ドリップ・ウィズ・サーカズム

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2010 [2010年07月11日 22時00分]
『珈琲と文化』の巻頭特集で森光宗男氏の論考を読んだが、私には合点がいかない。
 
「美美」・森光氏の論考は、過去2度にわたり手を加えられ、今回が3回目の掲載。
A.九州生活情報誌『モンタン』平成14(2002)年10月号の特集
  「ネルドリップ珈琲物語」に掲載したもの。(私は未見である)
B.「ネル・ドリップ珈琲の魁 三浦義武を追って」
  『コーヒー文化研究』第9号(2002年12月/日本コーヒー文化学会編)に収載。
C.「日本におけるネル・ドリップ珈琲の魁 ――三浦義武を追う――」
  季刊『珈琲と文化』No.78(2010年夏号/いなほ書房:刊)に掲載。
 
森光氏は「ネル・ドリップ珈琲を日本で最初に実践したのは誰なのだろう?」
の問いを自ら掲げ、三浦義武(1901-1980)氏を
「彼こそ、日本におけるネル・ドリップ珈琲の魁であった」と記されている。
私・帰山人に限らず「日本のネルドリップ珈琲の初源」に関心は深いので、
森光氏の論考Bから論考Cへの変移について若干の検証をしてみよう。
 
1.小島政二郎氏の『食いしん坊』で三浦義武氏に触れた部分の引用直後に、
  論考Cで森光氏は「もはや、ネル・ドリップの魁は三浦義武に違いない。」
  と断定している。しかし直前の引用文で小島氏は「…見ている前でネルの
  袋で入れて見せてくれるのだが、独特の手腕があって、幾らその通り真似て
  見ても、三浦君が入れてくれるようにははいらなかった」と記されるのみで、
  三浦義武がネルドリップの「魁」と断定するような証左は見当たらない。
 
  対して論考Bでは、小島氏『食いしん坊』引用直後に論考Cにみられる「魁」
  断定は無い。それどころか森光氏は「ところで、当時(戦前)のコーヒーは
  どんな淹れ方をしていたのだろうか?」と自ら問いかけ、ブラジレイロで
  販売していた「軽便コヒー漉」のネルドリップ説明書きを紹介した後、
  昭和初期に「こうして、喫茶店や家庭にネル・ドリップが入り込み始めた
  …嫌が応にも抽出、配合や焙煎の研究を促し、日本独自のコーヒー文化を
  模索しはじめたのである…」と続けている。

2.三浦義武氏独創の「カフェエラール」(ドリップ珈琲とは別種)について、
  森光氏の論考でも考察されている(森光氏は「ラール」名で追究している)が、
  井上誠(1898-1985)氏の『珈琲物語』で三浦義武氏に触れた部分の
  引用が論考Cでは一部割愛されている。「……方法については、一ポンド
  ぐらいの粉の入る何個か、あるいは何十個かの濾過器に、それぞれパイプを
  取りつけ、蒸気と熱湯を送って浸出させるのだが、その時には動力で家鳴り
  振動するというような、はなしであった。云々」という引用部分である。
  
  この伝聞による三浦氏独創の「カフェエラール」は、1の小島氏伝聞でも
  「ラールばかりはネルの袋では作れません。これだけは特殊の器械を使います」
  とされ、特殊器械による抽出を裏付けており、森光氏もこの引用部分は
  論考Cでも残されている。しかし他方で、森光氏は極めて主観的な解釈で
  三浦氏が「後には、ネル・ドリップでラールをつくることを発見したのでは
  なかろうか?」と想像し、ネル二度漉し法で再現した「カフェエラール」(?)
  を自讃している。またこの再現部分で論考Bは締められるが、論考Cでは他の
  事項と入れ替えられて中締めに使われている。
 
森光氏の論考Bから論考Cへの変移は、1により、三浦氏以外にも同時期に
ネルドリップが存在したことを相対的に排除し、2により、「カフェエラール」が
ネルドリップとは無関係の器械抽出であることを相対的に排除している。
つまり論考Cでは、より全文が「三浦義武こそ、日本におけるネル・ドリップ
珈琲の魁であった」という方向へ意図的に再構成されているのであり、
考察以前に結論ありきの利益誘導的な再構成である、と言わざるをえない。
見方を変えれば、話運びがよりわかり易くなった変移ともいえるが、
「ネル・ドリップ珈琲を日本で最初に実践したのは誰なのだろう?」を解く論考
としては、情緒が増したばかりで実態は後退している改変だと私には思える。

日本独自ともいえる精妙なネル漉しドリップに執心し追究する心情は、
憚りながら私・帰山人も持ちえているつもりだが、だからといって
「日本のネルドリップ珈琲の初源」を根拠無く美化しようとは思わない。

‘drip’(ドリップ)とは、コーヒーの滴下抽出を示すコトバであるが、
時として「感傷」や「愚痴」や「退屈」などを意味するコトバにもなるのだ。
この記事が‘drip with sarcasm’(皮肉たっぷり)に読めたとしても、
珈琲自体にも三浦武義氏にも皮肉も退屈も無いことだけは確かであろう。
「日本のネルドリップ珈琲の初源」の探求は始まったばかりである。
  
コメント (4) /  トラックバック (0)

コメント

No title
teaR URL [2010年07月12日 21時30分] [編集]

こんばんは。僕はこれ読んでませんが、今すごく興味があるテーマなだけに期待していたのに…。解明は時間がかかりそうですね。

カフェエラールっていうのはどういう抽出法なんでしょうか?

to:teaRさん
帰山人 URL [2010年07月12日 21時58分]

>興味があるテーマなだけに期待していたのに…
スイマセン。この記事忘れて素直に読んで…って、もう遅いか(笑)
>カフェエラールっていうのはどういう抽出法なんでしょうか?
森光さんは論考Bでは、ランブレッソっぽいものか、アランビック(蒸留器)っぽいものか、と推測してました。もっとも井上誠氏は「カフェエラール」の存在自体を信じていなかったようですが…
余談ですが、私の手元にある『珈琲物語』は、この本の巻頭写真に出てくる『厚生新編』の資料協力の御礼も兼ねて、保管元「葵文庫」の飯塚傳太郎氏へ井上氏直筆で謝辞献呈をしているものです。昔偶然に入手したチョット自慢の本です^^

火に油か水か
森光宗男 URL [2010年07月13日 02時36分]

美美より;ザブハニーがアデンで焙煎を公開したから歴史になります。またそれは明文化されないかぎり歴史にのこりません。銀座の白木屋でネル・ドリップを公開し、「コーヒーを楽しむ会」冊子を残したことは偉業だと思います。たとえそれが当時、他の方がやっていたことだとしても一般性が伴わなければ詮方なしです。もっとも、私はオタクが好きであるのですが。最初この稿はもっと長いものでした。ページ数の関係ではしょった箇所や文章力の不足もあり内容がそぐわなくなった?きらいがあったらお許しください。

to:森光宗男さん
帰山人 URL [2010年07月13日 11時27分]

「火に油か水か」…洒落たコメントタイトルに脱帽です(主意をかわすつもりはありませんが:笑)。
三浦義武氏の人物も偉業も貶めるつもりはありません。私にとっての「歴史」は、一次資料と二次資料、普遍性と特殊性、などを考慮した上での過去の事実や実態を主体にするものです。史実の積層が「歴史」なのであって、臆断の積層は「物語」だと思っています。もっとも、私は悲壮な空想が好きでもあるのですが。
前後しましたが、森光さん自身からコメントいただけたことは(ホンネを言えば身悶えするほど)嬉しく思います。今後ともよろしくお願いします。

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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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