お茶の時間

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2018 [2018年01月23日 01時00分]
「お茶の時間」…といえば、土橋とし子の絵本『おちゃのじかん』(佼成出版社:刊 2013)だろうか? 《ほんま、せかい中には、いろんなお茶があるもんやなあ》…顔が描かれたカップを見て、ダンくんのコーヒーカップ(つちはしとしこ 「夢の夢」/『季刊コミックアゲイン』第2号 1984年11月秋号 日本出版社:刊)を思い出した。お茶の時間に、ふと思う。人生は他人が見る夢の中の自分が見る夢のようなものだろうか? 「ちょっぴり異色な大型新人デビュー!」と銘打たれた頃の土橋とし子の漫画は、お茶の時間に最適だった。
 お茶の時間 (1)

 《お茶の時間に、ふと思う。「人生の折り返し地点」という言葉があるけれど、
  人生を折り返せた人っているのだろうか? コーヒーを飲みつつ、首をひ
  ねり、店を出る時には忘れている。それでも、人生について考えた午後
  になる。お茶の時間は、ふと、なにかを思うための、人間らしい時間だっ
  た。》 (益田ミリ 「はじめに」/『お茶の時間』)
 お茶の時間 (2)
「お茶の時間」…といえば、益田ミリの漫画『お茶の時間』(講談社:刊 2016)だろうか? 《わたしたちは、たえず、己に自己表現を課している生きもの、なのかもしれません》…このコミックエッセイを発刊当時に読み逃して、日本コモディティコーヒー協会アウォード2016「CCAJ賞」の候補に挙げなかったことを悔いている。お茶の時間を、益田ミリは独りで過ごす。誰かとお茶するにも、その往き還りは独行する。だから、《コーヒーを飲みつつ、首をひねり、店を出る時には忘れて》いても、その観点と沈吟は信憑するに足る。
 
 《「ちょっと、お茶にしようか」─ ひと息つきたいとき、おしゃべりのお供に、
  いつの時代も人々はお茶の時間をもっていました。その時間の傍らに、
  ときには中心にあって、欠かすことができないのがお茶の器です。本展
  覧会は、岐阜県現代陶芸美術館が所蔵する茶器、ティーセット、コーヒー
  セットを中心に、お茶の時間に纏わるうつわを紹介するものです。》
  (岐阜県現代陶芸美術館 「お茶の時間」展)
 お茶の時間 (3) お茶の時間 (4)
「お茶の時間」…といえば、岐阜県現代陶芸美術館の展覧会「お茶の時間」だろうか? 別の企画展を訪ねたついでに、併催していた「お茶の時間」展を観た。ルーシー・リーとハンス・コパーによる〈ティー・サーヴィス〉(コーヒーセット)に再会して喜んだり、川口淳による〈楽園文コーヒードリッパー〉の無機能に苦笑したり。だが、《お茶の時間を取り巻く文化に注目し、うつわが織りなす時間や空間にも視点をおき》という謳いは大嘘で、館蔵品などを60ほど引っ張り出してきて並べただけ、無能かつ不粋。グッドデザイン賞2003年度審査委員長特別賞を受けた「ロドチェンコ・ルーム・プロジェクトを中心とするロシア・アヴァンギャルドの陶芸展:発想から展開まで」でアレクサンドル・ロトチェンコのデザインを実制作した〈ティーセット〉が入口で紹介されていた。これでロシアンティーを飲ませるくらいの演出はできないものか?
 お茶の時間 (5)
「お茶の時間」展では「ちょっと、お茶にしようか」という気にならないので、館を去って5kmほど車を走らせて自家焙煎珈琲店の「まめ蔵」を訪ねる。店主(水野政明)と歓談しながら、お茶の時間に、ふと思う。《人生について考えた午後になる》…「お茶の時間」は、これで好い。
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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