私的珈琲論序説~(1)グリーンビーンズ派 その2

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:私的珈琲論序説 [2009年02月06日 00時02分]
(承前)
 
結局のところ「オールドビーンズ」コーヒーの好き嫌いは、
各人の嗜好の問題であり、好き嫌いが互いに非難を応酬しても決着はつかない。
しかし私が疑問なのは、「オールドビーンズ」肯定派の
「オールド」好きたる所以の嗜好感覚である。
 
大抵の場合、「全ての豆がエージングで良くなるわけでは無い」と言われる。
不謹慎な例えだが、男が「全ての女性が加齢で美しくなるわけでは無い」と
言うのと同じであり、それには私も賛同する。
だが、「もともと美女好きだが少女よりは年齢を重ねた方が更にそそられる」のか、
「若い女の美醜なんかどうでもいい、女は年増や熟女に限る」という意味か、
その違いが判然としないのである。
「ダメだと思ったがエージングしたら化けた」という話からすると、後者の感覚だろうか。
そうであるなら、少なくとも私には、「遠い将来美熟女になるであろう幼い醜女」豆や
「みにくいアヒルの子」豆を選別する確固たる自信は全く無い。
 
さらに、「寝かせる」「熟成させる」「エージング」という意味で、
ワインやチーズに倣った「オールドビーンズ」の良さを強調する方々がいるが、
製品化する最終工程で「熟成させる」ワインやチーズと、
焙煎する前工程で「熟成させる」コーヒー生豆とを、無頓着に同列に語ることも、
私にはあまり納得感が無い。
 
また、仮にコーヒーの「植物の枯れた種子」としての熟成変化を求めるならば、
せめてパーチメントクロップ(脱穀前の豆)で熟成すれば尚良いのでは、と思う。
現在では、この方法を導入している「オールドビーンズ」も存在するようだが、
「オールドクロップを逆手にとった付加価値性」という臭いは拭い去れない。
もっと、厳然としてパーチメント保存「オールドビーンズ」を追求してほしいものだ。
この点も、現実にはコストや効率から見て限界があるだろうし、
先に「ニュークロップ至上主義」を「大尽遊び」呼ばわりした私の提案としては、
矛盾も感じて難しいところではある。
 
日常は、自らが焙煎する豆は「グリーンビーンズ」から選ぶだけでも四苦八苦、
たまには「オールドビーンズ」コーヒーも焼きたいし飲みたいが、
それを恒常的に追求するほどに「オールドビーンズ派」では無い私である。
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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