蕎麦に居るね 31

ジャンル:グルメ / テーマ:蕎麦 / カテゴリ:食の記 [2018年07月05日 01時30分]
機械打ちの蕎麦は如何か? 機械打ちの蕎麦は駄蕎麦か? 新島繁は「機械打ち」を《手打ちの対語》とするが、他方で「手打ち」をこう説く。
 《そば切りが江戸で市販されてから、しかも機械打ちのなかった時代に「手
  打そば」という言葉があらわれた。これは当時の「駄そば」(二八そばと
  も)に対抗した言葉で、生粉打ちの上製という意味である。「駄は粗なり」
  の意とされるから、手打ちを看板とした店は、自ら一級店を名乗ったも
  のと察せられる。》 (新島繁 『蕎麦の事典』/柴田書店:刊 1999)
だがなぁ、『誹風柳多留』に「手打そば 下女前だれを かりられる」という川柳があるように、落語の「そばの殿様」みたいな駄蕎麦未満の手打ちがあったのかもしれない…それじゃ‘奇怪’打ちだぜ。では、機械打ちの蕎麦は奇怪な蕎麦か?
 
 
2018年6月2日
 蕎麦に居るね31 (1) 蕎麦に居るね31 (2)
「かめや」(新宿店)で、「元祖冷し天玉そば」を食す。
 《元祖天玉そばは、生玉子ではなく温泉玉子を使っている。(略) 温泉玉子
  が優れた点は、玉子を箸で切ってもつゆが濁らず、食べやすいことだと
  思う。うまいつゆとそばを食べてもらいたいという配慮から生まれたアイ
  デアだろう。》 (坂崎仁紀 『ちょっとそばでも 大衆そば・立ち食いそばの
  系譜』 廣済堂出版:刊 2013)
最中種(もなかだね)屋から甘味喫茶を経て転業した上野池之端の鰻屋(龜屋一睡亭)が、どうしてションベン横丁(新宿西口商店街)で蕎麦屋を始めたのか? 温泉玉子で天玉を‘元祖’にしたのはなぜか? そんな考えても仕方がないことを考えながら、座って食べる立ち食い蕎麦屋のレジェンド(?)を味わう。とびきり美味いわけではないが、何も不味くなくてかなり美味い。
 
2018年6月3日
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「蕎麦 冷麦 嵯峨谷」(神保町店)で、「天もりそば」を食す。
訪店する前に母体の越後屋が投資ファンド(J-STAR)の傘下となった新興チェーン。十割そば系で食餌として使うに適当なのは「そば処 吉野家」と同様だが、「嵯峨谷」の麺は平打ち(正確には平押出し?)で舌触りはソフトだが雑っぽい臭みが強い。麵も汁も味はそれほど悪くないが、店に風情が感じられないところは価値判断が業態と損得勘定しかないからだろうなぁ。
 
2018年6月24日
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「よもだそば」(名古屋うまいもん通り広小路口店)で、「特大かき揚げそば半カレーセット」を食す。
名古屋駅で「みたて」から「晨光庵」そして「千成」へと七転八倒して‘よもだ’な立ち食い系蕎麦屋が、2017年12月より「よもだそば」の3号店となった。約2年前に日本橋店を訪ねて以来の「よもだ」で、カレーセットに初めて挑む。
 《ヱスビーのカレー粉をベースにして、そのバランスを崩すためのスパイス
  を何種類か加えると、インドカレーっぽくなるんです。そして、酸味を前に
  押し出すためにトマトとヨーグルト。》(九十九章之:談/平松洋子 『味な
  メニュー』 幻冬舎:刊 2015)
モチッとした感じの麺にも(かき揚げというよりも)玉葱揚げにも汁にも甘味が薄っすらとあって好い。だが、この蕎麦の調和に《酸味を前に押し出す》カレーが全く合わない、セット失敗。
 
2018年7月1日
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「更科」で、「冷やしたぬき」(W:油アゲ3枚追加)を食す。
久しぶりに岐阜の「更科」、この店は二重に‘オカシイ’。まず屋号に反して(?)御膳粉どころか黒々とした小麦粉7割の麺、さらに揚げ玉(天かす)に加えて油揚げがのった「冷やしたぬき」が名物。東海林さだおならば「それ、いたちそば」とツッコムかもしれない(参照: 東海林さだお 『ナマズの丸かじり』 朝日新聞社:刊 1991)。もっとも、「更科の蕎麦はよけれど高稲荷(たかいなり) 森(もり)を睨んで二度と来ん来ん(コンコン)」の麻布永坂の高稲荷下が江戸蕎麦の‘更科’系譜の源流なのだから、今般に岐阜「更科」で「冷やしたぬき」大盛りに油揚げをさらに3枚増しても‘オカシイ’わけではない。でぇれぇあんめぇ油揚げまるけの「冷やしたぬき」、ワシワシ混ぜてモグモグ食べる大衆蕎麦、美味い。
 
2018年7月2日
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自宅で、「人参とシメジのぶっかけ蕎麦」を食す。
半夏生、桂歌丸(1936-2018)が死んだ。蕎麦屋が登場する落語「おすわどん」は、桂歌丸の得意の演目だった。「おすわどん」は古くに上方噺だったのが江戸へ伝わったのだろう、桂米朝(三代目:1925-2015)がエッセイ「おそばの落語」(季刊『新そば』4号 1961/『そばと私』 文春文庫に収載)で紹介しているように、妻妾同居となった悪妾の‘おすわどん’が本妻をいびり殺すというものだった。これが近来は変わる。柳家喜多八(1949-2016)は妻妾同居でも円満で陰惨な描写を抜いた話で演じていたし、桂歌丸と三遊亭圓楽(五代目:1932-2009)は先妻が病死した後添いとして‘おすわどん’を描いていた。変わらないのは‘おすわどん’を‘おそばうどん’とする地口で、昔はこれで話を落としていたらしい。桂歌丸が口演した「おすわどん」の録音を聴きながら、滝沢食品の十割干しそばを茹でて「人参とシメジのぶっかけ」を夏越しの蕎麦として摂る。落語「おすわどん」は悪因苦果の復讐譚から稀代奇矯の怪異譚へと変わってきたのだなぁ…では、機械打ちの蕎麦は奇怪な蕎麦か? して、これをなんとするのだ? へぇ、手打ちになさいまし。
 
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コメント

機械打ち
藤岡博志(森猫太鼓) URL [2018年07月07日 23時16分]

東京ビックサイトの厨房設備の展示会で、
某自動機会社の機械打ちの十割蕎麦を試食した事がありますが、
機械を売るために蕎麦粉を吟味したのか?
機械打ち十割蕎麦屋では、味った事がない
美味しさでした。

to:藤岡博志(森猫太鼓)さん
帰山人 URL [2018年07月08日 02時35分]

それは(吉野家や嵯峨谷が各店舗で使用しているような)押出し型の製麺機ですか? いや、押出し型がイイとかワルイとかでもなくて、「機械打ち」と言っても、混ぜ(水回し)・捏ね(練り)・のし(延ばし)・切り(or押出し)のどこをどのように‘機械化’するのかによっても、一概に横並びで良悪を比べることはできないワケで…。もちろん、原料(蕎麦粉の品質・特性・状態・メッシュ)によっても大きく左右するのは、コーヒーと同じ。ますます、一括りでは比べ難いワケで…。

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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
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