期待も対消滅?

ジャンル:映画 / テーマ:映画 / カテゴリ:観の記:映面 [2009年05月18日 02時00分]
映画『天使と悪魔』
劇場で観た時間とカネを損した、とまでは言わないが、駄作。

(映画の製作順で前作の)『ダ・ヴィンチ・コード』と比べても、
私の評価は数段低い。

「宗教」と「科学」の相克を歴史的に描いた・・・と思いきや、
「壮大な」歴史的宗教解釈そのものを物語に直接貫いた前作と異なり、
今作は歴史的背景に見せかけた連続猟奇殺人事件に過ぎなかった。
この点は、そもそも原作小説がそういうストーリーなわけで、
映画製作上の失敗というわけにはいかないかもしれないが、
「天使と悪魔」事件の後に「ダ・ヴィンチ・コード」事件という
小説上の時系列を、映画では逆にしてしまった為に、
「天使と悪魔」事件の内容が余計に安っぽく感じてしまう罪はある。

また、カトリック信仰に対峙する「科学」の象徴として
CERN(欧州原子核研究機構)から盗まれた反物質が登場するが、
小説上でのCERN回りの人物像や物語を映画で切り捨てた分、
反物質爆弾をガジェットにした必然性が極度に薄い作品になっていた。
現実の物理学から見た『天使と悪魔』の虚実なども巷間で語られているが、
こと映画について言えば、そんな検証遊びをする程の価値もない。
SF好きの私にとっては、安く扱われた「反物質」がカワイソウである。

『ダ・ヴィンチ・コード』が重いテーマで物議をかもした他方で話が解り難い、
だから今作『天使と悪魔』は解り易さ優先のビックリ活劇にしました、
という狙いも解らなくもないが、変えすぎだと私は思う。
前述の通り、歴史性も借り物背景にされてガジェットも弱い、
おかげで主人公ラングドン教授も謎解き屋というよりも
降りかかる事件の狂言回しに堕ちた感で、
このままでは「乱愚鈍」教授シリーズになってしまう。

「謎解き」と「活劇」、「重苦しさ」と「解り易さ」、
「変人」と「ヒーロー」、それらの全てが前作以上に中途半端で、
物質と反物質との対消滅ごとく、私の期待も対消滅してしまった。
勝手を言えば、ラングドン教授ものには、
「ムチを持たないインディ・ジョーンズ」ではなくて、
「ヒトを食わないハンニバル・レクター」をお願いしたいのだが・・・
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
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