ギュゲスの指輪

ジャンル:ライフ / テーマ:ひとりごと / カテゴリ:あ・論廻 [2012年03月27日 23時00分]
「もしも透明人間になったら何をしたいか」…プラトン(Platon)の主著『国家』(Politeia)に登場する「ギュゲスの指輪」(Gyges' Ring)の話は、正義と道徳と教育を考えるに相応しい。
 
  リュディア王に仕えていた羊飼いギュゲスは透明人間になれる指輪を手に
  入れた。ギュゲスは指輪の力を知ると、これを使って王妃と通じ、王を謀殺
  し王座を奪った。
 
『国家』の対話では、「ギュゲスの指輪」の話を引用したグラウコンが「人は不正が知られなければ、誰しもが悪事をはたらく」と論じ、これに反駁してソクラテスが「知られなければ構わないと不正を行なえば、良心を腐らせて悪しき結果となり、利益に反する」と述べる。プラトンはソクラテスの口を借りて理想の徳(善き生)を説いているが、グラウコンの口を借りてギュゲスの指輪で「透明人間」になった人には正しい行為を期待できないと述べる。ソクラテスとプラトンの正論の前でも、空想である「透明人間」は重く現実味のある話だ。
 ギュゲスの指輪
 
 「卒業文集『透明人間になったら』/『強盗する』/関の小学校が回収」
 《岐阜県関市旭ケ丘小学校の卒業文集に、「もしも透明人間になったら何をし
  たいか」の質問に対する児童の回答が「人を殺す」「強盗する」などと書か
  れていた。学校は教諭によるチェックの不備を認め、文集を回収して該当
  部分を差し替えた。学校によると、学級ごとに設問を決めて短文で自由回
  答するうちの一つの質問だった。児童七人が悪事を働くなどの不適切な
  回答をした。他の設問は「もしも一億円が当たったら」「もしも無人島に行く
  としたら」などで、いずれも不適切な回答はなかった。文集は今月中旬に
  八十冊を配布した。保護者から指摘を受け、学校は二十一日に回収。そ
  の日のうちに担任が児童に「一生の記念として残るがこのままで良いか」
  と諭し、「有名人に会う」などと差し替えて再配布した。塚原隆文校長は、
  事前に人が悲しむようなことは書かないよう指導していたと説明した上で
  「誤字脱字が多い作文と違い、チェックしていなかった。あってはならない
  ミス」と話した。関市教育委員会の吉田康雄教育長は「一生の思い出とな
  る文集の内容として不適切で、遺憾に思う。今後は児童への指導やチェ
  ック機能に十分配慮するよう指導する」と話している。
  ◆教師の指導が重要 岐阜大教育学部・宮本正一教授(教育心理学)の話
   子どもが周囲の雰囲気で悪ふざけするようなことはある。記録として公
   表され、一生残ることの意味を子どもではよく理解できないから、教師
   が重みを十分に指導することが重要。原稿はしっかり目を通すべきだ。
  (2012年3月27日:中日新聞)
 
報道記事のみで判断する限りでは、日本の教育と報道理念は腐りきっている、と思える。巷間では、「質問自体が適当でない」とか「事前チェックを怠るとは何事」とかいう意見が多いようであるが愚論である、本質的な課題に照らし考えてみると見当違いも甚だしい。
 
「もしも透明人間になったら何をしたいか」という質問に対して「人を殺す」「強盗する」という回答のどこが「不適切」なのであろうか? 小学校卒業児童が回答するべき「適切」はソクラテス並の道徳観の範疇にある、とでも前提しているのか? 恐ろしい欺瞞であろう。
 
諭されたというよりも(体裁はともあれ実態は)強要されたであろう差し替えの回答例が「有名人に会う」…有名人に会いたいのであれば「透明人間になったら」などという半端な仮定は不要であり、児童の将来を丸潰しにしている。仮に私が児童の友人や親だとして、「人を殺す」「強盗する」などと書いてある卒業文集には「おいおい不穏当だな、世間を渡るためにはだな…」と言うことで済ませるとしても、「透明人間」になって「有名人に会う」などという貧相極まるバカ回答であれば、見下して友人でも親でも絶縁したくなるだろう。これを「適切」な回答に補正したと本気で信じている教員や保護者、教育関係者、報道関係者がいるのであれば、私はギュゲスのように「透明人間」になって彼らを抹殺したい。
 
「一生の思い出となる文集の内容」だからこそ、事大主義や事勿れ主義に染まりきった腐ったオトナの論理を押し付けることなく、吐いた唾は飲めない如く書いた文は消えない重みを回答した児童に一生背負わせながら、共に「ギュゲスの指輪」を学ぶべきだろう。指導だとかチェックだとか間違った責任感を並べたて、そもそも空想である「透明人間」にまで悪事を許さない子どもばかりを粒揃えていく社会と国家…「不適切な教育」である。
 
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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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