まぁいいか?

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2012 [2012年06月28日 23時00分]
『△△として大切なことはみんな××で教わった』に『△△ついて語るときに××の語ること』を足して2で割ったような題名、足しにもならず割り切れない中身のコーヒー本に遭った。
  まぁいいか
 
『珈琲焙煎士のぼくがコーヒーに教わった大切なこと』(土居陽介:著/しののめ出版:刊)
 
《私はコーヒー焙煎士だ》(p.3)という破廉恥な自称から始まる本書。焙煎「士」とは何ぞ? クラシフィカドール(classificador)を「コーヒー鑑定士」と訳すること通例ではあるが、他、コーヒーの百姓が栽培「士」などと自称する例は寡聞にして存じない。抽出「士」とかいう組織内での名乗りも聞こえる近時であるが、世間に焙煎「士」などと自称するは廉潔から程遠い。《我が輩は「珈琲博士」である》と自称する俗物もいたが、さらに低俗であろうか。
  《レベルというものは本当に簡単に下がっていく。一度「まぁ、いいか」と考えた
   ことは連鎖し、そのスピードは加速していく。焙煎機が汚れているけど、「まぁ
   いいか」、ちょっと焙煎度合いを失敗して仕上げてしまったけどこれくらいなら
   「まぁいいか」。一度、出始めたら「まぁ、いいか」は止まることがない。》(p.40)
焙煎「士」と自ら名乗りたい、ちょっと偉そうだけど「まぁいいか」…恥じて切腹するがよい。
 
《孔子は、その教えの中で…》(p.29)と始めて、《建築家の安藤忠雄氏は…》(p.62)とか、《多摩大学大学院教授であり、ソフィアバンク代表である田坂広志氏は…》(p.65)とか、《フランス料理の権威である三國清三氏は…》(p.133)とか、《小論文教育に携わる山田ズーニー氏は…》(p.151)とか、《「不動智神妙録」とは…》(p.165)とか…本書には著者・土居陽介氏が引いた訓導の言が頻出する。しかし、どれもが虚ろで空疎、響きが悪い。《芸術家であり、料理家でもあった北王路魯山人は…》(p.200)、《日本で味の研究をする時、北王路魯山人の名ははずせない》(p.211)…北「王」路魯山人…魯山人を引いてコーヒーの妙味を語る前に、自著の校正を怠ることに悔悟するべきであろう、無礼者は。
 
本書を通した著者の論は、説法臭いようで説法になっていない、撞着ばかりが鼻につく。
  《パクるのではなく、マネればいいのだ。マネるとは、どういうことか。それは、
   同業界ではなく他の業界がやっていることを、自分がやっていることに取り
   入れるということだ。そもそも「学ぶ」の語源は「マネる」なのだから》(p.130)
「パクリとマネるとの違い」を説いても、「教わると学ぶ」の違いを噛み分けることが無い。
  《…その集まりに参加していた方に「ここのコーヒーの味はどうですか?」と聞
   かれたので「コーヒーの味を語る以前の問題です。」と答えた》(p.36)
「このコーヒー本の味はどうですか?」と問われれば、私は「コーヒーの味を語る以前の問題です。」と答えようか。本書『珈琲焙煎士のぼくがコーヒーに教わった大切なこと』は、「珈琲焙煎業者である父とコーヒーから学ぶべき大切なこと」が欠けている駄本である。腰巻の惹句「ネット通販界で注目の土居珈琲」に惑う者多い? 「まぁいいか」? 好くない!
 
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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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