もり・かけ・ぼっとり

ジャンル:グルメ / テーマ:うどん・そば / カテゴリ:食の記 [2017年07月30日 01時30分]
森友学園問題と加計学園問題で揺れる政局を蕎麦に譬喩して「もり・かけ」…上手いけれども手繰る蕎麦が不味くなる迷惑な話だ。蕎麦の「もり・かけ」は、形態では「もり」が先んじて「かけ」が後を追ったが、名称では「ぶっかけ」のレトロニムとして「もり」が生じた。学園の「森友・加計」は、学校法人化では「かけ」が先んじて「もり」が後を追ったが、創立と政局では「もり」が先で「かけ」が後だった。
 もり・かけ・ぼっとり (1) もり・かけ・ぼっとり (2)
 
 《もともとそば切りは、汁につけて食べるものだったが、元禄(一六八八~
  一七〇四)のころからか、汁につけずにそばに汁をかけて食べる「ぶっ
  かけ」がはやるにつれて、それまでの汁につけて食べるそばと区別す
  る必要が出てきた。そこで生まれた呼び名が「もり」である。安永二年
  (一七七三)版『俳流器の水』初編に「お二かいハぶっかけ二ツもり一
  ツ」の句が見えるので、すでにこの時代には一般に使われていたよう
  だ。》 《ぶっかけがかけとなったのは寛政(一七八九~一八〇一)にな
  ってからである。》 (新島繁 『蕎麦の事典』/柴田書店:刊 1999年)
 
 もり・かけ・ぼっとり (3) もり・かけ・ぼっとり (4)
句では「お二階は…」と言われているが、二階俊博(自由民主党幹事長)は、作り話「一杯のかけそば」に泣いた金丸信を師と仰いでも、翁長雄志(沖縄県知事)と食べたのは沖縄そばだった(2016年10月6日)。「もり・かけ」問題の当事者である安倍晋三(内閣総理大臣)は、森友学園で昭恵夫人が講演した3日後、加計学園の加計晃太郎理事長と会食する9日前、岩手県北上市の蕎麦屋で地元住民らと食べたのは天ぷら蕎麦だった(2014年12月9日)。ズル玉のようで手繰る蕎麦が不味くなる迷惑な話だ。手繰らない蕎麦、私が未だ見たことも食べたこともない蕎麦へ話を移そう。「蕎麦ぼっとり」とは何か?
 
 《ソバボツトリ 蕎麦粉にて製せる団子にて、蕎麦餅とも言ひ、山の神祀
  りのゴク(供物)の一つなり。山の神祀りには、其他とろゝ汁、御幣餅、
  小豆飯等を総て味無しに作りて備ふるなり。祠の脇に粗末な小屋設
  けあり。年番のもの其処にて仕度をなし、夕方より宵の内迄籠るなり。
  村々にて幾分の異同あり。また春秋にて相違あるらし。而して直会は
  別に頭屋にて行はるるなり。》 (早川孝太郎 「参遠山村手記」/『民
  族』3巻1号 1927年/収載 『日本民俗誌大系』第11巻 未完資料
  2 角川書店:刊 1976年) 
 
 《そばぼっとり【蕎麦ぼっとり】 山の神祭りの供物の一つで、「そばもち」
  ともいう。供物はほかに小豆飯、味噌をつけない御幣餅など、いずれ
  も味をつけないで作る。北設楽郡ではそば団子のこと。(愛知県) 
  静岡県磐田郡水窪町大野区大沢(現・浜松市)では、そば焼き餅をい
  う。》 (新島繁 『蕎麦の事典』/柴田書店:刊 1999年)
 
「蕎麦ぼっとり」は、静岡県北西部の北遠地区(≒天竜区)と愛知県北東部の奥三河地区(≒北設楽郡)に分布する蕎麦食である。秋葉街道(国道152号線)とJR飯田線と天竜川が南北に貫く山間地域で食される「蕎麦ぼっとり」は、早川孝太郎や新島繁の言説によれば山の神への供物である。だが、「蕎麦ぼっとり」は直会(なおらい)をする‘ハレ’の食に限られるとも言いきれないようだ。
 
 《水窪町草木の場合、一日の食事はアサジャ(チャノコ)・アサメシ・ヒル
  メシ・サンバンジャ・ユーメシ・ユーナゴとなっていた。このうち基本的
  な食事はアサメシ・ヒルメシ・ユーメシの三度で、その前後に三度のコ
  バミ(小食み)がある。通常朝と昼の主食はムギ飯で、晩はムギ飯と
  ともにソバキリ・ソバボットリなどを添えて食生活に変化と潤いを与え
  ていた。》 (『静岡県史』資料編25 民俗三 「作物と食体系」 p.411/
  静岡県:刊 1991年)
 
 《こういった山々に囲まれた山里水窪での、大変なご馳走が蕎麦。蕎麦
  の料理は数々あれど、最高は、何といっても「蕎麦ぼっとり」。蕎麦粉
  を、ただ単にお湯で溶いて団子を作り、七輪の炭火で軽く焼いて、表
  面の水分を飛ばせば出来上がり。そのまま食べても美味いが、ちょっ
  と醤油をつけて食べると不思議な美味さ。蕎麦粉一〇〇%はいうまで
  もないが、蕎麦粉とお湯の分量は、作って下さったおばあちゃんの勘
  だけ。お湯の温度も。簡単にみえる料理ほど実は難しいとはよくいわ
  れることだが、この勘は絶妙だ。蕎麦搔きに似ているが、表面を焼く
  ところに違いがある。表面の水分を飛ばすと香ばしさが加わって美味
  さをさらに引きだしている。「ぼっとり」の名前は、形状がぼっとりして
  いるところからか。》 (安田文吉 尾張飲食夜話18「そばぼっとりと秋
  葉さん」/『あじくりげ』647号 2011年10月/収載 『なごや飲食夜
  話 二幕目』 中日新聞社:刊 2014年)
 
『静岡県史』の「作物と食体系」や『あじくりげ』の安田文吉の言説によれば、「蕎麦ぼっとり」が日常食として‘ケ’の食へと変ってきたようにも捉えられる。古くからの狩猟採集を併せて山間の傾斜地を耕作して徐徐に定住化していった時代、焼畑の輪作はソバから始まった。この時代に祭祀儀礼に沿った‘ハレ’の食であった「蕎麦ぼっとり」は、近世・近代と時が下って焼畑が減少するとともに食体系の変化の中で日常‘ケ’の食へと近づいていったのだろうか? いずれにしても、「蕎麦ぼっとり」には「もり・かけ」に代表される「蕎麦切り」の歴史とは異なる背景と由来が観取できて実に興味深い。「蕎麦ぼっとり」とは何か? 今後も追ってみよう。「もり・かけ・ぼっとり」と並べてみれば、蕎麦が美味くなる面白い話だ。
 
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コメント

笑いました+岩野コーヒー
山内です URL [2017年07月31日 01時13分]

電話相談室、笑いましたが、ヤバくないですか。翻訳に煮詰まっているので気が晴れましたけど。
遅コメですが、岩野君のコーヒーもヤバイです。某コーヒー屋さんが持ってて、試しに齧ったら「焦げてる?」。首捻りながら、ネルで淹れてもらったのを飲んだら、「え、大坊さんの?」。すごいトレース能力。苦甘の方です(タンザニア)。藤井君同様、おそるべし、なんですが・・。次のステップ、たいへんでしょうね。余計なお世話です。

to:山内ですさん
帰山人 URL [2017年07月31日 13時17分]

笑っていただければ好しです。ヤバくても好しです。
《岩野君のコーヒー》…そうですか、そう言われると気になるなぁ(笑) 《次のステップ》…まぁ意外と迷わないだろうし、迷っても他人に振り回されることはないだろう、と思っています。こちらも余計ですが…

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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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