たかだか100年、続けるために

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2010 [2010年12月23日 23時00分]
コーヒー関連では悪書駄本が氾濫した2010年も嘆息して暮れようところに、感興をそそられ、まさに一陽来復を思わせる歳暮の新刊が私の手元に届いた。
  カフェ100年
 
『カフェを100年、続けるために』 (田口護:著/旭屋出版:刊)
 
月刊誌『カフェ&レストラン』連載記事を加筆・修正してまとめられた本書であるが、連載時の「素晴らしき哉、カフェ経営」では無く、「カフェを100年、続けるために」と題したのは何故なのだろうか? 放逸な想念が浮かんでくる。
 
 
【「100分の40」では無い…と読む】
 
自家焙煎珈琲屋バッハ(カフェ・バッハ)の歩みは、1968(昭和43)年に既存の大衆食堂「下総屋」を喫茶店に業態変更した「SHIMOFUSAYA」を創始とする。その3年後に文子夫人と結婚して喫茶業界に登場した著者・田口護氏からみれば、「私がカフェ・バッハを始めて、40年がたちました」(本書プロローグ)となるのだ。それだからといって本書が、業界で先乗りした関口一郎氏の『銀座で珈琲50年』(いなほ書房:刊/2000年)に張り合って「山谷で珈琲40年」を記しているのか?と観れば、それは否である(タイトル付けに関口本を意識した可能性はあるが:笑)。
 
1979年刊の『コーヒー実用ハンドブック』(柴田書店:刊)で執筆者に起用された田口護氏の稿「自家焙煎への道」、ここで語られる視点と骨子は本書の部分と変らない。つまり本書は、山谷で「珈琲40年」の歩みを背後に顧みて「カフェを100年、続け」たいと言っている回顧本でもなければ、老耄した繰言でもない、(畏るべきことに)氏は自らのカフェ始原より既に「カフェを100年、続ける」つもりだった…と読む。
 
 
【「バッハを100年」では無い…と読む】
 
本書では「カフェ・バッハと共に歩む仲間たち」と称していわゆるバッハグループの店が紹介されている。それをして「カフェ・バッハを100年、続けるために」とは題していないのか?「グループ店を(増やしながら)100年、続けるために」記されたのか?と観れば、それは否である(グループ宣伝を意識した可能性はあるが:笑)。
 
本書で紹介されている豊島区生活産業プラザにある「カフェふれあい」とは別に、カフェ・バッハが地元の台東区で支援してきた「Cafe香逢(シャンホウ)」という障害者が運営する店がある(台東区生涯学習センター内)。香逢のブログ記事曰く、
 《三周年目に、バッハの皆さんに祝っていただきました。その時にマスター
  からいただいた言葉が「自分達のお店を過少評価してはいけない。これ
  からさきバッハは無くなっても、君達のお店は残らなくてはいけない。」》
つまり本書は、「山谷で」珈琲40年の歩みを周囲に喧伝し「バッハを100年、続け」たいと言っている野望本でもなければ、下世話な顕示でもない、(畏るべきことに)氏は自らの存亡のみに固執せず「カフェを100年、続ける」つもりである…と読む。
 
 
【たかだか100年、続けるために…と読む】
 
《エドショーのコーヒー、いやそれ以上のコーヒーを自分で作ってみたい……私のすべての出発点はここにあった》(田口護『田口護の珈琲大全』 NHK出版:刊)。1924年にドイツのブレーメンでEduard Schopfが創業したその‘Eduscho’も、同国の後発大手‘Tchibo’(チボー:1949年創業)に1997年に吸収合併され、そのコーヒーも業態も100年は継続されていないという悲愴にして皮相な存在だ。
 
「バッハがめざすのは、たとえばフランスはパリのサンジェルマン・デ・プレにある、あの有名な『カフェ・ドゥ・マゴ』のような店だ」(嶋中労『コーヒーに憑かれた男たち』 中央公論新社:刊)。嶋中氏が触れた‘Les Deux Magots’は1812年に絹織物を商う店として誕生、現在の地にカフェとして開業したのは1885年、経営者の異動を別とすればカフェ形態の歴史は120年余続いている。同じくパリには‘Le Procope’(ル・プロコープ:1686年創業)もあるが既にカフェとは呼べない業態となっていて、カフェとして開業した経営が受け継がれた店は少ない。他にもイタリアの老舗カフェに目を移せば、ヴェネチアの‘Caffè Florian’(カッフェ・フローリアン:1720年創業)やローマの‘Antico Caffè Greco’(アンティコ・カッフェ・グレコ:1760年創業)など250年以上の歴史を持つ店も現存する(正真のカフェなのか?は課題であるが…)。
 
汎世界的に観ても「カフェを100年、続ける」ことは容易ではないのかもしれないが、こと日本国内においては「カフェー」始原の明治末期から約100年しか経ておらず、歴史的にみて「カフェを100年、続ける」機会は未来にしか存在しないのである。そして田口護氏は、本書において「人と人との豊かな関わり」をもたらす「カフェを『たかだか』100年、続けるために」読みとるべき糸口を示したかった…と読む。
 
私の想念が正鵠を射ているとは限らない、正無事(まさなごと)であれば容赦されよ。但し、自家焙煎珈琲屋バッハのコーヒーを知るに必読の書であることに疑いは無い。

 
 (※本書の内容に関しては、Tambe氏のブログ記事も参考にされたい)
 
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コメント

No title
ナカカワ URL [2010年12月24日 20時12分]

お客様へはこんなご挨拶をつけて送っていました。
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皆様のおかげで大変素晴らしい本ができました。
この本の主役は、日ごろから当店をご愛顧くださっている皆様方と思っております。実名で登場する懐かしい方も何人かいますが、本当にたくさんのお客様に支えられて今日まで営業してまいりました。
最近コーヒーの世界では、トレーサビリティ、サステナビリティということが言われます。誰がどのように作ったコーヒーかを明らかにし、長く継続するコーヒー生産を支えようという運動です。
そのコーヒーを扱うカフェも誰かが作り、多くの人の応援で続いてきました。わたしたちのカフェのトレーサビリティを少しでも多くの方と共有できれば幸いです。少し大げさなタイトルとは思いましたが、この本が「カフェの種を蒔く」ことになり、カフェのサステナビリティにつながるという思いでつけました。
アッという間に42年が過ぎた2010年12月
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No title
ナカカワ URL [2010年12月24日 20時17分]

お弟子さんたちには、こんなご挨拶をつけて送っていました。
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この度、旭屋出版「カフェ&レストラン」誌の連載がまとまりました。回顧することが多く後向きなテーマとも思いましたが、カフェ経営を志す後輩たちとカフェの「志」と「知恵」を共有するべき、という編集者の方々の熱意に動かされました。
編集者の工夫で短い時間で簡単に読めるようになりました。内容については様々なご意見が湧くと思います。バッハの名曲に「心と口と行いと生き方をもって証せ」という作品がありますが、実際に日々の営業の中で行い、42年継続するのは簡単ではありませんでした。最近の経営の考え方に「共創」というのがあります。この本は、日ごろ当店をご愛顧くださったお客様方との「共創」の記録になったと思います。たくさんのお客様に支えられて今日まで営業してまいりました。と同時に、技術や経営について応援した仲間たちが育ち、それぞれの地域に根付いた素晴らしいカフェを育て、そのカフェやオーナーを取材した編集の方たちを感動させました。そうした仲間との「共創」も合わせて記録できましたことを誇りに思います。
たくさんの良き後輩、仲間に恵まれ、日ごろから「心と口と行いと生き方」を伝える機会をいただきましたことを感謝いたします。
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to:ナカカワさん
帰山人 URL [2010年12月25日 11時16分]

なんだ、ヤッパリ私が走る時の(脳内で流す)テーマ曲歌詞と同じジャン!「…歩いてきたこの道を振り返ることしか出来ないなら今ここで全てを壊せる…」 あ、壊しちゃダメか…(笑)イヤ、カフェ・バッハにとってもこの本が一つの区切りにはなったでしょうから、続けるべきものは続けるとして、そろそろもう一度ブチ壊して先に進みましょう! 田口マスターの性根ならば許容できるでしょうから(ダメって言ったら私が殴りこみますから)、存分に暴れてくださいヨ、皆さんで!

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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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