コーヒーと文化

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2018 [2018年07月16日 23時00分]
2018年7月13日、東京は白金台、「八芳園」の池の鯉を見ながら想う。コーヒーをつくること、コーヒーをのむこと、コーヒーをかたること…それらは‘文化’(cultura)と捉えられるものだろうか? コーヒーに‘文化’はあるのだろうか? 庭を歩き巡りながら考えてみるが、それにしても暑い。涼しい館内へ入り、式の会場へ向かう。
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公益財団法人辻󠄀静雄食文化財団が主催する第9回辻静雄食文化賞の贈賞式に参加。その第9回辻静雄食文化賞の受賞作品は、『珈琲の世界史』(講談社:刊 2017)。この本の「おわりに」で山内秀文氏と共に《「コーヒーおたく」として先輩にあたる》と謝辞を贈られた私としては、著者である旦部幸博氏へ祝意を伝えるべく臨席した。
 
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辻󠄀芳樹氏の挨拶、石毛直道氏の講評と贈賞、旦部幸博氏の受賞コメント、続いて専門技術者賞の杉野英実氏(HIDEMI SUGINO)への講評と贈賞と氏の受賞コメント、と式が進んだ。面白かったのは両受賞者への目録渡し。第3回辻静雄食文化賞を受けた田口護氏(自家焙煎珈琲屋バッハ)から目録を手渡されて、渡す田口さんも渡された旦部さんも感慨深げ。同じ第3回に専門技術者賞を受けた谷昇氏(ル・マンジュ・トゥー)は、長広舌をふるってから杉野さんへ目録を渡す。
 
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シャンパンが配られて参加者の皆で乾杯、そして懇親会。閉式後、田口夫妻と旦部さんとで八芳園館内の「スラッシュカフェ」へ。ホセ(川島良彰氏:ミカフェート)の写真がのったメニューからカフェオレとアップルパイを選んで、おやつの憩い。 
 
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「AWkitchen(エーダブリュキッチン) TOKYO 新丸ビル店」へ移り、旦部幸博氏が主催の受賞答礼の夕宴、集ったのは計10人。佐野朋弘氏(NHK出版)や君島佐和子氏(料理通信)と様々な食やコーヒーの談議をしながら、農園バーニャカウダをバリバリ食べてワインを飲む。散会。帰宅する田口夫妻のタクシーに旦部さんと共に相乗りして歓談を続ける。宿「ほていや」に泊まる。
 
2018年7月14日、東京は山谷、「ほていや」の部屋で淹れたマンデリンを飲みながら想う。昨日は式でも宴でも饗応にあずかりっ放しで食やコーヒーの泰斗と交らい語って楽しんだが、あれも‘文化’と捉えられるものだろうか? バルコニーで煙草を喫しながら考えてみるが、それにしても暑い。宿を出て、隣の店へ向かう。
 
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「café Bach」(カフェ・バッハ)へ。出来上がったばかりのカルディナールシュニッテンを‘おめざ’にグアテマラ・コンポステラを味わう朝。旦部さんも来て、差し向かいのコーヒー談議。出掛けのマスター(田口護氏)とも少談。ママ(田口文子氏)から出されたフルーツも食べながら談ずる。店を出て旦部さんと別れ、都バスで南へ、鳥越神社を覘く。
 
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「蕪木」へ。406日ぶり2回目の訪。深煎りの羚羊(かもしか)を飲みながら、かもがやを齧って舐め味わえば、鼻の奥へ抜ける深い香りが調和して好い。蕪木祐介氏とコーヒー談議。店を出て、浅草橋界隈を散策してから、帰途へ着いた。
 
 《仲のよい気のおけない友人と楽しむのが、料理。おいしければ、なお良
  い。楽しいな、一緒にいてよかったな、そう思える相手と食事をすること
  が、「本当においしい」ということです。》 (辻静雄 「会食の至福」/『料
  理に「究極」なし』 文藝春秋:刊 1994)
 
 《文化の基盤は、民衆の質素な暮しからは生れてこない。その昔、独裁者
  や、王侯貴族の跋扈(ばっこ)していた時代にこそ文化がその花を咲か
  せてきたのは誰しも知っている。民衆の暗い、やりきれない生活の犠牲
  の上に、成りたってきたものである。いったい文化というものは、それで
  も、私たち庶民にとって、必要なものなのであろうか。》 (辻静雄 「西ヨ
  ーロッパの食生活」/『料理に「究極」なし』 文藝春秋:刊 1994)
 
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私は、全てが辻󠄀静雄氏(1933-1993)の言った通りだとも思えない。独りで食べたり飲んだりしてウンウンと香味を噛みしめることが、《「本当においしい」ということ》も私にはあるからだ。けれども、《楽しいな、一緒にいてよかったな、そう思える相手と食事をすること》から、‘文化’(cultura)が生まれてくるような気もする。いったい‘文化’というものは、必要なものなのであろうか。例えば、辻静雄食文化賞というものは、コーヒーに必要なものなのであろうか。その授賞式で旦部さんは《食と文化の交わるところにあるものがコーヒー》と語っていたが、コーヒーに‘文化’はあるのだろうか? コーヒーを飲みながら、また考えてみよう。
 
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コメント

No title
嶋中労 URL [2018年07月21日 10時40分]

旦部さん、よかったね。まじめにコツコツ資料を集め、まじめにコツコツ研究を続けていく。こういう根気仕事、ボクにはできません。『珈琲の世界史』にはボクも登場しています。旦部さんは、ホント、気配りの人だねえ。近く地元でコーヒーの市民講座を開くことになりました。旦部さんの本を虎の巻にして、せいぜい〝シッタカブッタ〟を演じようと思います。

to:嶋中労さん
帰山人 URL [2018年07月21日 12時41分]

この旦部さんの栄誉は、「旦部君はブルーバックスで一冊書くべきだ」という労師の一言から始まったんでしょ。やっぱ労師はエラい! それにしても集った面々は本当に生真面目だよなぁ、と改めて感じました。相手が田口さんだろうが山内さんだろうが旦部さんだろうが、常にフザケて引っ掻き回すのは私だけ…。そうですか、労師も珈琲寄席の高座に上がりますか。せいぜいギターでも抱えて朗々とコーヒー話を歌ってくださいよ。

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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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