カップに神はいるか? 後篇

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2018 [2018年03月05日 05時00分]
承前〕 『スペシャルティコーヒー物語 最高品質コーヒーを世界に広めた人々』(マイケル・ワイスマン:著 久保尚子:訳 旦部幸博:日本語版監修・解説 楽工社:刊 2018)は、サードウェイブのコーヒーカップに神がいることを示したのだろうか? 私は、そうとは思えない。
 カップに神はいるか? (1)
 
 《そのような大きな問いに取り組む前に、まずは、コーヒーという飲み物に
  ついてもっと知る必要がある。真っ先に思い出すのは、ニック・チョウが
  淹れてくれたカプチーノだ。(略) そのミルク入りコーヒーは砂糖のように
  甘く、クリームのように濃厚だった。砂糖もクリームも使われていないは
  ずなのに不思議である。(略) バリスタたちはこのようなコーヒー体験を
  「ゴッドショット(神の一杯)の瞬間」と呼ぶ。バリスタの技が見事に結実し
  た稀有な体験。私はニックの横で至福の一杯を味わい、天にも昇る心
  地だった。》 (『スペシャルティコーヒー物語』 pp.19-21)
 
これは私の(無神論者のコーヒー狂として身勝手な)僻見だが、著者ワイスマンが《ミルク入りコーヒー》に《至福の一杯を味わい、天にも昇る心地》を嗜好するところから始まる‘物語’、これに全き信憑はできない。しかし、ワイスマンが描き出した‘物語’には別のところに効用がある。一例を挙げよう。2007年4月、コーヒー品評会「ベスト・オブ・パナマ」の時季に合わせてパナマを訪れたマイケル・ワイスマンは、エスメラルダ農園のダニエル・ピーターソンの証言を拾っている。
 
 《私たちが粘液質の除去に使用している無発酵技術は、一〇年ほど前に
  考案されました。私たちと付き合いのあるバイヤーたちは、長らくこの無
  発酵処理を受け入れようとしませんでした。そこで私たちは、ブラインド
  方式でカッピングを行い、無発酵で粘液物除去を行ったコーヒーのほう
  が美味しいことを証明しました》 (『スペシャルティコーヒー物語』 p.236)
 
この2007年「ベスト・オブ・パナマ」オークションでエスメラルダ農園は落札最高位の4連覇を果たして、翌2008年から単独品評会「エスメラルダ・スペシャル」を始めた。そして、(『スペシャルティコーヒー物語』以後となる)2011年より「ベスト・オブ・パナマ」に、「エスメラルダ・スペシャル」には翌2012年から、それぞれ乾式精製(ナチュラル)の部門が設けられたのである。《無発酵で粘液物除去を行ったコーヒーのほうが美味しい》というダニエル・ピーターソンの証言は僅か4年後に反故された。このように、サードウェイブという波に乗るコーヒーが情報だけでなく実態までも軽佻浮薄であること、その示唆を『スペシャルティコーヒー物語』は与えてくれる。年ごとに啓示を変える連中、それを私は‘神’とは崇めずに‘悪魔’と罵る。
 
 カップに神はいるか? (3)
今般の日本語版『スペシャルティコーヒー物語』で最も好ましいところは、旦部幸博が監修と解説を担ったことである。特に巻末の解説「現代コーヒー史の理解に必須の書」は、本書の位置付け、意味合い、影響を述べ、背景や本書以後の展開を補足し、原著の犯した誤謬まで指摘している。‘神’の視点に立ったかのような(?)そつがない仕事である。だが、 訳者の久保尚子も旦部幸博も、実際のところ‘神’ではない。
 
 《人気のヴィンテージスニーカー「チャックテイラー」を履いたおしゃれな
  細身の男性が、一台一万一〇〇〇ドルもする艶やかな高性能マシン
  「クローバー」でエスプレッソを淹れ、ラテアートを描いて出してくれた。》
  (『スペシャルティコーヒー物語』 p.18)
 
クローバーは(言うまでもなく)エスプレッソを淹れるマシンではなく、原著に照合しても誤訳である。『スペシャルティコーヒー物語』以後の動向について旦部幸博の解説は、《その行き着く果てにいったいどんなコーヒーが生まれるのか、予想だにつかない》(『スペシャルティコーヒー物語』 p.400)と記している。けれども、私には‘神’に代わって断ずることができる…その行き着く果てにも、コーヒーカップに‘神’などいない。
 
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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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