晴れた大会は来るか

ジャンル:スポーツ / テーマ:マラソン / カテゴリ:走の記:日常編 [2009年04月29日 02時00分]
春の6連戦を終えて、友人Mからの連戦完走の祝辞に
「それにしても、ランナーズブルーどころか、次のレースまで・・・」
とあり、ドキッとした。
これこそが、走歴も走力も貧弱なニワカランナーが
「過剰に連戦するとどうなるか」を如実に表している指摘である。

掛川フル完走直後、芝生に座り込んでレース後のタバコ一服。
と、隣に、私よりやや年配かと思われる男性ランナーと
応援で付き添った奥方がやってきた。聞けば、「初フル」完走。
話しかけた私に奥方は「何が良くって今更マラソンなんか」と
バツが悪そうに返してきた。だが、私にはよくわかった。
疲労困憊ボロボロで足攣りの苦痛にもがく自分の姿の体裁悪さに
半ば照れながらも、旦那の目の奥にはフル初完走の「充実感」。
これだけは、この人がこの時しか自覚できない感情である。
自分で作った「晴れ舞台」をつとめきったゾォ~、
という旦那の無言の雄叫びに気圧されそうになる。

過剰連戦は、「ハレ(晴)」と「ケ(褻)」の差が失われてしまう。
大会参加は「ハレ」、意を決した非日常の行事である。
しかし、連戦で大会参加が日常化していくにつれて、
「ケ」に近づいていってしまう。大袈裟に言えば、
普段の飲食や排泄、睡眠といった行為に近づくのである。
ヒトは、特別でない日常の行為には、特別な喜びは覚えない。
いや、喜びを覚えるか否かの前に、「意を決し」すらしない。
そして「意を決し」ていない精神は、日常の「ケ」も枯らす、
すなわち「ケガレ(穢れ)」である。
「ケガレ」た日常は大会参加を「ハレ」舞台にはしてくれない。

過剰連戦で穢れた私の心身は、最終戦の「掛川」で麻痺したのだろう。
この状態は、意を決してレースに臨み、そして燃え尽きた
いわゆる「ランナーズブルー」とは別物だと想う。
日常化しても(或いは日常化したからこそ)飲食や睡眠を拒否しない様に、
次の大会参加を拒否はしない。
だから、「次のレース」などと顕在意識では考えてしまうのだ。

あのボロボロ旦那の目の奥の喜悦、あの無言の雄叫びを
私自身が再び欲する時、また新たに「意を決し」たハレ舞台が作られる。
今は、それをどうして取り戻し乗り越えるのか、わからない。
「ハレとケ」の民俗学・文化人類学に例えた通りならば、
どこかに「再生」の手法と機会が用意できるハズなのだが・・・
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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