料理人に至高なし

ジャンル:グルメ / テーマ:海外レストラン / カテゴリ:食の記 [2018年08月13日 05時30分]
料理の《味に「究極」などというのは、実はあり得ない》と、辻󠄀静雄は言っていた(『料理に「究極」なし』 文藝春秋:刊 1994)。《「究極の食事」(パーフェクト・ミール)という考えそのものがばかげている》と、アンソニー・ボーデインも言っていた(『世界を食いつくせ! キッチン・コンフィデンシャル・ワールド・エディション』 野中邦子:訳 新潮社:刊 2003)。だが、私の記憶が確かならば、料理の世界には‘法王’とか‘神様’とか呼ばれる料理人がいた。では、彼らは「究極」の存在なのか? はて、料理人に「至高」はあるのか?
 
 料理人に至高なし (1)
ポール・ボキューズ(Paul Bocuse)は、畔柳潤より285日早い1926年2月11日に生まれて、アーシュラ・K・ル=グウィンより2日早い2018年1月20日に死んだ。
 《ポール・ボキューズを紹介するとなると、非常にスケールの大きな人間の
  姿を描くことになる。フェルナン・ポワンの影響であろうか? 確かに師と
  同じように、彼は調理場から離れる。ただし、料理人の白衣を身につけ
  たままだ。彼の望みは、料理人がその苦労にふさわしい報いを客から
  受け取ることである。》 (エドモン・ネランク/『フランス料理の歴史』 ジャ
  ン=ピエール・プーランと共著 山内秀文:訳 KADOKAWA:刊 2017)
 料理人に至高なし (2) 料理人に至高なし (3)
「ポール・ボキューズ。料理人としての私にとって最初のヒーロー。とても寛容で偉大な偉大なシェフ。彼と過ごした時間は名誉であり夢の実現。安らかに眠れ」と、アンソニー・ボーデインはツイートした。ポール・ボキューズが創設した国際料理コンクール「ボキューズ・ドール」の初の大会委員長を1987年に務めて2017年には名誉会長となったジョエル・ロブションは、リヨンのサン・ジャン大聖堂で行われたボキューズの葬儀に参列した。
 
 料理人に至高なし (4)
ジョエル・ロブション(Joël Robuchon)は、ジャン・ドラヴェーヌより丸26年遅い1945年4月7日に生まれて、アラン・サンドランスより407日遅い2018年8月6日に死んだ。
 《彼の魂の父であり良き仲間、その歩みを導いた人物の名前は、ここまで
  伏せておいた。メートル・キュイジニエ・ドゥ・フランスのジャン・ドラヴェー
  ヌである。キャリアを重ねるにつれて、ロビュションは、技術の向上と美
  意識の進化のためには調理工程の管理が必要であることを痛感する。
  こうして確立したロビュション・スタイルが、彼の料理創造のいたるところ
  に浸透している。》 (エドモン・ネランク/前掲『フランス料理の歴史』)
 料理人に至高なし (5)
2010年にテレビ番組「アンソニー世界を喰らう」(No Reservations)の100回記念でエリック・リペール(リパート)と共にパリを訪れたアンソニー・ボーデインは、ジョエル・ロブションとムフタール通りのカフェ「ル・パピヨン」で会食した。「師匠ジョエル・ロブションの死にショックを受け、とても悲しい。厳格で几帳面で要求も多い、驚くべき才能に恵まれたシェフの王。安らかに眠れ」と、エリック・リペールはツイートした。
 
 料理人に至高なし (6)
アンソニー・ボーデイン(Anthony Bourdain)は、アラン・デュカスより80日早くてアラン・パッサールより40日早い1956年6月25日に生まれて、ポール・ボキューズより139日遅くてジョエル・ロブションより59日早い2018年6月8日に死んだ。
 《コックはみんなセンチメンタルな道化だ。とどのつまり、料理についても同
  じことがいえるのかもしれない。(略) この世に道理があるならば、私は
  少なくとも二回は死んでいたはずだ。(略) 「人生をもっと楽しめばよかっ
  た! もっと気楽に生きて、好きなことをすればよかった……」 こんな後
  悔だけは、私にはない。(略) 私が悔いるのはもっと情けないもので、人
  を傷つけたこと、人の期待を裏切ったこと、時間や金を無駄に費し、恵
  まれた立場を十分に活かさなかったことだ。私はいまもここにいる。自
  分でもそのことに驚いている。毎日そう感じる。》 (アンソニー・ボーデイ
  ン 『キッチン・コンフィデンシャル』 野中邦子:訳 新潮社:刊 2001)
 料理人に至高なし (7)
この世の道理にしたがえば、アンソニー・ボーデインは一回だけ死んだ。テレビ番組「アンソニー世界を駆ける」(Parts Unknown)のロケでエリック・リペールと共にアルザス地方を訪れたボーデインは、泊まっていたホテル「ル・シャンバール」の部屋で首を吊って自殺したのである。「ル・シャンバール」はミシュランガイド2つ星のレストランでもあり、オーナーシェフのオリヴィエ・ナスティは「料理人で著述家で司会者で先駆者であったアンソニー・ボーデインに大きな敬意を表し、彼の家族と彼に夢見た世界中の人々に哀悼の意を表します」とフェイスブックに掲げた。
 
料理に「究極」はない。それはセンチメンタルな道化だ。とどのつまり、料理人についても同じことがいえる。至高の料理人という考えそのものがばかげている。死んだ料理人は料理をつくらない、そのことを驚くにあたらない。料理人には志向や思考や嗜好がある者もいるのだろうが、料理人に「至高」はあり得ないのだ。
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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