ブラナゴヤ

ジャンル:スポーツ / テーマ:ジョギング・ランニング / カテゴリ:走の記:日常編 [2017年06月12日 01時30分]
テレビ番組「ブラタモリ」の名古屋編が放送されるというだけで、《名古屋でブラタモリだぎゃあ エビフリャー食うきゃ 放映は来月 「名古屋嫌い」誤解だがね》(「中日新聞」 2017年5月20日)などと騒ぐナゴヤ…「行きたくない街1位」になるわけだ、「尾張名古屋はバカで死ぬ」だな。
 ブラナゴヤ (1)
それでも、バカなナゴヤの街へ走り、街を歩こう。ブラナゴヤだ! 「ブラタモリ」名古屋編1回目が放映された翌日2017年6月11日、昼過ぎに自宅を出て、梅雨晴の空の下を南南西へ走る。
 
 ブラナゴヤ (2) ブラナゴヤ (3) ブラナゴヤ (4)
水分橋と三階橋を渡り、志賀本通から南下して走る。…ん! 尼ケ坂公園と片山神社の間の坂だ。熱田台地の北西端にある名古屋城をタモリは訪ねていたが、私は北東端から台地へ上がる。ほぼ尼ケ坂断層上にある杉村老松線沿いの東岳山長久寺に寄る。《当寺は、清須城主松平忠吉が旧領の武蔵国忍城下(現、埼玉県行田市)で祈願所とした寺を清須に移したもので、慶長十五年(一六一〇)清須越の際現在地に移され…》(名古屋市教育委員会)とあるが、徳川家康の四男である忠吉は1607年に27歳で死んだので、清洲越で現在地に移したのは父家康と異母弟の徳川義直(尾張徳川家始祖)だろう。出来町通を渡って、主税町長屋門に寄る。アーバニア主税町を建てた都市基盤整備公団(現:都市再生機構)が中級武士の屋敷門として残した、保存なのか破壊なのか紛らわしい遺構だ。
 
 ブラナゴヤ (5) ブラナゴヤ (6) ブラナゴヤ (7)
文化のみち二葉館(名古屋市旧川上貞奴邸)まで約9.5kmを約1時間25分(信号待ちと撮影を含む)の‘街走り’を終了。二葉館の2階展示室で「食の文化誌 「あじくりげ」展」を観た後、白壁・主税・橦木町並み保存地区の‘街歩き’を開始。…ん! 山吹谷公園の園内に段差がある。橦木町筋の南裏(東片端町・飯田町との境)へ公園と山吹小学校の敷地がはみ出しているのは、《復興土地区画整理事業によって創設されたもの》(名古屋市)って、町並み保存じゃなくて町並み破壊じゃないか。喫煙で怒りを鎮めてから、筋向かいの文化のみち橦木館に寄る。橦木館カフェでコーヒーゼリーアフォガートでも食べようか…あ、ラストオーダーで看板が裏返されて食べ損ね(笑)。
 
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カトリック主税町教会、旧豊田佐助邸と柵塀越しに見歩き遊ぶ。…ん! 旧豊田(児玉)利三郎邸は門塀だけ残して敷地に高級マンションがあったはずだが、その白壁町ハウスが解体されて更地になっている。白壁町ハウスと命名したのは豊田幸吉郎(利三郎の長男)だったが、豊田グループを中興した大番頭に嫌われたボンクラも死んで建物もついに死んだか? 建てたり壊したり、どちらにしても町並み保存じゃなくて町並み破壊じゃないか、「尾張名古屋はバカで死ぬ」だな。
 
 ブラナゴヤ (11) ブラナゴヤ (12) ブラナゴヤ (13)
文化のみち百花百草で花壇を眺めたかったが休館日で見ることができない、残念。白壁・主税・橦木町並み保存地区に重なる「文化のみち」の巡り歩きを終えて、北の出来町通へ出て名古屋城の外堀(空堀)を眺めながら清水橋を渡り、名城街園脇の地下鉄の市役所駅で‘街歩き’を終了。帰路は地下鉄と名鉄電車で。
 
 ♪ 未来の あなたに 幸せを 贈る
  記憶と 想い出を 花束に 添えて
  ひとときの 夢を 瞬いて みせて ♪
 
街へ走り街を歩くブラナゴヤ、相変わらずバカなナゴヤだったが面白かった。次のブラナゴヤはどこへ行こう?
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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