5月はものみな新たに

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:日本珈琲狂会 [2010年06月12日 23時00分]
CLCJ推薦図書 その3
『大どろぼうホッツェンプロッツ』(原題:Der Räuber Hotzenplotz)
 オトフリート・プロイスラー(Otfried Preußler):著
 
 
【天才コーヒー少年登場!】
 
児童文学作家プロイスラーの描く物語は、冒頭から驚嘆すべきコーヒー世界を展開する。
 
 《ある日、カスパールのおばあさんは、家のまえの、ひなたのベンチにこしかけ
  て、コーヒーをひいていました。 そのコーヒーひきは、カスパールが、友だち
  のゼッペルといっしょに、おばあさんの誕生日のおいわいに、おくったもので
  した。これは、ふたりがくふうしてつくった、新式のコーヒーひきです。ハンドル
  をまわすと、〈五月は、ものみなあらたに〉という歌を演奏するのです。》
 
手廻しに連動して楽曲を演奏するコーヒーミル(グラインダー)自体が現実にも稀であり、この創意に満ちた器具を作製したのが二人の幼き少年であることには驚倒するばかりだ。しかも、内部に楽曲演奏機能を収納しているであろうコーヒーミルは、F.J.トリップの挿絵を見ても外見は通常の手挽きミルと変らず、小型化技術に衝撃を受けざるを得ない。
 
 《この新式のコーヒーひきをもらってからというもの、おばあさんは、コーヒーを
  ひくのが、たいそうおもしろくなって、まえの二ばいも、コーヒーをのむように
  なったのです。》
 
コーヒーに関する知識や技法の獲得を強要せず、コーヒー豆や焙煎・抽出にブランドを強調もしないで、消費量を2倍にした健全にして強烈なマーケティングパワーも併せて、カスパールとゼッペル、二人の少年はコーヒー界に光輝を放つ天才であると断言しよう。
 
 
【物語をめぐる深淵】
 
強奪されたコーヒーミルを取り戻す物語『大どろぼうホッツェンプロッツ』は、取り戻したミルの楽曲演奏機能がなぜか「二部合奏」に改良されていた、という非科学・非論理のたわいない展開が描かれているが、物語をめぐる背景などには、児戯とは呼べぬ深く考えさせられる課題や謎が満ちている。
 
コーヒーミルが奏でる「五月は、ものみなあらたに」(Alles neu macht der Mai)は、1807年出版の民謡集『Fahret hin』収載の曲にヘルマン・アーダム・フォン・カンプ(Hermann Adam von Kamp)が(1818年頃?に)新たな詞を施し1829年に出版した、実在の歌である。民謡発祥地と思われるドイツでは「小さなハンス」(Hänschen Klein)、アメリカでは「軽やかに漕ごう」(Lightly Row)、日本では「蝶々」(あるいは「ちょうちょ」)という別詞の民謡歌で伝えられている。「五月は、ものみなあらたに」作詞者カンプは、ドイツ・ミュルハイムの詩人であり児童文学者でもあり教職に就いた教育者でもあった。汎ゲルマン主義とナチズムが渦巻くドイツ・リベレツ(現チェコ)に生まれ、第二次大戦後ドイツ・ローゼンハイムに移り住んだプロイスラーも、教職に就いた教育者でもあった。カンプを前世紀の先輩と敬愛し、第一次大戦後の混乱から脱して明るい世界を希求した「五月は、ものみなあらたに」を意図的に『大どろぼうホッツェンプロッツ』に登場させたのだろうか?
 
「蝶々」を作詞した野村秋足、原曲を野村に紹介した伊澤修二、共に教育者であり、児童文学と民謡作詞の背景には、戦争や民族主義に強く影響された教育者たち各々の意図と願望が垣間見え、『大どろぼうホッツェンプロッツ』を起点とする課題は深い。旧暦5月に入り、19世紀から始まる物語背景の深淵に、コーヒーの歴史を重ね、コーヒー本の傑作『大どろぼうホッツェンプロッツ』の「二部合奏」を楽しまれたい。
 
 
(注:推薦は主宰・帰山人の独断による。他の会員に罪は無い)
 
コメント (2) /  トラックバック (0)

コメント

No title
ナカガワ URL [2010年06月13日 03時59分]

知りませんでした。読みます。ケストナー?に「1杯の珈琲」みたいなのがあったような。あんまりコーヒー自体が登場しないのだった?でしょうか。
そのうち、こざかしいコイルのコージーミステリにもツッこんでください。
先々月くらいの朝日の書評でみて「珈琲時間」?だったかいうちょっとオタクなマンガを見ました。ちょっと「[ワイルド]」なオタクな----。
ちなみに「軽やかに漕ごう」(Lightly Row)は「ダーティハリー」の主題歌「漕げよマイケル」とは違うのですよね。

to:ナカガワさん
帰山人 URL [2010年06月13日 11時37分]

ケストナーはモラリストとしての自尊が強すぎて説教臭いので
私はあんまり好きじゃありません。
 
>こざかしいコイルのコージーミステリにもツッこんでください。
まだです!せっかく彼国のTV劇のようにグチャグチャなソープ
ドラマになってきているので、主人公のカン違い女が落ちきって
尻切れ完結するまで、CLCJ推薦は差し控えさせております。
 
>「珈琲時間」?だったかいうちょっとオタクなマンガを見ました。
http://kisanjin.blog73.fc2.com/blog-entry-201.html
でしょ?・・・これでもCLCJ推薦は「選ばれしもの」?のみなので
・・・それ以外は‘Go ahead. Make my day!’

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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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