コーヒーのポーション

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2017 [2017年12月01日 02時24分]
コーヒーを愛好し研究するに先覚たる山内秀文(やまうち ひでのり)氏が訳出したコーヒー本を読んだ。『ALL ABOUT COFFEE コーヒーのすべて』(ウィリアム・H・ユーカーズ:著/山内秀文:訳・解説/KADOKAWA:刊 2017年11月)である。William Harrison Ukers原著の“All About Coffee”は、その初版が1922(大正11)年に、これを改訂増補した第2版が1935(昭和10)年に刊行された。今般の日本語版『コーヒーのすべて』は第2版を底本とした抄訳、“All About Coffee”の‘all’(全て)ではなくて‘portion’(部分)であるが、山内さんが翻訳に挑んだのは四半世紀余も前であり、原書との会遇はさらに遡る。
 コーヒーのポーション (1)
 
 《私が、初めて『All About Coffee』の翻訳を手がけたのは、一九九一年
  のことで、単行本化(部分訳)を目指して、『月刊喫茶店経営』(柴田書店
  ・現在休刊)に二年間連載を続けたが、同誌の休刊によって作業は中断
  した。》 (山内秀文 「はじめに」 p.8/前掲『ALL ABOUT COFFEE コー
  ヒーのすべて』)
 
 《私が初めて『オール・アバウト・コーヒー』に出会ったのは、亡くなった井上
  誠氏のお宅にうかがった時である。ひとしきりお話をうかがったあと、話
  題が『オール・アバウト・コーヒー』に及び、奥から宝物を扱うように持ち
  出してこられた姿が目に浮かぶ。当時ほとんどコーヒーに興味のなかっ
  た私は、本の厚みにたじろいで、場を取り繕うためにざっと目を通すふり
  をしただけで、本をお返しした。》 (山内秀文 「決定版オール・アバウト・
  コーヒー」連載21 訳者より p.111/『月刊 喫茶店経営』1993年9月
  最終号 柴田書店:刊)
 コーヒーのポーション (2)
 
こうしてユーカーズ(1973-1945)は“All About Coffee”の着想から改訂第2版の完成まで四半世紀余を費やし、その約80年後に山内秀文(1950-)は翻訳の着手から訳本の刊行まで四半世紀余を要した。この間には、柳田整氏を主幹訳者としてUCC上島珈琲が企画・監訳した『オール・アバウト・コーヒー コーヒー文化の集大成』(TBSブリタニカ:刊 1995年)が完訳版として出版された。また、ユーカーズの遺作として1948年に出版された“The Romance of Coffee”については、日本語への訳出として『ロマンス・オブ・コーヒー』(いなほ書房:刊)が歴史編(広瀬幸雄・圓尾修三:共訳/2006年)・技術編(広瀬幸雄:訳/2002年)・文化編(井谷善惠:訳/2011年)の3分冊で刊行されている。だが、これら類書に負けずむしろ圧する日本語訳が、今般に上梓された『コーヒーのすべて』である。それは、山内さんのコーヒーに関する造詣と愛好の深さが、訳出された新刊に信憑できる筆致として表れているからだ。
 コーヒーのポーション (3)
 
 《『オール・アバウト・コーヒー』を前にして感じるのは、コーヒーに向かって放
  たれた圧倒的なパワーである。これは単純にコーヒーに対する熱い思い、
  と言いかえてもよい。この熱が、世界のコーヒー生産国を踏破し、ヨーロッ
  パの図書館の文献を漁りまくり、大学に科学的な検証を依頼して、これだ
  けの大著をまとめるパワーを生み出した。これは、もちろんユーカース自
  身のコーヒーに対する熱意もあっただろうが、背後にはこの本を受けとめ、
  あるいは直接・間接に本の成立を助けた多くの人々のコーヒーに対する
  熱意=パワーが存在したはずである。この社会のコーヒーに対する熱い
  思いは、アメリカではすでに消え、現在の日本にも、たぶん、ない。『オー
  ル・アバウト・コーヒー』の初版が出た一九二二年ころのアメリカに匹敵す
  るコーヒーに対する熱が感じられたのは、日本では一九八〇年代の初頭
  までである。(略) がんばれ、喫茶店! がんばれ、コーヒー!》 (山内秀
  文 「決定版オール・アバウト・コーヒー」連載21 訳者より p.112/前掲
  『月刊 喫茶店経営』1993年9月最終号)
 
 《その後も、ユーカーズは『ティー・アンド・コーヒー・トレード・ジャーナル』の
  総編集長を続けながら、一九三五年に本書の大掛かりな改定を行い
  (第二版)、そして同じ年に、さらに大規模な『All About Tea オール・
  アバウト・ティー』(全二巻、B5判・一一三〇ページ)を刊行している。こう
  してユーカーズは、コーヒーと茶という二大嗜好飲料研究において未曾
  有のモニュメントを打ち立てた。》 (山内秀文 「はじめに」 pp.5-6/前
  掲『ALL ABOUT COFFEE コーヒーのすべて』)
 
 コーヒーのポーション (4)
『ALL ABOUT COFFEE コーヒーのすべて』を読んで感じるのは、コーヒーに向かって放たれた圧倒的なパワーである。これは、もちろん著者ユーカーズ自身のコーヒーに対する熱意もあるだろうが、その背後にはこの本を受けとめて翻訳を再開して新たな日本語版の成立に努めた山内さんのコーヒーに対する熱意=パワーが存在するはずである。日本でも《コーヒーに対する熱が感じられた》1980年代の初頭に、至高のコーヒー雑誌『blend ブレンド』(No.1&No.2/柴田書店:刊)を編んだ山内秀文。その後も、辻静雄料理教育研究所でフランス料理やワインなど飲食物に関する研究を続けながら、「カフェ・マニアックス」(辻調グループWebサイト)や「カフェの歴史」・「コーヒーの歴史」(『ティー&コーヒー大図鑑 Café Marché』/講談社:刊)を著した。それから時を経て、2017年の山内さんは、『フランス料理の歴史』を3月に、『コーヒーのすべて』を11月に、共に角川ソフィア文庫で自らの解説を付した訳書を2冊続けて刊行している。こうして山内秀文は、フランス料理とコーヒーという飲食物2つの分野の研究において未曾有のモニュメントを打ち立てた。
 
角川ソフィア文庫の『ALL ABOUT COFFEE コーヒーのすべて』、この本でのみ「コーヒーのすべて」を語り尽くせるほどコーヒーの世界は狭くも浅くもないが、その腰巻(帯)に謳われた《本書を読まずしてコーヒーを語るなかれ!》という言は正しい。それが‘all’(全て)ではなくとも、真っ先に味わうべき‘portion’(ポーション:取り分=一人前)であり、本書を読まずしてコーヒーを‘一人前’に語ることはできないからである。そして、《コーヒーに対する熱い思い》を語り続けたところに「コーヒーのすべて」がある。
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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