自ら調整せよ

ジャンル:映画 / テーマ:映画感想 / カテゴリ:観の記:映面 [2011年05月29日 23時00分]
‘ADJUSTMENT TEAM’(『調整班』:『悪夢機械』所収)は、僅か5集と短命だったSF誌
“Orbit Science Fiction”の第4集(Sep.-Oct.)に掲載されたPhilip Kindred Dick
(フィリップ・K・ディック)の短編SF小説である。 Damon Knight(デーモン・ナイト)はいう、
  フィリップ・K・ディックは、ここ5年ばかり、一種のカメレオン的な、目立たない職人の
  芸で、いたるところに出没していた短編作家である――(略)
  数多くのドアを同時に出入りすることによって、ディックがわれわれに残したおぼろげ
  な印象は、マーケットに対する近視眼的な機敏さと対になった、小さな好もしい文学的
  才能だった――(略)(“In Search of Wonder”『驚異の探求』1956年:ジョン・ブラナー
  「フィリップ・K・ディックの現実」:『ザ・ベスト・オブ・P・K・ディック Ⅰ』サンリオSF文庫)
‘ADJUSTMENT TEAM’を著した1954年のP・K・ディックは、ペットストアで買った馬肉を
食べながら毎晩毎晩と短編小説を書き続ける貧苦の日常からの脱出を切望して、長編
小説を構想しつつ、自らの運命を‘adjustment’(アジャストメント)しようとあがいていた…
それから57年が経過し、ディックがわれわれに残したおぼろげな小編は、マーケットに
対する近視眼的な稚拙さと対になった、数多くのドアを出入りする映画?に調整された。
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『アジャストメント』(The Adjustment Bureau) 観賞後記
 
P・K・ディック作品の世界観が「映画化」されていると期待する過ちは断じて犯さない、
だが、まさかここまで恋愛映画に「調整」されているとは…不覚にも予想できなかった。
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team(班)をbureau(局)に変えた体裁の意に反して、帽子をかぶれば「どこでもドア」
という「ドラえもん」から慰謝料を請求されそうな貧相な設定、もはや「安手なSF映画」
範疇からですら「落選」…これをアナログ仕立てと擁護して見る評には噴飯モノである。
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ラブロマンス映画としても拙劣であるが、救いはElise Sellas(エリース・セラス)役の
Emily Olivia Leah Blunt(エミリー・ブラント)が(途中まで)そこそこに美しいところか。
 
Harry Mitchell(ハリー・ミッチェル)役のAnthony Mackie(アンソニー・マッキー)は
作品中で熱演が最も光っていた。もっともハリーが朝7時5分に居眠りして調整作業を
失敗するクダリ、『調整班』で朝8時15分の調整作業を居眠りでしくじる召喚係の話を
模したのであろうが、小説の召喚係は(名も無き喋る)犬、これを唐突に引き真似て
あてがったところで映画の無能ぶりがさらけ出され、アンソニー・マッキー真に気の毒。
 
「操作された《運命》に、逆らえ。」――否、『アジャストメント』がP・K・ディックを原作者と
呼ぶ限り、作品自ら‘adjustment’(アジャストメント)して永久に不活性化させて欲しい。
 
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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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