手抜きをするな

ジャンル:映画 / テーマ:映画感想 / カテゴリ:観の記:映面 [2018年09月26日 01時30分]
1985年10月15日、マクドナルドはイタリア初の店舗を北部ボルツァーノに開店した。このファストフードチェーンは翌年には首都ローマのスペイン広場へ進攻し、これに反発して同年に北部ブラでスローフード運動が始まった。マクドナルドのイタリア侵攻に遅れること33年、2018年9月7日にスターバックスコーヒーはイタリア初の店舗を北部ミラノに開店した。進出の準備中にスタバが寄贈して近くのドゥオモ広場へ植えられたヤシの木は焼かれたが、今後に反スタバを掲げてスローフード運動が再燃するだろうか? いや、無理だろう。何しろイタリア土着のコーヒーは、‘スロー’とは真逆の短時間抽出、‘急行’という名のエスプレッソなのだから…。
 手抜きをするな (1)
さて、筒井ともみが著した小説『食べる女』(アクセス・パブリッシング:刊 2004/後に新潮社で文庫化 2007/続刊と再構成した決定版の新潮文庫 2018)には、当初に「スローフード・スローセックス」という副題が付されていた。だが、その趣意は「おいしいものを食べているときと、いとしいセックスをしているとき、女は一番幸せになれる」というもので、「台所で立ったまま生玉子かけごはんをすする自由」などが語られる。ある種の‘美食’を推奨する元来のスローフード運動とは異なり、『食べる女』は‘スロー’の名を盗んで騙る。この食に性を絡めたソフトコア・ポルノのような話が、筒井ともみ自らの企画と脚本で映画化された。
 手抜きをするな (2)
 
『食べる女』 観賞後記
 
トン子(餅月敦子)役の小泉今日子と鴨舌美冬役の鈴木京香と茄子田珠美役の山田優は「できあがった女」、米坂ツヤコ役の壇蜜とマチ(豆乃・リサ・マチルダ)役のシャーロット・ケイト・フォックスとドド(小麦田圭子)役の沢尻エリカと白子多実子役の前田敦子と本津あかり役の広瀬アリスは「できたい女」、この石橋を叩きも渡りもしない配役には呆然とさせられた。飯も男も‘食べる女’を演じた8人の女優、その誰のファンでも決してイメージは崩れない。安全第一で尋常一様で平平凡凡な演技と構成、20年くらい前に筒井ともみが脚本を担当した映画の『失楽園』(1997)や『不機嫌な果実』(1997)をそのまま引きずっているような古臭い描写と設定、何を食べても誰とやってもドキドキもハラハラもない小さい小さい話の連なり、それが映画『食べる女』である。…TV放送の2時間枠スペシャルドラマで充分?
 手抜きをするな (3)
 
《人ってねえ、おいしいごはんを食べてる時といとしいセックスしてる時で、いちばんこぉ暴力とか差別とか争いごとから遠くなるんだって。 でもほら、セックスの方はさぁ相手がいないとできないけど、ごはんならいつでもできるでしょう? だからぁ、手抜きをするな、女たちよ。》 (トン子/映画『食べる女』)
 
 手抜きをするな (4)
この筒井ともみがトン子に語らせた台詞は、全くもってバカげている。《おいしいごはんを食べてる時といとしいセックスしてる時》、人は《暴力とか差別とか争いごと》を忘れているだけで、それらから《遠くなる》わけでは断じてない。「人が何をどのように食べてきたのか?」を考えるのであれば、ジャック・バローが著した『食の文化史 生態-民族学的素描』(Les hommes et leurs aliments 1983/山内昶:訳 筑摩書房:刊 1997)を味読せよ。その第11章「戦争と食べ物」では、《食物が戦争に悪用され、特に今日、隷属化の武器に使われようとしていることが、深い苦しみと怒りで告発されている》(目次付説)。《ごはんならいつでもできるでしょう?》などという台詞は、《暴力とか差別とか争いごと》によって食や性に苦しむ者たちから目を逸らし背を向けているから吐ける妄言である。「台所で立ったまま生玉子かけごはんをすする自由」を謳歌することは、「スローフード」でもなければ「できる女」でもない。料簡違いの映画『食べる女』へ告ぐ…手抜きをするな、女たちよ。
 
コメント (0) /  トラックバック (0)
編集

kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

08 ≪│2018/09│≫ 10
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
Powered by / © Copyright 帰山人の珈琲漫考 all rights reserved. / Template by IkemenHaizin