コーヒーは楽しい?

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2017 [2017年05月29日 05時00分]
『コーヒーは楽しい!』(河清美:訳/パイインターナショナル:刊 2017年5月)は、機械工学の教授にしてバリスタのセバスチャン・ラシヌー(Sébastien Racineux)と写真家にしてバリスタのチュング‐レング・トラン(Chung-Leng Tran)が著したコーヒー本。ヤニス・ヴァルツィコス(Yannis Varoutsikos)によるイラストが効いている、フランス発の洒落臭い絵本である。原著の“Le café c'est pas sorcier”(Marabout:刊 2016年9月)は、「コーヒーは難しくない」の意。もっとも、‘C'est pas sorcier’(セ パ ソルスィエ)といえばフランスの若年向け科学教育テレビ番組が有名で、ジャミー・ガーマアッド(Jamy Gourmaud)が説いているコーヒー編もある。そのコーヒー番組の方が私には《楽しい!》のだが…
 コーヒーは楽しい? (1) コーヒーは楽しい? (2) コーヒーは楽しい? (3)
 
私は、「コーヒーは難しくない」が原意なのに『コーヒーは楽しい!』と訳した書名に引っかかりを覚えてモヤモヤしている。私にとってコーヒーは易しくないし、コーヒーの全てが楽しいわけでもない。強いて言えば「難しい」から「楽しい」のであって、「難しくない」を「楽しい」と言い換えたコーヒー本のコーヒーはどう考えても美味そうではない。ま、タイトルだけで突っかかってしまうのは、まるで『コーヒーに憑かれた男たち』(嶋中労:著/中央公論新社:刊)に対する木村衣有子の感想みたいなのだが…
 
 《この本のタイトルをつくづく眺めてみて、女はどこにいるのかな、と思う。
  女だってコーヒーに〈憑かれた〉っていいじゃないか。男の美学を投影
  したコーヒーがあるならば、女のコーヒーだってあって然るべきだ。
  (略)〈コーヒーに憑かれた男たち〉は、コーヒーを男だけのものにして
  おきたいようだが、私は〈コーヒーに憑かれた〉女を探しに出かけてみ
  たい、これから。》 (木村衣有子 『もの食う本』 筑摩書房:刊 2011年)
 
嶋中労の筋肉質で体育会系な措辞を書名にあてつけ皮肉った木村衣有子に対して、後に嶋中労は「Daphne」(ダフニ)店主の桜井美佐子を「コーヒーに憑かれた女たち」というブログ記事で紹介して、《木村さ~ん! ここにあなたのお目当ての女(ひと)がいますよ~》などと釈明した(『嶋中労の「忘憂」日誌』 2014年10月2日)。そうでなくても、「コーヒーに憑かれた女たち」の自叙として、尾形悠利の『一人の珈琲屋がいる』(いなほ書房:刊 2010年)などもある。そもそも、コーヒーを感性で捉える「コーヒー・ババゾネス軍団」(?)に敵(かな)う男など誰もいないのだろう…
 
 コーヒーは楽しい? (4) コーヒーは楽しい? (5) コーヒーは楽しい? (6)
だからといって、『珈琲女子』(旭屋出版:刊 2017年4月)などと題されたムックは、醜悪としか思えない。2年ほど前には「ドリップ男子」とかいう下卑た言葉を全日本コーヒー協会と全日本コーヒー商工組合連合会が流布しようと試みていたが、「ドリップ男子」に「珈琲女子」と続けば噴飯、いや、コーヒーも噴くしかない。私は、そうした恥を知らない業界団体や出版社の拙い措辞に引っかかりを覚えてモヤモヤしている。コーヒーにおける‘SOGI’(Sexual Orientation 性的指向 と Gender Identity 性自認/アクロニムで「ソジ」)を考えようにも、「男子」とか「女子」とか粗陋な措辞が邪魔で楽しくない…
 
くだらないコーヒー本のコーヒーはどう考えても美味そうではないし楽しくもない。私にとってコーヒーは易しくないし、コーヒーの全てが楽しいわけでもない。コーヒーの素地には苦みがあり、措辞にも‘SOGI’にも苦みがあるからこそコーヒーなのだ。
 
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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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