おもかさま

ジャンル:ライフ / テーマ:ひとりごと / カテゴリ:あ・論廻 [2018年02月18日 23時30分]
アラビアンモカにアビシニアンモカ、ムニールモカにハラールモカ、保登(ほと)モカに吉城(よしき)モカ…モカにもいろいろあるが、「おもかさま」こと吉田モカ(旧姓:菅原/1875-1953)こそが史上‘最狂’のモカである。その「おもかさま」の孫である「みっちん」こと石牟礼道子は、2018年2月10日に死んだ。
 おもかさま (1)
 
 《石牟礼道子は、幼少時から狂女の祖母と心を通い合わせ、しかもその祖
  母との間で魂が「入れ替わった」血統書付きの狂女である。》 (臼井隆一
  郎 『「苦海浄土」論 同態復讐法の彼方』 藤原書店:刊 2014)
 
 《二〇一五年一月のある日、道子が「ハハハ」と愉快そうに笑った。夕方に
  なると目がかすむ道子のために私は『「苦海浄土」論』を大きな声で読み
  上げていた。本の後半の〈血統書付きの狂女〉という言葉にくすぐられる
  ように道子は反応したのだ。》 (米本浩二 『評伝 石牟礼道子 渚に立つ
  ひと』 新潮社:刊 2017)
 
目には目を、歯には歯を、狂った世間には狂った女を…水俣病闘争の同態復讐で血債の返済を求める狂女となった石牟礼道子は、1927年3月11日に生まれた。
 おもかさま (2)
 
 《世間では何かあるのかとテレビをつけましたら津波の映像。そして津波な
  のに都市が燃えていた。(略) 息もせずに、それをみんなで見つめて、な
  んという日だろうと思っていると、「今日は石牟礼さんの誕生日ですよ」と
  言われた。(略) また水俣のように、人々の潜在意識には残るけれども、
  口には出さない状況になると思いましたね。(略) 「また棄てるのか」と思
  いました。この国は塵芥のように人間を棄てる。》 (石牟礼道子:談 「上
  野千鶴子のニッポンが変わる、女が変える」/『婦人公論』2013年5月
  7日号 中央公論新社:刊)
 
 毒死列島身悶えしつつ野辺の花 (石牟礼道子/季刊『環』vol.46 2011)
 
石牟礼道子は84歳の誕生日に発した東日本大震災を詠じた句を、2013年秋に皇后美智子へ出した手紙の文末に添えた。この後、同年10月27日に美智子は天皇明仁と共に熊本県を訪れて水俣病胎児性患者と対面したが、さて、次代皇后雅子は新たな元号の時代に水俣を訪れるだろうか? それとも、雅子の祖父でありチッソ(旧:日本窒素肥料/現:JNC)の社長だった江頭豊(1908-2006)のように《また棄てるのか》? いずれにしても、昭和の黎明から平成の終焉までの計33,730日のうち33,210日を生きた石牟礼道子が、《塵芥のように人間を棄てる》社会を視ることはもうない。
 おもかさま (3)
 
 《安らかにねむって下さい、などという言葉は、しばしば生者たちの欺瞞の
  ために使われる。》 (石牟礼道子 『苦海浄土 わが水俣病』 講談社:刊
  1969)
 
 《石牟礼道子は水俣病闘争のジャンヌ・ダルクと言われた。しかし、本書は、
  石牟礼道子を海と大地を殺すチッソの「母親殺し」(オレステイア)に呼び
  出されて登場すべく登場する復讐の女神(エリーニュース)と呼びたいの
  である。(略) 近代資本主義社会は日々、母親殺しの殺人現場である。
  ギリシア悲劇に倣えば、復讐の女神エリーニュースが登場してしかるべ
  き時である。》 (臼井隆一郎 前掲書)
 
 《「未来に何かをやりに行くのではなくて、過去に忘れたものを取りに行け」
  ということが石牟礼さんのとても大きなメッセージではないかなというふう
  に思うんです》(若松英輔:談/『100分de名著』58 「苦海浄土」 第3回
  「いのちと歴史」/NHK Eテレ 2016年9月16日放送)
 
 《黒砂糖はこの頃使います。コーヒーに黒砂糖入れたらおいしかったですも
  ん。それ以来です。たんに甘いだけじゃないですね。いろんな栄養が含ま
  れていますから》 (石牟礼道子:談 2016年9月/米本浩二 前掲書)
 
 おもかさま (4)
‘昭和’の石牟礼道子は血統書付きの狂女であり復讐の女神であるが、‘平成’の石牟礼道子は救済の聖女あるいは恩寵の女神へ変化(へんげ)した…そう私には感じられる。少なくとも『苦海浄土』三部作が完結した後の最期まで10年ほどは、《コーヒーに黒砂糖入れたらおいしかったですもん》という村媼となり、やや詰まらないし気に入らない。それでも、《過去に忘れたものを取りに行け》という若松英輔の言葉に同感の思いを強くして、《たんに甘いだけじゃない》黒砂糖入りのモカコーヒーを飲みながら狂った資本主義社会への復讐を私は画策する。「おもかさま」の如く、いつの日かわれ狂うべし。
 
【追記】 2018年2月19日
 
上記「おもかさま」の記事をSNSで告知したところ、『苦海浄土』に《とても石牟礼道子的な喫茶店で、コーヒーのあとにタクワンのサービスがついてる》店の描写がある旨のコメントが、臼井隆一郎より寄せられた。存知しているが、機に乗じて抄出して解説を加える。
 
 《ついさきごろ、水俣の隣の鹿児島県出水地方の、元軍用飛行場のあたり
  で、喫茶店にはいったことがある。畠作地帯の野壺の上に、二年ばかり
  前に建てられたという感じの喫茶店だった。 三つばかりの赤んぼを、空
  き椅子の上に乗せてあやしながら、若い夫婦が店をやっていた。 いか
  にも人のよさそうな笑顔で、マスター服を着た店主は、腰をかがめて言っ
  た。 「奥が空いています。どうぞ奥へ」 ほかに客はいなかった。全部で
  六台のテーブルを囲んだ店内の、入り口に坐るのも悪い気がして、奥の
  テーブルに坐った。なるほどその一台は、衝立てで囲んだ四人がけの、
  すっぽり躰が沈むソファで、「奥」という感じがなくもなかった。 壁をみる
  とサインペンの手書きで、ダンボールの紙に、「朝の特別定食、うどん、
  漬物、コーヒー」のセットで三八〇円也とある。 まだ水洗便所にはでき
  ないとみえ、いっしょに入った連れたちが扉をひらくごとに、生あたたか
  い厠の匂いが店中に漂った。武蔵野あたりが東京に変ってゆく頃は、こ
  ういう感じであったかと思ったが、朝の特別定食を注文するお客は、ど
  んな人が多いですかと聞くと、客のいないカウンターの中で、お嫁さんが
  うどんを煮ているあいだ、赤んぼのおしめをはずしかけていた若いマス
  ターは、「ゴルフをしに来やる人たちじゃなあ」と答えた。 いま南九州畠
  作地帯でゴルフをしに来るとは、どういう人たちかしらと、わたしは考え
  こむ。 たくあん漬けとコーヒー、そしてうどんが朝のメニューとは、なか
  なか考えたものである。きっとあの婆さまたちの「茶呑み時間」を、若夫
  婦は知っているにちがいない。あの歯の欠けた婆さまたちの、たくあん
  を嚙む音と、渋茶をすすりあう世界の伝統が、たぶんこの店によみがえ
  った。》 (石牟礼道子 『苦海浄土』第二部「神々の村」第四章「花ぐるま」
  /『石牟礼道子全集 不知火』第二巻 藤原書店:刊 2004)
 
この《元軍用飛行場》とは、1937年から構築が始まった出水海軍航空隊飛行場であろう。当初は練習部隊用の補助飛行場だったが、大東亜戦争の終盤に作戦基地へと転用されて多くの特別攻撃隊機が飛びたった。
 
 《ここは阿久根、川内、伊集院を経て鹿児島市へ急行で二時間半、不知火
  海をへだてて天草と対し、南西に甑島列島をひかえた、すこぶる景勝の
  地である。ひろびろとした青草の飛行場のはてには、地上からも銀色の
  海が見える。》 (阿川弘之 『雲の墓標』 新潮社:刊 1956)
 
1948年に出水飛行場の跡地は36戸からなる開拓農業協同組合へ払い下げられたが、1955年に飛行場の再建による航空学校の設置が画策されると近隣住民は筵(むしろ)旗を押し立てて反対した。
この出水飛行場の跡地は後に出水市に買収されて、1963年にゴルフ場へと転用された。この出水ゴルフクラブは、麻生財閥の麻生太賀吉に推されて当時の出水市長である渋谷透(渋谷俊彦現市長の実父)が建設したもので、発起人代表と運営会社社長とクラブ理事長が市長(地主)と同一人物という怖ろしい構図のまま、大赤字経営に転落して現在に至る。
石牟礼道子は《南九州畠作地帯でゴルフをしに来るとは、どういう人たちかしら》と考え込んでいたが、それはゴルフに狂っていた麻生太賀吉や渋谷透らだったのである。
 
 おもかさま (5)
石牟礼道子が訪ねた《うどん、漬物、コーヒー》がセットの喫茶店の周辺は、飛来した鶴が麦畑を群れ舞う地であり、また、特攻隊と筵旗とゴルフ場がセットの地でもある。《水俣の隣の鹿児島県出水地方》も不知火海に抱かれた土地であり、その《畠作地帯の野壺の上》にある喫茶店は「歴史の野壺」の上に建っている。その原質は隣の水俣と何ら変わるところがない、《とても石牟礼道子的な喫茶店》である。
 
 おもかさま (6)
 
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コメント

十六夜橋のおもかさま
臼井隆一郎 URL [2018年02月19日 01時01分] [編集]

 石牟礼さんに、ご自分で好きな作品はなんですかとミーハーらしく尋ねたことがる。『十六夜橋』と即答された。居場所がない、どこにも、ってな人が沢山出てくるのが、石牟礼文学の一番好きなところかな。安心できるのね。おもかさま、大好き。

to:臼井隆一郎さん
帰山人 URL [2018年02月19日 11時44分]

『「苦海浄土」論』は「これまで書かれた石牟礼論の最高峰」と渡辺京二にベタ褒めされたようですが、ありゃ、ポセイどんが暴れて地震と津波でうちあがった天の魚を拾ってきて解剖したような話でしたね。え? なんばいうか!って? だって、『十六夜橋』が典型だけども、一人だけ歳を食わないで不知火神話を高唱するような語り部にゃ勝てませんよ。懸想したあねさんに死なれて残念でした。臼井さん、魚は天のくれらすもんでござす。

年を取らない語り部のあちらヴァージョン
臼井隆一郎 URL [2018年02月19日 23時15分] [編集]

『苦海浄土』のドイツ語版。表紙の大きな魚がカール・シュミットの『リヴァイアサン』の表紙そっくりでいろいろ連想して楽しんだ。リヴァイアサンって元々は蛇。蛇がウシの顔を付ければ竜になる。あちらではリヴァイアサンが国家となったらしいのだが、こちらでは竜は天に昇って消えるだけかよ、と残念な感じがしきり。どうしてそうなるのか、その神話的歴史を見て伝える語り部はいた筈なんだけど、途中で消えちゃった。ムネーモシュネー(記憶の女神)。デンマークの岸辺あたりに寝そべってる、Danish Girlじゃない、人魚姫になってはあまりにカワユく小さすぎる。記憶の女神がモネタ(貨幣の女神)に変身してしまってから、過去を伝える女神に代わって貨幣が人の記憶を支配するようになる。もち、外付け記憶装置や電脳社会も金が支配する。死んだムネーモシュネーを蘇生させる術をおもかさまに聞きたかった。

to2:臼井隆一郎さん
帰山人 URL [2018年02月20日 02時43分]

なるほど並べてみるとそっくりだけれども、リヴァイアサンの絵は鯨なんですね(追記の最後に貼ってみました)。どうも神話っぽくない姿だけれども、リヴィアタン・メルビレイというトンデモな名前を付けられた中新世の化石クジラもいる。んで、『記憶よ、語れ』でナボコフがスケッチした蝶の学名はパルナシウス・ムネーモシュネーで、人魚姫よりさらにカワユく小さすぎるので、もう笑うしかない。モネタより昔に、リュディアではパクトーロス川の砂金でエレクトロン貨を造ってたんでしょ。あの川はレーテー(忘却)の川なんですよ、きっと。そういえば、エーレクトラーは弟のオレステースと違ってエリーニュースから復讐されないけれど、自らの罪は忘却したのかしらん。だから、貨幣が記憶を支配するようになったのかも。案外アレーテイア(非忘却)はその辺りじゃないかと、おもかさまに訊いてみよう。

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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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