ヒステリーよりヒストリー

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2010 [2010年05月11日 01時00分]
講演会でブラジルコーヒーの演題ならば日系人云々、情報誌でコスタリカコーヒーの記事
ならばCOE云々、展示会でコロンビアコーヒーの紹介ならばFNC云々…厭き厭きする。
そうした中で、ラテンアメリカ近現代史学者が書いたコーヒーの史話は読みごたえがある。

 コーヒーのグローバルヒストリー
『コーヒーのグローバル・ヒストリー 赤いダイヤか、黒い悪魔か』
(小澤卓也:著/ミネルヴァ書房:刊)

  …コーヒー生産者の主体的動向とそれを取り巻く政治的、経済的、社会的環境との
  あいだの相互作用に留意したうえで、ラテンアメリカなどの辺境地に暮らす生産者
  の視点から「コーヒーで結ばれた世界」を見渡しうる歴史的視座を明示すること…
 
概論の「第Ⅰ部」と消費国(アメリカ・日本)を描いた「第Ⅲ部」については専門外ゆえなのか
新奇な独自性が薄くて喝采をためらうが、「第Ⅱ部」は著者の真面目が発揮され見事である。
ブラジル・コスタリカ・コロンビア(付随してベトナム・エルサルバドル・グアテマラ)
のコーヒー生産の特色と政治・経済・社会との連関が、対照的に美しくまとめられている。
特に1870年代から1930年代の動向に関しては、清清しささえ感じられる論考だ。

但し、「コーヒーのグローバル・ヒストリー」と本書が称することはいささか過大であろう。
そう私が感ずる理由は、限られた生産国・消費国しか取上げられていないからでは無い。

史学上の「グローバル・ヒストリー」は、近年急速に台頭しているものの定義が不明瞭だ。
一国史のような単線的発展史観ではなく枠組みをはずして広域を相対に捉える歴史認識、
という点ではほぼ一致しているが、西洋史学者に多い複国家間の国際化を視点とする派、
東洋史学者に多い非国家的・超国家的な視点を唱える派、など異なる流脈が混在している。

いずれにしろ真の「コーヒーのグローバル・ヒストリー」を語るには、政治・経済・社会
などに加え、農学や生物学を含めた栽培史学や化学や工学を含めた経営史学なども包含し、
さらに広範で詳細なシステム論を構築する必要があるだろう。この点では、著者自身が
「壮大で困難な挑戦」と認めている通り、「グローバル・ヒストリー」を称するのは尚早だ。

もっとも、生産者を地獄の淵に突き落とし「黒い悪魔」をコマーシャリズムでしか語らない
コーヒー業界には「グローバル・ヒストリー」より「ローカル・ヒステリー」が相応しいか?
利益誘導的に宣伝記事などを押しつけられるより、本書を読む方がよほど善良なること、
コーヒーを学ぶ機会としては、数多のコーヒー本の中で実を結んだ「赤いダイヤ」なのか?
今後の論考深化によって「ヒステリー」が淘汰され「ヒストリー」が確立されることを願う。
 
コメント (7) /  トラックバック (0)

コメント

No title
y_tambe URL [2010年05月11日 12時04分]

書店で見つけはしたものの、最初の方からぱらぱらと眺めて、スルーしてました…が、こういう書評を見ると買いたくなるじゃないですか。

#このところ、石脇@石光さんや帰山人さんのブログに唆されて買った一般書籍の多いこと多いこと……学術論文探して読むのでも目一杯なのに ^^;

でもまぁ、社会的背景と関連した各国のコーヒー史というのは貴重ですね。やはり買って読むことにします。

個人的にはこの他に、ケント~耐さび病品種を開発してたころのインドと、東アフリカ(タンザニア・ケニア)に関して、品種の流れについての資料が欲しいところだったり。

to:y_tambeさん
帰山人 URL [2010年05月11日 15時36分]

>書評を見ると買いたくなるじゃないですか。
>学術論文探して読むのでも目一杯なのに ^^;
そうでしょうねぇ、私なぞ「一般書籍」だけでも追いつかない!

史学者に係ると、産地移動に伴うブラジル栽培の品種論とか一切無し、コロンビアですら‘Variedad’と明示されず軽く流される…珈琲狂にはマネのできないイサギヨサです(笑)。だから、「コーヒー」を対象軸に捉えると欠落だらけ疑問だらけの論考、ということになりますから、優しく読んであげてください(笑)…

>品種の流れについての資料が欲しいところだったり。
ここのところ攻めてますねぇ…でもインドもヤヤコシそうですね。

No title
ナカガワ URL [2010年05月13日 02時58分]

先日、山内先生製作のコーヒー年表を見つつ先生が以前書かれた「コーヒーの歴史・カフェの歴史」を改めて読みました。当たり前のことですが、改めて「この人コーヒー好きなのね」と実感。
小澤センセはどんなコーヒー飲んでらっしゃるのかしら。美味しいコーヒーには「ヒステリー」を「ヒストリー」にする効用があるか?×?△?○?◎。少なくともよろしくないコーヒーを飲んでいると「ヒステリー」が「ミステリー」になるような◎でしょうか。
ともあれ、山内センセを読み、小澤センセを読みして、そろそろ、ちゃんとした「コーヒーとカフェの歴史」の「知の技法」みたいな研究ガイド本があってほしいなあ、と。小澤センセは、自費出版?半々出版?どこかで講座をもって大学講師教科書として使うのかしら?

to:ナカガワさん
帰山人 URL [2010年05月13日 10時20分]

>「コーヒーとカフェの歴史」の「知の技法」みたいな研究ガイド本…
たしかに欲しい気もしますが、本来の「知」を自ら探って獲得するために
「技法」(というより手法・作法?)論が普遍的に必要、っていう状況に
「なんだかなぁ」っていう嘆息も混じってしまいます、私は…
行儀の良い論考ができない私ではありますが、ナカガワさんや山内さん、
Tambeさん…と問答している限りは、少なくとも「手法・作法」を
すり合わせる次元は無用だからこそ「知」そのもので楽しめるのだと…
他方、下品を友好と、強弁を独自とはき違える徒輩にはマニュアルさえ
無駄にされそう曲解されそう…あ、また言い過ぎか?
『「珈琲の教科書」の教科書』やはり必要ですかね?…

No title
ナカガワ URL [2010年05月30日 01時40分]

山下範久「ワインで考えるグローバリゼーション」という本を読みました。ワインのところをコーヒーに置き換えつつ、なかなか楽しい本でした。もし、読まれていたら感想を聞かせてほしいです。

to:ナカガワさん
帰山人 URL [2010年05月30日 21時47分]

スイマセン「ワインで考えるグローバリゼーション」読んでません。読んだら言いますが、チョット後になるかも…

to2:ナカガワさん
帰山人 URL [2010年06月19日 23時59分]

「ワインで考えるグローバリゼーション」読みました!
良書をご紹介いただきありがとうございます。
辛く言えば、これもアナール系の社会学者がまとめているので、歴史学上の「グローバルヒストリー」本としては半端な存在でしかありませんが、社会学上の「グローバリゼーション」本としては文句無く面白いですねぇ。
と、言うことで記事にしてしまいました(笑)

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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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