珈琲狂なら読まずば二度死ね!

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:日本珈琲狂会 [2010年06月04日 05時30分]
CLCJ推薦図書 その2
『珈琲相場師』(原題:The Coffee Trader) デイヴィッド・リス(David Liss):著
 
 
歴史ミステリ小説の冒頭、主人公ミゲルが初めてコーヒーを前にした印象から始まる。
 《碗の中でそれはどろりとしたさざなみを立てた。黒く、熱く、まずそうだった。…
  「見たところ、まるで悪魔の小便だ。…どんな味がするのか、知りたいとは思い
  ませんよ」》
スファラディ・ユダヤのマラーノとしてポルトガルでの迫害から逃れ来た主人公ミゲルは、人種・宗教・習俗が混在しカネと権力の陰謀渦巻くアムステルダムで相場師として生きる。
 
 
【背景:概説】
 
時は1659年、舞台はオランダ(当時ネーデルラント北部7州連邦共和国)のアムステルダム。政治・宗教では、オランダがスペイン支配に反乱する八十年戦争(1568年-1648年)並びに「最後の宗教戦争」「最初の国際戦争」と称される三十年戦争(1618年-1648年)が終結し、ヴェストファーレン(ウェストファリア)体制でヨーロッパ諸国の均衡期にあたる。社会・経済では、大航海時代の先進であるポルトガル・スペインを叩き、間近で先行するイギリスに対抗するべく、オランダは1602年連合東インド会社(VOC)を、1621年西インド会社(WIC)を設立して植民地を拡大し、オランダ海上帝国の覇権絶頂期にあたる。
 
17世紀のアムステルダムは、ヨーロッパで最も重要な国際交易市場として隆盛を極めた。
 
 
【背景:コーヒーとオランダ】
 
1616年 VOC下の商人Pieter van den Broecke(ピーター・ファン・デン・ブ
     ルック)が訪問先のイエメンからコーヒーノキ(実付き?)をオランダに
     持ち帰った。 (栽培生産地からヨーロッパに届けられた最初のコーヒー
     ノキ)
 
1640年 オランダの商人Wurfbain(ヴルフバイン)が商業販売目的で初めて
     モカ港よりコーヒーをアムステルダムに輸入した(?)。 (この頃より
     VOCはイエメンからのコーヒー貿易を本格化してくる)
 
1658年 イエメンからコーヒーノキを入手したオランダ人が、セイロン(スリラン
     カ)でのコーヒー栽培に成功した。(イエメン以外で栽培された最初の
     コーヒーノキ?) 『珈琲相場師』で描かれている状況は、この翌年とい
     う設定である。
 
1690年 VOC下のJoan van Hoorn(ジョアン・ファン・ホールン)がイエメンの
     貿易商から入手したコーヒーノキ(種子?)をオランダ領東インド諸島
     (インドネシア)のジャワ島に植えた。 (インドネシアに初めて渡ったコー
     ヒー)
 
1699年 オランダ人がインドのマラバールからコーヒーノキ(苗木)を運んでオラ
     ンダ領東インド諸島のジャワ島に持ち込んだ。このコーヒー栽培の成功
     が、後にモカを凌ぐ供給地としてジャワコーヒーの元となった。 (イエメ
     ン以外での最初の商業栽培)
 
 
【失態?】
 
『珈琲相場師』著者デイヴィッド・リスは時代背景を綿密に調査する作家だが、小説の中で主人公の友人である貿易商ヌネスに
 《…ヴァン・デル・ブロックという船長がなんとかコーヒーの木をひそかに持ち出
  すのに成功して、会社は今ではセイロンとジャワで大農園(プランテーション)
  を始めている。…》
という言を吐かせている。言うまでもなく、1659年時点で既にジャワ島にプランテーションが成立しているとすれば、コーヒー伝播栽培の史実を見直さなければならない一大発見だが、その確証は見当たらない。虚構世界としてもリアルさを欠く拙劣な誤りだと私は思う。
 
 
【大胆?】
 
小説内で主人公ミゲルは何度もコーヒーを味わうが、初めて自ら淹れたコーヒーがスゴイ!
 《コーヒーを粗く挽いてから、甘いワインと混ぜた。…粉が底に沈むのを待って、
  ぐっと飲んだ。》
 
また、ミゲルの所持する焙煎コーヒーの実を義妹が盗んで、丸ごと齧り食べ続け習慣化、その後に液体としてのコーヒーも飲んで虜になっていく様も克明に描かれている…この義妹は妊婦である!(もっとも当時の慣習通り、コーヒー以前にワインも常飲しているが)
 
他にも当時のオランダに新手の飲料として登場したコーヒーらしい、時に妖しく蠱惑的な、あるいは力強い昂揚的な飲用感が描写されるが、そこは小説本編で確かめてもらうとして、飲用でも貿易品でも小説中のコーヒーは大胆かつリアルに扱われ、傑作とする要素を演ずる。
 
 
『珈琲相場師』の中の猥雑で熱気溢れるアムステルダムの活況、その生生しい雰囲気を感じとればとるほど、当事の政治・宗教・社会・経済がわずかでも状況を異にしていれば、コーヒーのグローバリゼーションは全く違う歩みになっただろう、と思えてならない。コーヒーには「我欲」と「権謀術数」という不可視の成分が多量に含まれていることを再認させる傑作である。
 
(注:推薦は主宰・帰山人の独断による。他の会員に罪は無い)
 
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コメント

【失態?】?
こみち URL [2010年06月05日 00時03分] [編集]

初めまして。ただの珈琲好き・本好きの者です。

積読の山をちょっと調べてみたところ、Stewart Lee Allenという人が書いたThe Devil's Cupという本に「1616年、Broecke船長がモカから苗木を盗み、ジャワに植えた」(154p) という記述がありました。この本は珈琲相場師の原書にも参考文献として挙げられており、リス氏はこの間違った情報を元にしたため失態を犯してしまったのかもしれません。

それっぽく書かれているからといって何でも信じてはいけないのですね。よい勉強になりました。
いつも興味深い話題を取り上げてくれてありがとうございます。今後も楽しみにしています。

to:こみちさん
帰山人 URL [2010年06月05日 06時54分]

こんにちは、コメントありがとうございます。
 
仰せの通り、Broeckeが絡むイエメンからのコーヒーの持ち出し話は、
オランダまで、セイロンまで、インドまで、ジャワまで、とかなり
混乱していてどこまでが史実かハッキリしていませんが、1616年
時点でジャワまで一気に行ってしまうのは無理があると思います。
 
The Coffee TraderでLissが掲げる参考文献の中でも、ご指摘の
The Devil's Cupや同年に出たPendergrastのUncommon Groundsは、
マシなコーヒー本だと思うのですが、両者間でも食い違う記述、
結局どちらにも誤りや確証の無い憶測が混じっていますね。
 
もっとも、想像をたくましくすれば、例えばブラジルへのコーヒー
伝播をWIC支配下の17世紀だったと言っても、これを完全否定する
証拠はまず見つからないので、虚構の小説世界で語ることに罪は無い、
などと私自身も頭の中では遊んでいるのですが…
とすると、「失態?」は?付きでもキツ過ぎましたかね(笑)。

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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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