あじしりげ

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2017年06月13日 05時30分]
B6判の月刊タウン誌は、大阪に『あまカラ』(甘辛社:刊/1951年8月創刊-1968年5月終刊)があったし、東京には『銀座百点』(銀座百店会:刊/1955年1月創刊~)があるが、名古屋にも『あじくりげ』(東海志にせの会:刊/1956年6月創刊-2016年5月終刊)があった。いずれも定期購読などしなかったが、ふと入った飲食店で注文した品が出てくるのを待つ間に冊子を手にとり、食や味の話題を読む楽しみは知っている。読んで味わった気になる…味知り気(あじしりげ)といったところか?
 あじしりげ (1)
 
 《名古屋の月刊小冊子「あじくりげ」が、今月下旬に発行する5月号を最
  後に、60年の歴史に幕を下ろす。(略) 東海3県の飲食店や食品会
  社の老舗が集まった「東海志にせの会」が発行してきた。定期購読
  者もいたが、ほとんどは会員店舗が無料で客に配った。90年代の
  会員48店、発行1万2千部がピークだった。インターネットやグルメ
  情報誌などの影響で最後は14店、4千部まで落ち込み、終刊が決
  まった。 元名古屋タイムズ記者の本田美保子さん(73)が92年か
  ら編集を務めてきた。「店に置くことがステータスであるような魅力的
  な冊子をめざしてきた。今は消費に直結する情報が好まれる時代。
  60周年がちょうど潮時だと思う」。(佐藤雄二)》 (「月刊「あじくりげ」
  終刊」/「朝日新聞」 2016年4月13日)
 
 《昨年五月に通算六百九十三号で終刊した名古屋の食文化誌『あじくり
  げ』を語るトークイベントが、名古屋市東区橦木町の文化のみち二葉
  館であった。同誌に執筆していた俳人で名古屋ボストン美術館長の
  馬場駿吉さんと、東海学園大特任教授の安田文吉さんが思い出を
  語った。(略) 馬場さんは「原稿依頼が来るのは名誉だった」と評し
  「初めて書いたのは食卓から季節感が失われているという話題。季
  語を使う俳句をやっているので印象深かった」と振り返った。連載を
  持っていた安田さんは「ういろう、助六ずしなど名古屋の食について
  書けてよかった。自分の専門分野の歌舞伎とつながる食べ物も多く、
  書くのが楽しみだった」と話した。 同館では、終刊後に寄贈されたバ
  ックナンバーなどからなる「食の文化誌『あじくりげ』展」を、二十一日
  まで開いている。(川原田喜子)》 (「『あじくりげ』執筆者が講演 名古
  屋の食文化誌」/「中日新聞」 2017年6月10日)
 
 あじしりげ (2) あじしりげ (3)
2017年6月11日、名古屋の街へ走り街を歩く‘ブラナゴヤ’の途で、「文化のみち二葉館」(名古屋市旧川上貞奴邸)で催されている「食の文化誌 「あじくりげ」展」を観る。‘二葉御殿’を500mほど南東へ移築復元した建物の2階、浴室・洗面所・化粧室だった展示室5で、『あじくりげ』のバックナンバーがガラスケースの中に並んでいた。社会風俗や都市開発の変遷などを絡めた解説が足りない粗雑な展示、味気ない。催展としては、昨年に観た「『散歩の達人』とともに振り返る千代田の街の20年」の方がずっとマシ。支那室だった展示室8で、『あじくりげ』のバックナンバーがダンボール箱の中に並んでいた。持ち帰り自由なので、8冊ほど頂戴して去った。以下、2冊から抄出。
 
 《私の住んでいるマンションの坂を下りて大通りに出る角に、カフェが出
  来た。パリやローマの街角によくあるカフェそっくりである。冬はガラ
  ス戸をしめるが、春~秋は、開け放って、道路にはみ出してテーブル
  と椅子を並べ、飲物や軽食を楽しめる。(略) のんびりとカフェで楽し
  く食事する……なあに、それは日本人のヨーロッパかぶれさという人
  がいるかもしれないが、江戸時代の茶店も考えてみればオープンで、
  外に腰かける台があり、結構楽しいカフェだったのではなかろうか。》
  (下重暁子 「カフェの人気」/『あじくりげ』458号 1994年7月)
 
 《夕暮れどきの地下街。友人との待ち合わせ場所に早く着きすぎた私は、
  近くにあった小綺麗なカフェでしばらく時間をつぶすことにした。客は
  二十代前半らしき女性二人と私だけ。こじんまりした店なので一人で
  アイスティーを飲んでいる私の耳に、いやが応でも二人の会話が聞
  こえてくる。(略) 「でね、ユウコ言ってた。もしこのまま結婚っていうこ
  とになったら『私は死ぬまでパートナーに認められない可哀相な女だ
  よ。そんなの耐えられない』って。だから、早めに別れようと思ってる
  んだって」(略) 「可哀相な女」の名言が出たあたりで、私は後ろ髪を
  引かれる思いでカフェをあとにしたのだが、あのあと二人は『平成版・
  金の斧と銀の斧論』をどう展開させ、どう分析し、どんな考察を重ね
  たのだろうか。》 (内藤洋子 「カフェから哲学」/『あじくりげ』569号
  2003年12月)
 
『あじくりげ』のような冊子に収まった小文は、展示室や図書館の中で資料として読むよりも、やはり古びた店の小上がりなどで蕎麦でも手繰りながら味わうのが相応しい。その方が登場する食べ物や飲み物を味わった気になる…味知り気といったところか?
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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