そうだ 京都、嗜好。 4

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2018 [2018年05月14日 23時00分]
デザイン(design)とは‘de+sign’であるから、符号の除去や観念の逆転がデザインであるとも言える。だから、嗜好品としてのコーヒーにも時として、思いこみの否定に繋がるデザインが求められる。例えば、1980年12月に「わけあって、安い。」のキャッチフレーズで登場した「無印良品」では、フリーズドライのインスタントコーヒーに関して強烈な指摘が掲げられた。曰く、《粒のこわれを防ぐオイル・コーティングを省略。粒は不ぞろいですが、風味は変わりません》、と。「えっ?」と思わず声を上げたくなるような‘de+sign’(デザイン)だ。「嗜好品文化研究会」が京都で開く催事、今般は「嗜好品とデザイン」がテーマに掲げられている…では、その「嗜好品文化フォーラム」へ4年連続で行ってみよう。そうだ!京都、嗜好。
 そうだ京都嗜好4 (1) そうだ京都嗜好4 (2)
 
2018年5月12日
「第16回 嗜好品文化フォーラム」 (京都新聞文化ホール)
 
午前の部である嗜好品文化研究会の助成研究口頭発表を聴く。「起業家の営みから紐解くインドネシアの珈琲文化」(荒木亮)、「明治期における大衆の蜜柑の消費と需要」(伊藤大生)、「福島県広野町の人とタバコの主観的意味を巡る生活誌」(立花理砂)、「嗜好品としての音楽コンテンツ ──同人音楽作品を事例に」(藤下由香里)、「上田秋成と明代文人の茶癖 ──江戸文人の煎茶嗜好について」(梁旭璋)の計5題。多様な研究テーマが並んで‘頭の体操’に好適であるのは毎度だが、今般は領域や手法で自縄自縛になって研究のデザインが崩れた発表が多くて残念。梁氏の《秋成にとって煎茶は「癖」》という発表は嗜好が効いていて実に面白い。昼飯を摂りつつ暫し休憩。
 
午後の部は「嗜好品とデザイン」をテーマとした講演と討論。記念講演「いまデザインとは ──KYOTO Design Labの試み」(小野芳朗)と、基調報告「嗜好品をデザインする」(井野瀬久美惠)と、小池一子・太田心平・髙田公理・藤本憲一・井野瀬久美惠・斎藤光の6人(敬称略)による総合討論。以下、備忘語録(順不同)。
(宮田識曰く)デザインの目的は平和だ。人の役に立つデザイン。和(あ)える。チョコレート(嗜好品)が社会の関係性をデザインする? カカオもタバコもコーヒーも脱文脈化と再文脈化、両方にデザインが関わる。デザイン性と嗜好性はコインの表裏。嗜好品は手間暇かけたものじゃないか。
髙田さんが「無印良品は自己言及的ブランド」と突けば、小池さんが「‘これはパイプではない’のマグリットによるチョコレート広告」で返す見事。髙田さんが「国家の嗜好品化はイカン!」と括って催事が終了。
 
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今般も「嗜好品文化フォーラム」会場から北北西約1kmに駐車して、催事の前後に「café de corazón」(カフェ デ コラソン)へ。前には毎土曜7時からのモーニングコーヒークラブに参加して談議。後には取り置いてもらった夏みかんのアーモンドケーキにコスタリカを合わせて喫し、さらにインディアも飲みながら店主と談議。日暮れて帰途に着く。
 
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はたして嗜好品とデザインは人の役に立つのか? フォーラムの討論では「京都が(文化やデザインの)フィルターになっている」という話があった。その地で、嗜好品を思考しながら、コーヒーを‘de+sign’(デザイン)した一日…そうだ!京都、嗜好。
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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