トラの新春賀詞

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2010 [2010年01月01日 00時00分]
2010年初暁にて、私の頭の中の妄想で申し上げる。

 寅(トラ)年にアケマシテオメデトウ、僕はスマトラ虎(トラ)です。
 (http://kisanjin.blog73.fc2.com/blog-entry-140.html 参照)
 昨年6月の記事「トラの暑中見舞」では、スマトラ島での違法なコーヒーの
 栽培開拓が僕たちを絶滅寸前にしていることをお話ししましたが、
 帰山人が「今年の十二支はトラじゃ。だからトラジャコーヒーを語れ」と
 クダラナイ駄洒落話を強要するので、スラウェシ島の話を少しいたします。
 えっ?スラウェシ島の話ならば、その島の虎が話せばイイんじゃないかって?
 残念でした、同じインドネシアの島でもウォレス線(生物分布境界)で
 隔てられるスラウェシ島には、虎が元々生息していないのですよ
 (バビルサっていうイノシシに似た絶滅を危惧する固有種はいますが)。

 スラウェシ島には古くから多くの王国が成立していましたが、その後
 オランダが進出して18世紀半ば(?)にコーヒーノキが島に伝えられ、
 さらにオランダ領東インド(蘭印)の指定(強制)栽培制度の下で、
 20世紀初頭にはトラジャコーヒーの栽培開拓が盛んに行われました。
 この「セレベス(スラウェシの旧名)・カロシ(ほぼ現タナ・トラジャ)」、
 第二次世界大戦前はオランダ王室御用達の美味しいコーヒーだったそう。
 しかし、戦後インドネシアが独立して、オランダ人が撤退してからは
 「セレベス・カロシ=スラウェシ・トラジャ」コーヒーの栽培は衰退し、
 長らく「幻のコーヒー」と言われてたとか。さらに後、それを日本の
 キーコーヒーが復興し、「トアルコ・トラジャ」の名で同社の高額看板商品に
 していることは、日本のコーヒー愛好家には周知のお話しだと思います。

 でも僕が皆さんに覚えていて欲しいトラジャコーヒーに関する話題は、
 オランダ統治下の昭和初期、スラウェシ島に渡って「バルップ珈琲園」
 ‘Baroeppoe Koffie-onderneming’を拓いた日本人、岸将秀と三浦襄。
 三浦襄の妻が過労死(1928年)するほどコーヒー農園の開拓経営は
 困難を極めたようで、実業家の三浦襄は2年後にバリ島へ移っています。
 他方、栽培技師の岸将秀はその後もコーヒー農園を続けたようですが、
 この人物には不詳のところが多くて、帰山人は「また調べることが増えた」
 と苦笑いしています。

「トラのいないスラウェシ島のトラジャコーヒー」を拓いた歴史の一部、
2人の日本人の偉功を偲びながら、寅(トラ)年だからトラジャコーヒーを
焙煎し喫飲して新春を迎えようという私の想いが、再び「トラのいるスマトラ島」
の虎に妄想を語らせたのだろうか?
賀詞というより世迷言だが、今2010年も珈琲を存分に語っていきたい。
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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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