ウルトラなんちゃらほい

ジャンル:スポーツ / テーマ:マラソン / カテゴリ:走の記:大会編 [2009年07月22日 02時00分]
3年前、初フルマラソン完走直後に「よし、次はウルトラだっ!」と口走った。
興奮状態での妄言ではあったが、その後も「いつかは…」とは思ってきた。
1年前、初開催のトレラン100kmレースがあることを知り、トレランに興味は
あるものの、遠い次元の話題として「こんな無茶な大会」と知人に話していた。
だが、仮に、だ。この大会で完走すれば、距離としてロードのウルトラに匹敵し、
尚且つ(マラニック系や縦走系は別として)国内最長のトレランレースを
制覇したことになるわけで…

2009年7月19日
『OSJ おんたけウルトラトレイル100km』 103K

トレラン大会走歴11ヵ月弱、累計7レース目にして挑む、暴挙!
おんたけウルトラ1
前日、昼過ぎには受付を済ませて早々に宿入り、午睡を目論むが眠れない。
宿での夕食入浴後もほとんど眠れずに、身支度しスタート地点に向かった。

おんたけウルトラ2
日の変わる0時、王滝小中学校をほぼ最後尾でスタート。
私のヘッドライト(GENTOSヘッドウォーズプロフェッショナル)が、
周囲のランナーのライトよりも一際目立って明るい。
中には近寄ってくるランナーもいて、軒や傘ならぬ光を貸している状態?
雨が降り始める。しかし、雨より睡魔がうっとうしい。どうにも眠い。
空が白み始める頃にまで進むと、道端に倒れこんで眠るランナーがチラホラ。
「オレも寝ようかな」「オレの走力では寝たら関門は越えられない」と脳裏で論争。
あくびを連発させボーっとしながら走る自分の姿に、自ら失笑する。バカだな。
おんたけウルトラ4

制限時間内コース踏破だけが目標なので、登りは全て歩き、降りはゆっくり走り、
約40Kの第1関門エイドステーションでの休息仮眠を狙う。
が、雨が時折激しく降り、関門エイドのブルーシートも毛布もベタベタ…
仮眠はあきらめて先に進むことにする。
思いのほか関門棄権するランナーが目立つのは、悪天候のためだろうか?

50K地点の看板を見て、約半分まで来たという思いよりも、
(距離的に)経験の無い未知の世界に踏み込んだ、という期待と不安を抱いた。
徐々に息が上がって、登りの早歩きが「早」ではなくなってくる。
途中の小エイドで、第2関門突破が時間ギリギリだと後に余裕が無くなる、
と大会スタッフに言われて、ますます気はあせるが体が動かない。
前を行き後ろに付かれ抜きつ抜かれつのランナーの顔ぶれが固定しはじめた。
つまり、時間内踏破だけが可能性と目的の集団。
誰ともなく声をかけあい、励ましあったり愚痴りあったり…

約70Kの第2関門では装備品の補給入れ替えが可能なので、
自分に用意した楽しみだけを頭に浮かべ、ゼーゼーヘロヘロと前進する。
やっとの思いでたどり着いた第2関門、用意した楽しみ2つに飛びつく。
まず、小麦物語のハード系パン(カマンベールチーズ&ドライトマト)、
ダイトレ・志賀高原でも持参した私のお気に入り補給食である。
大会側の用意したエイドの塩水キュウリがことのほかウマく、
パンとキュウリをムシャムシャパリパリ、これで気持ちだけは生き返った。
さらに、スタート直前から半日近くぶりのタバコを一服して、再始動!
ここ第2関門までは、途中棄権の理由と弁明を想像して迷う自分と、
頭の中で戦っていたが、残り3分の1、もはや目指すはゴールのみ。

約85Kの第3関門までは登りよりも降りが長く、降りは大半を走った。
ここで自重すれば良いものを、無理矢理でも動ける我が身に思い上がり、
最後にツケが回ってくることも知らずに…
おんたけウルトラ5
第3関門ではエイドの素麺を流し込みながら、残りの行程を計算し
歩き続けてでも時間内にフィニッシュすることが可能なハズ、と結論する。
残り約20Kは上って下って上って下って、どうせ踏破できるならば
一刻でも早くフィニッシュしたい、という欲が、早々に第3関門を後にさせた。

上って下って上って下る途中で、右脚の付け根の痛みが急速に酷くなり、
走るどころか歩くこともままならない状態になってしまった。
それでも、そろそろと前進、あまりの激痛に息さえまともにできず、
時々視界がかすみ、気が遠のいていくが、歩みは止めない。
残り5Kで、土砂降りの雨中沿道でSALOMONスタッフに励まされるが、
彼らの眼前でへたり込んでしまった。
激痛とそれを堪える防御反応によるものか、体温の調整ができなくなり、
震えが全身に起こり始めた。低体温症状である。
「大丈夫ですか?リタイアします?…って、したくないですよね…」
と私に声をかけてきたスタッフ2名に、結果、タオルとジャケットを借りて、
再び体を捩って引き摺り進む。

もはや距離も時間も感覚が混乱し、残り何キロなのかわからないが、
沿道の木の枝にマーキングされた赤テープが私の視界に入った。
「フラム・ルージュだっ!」という身勝手な解釈で、意識が少し濃く戻った。
助け励ましてくれたスタッフや同道のランナーたちに心中で感謝しながら、
最後の緩い坂を登り進み、フィニッシュアーチを目前にして、
おんたけウルトラ6
脚を引き摺ったまま走る。ついにゴール!長い戦いを終えた。

タイム 18h47分52秒

格好良い内容ではないが、苦しみも楽しみも充分満喫した大会となった。
おんたけウルトラ3
一夜明けて、ウルトラトレイルランナー誕生の高揚感を独り噛みしめながら、
王滝村を去ろうと車を走らせると、沿道に見送りのサポーター?サルだ。
いつか王滝のサル諸君と一緒に山を走り抜いてみたい、
利かない右脚を引き摺りながら、バカの夢想は再び始まっていた。
【2009年7月26日 追記】
リザルトが出た。

第一関門(7時間制限)  6時間07分16秒
第二関門(13時間制限) 11時間48分46秒
第三関門(16時間制限) 14時間15分52秒 
相変わらず我ながらスリリングな関門突破である。

総合順位 342位/389(完走者数)/529(出走者数)
男子順位 316位/359(完走者数)
年代順位  99位/116(完走者数)
こちらも相変わらず10人レースならば9位の位置。

大会全体の様子をリザルトデータから拾ってみると、
申込者数597人のうち68人DNSで出走率88.6%、
出走者数529人のうち140人DNFで完走率73.5%。
私よりも、関門突破がかなり余裕でも途中棄権した方も多いようで、
これは故障や怪我以上に雨天による影響が大きかったと思われる。

また、フィニッシュタイム別にみると、完走者のうち
8時間台から13時間台までが計100人、
14時間台から18時間台は、各1時間台毎に約50人で計251人。
記録レースとしては、この14時間台から18時間台の
ボリュームゾーンでいかに1時間台前の上位の50人になれるか…

私にとってOSJシリーズは新城・志賀高原・おんたけと、
苛酷「歩くゾンビ」シリーズとして定着しつつあるが、
完走を果たしているだけで好しとすべきなのだろう。
400人弱の夏山を走りきった仲間の一人として自らを誇っておこう。
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コメント

おんたけは厳しい~^^
hisabon URL [2009年08月04日 22時43分]

おんたけは厳しいレースでしたね。
ボクは18:08くらいだったので,もしかしたらどこかでお会いしていたかも。

その後足の具合はいかがですか?

ボクは9月の信越五岳に向けて、走り始めました。

そうそう,禁煙を始め5日目でしょうか?

ニコチンは抜けたようです。体の変化はこれから段々分かるのでしょうか?またご報告します。

お気遣い感謝します、
kisanjin URL [2009年08月06日 09時26分]

hisabon様。私の足はほとんど大丈夫です(ダメージはまだ残っていますが、それが全く無い時は望めませんから)。
信越五岳、おんたけより数段気持ちよいでしょうねぇ、うらやましい。私は友人と斑尾50Kです。お互い石川P大会、やってやりましょう!

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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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