リンド!

ジャンル:その他 / テーマ:ひとりごと / カテゴリ:あ・論廻 [2017年02月13日 05時30分]
谷口ジローが死んだ。「孤独のグルメ」や「『坊っちゃん』の時代」を代表作のように言う訃報だらけだが、首肯しかねる。《…普通の人の日常を描いた大人向けの作品が多い》(「毎日新聞」 2017年2月12日)とまで書かれると、フザケルナと言いたい。信教はローマン・カトリックおそらくジェズイット会員、洗礼名はミゲル…そのミゲル谷口治郎の来歴を以下に記す。
 LINDO! (1)
 《日本人の母親とフィリピン人の父親のあいだに1946年頃ミンダナオ
  島南端のサンボアンガで生まれる。3歳でジェーン台風禍で両親をな
  くし、日本に帰り、瀬戸内海沿岸のカトリック系孤児院で幼少年期を
  送る。孤児院では初等教育を受けながら晩鐘を鳴らす仕事を与えら
  れた。 当時からきわめて闘争的な性格で、また運動能力にも不足は
  なかったため10歳頃から孤児院仲間の思想的支柱または指導的
  存在となり、近隣の町の子供たちとの武闘も指揮していた。勉学の
  方面ではまったく目立たなかったが絵画的才能の片鱗を示し、夏休
  み宿題帳の表紙絵として採用されること再三ならずだった。 1960
  年頃脱走、東京へ向かう。(略) 1960年の安保闘争で左右両方の
  デモ隊におにぎりを売ってかなりの金を摑み、それをシンガポール船
  の船長に握らせて密航をくわだてたが英語の意思疎通が不完全だっ
  たために香港でおろされる。ネイザン・ロードで靴磨きとなって3年を
  過ごし、再び密航に挑戦するが戦時下のサイゴンで放り出される。こ
  こでは空薬きょう拾いと米軍相手の似顔絵描きとして生計をたててい
  た。 1968年頃、知りあった米兵の好意にすがって空母エンタープラ
  イズの艦内メッセンジャーボーイになり、1970年、佐世保に入港し
  た機会に船をおりる。 その後はテキ屋の手伝いをしながら学費をた
  め、1972年早大夜間学部に入学。学生生活にあきたらず、深夜、
  地下鉄工事の労働者として働きながら私立探偵をめざしてアイフル
  探偵学校に入学。ここで関川夏央と出会う。 1976年から「夢と希望
  をもってマンガをつくろう」を合言葉に関川とマンガを制作し、ついに
  自分の天職を発見したと感じる。 1981年に関川が海外逃亡してか
  らはほとんど単独で仕事をつづけている。日曜日には教会に通い、
  夕方にはベランダでシェリーをなめながら冒険に満ちた前半生をふり
  返る毎日であるようだ。》 (谷口ジロー・関川夏央 『暴力街21分署
  〈無防備都市〉』 竹書房:刊 1985年)
 LINDO! (2)
谷口ジローと会った関川夏央は《「夢も希望も捨ててマンガをつくろう」と誓いあって》と食い違った証言をしているので、前記の来歴にも不確かなところがあるのかもしれない。しかし、そんなことはどうでもよい。ミゲル谷口治郎こそ、私が渇仰するピカレスク谷口ジローなのだ。
 
 《デビュー以降、動物ものとハードボイルドに、さらに格闘などのアク
  ションものや冒険ものに卓越した技量を発揮した。正確なフォルム
  は原作者たちを驚嘆させ、動作から動作への移行を緻密に描いて
  同業のマンガ家たちをうならせる。(略) 転機となったのは92年の
  『犬を飼う』。短編で小学館漫画賞をとるのは異例のことで、自信
  になったという。ここから、人間と動物、人と人のきずなを描く90年
  代の中・短編群が継続して生まれた。》 (斎藤宣彦/アエラムック
  AERA COMIC 『ニッポンのマンガ』/朝日新聞社:刊 2006年)
 
小学館漫画賞審査委員特別賞や日本漫画家協会賞優秀賞や手塚治虫文化賞マンガ大賞や文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞やフランス芸術文化勲章(シュヴァリエ)なんて、クソくらえだ。私が驚嘆させられた犬は、「犬を飼う」のタムではなくて「ブランカ」だった。「歩くひと」よりも走る「ルード・ボーイ」の黒米弥太郎に唸った。唸るといえば、「事件屋稼業」を読んでからはトイレで「デル…デロ…デッラ…」と唸るようになった。《人と人のきずなを描く90年代》なんて、クソくらえだ。
 LINDO! (3)
 《忘れもしない1990年11月29日。犬の死からひと月近い、雨の降る、
  寒い日でした。私達は神保町の喫茶店で会いました。暖かな炭火珈
  琲をすすりながら、私はこの犬の話をしてみました。(略) こうして「犬
  を飼う」が生まれ、私の小さな望みが叶えられました。》 (谷口ジロー
  「思い出すこと」/『犬を飼う』 小学館:刊 1992年/2002年文庫化)
 LINDO! (4)
文芸コミック(?)の「犬を飼う」には、《生きるという事、死ぬという事、人の死も犬の死も同じだった》と記されている。飼い犬の死から26年余が過ぎて、2017年2月11日に飼い主の谷口ジローが死んだ。いや、雨の降る寒い日に《暖かな炭火珈琲》をすすっていた時点で、ピカレスク谷口ジローは既に死んでいたのかもしれない。だから、「死ぬには好い日だ」や「可愛い死神」を読み返そう…晴れて暖かい日に《ベランダでシェリーをなめながら》。そして、最後に今は亡き谷口ジローに「LINDO(リンド)!」という言葉を贈る。
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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