珈琲のフシン

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2018 [2018年01月05日 05時00分]
オオヤミノルさんが『美味しいコーヒーって何だ?』(マガジンハウス:刊 2013)に続いて、またコーヒー本を出したよね。『珈琲の建設』(誠光社:刊 2017)ってやつ。この本でオオヤさんはまたコーヒーを「殺す飲み物」って呼んでいるんだけど、そう言われるたびに不審に思って受け入れられないんだよね、やめたほうがいいよって。どうかすると、コーヒーじゃなくてオオヤさんの方を殺したくなるんだよね。いや、これは発言する者を挑発し、苛立たせる、堂々巡りの「反=反=珈琲入門」として語るんだけどね。
 フシン
 
第一考 ── コーヒー屋の一人称の変遷について
『珈琲の建設』のあとがきで堀部篤史さんが《オオヤさんの話はわかりにくくて面倒くさいという人は少なくない》(p.94)って言っているけど、確かにわかりにくいんだよね。例えば、オオヤさんの一人称が「オレ」だったり「俺」だったり「僕」だったり「ぼく」だったりする。こういうブレって、「野蛮なエスプリ」とか謳う以前に読んでいて「あれ?」って引っかかる感じが貧乏くさいよね。《もっと深く考えないとあんたがやってることは抵抗じゃなくてただの消費だよ》(p.19)。
 
第二考 ── 実存を懸けることについて
『珈琲の建設』でオオヤさんは「実存」って言葉を繰り返し使っているんだけど、こういうところもわかりにくいんだよね。《オレは実存懸けてやっていないものにはどこまでも懐疑的なんだよ》(p.21)とか、たぶん「正しくあるべき自覚存在」くらいの意味で「実存」って言っているんだろうけれど、だったら「様子見してないで‘engagement’(アンガージュマン)しろよ」って言いなよ。「実存」に対置される「本質」で考えると、そもそも「実存」を「懸ける」って表現も変だし、傲慢だよね。《コーヒーの歴史においてとても大きなハードルを越えた先人たちの子どもたちの根拠なき傲慢さと、大人と同等だと思いたがる子どもたちの自己肯定願望なんだよ、そんなもん》(p.30)。
 
第三考 ── 消費者へ説くことについて
どうでもいいことかもしれないけれども、オオヤさんの文脈は誰に向かって発信しているのか、どうもハッキリしないんだよね。《ドリップの名人とか何十年もコーヒーの仕事やっている人と同じ風に家でいれられるわけないじゃない》(p.48)とか、《市民が消費者に成り下がってしまったというルサンチマンを超克するには、誇り高き一消費者として存在するしかない》(pp.73-74)とか。これって消費者を救っているようで、実はバカにしているんじゃないかな。市民を消費者に成り下げているのは誰なんだよ、って思う。《こういう風に考えていくと美味しいっていうのは教えられるものじゃなくて、自分で工夫しながら作っていくものなんだよ》(p.52)。
 
第四考 ── コーヒーの歴史を語ることについて
ちょっとビックリしたのは、オオヤさんの話はルネサンス時代のコーヒーの話に東インド会社が出てきたりするんだよね。まるっきり時間軸がズレている。「高邁な屁理屈」とか謳う以前に根拠もなく物語を騙る、それは歴史を語ることにはならない。こういう肝心なところでこそ、実存懸けてやってほしいんだよ。逆に、肝心じゃないと思っているならば黙っていろよ、ってことだよ。《とはいえ僕は嘘をついてでもさも何かあったかのように語るんだけどね》(p.6)ってオオヤさんは自嘲ともつかない言い訳を本の冒頭でしていたけれど、歴史を語る時に嘘をつくのは本当にあさましいと思う。《非常に悪魔的だし、戦争の原因ってそういうことなんじゃないの》(p.74)。
 
第五考 ── コーヒーの建設とフシンについて
『珈琲の建設』って意味がわからない。「反=珈琲入門」とか掲げて破壊的に多言を弄しているのに「建設」って、何の意味なんだろう。悪気はないんだろうけど、‘construction’(コンストラクション)じゃ少なくともないよね。だからといって、オオヤさんの話が「珈琲の建築」かって考えると上っ面だけで言えばそうだけど‘art’(アート)じゃないし、「珈琲の建造」ってほど公共性のある感じもしない。結局のところ、「珈琲のフシン」って言い換えた方が相応しいと思うんだよね。それは、オオヤさんには自分の露悪を修繕することも含めて「普請」って捉えて、さらにつけあがってもらえばいいわけだし。読み手にすれば「不審」で「不信」な話って実に正しい解釈で通るからね。
 
『美味しいコーヒーって何だ?』って何だろう? それは当に「堂廻目眩」(どうめぐりめぐらみ)なコーヒーの奇書だったんだよ。じゃあ、『珈琲の建設』って何だろう? それは当に「珈琲のフシン」と言うべき奇書だよね。
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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