七瀬ふたたび再び

ジャンル:映画 / テーマ:映画感想 / カテゴリ:観の記:映面 [2010年11月03日 06時00分]
「私たちの力って、どんな意味があるのかな」…それは私にも解からない。
しかし私にもしもクレアヴォヤンスがあれば主人公を透視し、
パイロキネシスがあれば監督と脚本家を火達磨にしたくなった映画を観た。
 7se.jpg

映画『七瀬ふたたび』 観賞後記
 
併映の前日談『七瀬ふたたび ~プロローグ~』は、果たして往時の日活ロマンポルノ
と松竹ヌーヴェルヴァーグとを足して3で割ったような安手の趣向であり精度は低い。
監督・中川しようこ(しょこたん)のママゴト遊びの域を出ない描写に失笑して観たが、
ワザと狙った古拙な雰囲気も解し、七瀬との『邂逅』を素直に歓喜している私もいる。
火田七瀬の名を聞くだけで抑えがたくも淡い興奮を覚える者だけが理解できる心境だ。
 7se-p.jpg

「芦名星はもっとも七瀬らしい七瀬である」…原作者の世辞に過ぎぬか否かは不明だ。
原作の火田七瀬は、控えめな自己評価でも「それがどんな美人コンテストであっても、
三位以下になることは滅多にない程度の美人」とあり、芦名星の容姿が相応と断ずる
には、笑犬楼に「老耄近づき食言じゃないか」と『邪悪の視線』を向けたくもなるのだ。
だが、「筒井康隆作家生活50周年記念映画」という冠辞に光陰を充分嗅ぎとった上で、
映画の中でも艶冶な風貌を感じさせる現代の火田七瀬・芦名星には大いにヤラレた。
 7se3.jpg

未知能力が発動されるシーンの技術的稚拙さには、予算の都合と斟酌しても噴飯モノ。
より違和感を覚え不満が残ることは、「原作に忠実に描くこと」を謳った映画の結末だ。
悲惨で虚ろな後味の悪い原作の結末を映画で改変したこと自体には我慢もできるが、
脇役である漁藤子(演者:佐藤江梨子)に物語を終結させる運びには唖然とさせられた。
確かに、時間旅行能力者(タイムトラベラー)漁藤子は、原作小説の中の火田七瀬にも
「最終的な超能力者」と心で言わせるキャストではある。しかし『七瀬時をのぼる』ハズ
が「藤子時をのぼる」になり、漁藤子が物語を配して終わる劇にしたことは許しがたい。
残念なことに「藤子ふたたび」或いは「時をかける藤子」と改称すべき映画になっていた。
 7se2.jpg

キャストやBGMはそのまま、たとえ監督・しょこたんでも容認する、だから終結部を
撮り直して『七瀬ふたたび ~エピローグ~』とし、真の七瀬ふたたびを再び観たい!
コメント (0) /  トラックバック (0)

コメント

この記事にコメントする

トラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://kisanjin.blog73.fc2.com/tb.php/282-99ac23e8
編集

kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

06 ≪│2017/07│≫ 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
Powered by / © Copyright 帰山人の珈琲漫考 all rights reserved. / Template by IkemenHaizin