向夏躁燥JCS 後篇

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2017 [2017年06月06日 05時00分]
1989年に六四天安門事件が生じて28年後の5月35日を東京で迎えた私は、寝坊した宿の部屋でネルドリップで淹れたコーヒーを喫しながら、窓を開けて外を覗った。青く晴れ渡った空から初夏の薫りを感じた。さあ、前日に続いて今日もコーヒーに躁いで燥ぐ日、宿を出て向夏躁燥(そうそう)を続けよう。
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【JCS総会当日】 2017年6月4日
 
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「café Bach」(カフェ・バッハ)へ。コーヒーを注文して待てば、「ブランマンジェ、もうすぐ出来ます」と言われて燥ぐ。まったり苦くて美味いペルーを飲んで、《スイカのような存在》のブランマンジェを味わっていると、ママ(田口文子氏)が出てきて少談、多摩美術大学IAA(芸術人類学研究所)の(モンゴルの遊牧民族を着たママを鶴岡真弓所長が撮った写真が載っている)『Art Anthropology』12号を頂戴する。
 
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都バスと電車を乗り継いで西進、水道橋から神保町界隈を散策。古書店を主に覘き遊ぶ。「小諸そば」(神保町店)へ。昼飯に一年前と同じ揚げ茄子おろしそばを食べる。
 
「日本コーヒー文化学会 第24回総会&記念行事」 (学士会館)
 
総会議事の後、記念行事の講演2題。一つ目は後藤裕氏による「コーヒーとつながりの科学 ─対話の場としてのカフェ─」。岡村製作所の「WORK MILL」やら「マヨネーズの瓶と2杯のコーヒー」やらを紹介するのは勝手として、寺田寅彦が「コーヒー哲学序説」で《コーヒーの風味・効果は環境と深く関わる》と述べたなどという真っ赤な嘘は聞くに堪えない。「つながりの科学」などと後藤さんが演題で嘯いても、その牽強付会は科学から程遠く科学には繋がらない。
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コーヒーブレイク(休憩)に出されたのは廣瀬幸雄氏が開発した水素焙煎コーヒーと「サイエンス茶寿 プラ煎」と名付けられた怪しげな生姜煎餅。コーヒーは3年前よりはマシ(?)、かろうじて喉を通ったが煎餅ともども不味い。相変わらず廣瀬さんの独擅場、私には愁嘆場だ。
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講演の二つ目は小澤志朗氏による「コーヒー生豆相場と日本市場」。NYC取引の過去44年間の有事相場の話は、ワタル小澤さんの喜憂や対処策が面白い。もっとゆっくり聴いていたかったが、後半はアイガー北壁を下るがごとくにすっ飛ばし。時間の都合があるとはいえ、「(スペシャルティのインターネット)オークションの説明を」と求める聴者側に日本のコーヒー業界の俗悪にして低劣な知能を感じて独り嘲笑する。
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分科会は毎度の焙煎・抽出委員会で「焙煎と香味 ─分科会の結果をもとにした意見交換」。前回の分科会催事での4チーム8つの焙煎データが配られて、山内秀文委員長を軸にして振り返り。私も遠慮のない論評と意見を述べて躁ぐ。焙煎の実態一般が如何に論理ではなくて恣意によって組み立てられる工程か、それが露骨に判って笑える。集会の合間ごとに喫煙場で成田専蔵氏と談話、その成田さんから『宗谷詰合山崎半蔵日誌』(吉原裕:翻刻・解説)を頂戴して燥いだ。集会の合間ごとに大坊勝次氏とも談話、岩野響氏の焙煎の技量などを訊ねた。散会となったが、山内・大坊・浅野嘉之氏らと地下鉄に乗っても喋って燥ぎっ放し。
 
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「Gentle Belief」(ジェントル・ビリーフ)」へ。浅野さんに強請ったパスタセットを山内さんと食べながら、コーヒーはケニアとカメルーンを飲みながら、談議は続く。散散躁いで、東京駅で山内さんと別れて新幹線に乗る。
 
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帰宅して、「カフェ・バッハ」の焼き菓子と自家焙煎のヤンニハラール・モカを合わせ食べ飲みながら、東京でコーヒーを巡り遊んだ向夏の二日間を想い返す。錚錚(そうそう)たるコーヒー人と淙淙(そうそう)と談じた、向夏躁燥(そうそう)だった。
 
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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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