カップに神はいるか? 前篇

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2018 [2018年03月03日 05時00分]
『スペシャルティコーヒー物語 最高品質コーヒーを世界に広めた人々』(久保尚子:訳 旦部幸博:日本語版監修・解説 楽工社:刊 2018)は、フードライターのMichaele Weissmanマイケル・ワイスマン)が2008年に上梓した“GOD IN A CUP: The Obsessive Quest for the Perfect Coffee”の日本語版である。私が原著を読んだのは2012年の春だったが、当時の感想は「ふ~ん」程度であった。この話を進める前に、『スペシャルティコーヒー物語』が登場する以前のコーヒー本を4冊ほど挙げておこう。
 カップに神はいるか? (1)
 
Stewart Lee Allen(ステュアート・リー・アレン)の“the devil's cup: Coffee, The Driving Force in History”(1999)
 
Mark Pendergrast(マーク・ペンダーグラスト)の“Uncommon Grounds: The History of Coffee and How It Transformed Our World”(1999/『コーヒーの歴史』 樋口幸子:訳 河出書房新社:刊 2002)
 
Charis Gresser(チャリス・グレッサー)とSophia Tickell(ソフィア・ティッケル)の“MUGGED: Poverty in your coffee cup”(2002/『コーヒー危機 作られる貧困』 日本フェアトレード委員会:訳 村田武:監訳 筑波書房:刊 2003)
 
Antony Wild(アントニー・ワイルド)の“coffee: a dark history”(2004/『コーヒーの真実』 三角和代:訳 白揚社:刊 2007)
 
 カップに神はいるか? (2)
これら4冊のコーヒー本は各々に視点も異なれば精度に不揃いもあるが、いずれもコーヒー市場をおそった2度の「コーヒー危機」(1990年代初頭の第1次、2000年代初頭の第2次)を背景に、コーヒーの歴史と進展が光り輝くものばかりではないことを示した。悪魔だの暗黒だのと言われればコーヒー業界は面白くないのだろうが、その闇の主因がアメリカ合衆国の政府と業界の策謀であると捉える私は、これらの本にある種の‘清々しさ’を感じていた。そこへ(旦部さんも「百珈苑BLOG」で言っているように)アレンの“the devil's cup”を意識して対照する新たなコーヒー本、ワイスマンの“GOD IN A CUP”が登場した。コーヒーの世界が、特に最大にして最悪の‘悪魔’の消費国であるアメリカが、カップの中に光り輝く‘神’を語ることは許されない…そうした私の反感が「ふ~ん」程度に評させたのだろう。
 
 《そのアメリカのコーヒー事情を理解したいと問われたら、私はまず二冊の
  歴史本を参考書として挙げるだろう。一冊はマーク・ペンダーグラストの
  『コーヒーの歴史』、そしてもう一冊がこの『スペシャルティコーヒー物語
  (原題:God in a cup: the obsessive quest for the perfect
  coffee)』だ。(略) アメリカのコーヒー史は、この二冊を合わせて完成す
  る。そしてそれは、日本を含んだ世界のコーヒーの現況を理解する上で
  も必要かくべらざる情報である。》 (旦部幸博 解説「現代コーヒー史の
  理解に必須の書」/『スペシャルティコーヒー物語』 p.388)
 
確かにワイスマンの『スペシャルティコーヒー物語』は、マーク・ペンダーグラストの『コーヒーの歴史』の後に到来した《アメリカのコーヒー事情》や《日本を含んだ世界のコーヒーの現況》を理解するに好適である。だが、私が煩くいえば、『スペシャルティコーヒー物語』はそれそのものが《歴史本》ではない。では、何か? 注視するべきは、‘The Obsessive Quest for the Perfect Coffee’という原著の副題、或いは「最高品質コーヒーを世界に広めた人々」という日本語版の副題にある。
 
つまり、「カウンターカルチャー」のピーター・ジュリアーノと「インテリジェンシア」のジェフ・ワッツと「スタンプタウン」のデュエン・ソレンソン、いわゆる「サードウェイブ御三家」を主に描いたコーヒー気狂い列伝である。嶋中労が著した『コーヒーに憑かれた男たち』(中央公論新社:刊 2005)や『コーヒーの鬼がゆく』(中央公論新社:刊 2008)のUSA版が『スペシャルティコーヒー物語』であるとも(嶋中さんに怒られそうだが)言えようか? その嶋中労のブログ記事に《波に乗るコーヒーの赤鬼たち・人で辿る米国スペシャルティコーヒーの始まりからサードウェーブまで》と仮題で遊んだコメントが寄せられていた(「吉祥寺「もか」恋々」コメント 2011年10月16日/「嶋中労の「忘憂」日誌」)が、その仮題遊びにワイスマンは『スペシャルティコーヒー物語』で挑んでいたのである。だからといって、コーヒーカップに‘神’がいるとまで、私は捉えないが……。 〔続く
 
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コメント

No title
嶋中労 URL [2018年03月09日 10時03分]

この本、出てすぐに原書で読みました。バッハの中川氏が「読んだら要約を教えて!」とムチャクチャ言うので、急いで読んだのです。内容はあんまり覚えていませんが、拙著のUSA版ということは言えるかも。ボクもこれからは英語で書きます。

to:嶋中労さん
帰山人 URL [2018年03月09日 12時01分]

労師、「御三家」に引っ掛けて貴著のUSA版などと臆面もなく言い放って申し訳ありません。ワイスマンの本が、珈琲屋の看板と人物が十年続いて一致することすらない、極めて断片的な一瞬のルポでしかないこと、存知の通りです。珈琲屋の生臭い人生そのものを追いかけた御高著とは、実際には中身が違いますね。で、これから英語で書くのであれば、アルフレッド・ピート(1920-2007)とテッド・リングル(1944-)とジョージ・ハウエル(1945-)の3人でお願いします。この連中を取りあげた方がまだマシですな。

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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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