私的珈琲論序説~(1)グリーンビーンズ派 その1

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:私的珈琲論序説 [2009年02月06日 00時01分]
(1)グリーンビーンズ派
 
「必ず最新収穫年の新豆入荷を待ち、パストクロップは選ばない」などとは言わない。
したがって私は「ニュークロップ派」とまでは言えない。
あえてオールドビーンズへと寝かせる(熟成させる)ことをしないだけで、
「あ、この豆もう3年も経つのか」と思っても、平気で使用する時もあるので、
「アンチオールド派」と言った方が更により正確かもしれない。
つまり「できる限り新しいことにこしたことはないが、
それを生豆選択の絶対条件にはしない」という程度である。
 
ここで、整理しなくてはならないのは「オールド」と言っても、
流通上で「オールドクロップ」になって(して)しまった豆と、
意図的に「オールドビーンズ」として熟成(エージング)を施した生豆とを、
一律に扱うわけにはいかない、ということだ。
 
むやみに「ニュークロップ至上主義」とでも言うべき方々は、
「とにかく収穫してから一定時間が経った豆は品質が劣化してダメ」という。
しかし、コーヒーの生産国対消費国の長年の需給関係の争いの歴史では、
数年間倉庫で眠っていた「オールドクロップ」が一挙に流通するなどということは、
至極頻繁に起きてきたことで、こうした流通上の「オールド」化は避けられない。
この現実を無視して「そんな豆は要らない、最新年度のだけ使う」という主張は、
声高過ぎると「大尽遊びが過ぎて、本質を見失っている」ように感じる。
 
加えて、この「ニュークロップ至上主義」行き過ぎ派が、
エージングした「オールドビーンズ」コーヒーにも、
流通上と同じ「オールドはダメ観点」で非難することを、私は賛同できない。
「仕方なく古くなったもの」と「意図して古くしているもの」とを、
同列に非難することは、良し悪し以前に(エージングした方に)無礼である。
もっとも、例えばランブルの関口氏とて、最初は意図無き偶然からなので、
両者を区分することは困難かもしれない。
だが、流通上の制約と加工法の好悪とを一緒に論ずることは、やはりなじめない。
 
さて、これではまるで私が「アンチ・ニュークロップ」「オールド擁護派」と
誤解されかねないが、話しをエージングによる「オールドビーンズ」に移す。
(続く)
 
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鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
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