

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2011 [2011年01月25日 06時00分]
今2011年は「日独交流150周年」記念年であるが、昨2010年は「トルコにおける日本年」であった。前者は幕末期1860年にプロイセン(ドイツ)使節団が、後者は30年後の明治期1890年にオスマン帝国(トルコ)使節団が、同じような大きさと構造の船(3檣機帆装フリゲイト)で来航したことから始まった交流である。そして、プロイセン船に劣らずオスマン帝国船にもまた、謎深きコーヒー話が…
 
 Ertu#287;rul
1887年日本国陸軍中将小松宮彰仁は、ヨーロッパ諸国視察の途次にオスマン帝国を訪れ、明治天皇睦仁の差遣としてアブデュルハミト2世に謁見、親書と大勲位を贈った。この答礼としてオスマン帝国はトルコ人・アラブ人・クルド人・アルバニア人・ボスニア人などからなる約600名の訪日使節団を送り出した。使節団は1889年7月に機帆装フリゲイト「エルトゥールル号」でイスタンブルを出港、スエズ・アデン・ボンベイ・コロンボ・シンガポール・サイゴン・香港・福州・長崎と寄港し、11ヵ月弱を要して翌1890年6月に横浜港に投錨、到着した。明治天皇睦仁にオスマン帝国の親書と最高勲章を贈る使命を果たした使節団は、台風接近をおして横浜から「エルトゥールル号」で出航、同年9月16日紀伊半島の樫野崎灯台近くの岩礁で座礁沈没した。この遭難で海軍少将オスマン・パシャ団長以下約550名が死亡、救助された69名の生存者は神戸に移されて療養の後、日本海軍機帆装コルベット「金剛」「比叡」の2隻で同年10月11日に神戸を出港、翌1891年1月2日にイスタンブールへ入港してオスマン帝国に送還された。
 
 Ertu#287;rul coffee mill
「エルトゥールル号遺品海洋発掘調査プロジェクト」は、トルコ海洋考古学研究所とYapı Kredi Emeklilik社との主導により2006年12月に開始された調査事業。2011年1月12日、調査団は、昨年引き揚げた凝固物(高さ約25cm・幅約50cm・奥行約30cm)の中から、「コーヒーミル」が見つかったと発表した。引き揚げた当初はコーヒーミルと判別できず、金属製皿状の物体(直径約12cm)は蒸気機関の一部などとも誤認されたが、昨2010年5月に鑑定依頼先のUSAテキサス州の研究機関より「コーヒーミルの一部(ホッパー)」との結果が伝えられた。その後も復元保存処理を進め、約14cm四方の箱形の本体台座部やハンドル部分も見つかり、保存処理主任Berta Lledo(ベルタ・リエゾ)氏らにより、形やサイズを示す数字の「4」などからイギリス製のコーヒーミルと確認できた、と発表された。調査団長Tufan Turanli(トゥファン・トゥランル)氏は、「遺品が世界的に有名なトルココーヒーのミルだと分かり興奮している。エ号司令官のオスマン・パシャたちが事故に遭うまでの航海でコーヒーを楽しんでいたのだろう」と話した。(以上「コーヒーミル発見」については新聞各社など複数の報道をまとめている)
 
発見された手挽きのコーヒーミルが、トルコ(ターキッシュ)式といわれる金属製の円筒形筐体ではなく、イギリス製で現代日本人にも馴染みある箱型の木製筐体であること、「謎」と言わざるを得ない。ミルの形状のみならず、トルココーヒーは煮出した液を漉さずに供するため、コーヒー豆を微粉状(極細)に挽く構造が特徴(筐体形状はトルコ様でも微粉状より粗く挽く構造のいわゆる「ベートーベンミル」のようなものはあるが、逆に箱型筐体ミルで内部がトルコ式構造は考え難い)。トゥランル団長の推論通りにエルトゥールル号乗組員が船上でコーヒーを喫する為の道具として持参した品であれば、オスマン帝国船は船上ではトルココーヒーを飲まなかったのであろうか? 民族混成による使節団の中には、当時のヨーロッパ式抽出法でコーヒーを飲む者がいたのであろうか? それとも発見されたコーヒーミルは乗組員の所持品ではなくて、贈答品や土産品の類だったのであろうか? だとしても誰が誰に贈るつもりでオスマン帝国とは異文化の品を載せていたのか? (この点は凝固物に付着しているコーヒーカップの出自や分類が解明されれば判明するか?)
 
ドイツ(プロイセン)船がもたらした日本との交流起点に意外なコーヒー話が絡んでいたことは新たな発見であったが、トルコ(オスマン帝国)船がもたらした日本との交流起点では、載っていたコーヒーミルがイギリス製(とおぼしき)品という深き「謎」が隠れていた。120年余前に異国の船が載せてきた「」、真実を解明したい。
 
コメント (2) /  トラックバック (0)

コメント

No title
1974river URL [2011年01月27日 14時18分]

かなりずれますが、
アンティキティラ島の沈没船から見つかった歯車式機械に
ちょっと似ているなと思いました。
(沈没船から加工品が引き上げられたところだけ)
アーサー・C・クラークも夢中になったような壮大な謎が
ありますようにと願いつつ、はたして帰山人さんの執筆は…

to:1974riverさん
帰山人 URL [2011年01月27日 18時43分]

エルトゥールル・ミルがアンティキティラ・マシンに似ている…
うーむ、トルコとギリシャの歴史的関係を考えるとヤバイ対比かも(笑)
 
似ていると言えば、エルトゥールル遭難から約280年遡って、
江戸時代初期1609年のサンフランシスコ号漂着事件
(で2009年は日本メキシコ交流400周年だったワケ)。
ここを掘ると、スペイン帝国副王領との交流に乗ってカカオ飲料が、
日本に伝来した可能性があるが果たして?という「謎」があります。
やはり外来の船は嗜好飲料の「謎」を載せてやってくるのかな?
それが壮大か、私に解けるか、は別としても(笑)…

この記事にコメントする

トラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://kisanjin.blog73.fc2.com/tb.php/311-a88d6591
編集

kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

07 ≪│2017/08│≫ 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
Powered by / © Copyright 帰山人の珈琲漫考 all rights reserved. / Template by IkemenHaizin