ニガマとサナマ

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:日本珈琲狂会 [2010年03月16日 01時00分]
◎用語の提起
 
【ニガマ】(Nigama)
   コーヒーの苦味と甘味が同時に感じられること。
   または、苦味と甘味が融和して感じられる状態やその度合を示す。
 
【サナマ】(Sanama)
   コーヒーの酸味と甘味が同時に感じられること。
   または、酸味と甘味が融和して感じられる状態やその度合を示す。
 
 ※抽出されたコーヒー液を味わう時に、「苦味と甘味」「酸味と甘味」を
  各々一体的に捉え、その融和している味覚の状態や度合を表現する。
  日本珈琲狂会(CLCJ)内の新造用語として提起する。
 
 
◎提起の背景
 
 大坊珈琲店にて店主・大坊勝次氏と私・鳥目散帰山人がコーヒー談議を
 していた(2010年3月11日)際に、大坊氏よりコーヒーの焙煎度と
 苦味・酸味・甘味の連関性にかかわる見解を求められ、帰山人が応えた
 以下の推論と提言を背景としている。
 
 1.焙煎が進行していくと、ある焙煎度(いわゆる深煎りの範疇)で
   苦味と甘味とが渾然一体となり、(抽出液が)苦くて甘いニガアマ
   として感じられる融和ポイントがある。
 2.同様に酸味と甘味とでも渾然一体となり、(抽出液が)酸っぱくて
   甘いサンアマとして感じられる融和ポイントがあるが、サンアマは
   ニガアマよりも手前の焙煎度で生ずる。
 3.ニガアマ・サンアマ共に、苦味・酸味・甘味の由来成分が、各々で
   最大値になることも、合計成分量が最大値になることとも無関係に、
   特定の焙煎度に進行していくと融和ポイントが生ずる。
 4.焙煎度上で、ニガアマ融和ポイントとサンアマ融和ポイントとを
   完全一致させることはできないし、両者間の距離を変える為には
   絶対的な焙煎度ではなくて焙煎進行のプロセスを変化させる。
 
 これに対して大坊氏より
 「融和ポイントを超えて一体化したニガアマを『ニガマ』と、
  サンアマを『サナマ』と命名することを、
  日本珈琲狂会の会員として提起します」
 という賛同と提言が出た。
 
 すなわち、『ニガマ』『サナマ』の概念を発想したのは日本珈琲狂会
 主宰・帰山人であるが、その提唱と命名を行ったのは会員・大坊勝次氏
 であることを明言しておく。
 
 
◎主宰の私見

 味覚の世界では五味いずれに関しても由来化学成分と味蕾受容体との
 相関で決まるもので、実際の味わいを完全に定量化することは困難、 
 ましてニガマもサナマも複数の味覚を一体化した極めて感覚的官能的な
 用語なので、概念的に理解できる(と思う)者同士でしか通用しない。
 
 また、抽出されたコーヒー液を味わう時のニガマもサナマも、焙煎度や
 焙煎プロセスのみで規定されるとは限らない。抽出時の温度やプロセス、
 コーヒー液の濃度や温度などもかなり大きな影響を及ぼす、と考える。
 同じ豆を使用しても、これら焙煎後の相違でも状態や度合は変化する。
 
 僭越かつ不遜ながら、大坊珈琲店は長きに渡り店主も客も苦くて甘い
 ニガアマコーヒーを追究していると断じた上で、近年の大坊氏はここに
 微妙な酸味も加え(大坊氏的には焼き残し?)た探求をしている。
 深煎り志向のニガマが前提であればこそのサナマ追究は私も同類である。
  
 ニガマ、サナマ、両者の接近…研究し実践を追う領域はまだまだ多い。
 
コメント (4) /  トラックバック (0)

コメント

No title
y_tambe URL [2010年03月18日 11時18分]

>味覚の世界では五味いずれに関しても由来化学成分と味蕾受容体との相関で決まるもので

こと、コーヒーの甘味に関してはこれが本当に言えるかどうかが難しいです。きちんとした科学論文で「コーヒーの甘味」の存在を認め、議論しているものは驚くほど少ないです。

なのでそもそも、(1)コーヒーに「甘味」が存在する、ということに本当にコンセンサスが得られるのか(単にごく内輪だけで広まっている誤謬でないのか)、(2)いわゆる甘味物質が、ヒトに甘味を感じさせる濃度で、コーヒーに存在してるのかどうか。(3) またその濃度が、官能検査で示される甘味"sweetness"と相関するのかどうか……ここまで踏み込んで証明できないと、他の分野まで含めた「科学者たち」を納得させることはできません(納得させることができない=エセ科学と言われても反論できず、こちらの負け、です……もちろん「内輪だけの仲良しごっこ」で満足するのなら、科学という真剣勝負の場での勝ち負けなど気にする必要はありませんが)

(1)については、まぁ鑑定士などの官能検査における表現として、コーヒーの甘味"sweetness"を数値化して評価してる例があるというあたりで、何とかなるでしょうが、問題は(2)について(2がなきゃ、3につながらない)

有力な甘味物質候補はショ糖や単糖類なのだけど、石脇氏がこつの科学で述べているように、例えば生豆中のショ糖は甘味でなく酸味の前駆物質である、という面が大きいですし、単糖類の濃度としてもかなり低くて甘味を感じさせる閾値に達してないのではないか、など、本当に糖類に帰結していいのかどうかは不明です。

また糖類に帰結した場合、単糖類の濃度は焙煎初期をピークに増加し、その後は酸に変化していくために減少します…つまり、単糖類の濃度のピークは「酸味の直前」くらいになるし、「深煎りの範疇」になると、単糖類は「(甘味を感じさせるほど)残っていない」と解釈する方が、まぁ自然です。

したがって、「サナマ」についてはまぁ、糖類が甘味物質ということでも一応の説明が付かないことはないのだけど、「ニガマ」については説明しづらい。ニガマについて説明するには、単糖類とは別の「甘味物質」の存在を仮定する必要があり、今のところ、その候補と呼べるものはないだろう、という。

個人的には、この辺りを説明しうる仮説を一応いくつかは持っているのだけど、まぁ証拠が乏しい段階で、仮説だけが独り歩きしても困るので…

to:y_tambeさん
kisanjin URL [2010年03月18日 16時57分]

tambeさんご自身が「甘味は最後の謎になるものなのかも」といわれる
ように難しい問題を孕んでいますが、ニガマやサナマに融和している
「甘味」は、「知覚や官能の上での甘いと感じる味わい」を意味してます。
だからこそ、今回の提起では「甘味物質」の特定や存否、量などに直接
結び付けない記事表現をしたつもりです…一点危うさがあるとすれば、
> 味覚の世界では…由来化学成分と味蕾受容体との相関で決まる
のところですが、ヤッパリtambeさんには突かれてしまいました(笑)。

> (1)コーヒーに「甘味」が存在する、ということ…
ご指摘を
「知覚や官能の上での甘いと感じる味わい」で捉えてみると、
(1)a:コーヒーの甘味「物質」の存否、という課題
(1)b:コーヒーに「甘味」を感じる感じない、という課題
に分けて考えるべきかと。
(1)bに関しては「感じる」コンセンサスはまぁ得られる、と思います
(但し、「"sweetness"を数値化して評価してる」という例示頼りでは
 無く、数値化できなくても「甘いと知覚する」事実が主ですが…)。

> (2)甘味物質が…甘味を感じさせる濃度で…存在してるのかどうか。
> (3)その濃度が、官能検査で示される甘味"sweetness"と相関するか。
> (2)がなきゃ、(3)につながらない
ここはそうだろうとも思いますが、そうでないことも考えてしまう。
例えば、(ミラクリンやクルクリンのような熱に弱いタンパク質は
論外だとしても)ストロジンのような配糖体で焙煎加熱に耐えうる
レベルの味覚修飾物質がコーヒー成分として存在している?とか…
この「甘味モディファイ由来説?」は突飛な空想ではありますが、
いずれにしても「甘味物質が閾値に達するほどに存在していない」から
コーヒーの甘味は「誤謬」である、というのも気が早い感じがします。

ともあれ、証拠が固まりはじめた段階で辻褄の合う科学的仮説を
披瀝いただくのはtambeさんにお願いするとして(待ってますよ!)、
私は、現に感じる「甘味」自体、あるいは他の香味との連関や融和に
関して実践的に追っていきたい、と思っています。
ニガマやサナマが「内輪だけの仲良しごっこ」用語だとしても、
そこに「味わえる事実」を追究することも広義の「科学」という解釈(笑)。

No title
y_tambe URL [2010年03月18日 18時28分]

>(1)a:コーヒーの甘味「物質」の存否、という課題
>(1)b:コーヒーに「甘味」を感じる感じない、という課題

非常に的を射てると思います。ただ、実はこの辺りは、私も、はなから「甘味物質」と「甘味」で、用語を厳密に使い分けてまして。(1)aというのが、私の書いたもので(2)に相当する部分で、(1)bというのが、私の書いた(1)に相当します。sweetnessについては、数値化することの是非が主眼ではなく、「数値化して評価されるほど、sweetnessが認知されている」ということが重要な点。そういった「コンセンサスが存在する」ということを根拠に挙げた上で、なお、それが誤謬でないかどうかが重要なのです…もちろん帰参人さんも指摘しているように「甘味物質がない=誤謬」とは言えませんが、実際に「感覚的な思い込みや、錯覚による誤謬でない」ということを官能検査(理想的には二重盲検での、トライアングルテストなど)を以て立証しておくことが、科学の場では要求されるでしょう。

「甘味修飾物質」説というのは、実は私は*そこまで*突飛な説だとは思ってないですよ…というのは、クロロゲン酸による味覚修飾作用(水を甘く感じる作用)が一応なりとも報告されてるから。この作用が直接、コーヒーの甘味に関与してるとは考えにくい部分も大きいのだけど、「一応、可能性はある仮説」の一つくらいにはなりうるんじゃなかろうかと。他にも、例えばカフェインが、苦味以外の他の味覚を強調する作用があるという論文が出てたりしますし、「甘味物質ではないが味覚に影響する」(=何らかの味覚受容体にdependentな作用)というのは、一つの可能性に挙げてよいものだと思います。

ただ個人的に、現時点で一番説得力がありそうだと考えてるのが「香りと味の相互作用」仮説。コーヒーの香り物質には"sweetish"と表現されるものが幾つかあるのですが、甘い香りをかぎながら飲むと、味の方も実際に「甘く」感じるのではないか(=味覚受容体にindependentな作用)という仮説です。甘い香り成分にはいくつかのグループがあり、それぞれ焙煎で生じるタイミングには少し「ずれ」があることが判ってるので、これが微妙な「甘さのタイプ」まで決定しうるのではないか、ということ。また、甘い香りを嗅ぐと苦味の閾値が上がる(苦味を弱く感じる)ということについては、一応(コーヒー以外の分野で)論文が出てること、あたりを考えると、そこそこ有力な仮説だと考えていいのではなかろうか、と考えてます。

ただし、そういった「甘味物質以外」に根拠を求めるには、その前提条件として、まず「甘味物質の関与」を否定する必要があります……「むやみに実体の数を増やすな」という、「オッカムの剃刀」の原理がここにも働きますので……なので、「甘味修飾物質説」よりも何よりも、真っ先に「(未知の)甘味物質の存在説」を念頭に置いておく必要があるわけです…ただまぁ、この説については、その「甘味物質」を突きつけないことには証明できないし、個人的には結構「単純な、未知の甘味物質が見つかる」という考えにはやや懐疑的だったりもする。

ただまぁその一方で、苦味物質でもあるクロロゲン酸ラクトン類の持つ「美味しい、コーヒーらしい苦味」というのを考えると、実はこれらは単に苦味としてのみ作用するのではなく、何らかの形で「報酬系の味覚」としても作用するのではないか、と……そして、それが一種の「甘さ/美味さ」として感じられる可能性もあるのではないか、と思ってます。もしこの仮説が正しいのであれば、ひょっとしたら何年か後には、ドイツのThomas Hofmannらのグループ(上述の苦味物質を同定した)あたりから「コーヒーの美味しさを解明した」という論文が、Natureクラスの一流雑誌で、大々的に報じられるかもしれません……想像するだけで、わくわくしてくる話です。

to2:y_tambeさん
kisanjin URL [2010年03月19日 00時18分]

いや、tambeさんのコメントでも結構わくわくする話ですよ。
なんだかんだと仮説のタネを披露させてしまったし(シメシメ)…
香りと味の相互作用説/クロロゲン酸味覚修飾説/カフェイン甘味強調説/未知の甘味物質説/クロロゲン酸ラクトン類作用説
解明が待たれる話ですねぇ。
ところでクロロゲン酸ラクトン類作用説ですが、
サナマ的甘味は‘chlorogenic acid lactones’に、
ニガマ的甘味は‘phenylindanes’に由来するなんていう仮説の仮説は
いかがでしょうか?
あ、また根拠の無い妄想で余分なこと言ったかな?

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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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