銀座、パリ、そしてカフェ。

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2018 [2018年09月02日 01時00分]
コーヒーにはカフェが欠かせないが、カフェにコーヒーは不可欠ではない? どういうことかと言えば、例えばやれナントカ農園の豆は何点だのと喚くに必死なコーヒー屋の店主でも、コーヒーの歴史を話す場合は(昔のコーヒー屋としての)カフェの隆盛や変遷を話題にすることが多い。昔のカフェがコーヒーばかりを飲んでいる客で成りたっていたとでも言わんばかりに。だが、近代のヨーロッパ各地で隆盛したカフェにしろ、或いは明治晩期から大正期を経て昭和初期に興隆した日本のカフェにしろ、コーヒーは提供されていた品目の一部でしかない。確かにカフェを舞台に革命や政変が発したり、文学や美術や芸能が生み出されたこともあろうが、その時に消費されていた嗜好飲料はアブサンだったのかもしれないし、歴史を動かしたメニューは牡蠣やドーナツだったのかもしれないのだ。つまり、社会史や文化史としてカフェを位置付ければ、カフェの歴史にコーヒーは不可欠ではない。だからなのだろう、関口一郎や標交紀の昔語りの本を喜んで読むコーヒー屋の連中は多いが、コーヒー自体の登場が少ないカフェの歴史本を読むコーヒー屋はごく限られている。そんな商売目線でしかコーヒーを知りたがらないコーヒー業界の連中は相手にしたくもないが、連中が読みそうもないカフェの歴史本が2018年2月に2冊も発売された。いずれも労作である。
 
 銀座、パリ、そしてカフェ。 (1)
『銀座カフェー興亡史』 (野口孝一:著 平凡社:刊 2018)
 
 《本書は、この昭和初期に隆盛をきわめたカフェーを銀座を中心に詳述し
  た社会風俗史。著者(一九三三年生まれ)は中央区立郷土天文館に勤
  務する人だけに、実によく資料を調べて書いている。その丹念さに驚く。
  大仰ではなく、今後、昭和初期の銀座を語るのに本書は必須の文献に
  なるだろう。(略) カフェーの女主人を列挙しているくだりは特に読みご
  たえがある。物理学者の石原純との恋愛で知られる歌人の原阿佐緒。
  作家、徳田秋声をはじめ竹久夢二らとも浮名を流した山田順子。さらに
  日本映画の女優第一号、花柳はるみ。小津映画に出演した八雲恵美
  子。錚々たる女性がカフェーを経営したことに驚く。》 (川本三郎:評/
  『週刊ポスト』2018年4月6日号 小学館:刊)
 
 銀座、パリ、そしてカフェ。 (2)
『パリとカフェの歴史』 (ジェラール・ルタイユール:著 広野和美,・河野彩:訳
原書房:刊 2018)
 
 《本書の原題は、Histoire insolite des cafés parisiens です。訳せ
  ば「パリのカフェの数奇な歴史」とでもなるでしょうか? しかし、邦題が
  『パリとカフェの歴史』となっているように、これは正に、カフェを通して
  見たパリの風俗、政治、社会、芸術の歴史です。(略) 居酒屋、キャバ
  レー、大衆酒場、カフェ、ブラスリーと呼び名は違っても、カフェはその
  時代の縮図そのものなのです。(略) その語り口はなめらかで、ときに
  寄り道をするものの、糸を紡ぐように軽妙洒脱に話が綴られていきます。
  その洒脱さゆえに、本書は刊行の翌年(二〇一二年)に、ユーモアに
  富んだ軽妙な作品に贈られるラブレー・アカデミー賞を受賞しました。》
  (広野和美 「訳者あとがき」/『パリとカフェの歴史』)
 
 銀座、パリ、そしてカフェ。 (3)
『銀座カフェー興亡史』と『パリとカフェの歴史』は、(提供されていたメニューの一部でしかない)コーヒーという嗜好飲料には正しい意味で拘らずに、共に《実によく資料を調べて》カフェの歴史を《糸を紡ぐように軽妙洒脱に話が綴られ》ている。こうしたカフェの歴史を空間的にも時間的にもより広範に拾った名著には、『喫茶店の時代 あのときこんな店があった』(林哲夫:著 編集工房ノア:刊 2002)や『楽園・味覚・理性 嗜好品の歴史』(ヴォルフガング・シヴェルブシュ:著 1980/福本義憲:訳 法政大学出版局:刊 1988)などがある。だが、野口孝一とルタイユールによる今般の2冊は、対象をより限定して(前者は銀座で、後者はパリという)街の定点観測(?)的な視座に徹底している。長年に渡って都市史の研究を一途に続けてきた者にしか著せない佳作といえよう。また、別の見方で評すれば、『銀座カフェー興亡史』は『神戸とコーヒー 港からはじまる物語』(田中慶一:著 神戸新聞総合出版センター:刊 2017)と東と西の街で対になって日本のカフェ史を補完するものといえるし、『パリとカフェの歴史』は『パリ物語 グルメの都市をつくった人々』(玉村豊男:著 中央公論社:刊 1992/後に改題『パリのカフェをつくった人々』として中公文庫 1997)以来で初めて読み応えのあるパリのカフェの歴史に関する本である。
 
フランソワ・ラブレー(François Rabelais/1483?-1553)は「食欲は食べていると起こり、喉の渇きは飲んでいると起こる」(L'appétit vient en mangeant, la soif s'en va en buvant.)と記した(『ガルガンチュア物語』)。その貪欲に倣えば、コーヒーにはカフェが欠かせないし、カフェの歴史を知ることはコーヒーを追究する私に不可欠である。
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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