初秋愁心

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2017 [2017年09月01日 01時00分]
初秋の夜、虫の音を聞きながらコーヒーを独り静かに喫する。こうした夜には、「ばんぢろのおいしゃん」である耕八路こと井野耕八郎氏(1916-1989)が若き頃、秋に始まり秋に終わった一年余の悲恋話を読み返したくなる。例えば、「初秋愁心」の項には…
 
 初秋愁心 (1)
 《夏も終り近く、久し振りに吉若と待合で逢瀬を楽しむことができた。窓を開け
  て夜風を入れる。十二時を過ぎた静かな夜は涼しい。風鈴がチリンチリン
  と鳴っている。何という虫か知らぬが、早くも秋の気配を感じて鳴いている。
  いつものようにお銚子が二本、盃を時折とる。(略) 「しょうがないよ。かり
  そめの約束がいつの間にかおたがいをしばってしまった。今更どうしよう
  もない。せめてもの心意気にきれいな間の情人で通そうよ」(略) 泣きじゃ
  くりながら一つの布団に入ったが、とうとう朝まで二人とも眠れない。》
  (耕八路 「博多暮色」/『珈琲と私』 葦書房:刊 1973年)
 
1938(昭和13)年、川端商店街界隈でバーテンダーをしていた井野耕八郎氏は、中洲の芸者と逢瀬を重ねた。それから80年近くが経って、同じ街に新たな「ばんぢろ」が開店した。
 
 初秋愁心 (2)
 《戦後、まだ珍しかったコーヒーを福博に根付かせ、1998年に閉店した喫茶
  店「ばんぢろ」が28日、福岡市博多区の上川端商店街に復活する。店長
  は初代オーナーの井野耕八郎さん(故人)の孫、徳安善孝さん(38)。「祖
  父の技術を受け継ぎつつ、多種多様の豆や飲み方に合う入れ方を追究
  したい」と意気込む。(略) 26日に開いたプレオープンイベントには、かつ
  ての常連客が次々と来店。復活を望んでいたという近くの向衛さん(70)
  は「初代に比べるとまだ100%じゃないけど、若いのでこれから」と笑顔
  で味わっていた。 店名は「ブリュワーズコーヒー ばんぢろ」。祖父と同様、
  入れる(ブリュー)ことへのこだわりで名付けた。》
  (『西日本新聞』 2017年8月28日)
 
「Brewer's Coffee VAN DZILLO」(ブリュワーズコーヒー ばんぢろ)は、《祖父と同様、入れる(ブリュー)ことへのこだわり》を掲げるが、豆は祖父がこだわり続けた木村コーヒー(現:キーコーヒー)ではなくて、福岡市内の「Roaster's Coffee 焙煎屋」から仕入れるようだ。《初代に比べるとまだ100%じゃないけど、若いのでこれから》ということなのか…
 
 初秋愁心 (3)
 《朝夕、秋風がさわやかになるとコーヒーの味もさえてくる。読書の前の一杯
  は、さあしっかり読もうと気分を引き立ててくれる。コーヒーをいれるときは
  二杯か三杯いれておく。良くいれられたコーヒーは、ある程度時間がたっ
  ても温めれば結構いける。(略) コーヒーは砂糖抜きでもほんのりと甘み
  がある。コーヒーの持つ甘みを砂糖を入れて、も少し強める程度でいいは
  ずじゃないかとも感じる。(略) 秋は空気もさわやか。コーヒーも砂糖の量
  を少なくして飲んだほうがうまいはず。いかがなものでしょうか。》
  (耕八路 「珈琲の話」/『西日本新聞』 1980年9月14日/『究極のコー
  ヒー』 葦書房:刊 1987年 収載/『日本の名随筆 別巻3 珈琲』 作品社:
  刊 再録)
 
確かに、《良くいれられたコーヒーは、ある程度時間がたっても温めれば結構いける》し、《コーヒーは砂糖抜きでもほんのりと甘みがある》。だが、時には加える砂糖の量を多くして飲んだほうがうまいのではないだろうか? 例えば、「ばんぢろのおいしゃん」が語り遺した「博多暮色」を読むとき、そのほろ苦い話には少し甘みを強めたコーヒーが合うだろう。《朝夕、秋風がさわやかになるとコーヒーの味もさえてくる》…そのとき、「初秋愁心」のコーヒーはほろ苦くもあり、また苦甘くも味わえるはず、いかがなものだろう。
 
コメント (0) /  トラックバック (0)

コメント

この記事にコメントする

トラックバック

この記事へのトラックバックURL
http://kisanjin.blog73.fc2.com/tb.php/1059-12238a55
編集

kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

08 ≪│2017/09│≫ 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
Powered by / © Copyright 帰山人の珈琲漫考 all rights reserved. / Template by IkemenHaizin