トリックとトリート

ジャンル:ライフ / テーマ:ひとりごと / カテゴリ:あ・論廻 [2017年10月30日 23時30分]
ハロウィンにはトリック(trick)がある。新聞記事でハロウィンについて、《ルーツはケルト人の伝統行事。秋の収穫を祝い、悪霊を追い出す宗教的な行事だったが、現代では民間行事として定着した》と説いていた(「仮装の深層 ハロウィーンを前に」/『中日新聞』・『東京新聞』 考える広場 2017年10月21日)。他にもハロウィンを《秋の収穫》を祝う祭祀とする辞書や事典が散見されるが、私は違和を覚える。
 
 トリックとトリート (1)
 《「ハロウィン(Halloween)」は、一種のコスプレ・イヴェントと誤解されたま
  ま日本でも盛り上がりを見せて久しい。「ハロウィン」はキリスト教の祭日
  で、殉職した聖人の供養と共に全聖人(Hallow)を祀り祝う前夜祭(een)、
  いわゆる「万聖節」であるが、さらにその起源はヨーロッパの古層文明
  「ケルト」の祭暦「サウィン/万霊節(Samhain)」にさかのぼる。 古代・
  中世ケルト社会の伝統では11月1日が「新年」。10月31日の夜には祖
  先や死者たちが蘇り、その霊の力によって、それまでの1年の時間が浄
  化され、世界が新しく生まれ変わると信じられた。(略) なお日本の大晦
  日もケルトの万霊節と同じく、「新年」を迎える前夜、浄化される夜である
  (なお節分は以下に述べるケルトの祭暦の2月1日の前夜から始まる「イ
  ンボルク」に当たるであろう)。》 (鶴岡真弓 「アイルランド「万霊節」の「火
  と陽」の新発見──ハロウィンからサウィンへ」/『Art Anthropology』
  12号 多摩美術大学芸術人類学研究所:刊 2017)
 
日本の「節分」(とその翌日の立春)がケルトのインボルクに当たるのであれば、ケルトのサウィンを基層とするハロウィンは、日本においては「立冬」(とその前夜)に当たる。つまり、二十四節気の中の正節にあたる四立(立春・立夏・立秋・立冬)でいえば、日本は立春からを‘新年’とし、ケルトは立冬からを‘新年’としているのである。ならば、ハロウィンについても《秋の収穫》を祝う祭祀というよりも、四季と暦年の節切りで新年を祝う行事と説くべきではないだろうか。日本の節分祭や節分会を四立の一つ分に前倒しした祭祀がケルトではサウィンに相当し、仮装行事となったハロウィンは豆まきや恵方巻のように節切りの風習が俗化したものである。そこには重ねられたトリック(trick)がある。
 
 トリックとトリート (2)
ハロウィンにはトリート(treat)がある。2017年10月に上梓された2つの新書において、『珈琲の世界史』(講談社:刊)で旦部幸博氏は「カフェ・バッハ」の田口護・文子夫妻へ謝辞を述べていたが、『ケルト 再生の思想 ─ハロウィンからの生命循環』(筑摩書房:刊)で鶴岡真弓氏も「カフェ・バッハ」の田口文子氏へ謝意を表していた。
 
 《10~11世紀になってやっと姿を現したと思ったのも束の間、コーヒーに
  関する記述は、どういうわけか、その後400年以上にわたって文献から
  消えてしまいます。》(p.52) 《さて15世紀になると、いよいよコーヒー
  が表舞台に姿を現します。それがイエメンで広まった「カフワ」という飲み
  物です。》(p.61) 《コーヒーに熱い思いを抱く人がいる限り、きっと何
  十年、何百年後も、地球のどこかで誰かが、その歴史に思いを馳せな
  がら、一杯のコーヒーを飲んでいるに違いありません。 ──そう、今のあ
  なたや私と同じように。》(p.249) (旦部幸博 『珈琲の世界史』)
 
 《新教プロテスタントの勢力が増す十六-十七世紀からは、「ハロウィン」
  は、影を潜めていった。》(p.34) 《スコットランドのナショナリズムに貢
  献するウォルター・スコットは『僧院』(一八二〇年)で、「ハロウィン」の
  夜に誕生する女性の運命を描いた。アメリカでは「首なしの騎士」をフィ
  ーチャーしたワシントン・アーヴィングの「スリーピー・ホロウの伝説」も
  一八二〇年の出版。大西洋の両岸で、「ハロウィン」が復活し始める。》
  (pp.39-40) 《生命の、時の回廊の始まりに、「サウィン/ハロウィン」
  はある。毎年、その最初の夜は必ずやってくる。私たちは、「霊魂のお
  菓子」(ソウル・ケーキ)に込められた「再生のレシピ」を学び、そのわく
  わくする特別の夜を待つことにしよう。そしてその後に続く季節祭を楽
  しみに、次の周期へと出発するのである。》(p.240) (鶴岡真弓 『ケ
  ルト 再生の思想 ─ハロウィンからの生命循環』)
 
コーヒーの世界とケルトの世界は直に接していないし、旦部幸博氏と鶴岡真弓氏の語り口は演出家としても役者としても旅人としても哲人としても対極にある。知力と信力、怜悧と玲瓏、俯瞰と仰望、そうした全く相反する観点、しかし、どこかで反転し融け合う宇宙が、「カフェ・バッハ」では交差するのかもしれない。そこには循環を促すトリート(treat)がある。
 
 トリックとトリート (3)
ハロウィンにはトリック(trick)とトリート(treat)がある。『ケルト 再生の思想』は、冬の祭日サウィンとハロウィンの章でレイ・ブラッドベリやジョナサン・スウィフトを示し、春の祭日インボルクの章でエグザイルやシンデレラに触れている。また、夏の祭日ベルティネの章で「真夏の夜の夢」を語り、秋の祭日ルーナサの章で「ロミオとジュリエット」を説いている。
 
 《夜に巨大な亡霊となって立ち上がる「死」。「人間は死ぬが、私たちの死
  とともに、その死も死ぬ」(ブラッドベリ)。この格言のような言葉は、逆に、
  人間の平穏は、己の死と引き換えにしないかぎり与えられないと告げて
  いる。》(pp.45-46) 《「サウィン/ハロウィン」の夜は、生死の壁が取
  り払われ、「過去・現在・未来」の時空が交じり合い、大交流が始まる。
  生気を失っている私たちの存在など、軽々と吹き飛ばされてしまうだろう。
  「生」にあぐらをかいている現代に、死者たち本領の「蘇り」が始まる。》
  (pp.233-234) (鶴岡真弓 『ケルト 再生の思想 ─ハロウィンからの
  生命循環』)
 
ハロウィンは死から始まる。「死」の闇から始めないかぎり「再生」は与えられない。チュリッカチュリー(trick or treat)などと何回叫んでも人間は死ぬ。生命が循環したり再生したりするものか、私には解らない。だが、ハロウィンは闇と出会い死を発見するものなのだ。そこには再生へ生きるトリック(trick)とトリート(treat)がある。
 
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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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