おいしいコーヒーのけいざい論

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2009 [2009年09月21日 03時00分]
辻村英之著 『おいしいコーヒーの経済論』 を遅ればせながら?読了。

興味深かったのは、著者がフェアトレードに関して、
FLO(国際フェアトレード・ラベリング機関)基準による
「ラベル利用=認証制度型フェアトレード」と、
独自基準による「ラベル未利用=産消提携型フェアトレード」とを
明確に対立区分して述べていること。
前者が大手企業参加によるCSR戦略に止まりがちな傾向を批判し、
「販売できなければ生産者支援できない」という弁明風潮に対して
「目標である生産者支援ができない販売は、全く価値がない」
と断言する著者の姿勢は、大いに共感できるところである。
こうした課題は、何もフェアトレードコーヒーばかりでは無い。
さらに規定概念が曖昧なサスティナブルコーヒーなどは、
今後もCSRモデルやLOHASビジネスで唄われる表題にされ、
真の社会変革にはならず半端な逸脱に向う可能性はかなり高い。

別の項でも面白い記述があった。
欧米では、低品質コーヒーが「主要(標準)」で、スペシャルティコーヒーは
「ニッチ(すき間)」として位置付けられるのに対して、
日本では、プレミアムコーヒーが従来より主流である、との内容。
 …つまり、シアトル系カフェで「エスプレッソ」や「カフェ・ラテ」
 として提供されている「スペシャルティ」豆と、
 従来型喫茶店で「レギュラー」として提供されてきた「プレミアム」豆は、
 ほぼ同等の品質であるといえよう。…
著者が大きく主張したい部分ではないのだろうが、私も含めて
「スペシャルティ」を懐疑し軽視し敬遠する(?)視座を持つ者には、
簡潔にしてアタリマエでも嬉しい表現ではないだろうか、見事。

他方、著者の根本的な主張には残念ながら私は共感できなかった。
著者は「新しい品質概念」を「社会的貢献志向の品質」と規定し、
 …コーヒーの従来からの一般的な品質は、香りと味であるが、
 その香味に対して、フェア・トレードは「生産者支援できる」
 という新しい品質を上乗せする。…
と述べている。
フェアトレードやオルタナティブトレードの意義は否定しないが、
香味という物理的で官能的な「品質」の延長線上に、貢献や支援という
概念を「品質」と呼び「上乗せする」ことには、私は違和感を覚える。
生理学や神経学から見れば、貢献や支援による満足感の獲得が
私の知覚や官能に影響を及ぼし、コーヒータイムを豊かにする
可能性は否定できないが、その場合でも「新しい品質概念」が
従来の「香味品質」判断の目を曇らせることが怖い。
「新しい概念を品質として上乗せできなければ支援できない」
という前提が仮に著者にあるとすれば、それに対して
「目標である香味品質が保証できない概念は、全く価値がない」
と断言できるのが、私にとっての「おいしいコーヒー」である。

「求めているのは正誤善悪に関わりの無い真の高品質コーヒー豆」
と広言すれば、道義的にも「怪異な存在」と非難されそうだが、
私には正当な「おいしいコーヒーの怪異(けい)在(ざい)論」なのだ。
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コメント

No title
ナカガワ URL [2009年09月22日 20時52分]

山谷にいると様々な大義名分に、その前に周囲を見渡してやるべきことがあるのではありませんか?と問いたくなります。
石脇博士も旦部先生もまずご自分が認めうる、ある目的の味があり、品質を云々するときに、いつもその「内なる目的の味」に照らし合わせて語っておられると感じます。その方向性が似た目的地点なので、かれらのいう品質についての考えは説得力があると思います。先生が信じる「おいしいコーヒー」を飲ませてください、とお願いすれば、それが万全でなくてもその時点で理解可能な味を体験させてくれます。
フェアトレードという大義が大切なのはわかるような気がしますが、わたしたちのささやかな贅沢のための数百円まで、それに使わなければ非人間的と非難されるのかしら。いまの日本でコーヒー1杯の贅沢を楽しむ庶民は、どれほどアンフェアな富の分配でも文句も言わず、生を謳歌しています。ルカニ村のコーヒーは、まずは○×御殿に住んでいるような人たちに全部飲み干してもらってください。その支援を受けて、品質が安定向上したコーヒーをわたしどもに飲ませてください。そうなれば、辻村先生の「内なる目的の味」のセンスと志が問われるわけですが、そこをオープンにしないままでは、説得力に欠けるような----言い過ぎかしらねえ。

珈琲
しんろく URL [2009年09月22日 21時20分] [編集]

ブログ、じっくり拝見させていただきました。
コーヒーの話、難しくてわかりませんが、凄くこだわっておられることは、しっかりと伝わりました。
ご存知かも知れませんが、伊吹山のついでがありましたら、長浜市の長浜別院大通寺の山門の真前にある「珈琲院ロマン亭」に一度足を運んでみてください、帰山人さんのお眼鏡に適うかどうかはわかりませんが、ここのマスターも相当なコーヒーマニアです。

No title
y_tambe URL [2009年09月24日 01時10分]

「フェアトレードであること」には、確かに価値があるのでしょう。しかし辻村先生の主張では、その価値(value)を品質(quality)と混同するように誘導している点がよくないですね。シニカルに言えば、「フェアトレードであること」を「品質」に含めて議論するのは、アンフェアな行為ではないでしょうか。
「コーヒーの品質」とは、極論すれば「ブラインドテストでも確認可能な要素」だと考えてます。つまり、その氏素性や肩書きなどを一切隠して比較したときにも出てくる違いです。これは単に楽しめばいい立場にいる一般消費者にとってはあまり意識することのない(そして、意識する必要もあまりない)部分だと思ってますが。例えば産地でのコンテストの審査員とか、カップテスターなど、それぞれのサンプルの『品質』を評価し、「○○コンテストで優勝した農園の豆」などという「価値」を新たに生み出す立場の人にとっては、ブラインドテスト(そこまで行かなくても、付随する情報に対する主観を極力排除した判定)でも判定可能な「品質」というものがポイントになってきます。
医学薬学の分野で言えば、新薬を開発するときに「確かに効きめがあると言えるかどうか」を検定する、その「有効性」が品質に相当するもので、いわゆる「プラセボ効果」を排除しても検証可能なものでなければならないように。
ただし必ずしも、この「品質」だけがコーヒーにとって唯一の「価値」の基準ではないわけです。有名なブランド名だとかコンテストで入賞したとかの「ネームバリュー」、コピルアクとかかつてのピーベリーのような「希少価値」、あるいは有機栽培とか無農薬とかサステイナブルなどの「(分類しにくい)付加価値」などの、さまざまな価値感と並んで、「高品質であること」も言わば、価値感の一つに過ぎません。消費者としての我々は、これらの情報まで全部引っ括めたものを「総合的なおいしさ」として味わっているのだから、これらを引っ括めて「そのコーヒーの価値 (value)」として判断するし、それに値段 (value) が付いて取引されるわけです。「フェアトレードであること」にも同様に「価値がある」のであれば、それに対して対価が支払われるべきだ、という主張であれば違和感はありません。辻村先生の主張では、それを「高品質だ」ということにすり替えてしまってる部分に問題があるのではないかと。

to:ナカガワさんy_tambeさん
kisanjin URL [2009年09月24日 12時01分]

ご両人、コメントありがとうございます。
「品質」という表現に問題がある、という点では私も含めほぼ共通の見解ですね(当然か)。
何をもって「品質」とするか、「価値」のどの程度が「品質」によるものか、供給側から消費までどの点に立脚して見るか、などで人それぞれ主張が異なるのでしょう。
ナカガワさんの「言い過ぎかしら?」は、(私は)言い過ぎとは思いませんよ。ただ辻村さんには「酷」かもしれませんが(笑)。
私が大学生の頃は、どの分野でも「学究」と「社会行動」は区分していたような気がします。その後、有用性への反省からなのか、理念先行型のフィールドワークや変革行動直結型の論考発表が随分増えてきましたね。まぁ、人間独りの中に「学究」と「社会行動」が並存することに疑問はないのですが、例えば「経済論」に「品質概念の拡大による社会変革」が提唱されるところまでくると、どうも私にはなじめません。y_tambeさんが指摘される学究的アンフェアさも気になるのですが、この本のイチバン怪しいのは、着地点が学究なのか社会行動なのかわからない部分ではないかと…それとも私が古いのだろうか?

to:しんろくさん
kisanjin URL [2009年09月24日 13時45分]

ハハハ、「凄くこだわって」ますか?「こだわり」はヨロシクないので「いれこみ」でいきたいと思っているのですが…もっともこういう言葉尻に「こだわって」いるようでは、「いずれの行も及び難き身」(←門外漢が言うな!)真のコーヒーマニアにはなれませんね。
「珈琲院ロマン亭」知りませんでした。長浜市には「高千穂」という別の自家焙煎店も開店しているらしいので、機会があれば両店とも訪ねてみたいと思います。情報ありがとうございます。

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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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