シレシレシ

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2017 [2017年07月15日 05時00分]
コーヒーには白白(しらじら)しくてシレシレシ話もあるし、果果(はかばか)しくてスキスキシ話もある。
 
痴れ痴れし。「一杯のコーヒーから始まる話」(『中日新聞』・『東京新聞』 考える広場 2017年7月1日)には、臼井隆一郎の他に戸田奈穂と井崎克英の言説も載っていた。
 
 《フェアトレードにも関心があります。産地国の人たちの生活を安定させる
  ために、豆の価格が多少高くなっても構わないと思います。チョコレート
  でもそうですよね。カカオ豆を採っている子どもたちがチョコを食べたこ
  とがない例もあるそうで。》 (戸田奈穂 「味と香りのとりこに」/聞き手:
  小野木昌弘)
  シレシレシ (1)
 《よく「九〇度くらいまで冷ましたお湯で入れるといい」といわれますが、あ
  れは雑味を出さないため。豆が上質なら、グラグラにわかした熱湯で入
  れた方が、コーヒーの持つおいしさが抽出されます。》 (井崎克英 「最
  高品質の豆求めて」/聞き手:出田阿生)
 
戸田奈穂が何を言いたいのか、私には知れない。カカオ豆の脂肪分の融点によって生ずる課題としての「チョコレートの南北問題」を解っていないのか? 《豆はケニアが一番好きです》とも言っていたが、紅茶を飲みながらコーヒーを栽培しているケニアの例をどう評するのか? 痴れ言だ。
井崎克英が何を言いたいのか、私には知れない。どう焼いてもどう淹れても《豆が上質なら》ば雑味は出ないとでも信じているのか? 《何といっても「たかがコーヒー」ですから》とも言っていたが、だから《グラグラにわかした熱湯で入れ》ない水出しパックも扱っているのか? 痴れ言だ。
何かを声高に伝える意企で自ら齟齬をきたすことを恥じない…「一杯のコーヒーから始まる話」は、《なぜこんなに人を引きつけるのか。そこから何が見えるのか》だけではなくて、なぜこんなに人は愚かなのかが見えてくる。痴れ痴れし。
 
好き好きし。平野太呂の「ボクと後輩」(第24回/『POPEYE』No.844 2017年8月号)には、岩野響の言説が載っていた。
 
 《最初はスパイスカレーの隠し味にコーヒーを使っていて、初めはインスタ
  ントコーヒーを使っていたんですけれど、自分で煎ったコーヒーを使った
  らもっとおいしくなったので、それでいろんなおいしいコーヒー屋さんの
  を使ってカレーに混ぜていて、そこから「あ、コーヒーって奥が深くて広
  いんだ」って思って、そこからコーヒーにこだわり始めたっていう感じで。》
  (岩野響:談/平野太呂 「ボクと後輩」第24回)
  シレシレシ (2)
 《小学6年生のとき、両親の洋服を扱うショップのオーナーさんが『コーヒー
  に興味があるなら』と小さな手回し焙煎器をくれたんです。すぐに親に
  頼んで生豆をとりよせてもらって、家で焙煎をしてみました。コーヒー豆
  の焙煎って、時間や温度で味がまったく変わるのが面白くて。そのあと、
  学校へ行けなくなった時に、本気で取り組んでみたいと思ったのが焙煎
  でした。》(岩野響:談/友光だんご 「あえて高校に行かず15歳で「コー
  ヒーショップ」を構えた少年」/Webサイト「ジモコロ」 イーアイデム 20
  17年5月1日)
 
「HORIZON LABO」(ホライズンラボ)の岩野響については、今2017年春の開業後に知名となって大坊勝次と接点があることでも興味を抱いたが、若年やアスペルガー障害をもって巷間が騒ぎたてることには魅かれなかった。
だが、《スパイスカレーの隠し味にコーヒーを使っていて》そこから《コーヒーにこだわり始めたっていう感じ》という、今般の「ボクと後輩」で岩野響が語った話は付き付きしくて実に面白い。「たかがコーヒー」との出逢いは、こうであってほしいし、こうじゃなければいけませんよ、ええ。好き好きし。
 
何かを声高に伝える意企で自ら齟齬をきたすこと、それはよくある話だ。それを廉恥とするか破廉恥とするか…コーヒーにはバカバカしくてシレシレシ話もあるし、オモシロくてスキスキシ話もある。
 
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コメント

No title
嶋中労 URL [2017年07月17日 11時03分]

帰山人様
戸田氏と井崎氏の言説はたしかに痴れ痴れですな。帰山人さんが言うとおり、愚か者としか思えません。岩野響君の話はテレビで知りました。彼のコーヒーを飲みたいのですが、通販はやってないのよね。桐生までなら、そんなに遠くはないのだけれど……ついおっくうになってしまって。帰山人様の舌鋒は相変わらずシャープでした。

to:嶋中労さん
帰山人 URL [2017年07月17日 23時41分]

労師、岩野響氏の珈琲については、大坊勝次氏に(先月に文化学会で会った際に)直接訊いてみたんですがね。大坊さん曰く、「ボクの珈琲を甘くて美味しいとは言ってくれたけれど、彼の焼いた珈琲はボクほど深煎りに踏み込めないのか、踏み込みたくないのか…」と。察するところ、今はまだ自分の珈琲へ手探りの段階じゃないか、と。岩野さんの先は楽しみですが、今は模様眺めとしている私です。

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Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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