あれから40年。

ジャンル:ライフ / テーマ:ひとりごと / カテゴリ:あ・論廻 [2018年05月11日 01時30分]
先般にNHK(BSプレミアム)で「歴史秘話 ガンダムヒストリア」(2018年4月2日放送)と「発表!全ガンダム大投票」(2018年5月5日放送)を観た。いずれも、最初のTV放送から40年目を迎えたガンダムにシリーズの歴史を振り返ろう、ということらしい。だが、私がガンダムに惹かれたのは、放送開始よりも少し早かった。戦いとは、いつも二手三手先を考えて行うものだ。
 あれから40年 (1) あれから40年 (2)
 
 《モビルスーツ、ガンダムが立ち上がった! ここは戦場、ただ生か死か二
  つの世界でアムロは戦う! 巨大なスペースアニメーションの幕が今切っ
  て落とされる! 新番組『機動戦士ガンダム』、君は青春の涙を見るか?》
  (TV番組『機動戦士ガンダム』予告CM 永井一郎:声 1979年3月)
 
「スゴイの出てきたな…」というのが、高等学校の入学をひかえた私が『機動戦士ガンダム』(1979-1980)の予告CMを当時に見て抱いた感想。当然に初回放送でガンダムを観続けた。ジェラルド・K・オニールが提唱するスペースコロニーとパワードスーツを巨大化したようなモビルスーツという設定に酔った。セイラ・マスとマチルダ・アジャンとクラウレ・ハモンに惚れた。宇宙進出によるヒトの革新(ジオニズム)とニュータイプに憧れた。だが、物語は全43話で打ち切られた。当たらなければどうということはない。
 
 《ガンダムがやろうとしていることの、本当の意味はなんなのか? 制作し
  た当事者たちは、僕を含めてよく分かっていないのだ。ただ、アニメを十
  数年やってきただけの、マイナー志向に凝り固まったスタッフである。フ
  ァンがなぜガンダムを支援してくれているのか、正確には分からなかっ
  た。 僕のホンネを探ってゆくとひとつだけあった。ガンダムは違うのだ、
  ということ。何が? 多少、本当のドラマ作りを考えてみた。フィクション世
  界のオリジナルに挑戦してみた。だから、チビを相手にしなかった。多
  少、ドラマを知るべきヤングにターゲットをあてていた。 それがすべてで
  あった。 なぜそんなことをやったのか? 過去にもいろいろなスタッフが
  そういう目的を設定してメカ物、ロボット物を創りながらも、世間は認め
  ようとしなかった。だから認めさせたいのだ。》 (富野喜幸 『だから僕は…
  「ガンダム」への道』 徳間書店:刊 1981)
 
TV版を改作した劇場版3部作(『機動戦士ガンダム』 1981/『機動戦士ガンダムII 哀・戦士編』 1981/『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編』 1982)、私がガンダムに酔って惚れて憧れたのはそこまでだった。いや、1981年2月22日に新宿アルタ前で「アニメ新世紀宣言大会」が開催された頃に、私は《ガンダムは違うのだ》と認め‘終え始めて’いた。劇場版III(めぐりあい宇宙編)を観終わって映画館の前で青空を見上げながら思ったこと、私はそれをハッキリと憶えている。「アニメを認めようとしなかった世間は今後も認めないカスである。私はガンダムを認め終え、その気持ちは死ぬまで変わらないだろう、‘ニュータイプ’なのだから」と。認めたくないものだな、自分自身の若さゆえの過ちというものを。
 
 あれから40年 (3)
先般に「全ガンダム大投票 40th」の投票結果を見て、私は納得した。世間の「ガンプラ」ブームに関心なく過ごして「Zガンダム」以後のガンダムシリーズへも目を向けることはなかった私は、作品であれメカであれキャラクターであれ歌であれ、そのランキングを評する言葉がみつからない。納得したのは、50代(50~59歳)が投票全体の5%だったこと。そう、40年ほど前の当時に新番組『機動戦士ガンダム』で《青春の涙を見る》者など、ほとんどいなかったのである。観ていたとしても、40年近くを経ても《世間は今後も認めないカスである》と思い続けていて、その歴史に票を投ずる気はないだろう、と私には察せられる。私には、ガンダムに「シリーズの歴史」など存在しない。こういう時、慌てたほうが負けなのよね。
 
 あれから40年 (4)
《ガンダムがやろうとしていることの、本当の意味はなんなのか?》…あれから40年。言ったことは忘れ、言おうとしたことまで忘れ、忘れたことも忘れるようになった。人がそんなに便利になれるわけ、ない。
 
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三月のらむ

ジャンル:ライフ / テーマ:ひとりごと / カテゴリ:あ・論廻 [2018年03月31日 23時30分]
春にのらつく。三月のらむ。
 
2018年3月18日
 三月のらむ (1) 三月のらむ (2) 三月のらむ (3)
明智(岐阜県恵那市)をのらつく。『第34回 日本大正村クロスカントリー』の10マイル部に参加した友人Mを応援がてら、大会の会場(明智小・恵那南)から久昌山安住寺まで里山散策(約6km)。「あめつちの 恵(めぐみ)にやすき 杉平 里の菩提所 安住の寺」 友人Mを伴い、千畳敷公園の展望台から明智の町を見下ろし、山岡の「milou」(ミル)でコーヒー(ブレンド1)と人参ケーキを喫し、美濃加茂の「コクウ珈琲」でコーヒー(インド)を喫す。友人や店主らと存分に談議。
 
2018年3月20日
 三月のらむ (4) 三月のらむ (5) 三月のらむ (6)
岐阜(柳ヶ瀬近辺)をのらつく。「雨の降る夜は 心もぬれる まして一人じゃ なお淋し」 金(こがね)神社会館地下の「cafe 旅人の木」でコーヒー(ブラジル)を喫する。「喫茶 星時」で小川友美と田代裕基による「イ 木 yasumi」展のプレイベントに参加、コーヒー(グァテマラ)を喫しながら。居酒屋へ移って懇談は続く。作家や企画者や店主らと存分に談議。
 
2018年3月28日
 三月のらむ (7) 三月のらむ (8) 三月のらむ (9)
尾北自然歩道(愛知県)をのらつく。大口町の桜橋からほぼ満開のソメイヨシノの並木を眺めながら五条川沿いを南へ歩く。壁絵(岩倉総合高美術部)に咲く桜とも共演していた。
 三月のらむ (10) 三月のらむ (11) 三月のらむ (12)
江南を過ぎて岩倉の市域へ入ると五条川の水面に浮く桜の花弁が増す(花筏まではいかない)。一豊橋で折返し、お祭り広場で少憩。椿と桜の共演も楽しみながら北へ戻り歩く。
 三月のらむ (13) 三月のらむ (14) 三月のらむ (15)
五条川を歩く鷺、潜る鵜、浮く鴨、桜咲く五条川は鳥も賑々しい。背を半分出して浅瀬を上る本物の‘鯉のぼり’(?)に笑う。往復約13kmの独り花見散策を終え、美濃加茂の「コクウ珈琲」でコーヒー(コスタリカ)を喫す。今年の五条川沿いの桜は、思いなしか花の色が濃い。
 
‘March comes in like a lion, and goes out like a lamb.’(3月はライオンの如く来たりて、仔羊の如く去る)…「3月のライオン」の寒く荒れた日は過ぎて「3月のラム(仔羊)」の穏やかな春の陽気に遊ぶ。三月のらむ。
 
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Fに抗する

ジャンル:ライフ / テーマ:ひとりごと / カテゴリ:あ・論廻 [2018年03月14日 01時30分]
『トウモロコシの先住民とコーヒーの国民』(中田英樹:著 有志舎:刊 2013)は、2013年の日本コモディティコーヒー協会アウォード(CCAJ賞)と2014年度の日本村落研究学会研究奨励賞(第24号)の二冠を獲った。このスゴイ本を猪瀬浩平はこう評した。
 
 《…本書の問いかけは今・ここにある私たちの他者理解にも向かうべきもの
  である。さらにいえば、平和研究者としての私たち自身が他者との出会
  いで躓いた瞬間、あるいは思考停止にした瞬間という不気味な記憶を思
  い起こす必要がある。その一つの例は、2011年3月に始まる東京電力
  の原発事故の「被害者」に対する「理解」があげられるだろう。(略) 本書
  はそんな「不気味な存在」に向き合う覚悟を、私たちが失っているのかも
  しれないことを告発する。そして予定調和ではなく、緊張関係を伴いなが
  ら他者と対峙し続けること、そのしんどさの中で考え抜くこと、そのことの
  覚悟を私たちに突き付ける。》 (猪瀬浩平 書評/明治学院大学国際平
  和研究所紀要『PRIME』37号 2014)
 
そして、『トウモロコシの先住民とコーヒーの国民』を書いた中田と評した猪瀬を含めた5人の執筆者が、東日本大震災を機にした新たな論集を出した。だが、この新刊は単なる被災論集でも復興論集でもない。それは、震災前からの地域開発の《不気味な記憶》と、震災後の‘復興’という名の《不気味な存在》を抱えた人たちを捉えたものだ。これまた、《緊張関係を伴いながら他者と対峙し続けること、そのしんどさの中で考え抜くこと、そのことの覚悟を私たちに突き付ける》物語で、メチャ面白い。版元が予価から200円も下げて頑張った本だぜ、まぁ読んでみろって!
 Fに抗する (1)
 
『復興に抗する 地域開発の経験と東日本大震災後の日本』
(中田英樹・髙村竜平:編/有志舎:刊 2018)
 
論集『復興に抗する』は、髙村竜平・猪瀬浩平による序章「地域固有の生活史から描く開発・被災・復興」がNHKの連続テレビ小説『あまちゃん』で始まり、中田英樹による終章「「復興に抗する」経験を生きる」で漫画『いちえふ 福島第一原子力発電所労働記』(竜田一人:作 講談社:刊)が登場する。これがもうヘタなサブカル解題よりも面白いワケだが、‘じぇじぇじぇ’なドラマや‘義侠心’の漫画では「今に始まったことじゃぁないけどなぁ…」という意識高い系(?)の連中は、《時間の許す限り、第一章から終章へと読み進んでいただければ幸いである》(p.28)という序章の挙句に順えばよい。ただし、別の意識高い系(?)として「風評被害」に敏感な消費者の連中は、第四章あたりから読んで、あえて「抗する」もよいだろう。まぁ、ここでも漫画『美味しんぼ』(雁屋哲:作 花咲アキラ:画 小学館:刊)が登場して、「風評被害」批判の危うさが解かれて鼻血が出そうになるワケだが…。
 Fに抗する (2)
 
イチエフ事故による食品の放射能汚染については、中田英樹による第三章「福島復興に従事する地元青年にとっての故郷再生」が生産地を描き、原山浩介による第四章「「風評被害」の加害者たち」が消費者を語って、対をなす。「土壌スクリーニング」事例と「風評被害」事例が背中合わせに論集の真ん中へ置かれたのだ。そして2つの章を真ん中に、前段には友澤悠季による第一章「ここはここのやり方しかない」と猪瀬浩平による第二章「原発推進か、反対かではない選択」が、後段には髙村竜平による第五章「被災地ならざる被災地」と猪瀬浩平による第六章「中心のなかの辺境」が配置されている。そして、第一章の広田湾問題(陸前高田)と第二章のほ場整備事業(高知県窪川)が震災前からの地域開発の課題を語って対をなす。また、震災後の廃棄物処理の課題を掲げる第五章と第六章は首都圏の外にある辺境(秋田県北鹿)と内にある辺境(越谷市増林)を描いて対をなす。よくもまぁ序章から終章まで多彩な論考を美しく並べたものだ、津波被害と防潮堤建設で失われる前の高田松原のように…。
 
 《「復興のため」という方向づけは、「バラ色の未来」よりはるかに強力に、
  考える時間と対話する機会を奪ってきた。そこにもたらされた東京オリン
  ピック開催決定の報(二〇一三年九月)は、「ああ、われわれ棄てられた
  んだ」と感じさせた(河野正義、二〇一五年二月五日)。重機の轟音のか
  げでつぶやかれる声の中にも、いくつもの異なる道がありえた。》 (友澤
  悠季 第一章 p.74)
 
 《あと二年後の二〇二〇年に開催される世界の祭典オリンピック。そこで
  の「復興」の世界とは、何を置き去りにし、誰を片隅に棄て去ることによっ
  て、「平時」の日本といて世界へ開示されるのだろうか。少なくとも私たち
  は、「偽装された平時」として片付けられている「有事」を検知できるよう、
  猫に鈴を付けるように、見張っておかなければならないだろう。》 (中田
  英樹 終章 p.327)
 
 Fに抗する (3)
論集『復興に抗する』は、その全8章を読み通して「復興」に抗する一つの物語が浮かび上がる。陸前高田観光ガイドの河野正義の声は、「また棄てるのか」という石牟礼道子の思いに重なって私に響く、《この国は塵芥のように人間を棄てる》(石牟礼道子:談 2013年5月)と。‘フクシマ’を「アンダーコントロール」などと《棄て去る》フェイク(fake)に抗する。‘風評被害’批判を悪用して《偽装された平時》を装うフール(fool)に抗する。2011年3月11日に東日本大震災が発してから65535時間(2730日15時間)後の日本は、関東大震災から95年後の2018年9月1日の夜明けを迎える。そう、65535を十六進表記にすればFFFF、すべてがFになる。それでも、私は‘F’に抗する。『復興に抗する』は、笑えないがメチャ面白い本だぜ、まぁ読んでみろって!
 
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無慈悲の津波

ジャンル:ライフ / テーマ:ひとりごと / カテゴリ:あ・論廻 [2018年03月11日 14時46分]
2018年3月11日、2557日前に東日本大震災が発して、866日後に東京五輪が発する。人の暮らしは、揺れ、崩れ、破れ、流れ、焼け、爆ぜ、凍え、埋もれ、朽ちてきた。そこに「復興」はない。
 無慈悲の津波 (1)
 
 《1964年の東京オリンピックのときに、銀座を全裸で疾走するパフォーマ
  ンス〈五輪性火白面フリチン走り〉を行い、精神病院に収容されたダダカ
  ンこと糸井貫二のように、いまこの国では2020年に向けて、「社会包摂」
  という名の下で、異質なものは周到に排除されていく運命にある。(略)
  事態は少しずつ動き、ゆったりと気づかぬうちに人々は慣らされ、少しで
  もノイズがあれば嫌悪感をいだくようになっていく。代わりに街や人は美
  しいもので溢れかえる。では、その美しさを守るために排除されたものた
  ちは、一体どこへ向かうのだろうか。》 (櫛野展正 「2020年を蹴っ飛ば
  せ!!!」/芸術批評誌『REAR』(リア)38号 特集「障害と創造」 pp.93-94
  /リア制作室:刊 2016)
 
《「社会包摂」という名の下で、異質なものは周到に排除されていく》、それは内田樹が言う《これから後「無慈悲で不人情な社会」が行政主導・メディア主導で創り出されてゆく》(『サンデー毎日』 2018年1月21日号・3月11日号)ということである。
 無慈悲の津波 (2)
 
 《敗退局面で「どうやって被害を最小化するか」と考える人間は「敗北主義
  者」と呼ばれ、「おまえたちの悲観論が敗北を呼び込むのだ」と激しく攻
  撃される。だから、この期に及んでなお五輪とか万博とかカジノとかリニ
  ア新幹線とかいう「起死回生の大博打」で劣勢を回復しようとする底の抜
  けた楽観論が幅を利かせる。》 (内田樹 「衰退局面を直視して」/『東京
  新聞』 2018年3月7日)
 
」と「おもてなし」を連呼して「インスタ映え」を貪る社会には、「原発はバクハツだ!」という泣き笑いから目を逸らし、耳を塞ぎ、口を噤みながら「大変が続いている」。《五輪とか万博とかカジノとかリニア新幹線とかいう「起死回生の大博打」》は、人類文明のささやかな「終活」なのだろうか?
 無慈悲の津波 (3)
 
神様、仏様、長年の慈愛美味しゆうございました。凶変、災厄も美味しゆうございました。ブドウ酒と甘茶美味しゆうございました。支那様、冊封美味しゆうございました。米国様、占領美味しゆうございました。又二つも原爆ありがとうございました。先進諸国様、資本主義に便乗させて戴き有難うございました。拝金美味しゆうございました。天皇様、皇后様、お気を煩わして大変申しわけありませんでした。大統領、国王、首席、書記長、将軍、立派な人になって下さい。神様、仏様。日本はもうすつかり疲れ切つてしまつて走れません。何卒お許し下さい。気が休まることもなく御苦労、御心配をお掛け致し申しわけありません。日本は野や山や川や海に抱かれて、そして笑い声を聞いて暮らしとうございました。
 
人の暮らしは、揺れ、崩れ、破れ、流れ、焼け、爆ぜ、凍え、埋もれ、朽ちるだろう。そこに「復興五輪」もない、いや、あるべきでない。《衰退局面を直視》する機がやってきた。目障りなものに目を瞠(みは)り、耳障りなものに耳を欹(そばだ)て、「絶滅しない危惧種」である人類がようやく滅びゆくさま、それを楽しむ機がやってきた。
 
 いき途絶え 無慈悲の津波 嗤う春
 
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おもかさま

ジャンル:ライフ / テーマ:ひとりごと / カテゴリ:あ・論廻 [2018年02月18日 23時30分]
アラビアンモカにアビシニアンモカ、ムニールモカにハラールモカ、保登(ほと)モカに吉城(よしき)モカ…モカにもいろいろあるが、「おもかさま」こと吉田モカ(旧姓:菅原/1875-1953)こそが史上‘最狂’のモカである。その「おもかさま」の孫である「みっちん」こと石牟礼道子は、2018年2月10日に死んだ。
 おもかさま (1)
 
 《石牟礼道子は、幼少時から狂女の祖母と心を通い合わせ、しかもその祖
  母との間で魂が「入れ替わった」血統書付きの狂女である。》 (臼井隆一
  郎 『「苦海浄土」論 同態復讐法の彼方』 藤原書店:刊 2014)
 
 《二〇一五年一月のある日、道子が「ハハハ」と愉快そうに笑った。夕方に
  なると目がかすむ道子のために私は『「苦海浄土」論』を大きな声で読み
  上げていた。本の後半の〈血統書付きの狂女〉という言葉にくすぐられる
  ように道子は反応したのだ。》 (米本浩二 『評伝 石牟礼道子 渚に立つ
  ひと』 新潮社:刊 2017)
 
目には目を、歯には歯を、狂った世間には狂った女を…水俣病闘争の同態復讐で血債の返済を求める狂女となった石牟礼道子は、1927年3月11日に生まれた。
 おもかさま (2)
 
 《世間では何かあるのかとテレビをつけましたら津波の映像。そして津波な
  のに都市が燃えていた。(略) 息もせずに、それをみんなで見つめて、な
  んという日だろうと思っていると、「今日は石牟礼さんの誕生日ですよ」と
  言われた。(略) また水俣のように、人々の潜在意識には残るけれども、
  口には出さない状況になると思いましたね。(略) 「また棄てるのか」と思
  いました。この国は塵芥のように人間を棄てる。》 (石牟礼道子:談 「上
  野千鶴子のニッポンが変わる、女が変える」/『婦人公論』2013年5月
  7日号 中央公論新社:刊)
 
 毒死列島身悶えしつつ野辺の花 (石牟礼道子/季刊『環』vol.46 2011)
 
石牟礼道子は84歳の誕生日に発した東日本大震災を詠じた句を、2013年秋に皇后美智子へ出した手紙の文末に添えた。この後、同年10月27日に美智子は天皇明仁と共に熊本県を訪れて水俣病胎児性患者と対面したが、さて、次代皇后雅子は新たな元号の時代に水俣を訪れるだろうか? それとも、雅子の祖父でありチッソ(旧:日本窒素肥料/現:JNC)の社長だった江頭豊(1908-2006)のように《また棄てるのか》? いずれにしても、昭和の黎明から平成の終焉までの計33,730日のうち33,210日を生きた石牟礼道子が、《塵芥のように人間を棄てる》社会を視ることはもうない。
 おもかさま (3)
 
 《安らかにねむって下さい、などという言葉は、しばしば生者たちの欺瞞の
  ために使われる。》 (石牟礼道子 『苦海浄土 わが水俣病』 講談社:刊
  1969)
 
 《石牟礼道子は水俣病闘争のジャンヌ・ダルクと言われた。しかし、本書は、
  石牟礼道子を海と大地を殺すチッソの「母親殺し」(オレステイア)に呼び
  出されて登場すべく登場する復讐の女神(エリーニュース)と呼びたいの
  である。(略) 近代資本主義社会は日々、母親殺しの殺人現場である。
  ギリシア悲劇に倣えば、復讐の女神エリーニュースが登場してしかるべ
  き時である。》 (臼井隆一郎 前掲書)
 
 《「未来に何かをやりに行くのではなくて、過去に忘れたものを取りに行け」
  ということが石牟礼さんのとても大きなメッセージではないかなというふう
  に思うんです》(若松英輔:談/『100分de名著』58 「苦海浄土」 第3回
  「いのちと歴史」/NHK Eテレ 2016年9月16日放送)
 
 《黒砂糖はこの頃使います。コーヒーに黒砂糖入れたらおいしかったですも
  ん。それ以来です。たんに甘いだけじゃないですね。いろんな栄養が含ま
  れていますから》 (石牟礼道子:談 2016年9月/米本浩二 前掲書)
 
 おもかさま (4)
‘昭和’の石牟礼道子は血統書付きの狂女であり復讐の女神であるが、‘平成’の石牟礼道子は救済の聖女あるいは恩寵の女神へ変化(へんげ)した…そう私には感じられる。少なくとも『苦海浄土』三部作が完結した後の最期まで10年ほどは、《コーヒーに黒砂糖入れたらおいしかったですもん》という村媼となり、やや詰まらないし気に入らない。それでも、《過去に忘れたものを取りに行け》という若松英輔の言葉に同感の思いを強くして、《たんに甘いだけじゃない》黒砂糖入りのモカコーヒーを飲みながら狂った資本主義社会への復讐を私は画策する。「おもかさま」の如く、いつの日かわれ狂うべし。
 
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ウルスラは邁む

ジャンル:ライフ / テーマ:ひとりごと / カテゴリ:あ・論廻 [2018年01月29日 01時30分]
アーシュラ・K・ル=グウィン(Ursula Kroeber Le Guin)が2018年1月22日に死んだ。私にとってル=グウィンは、アースシーではなくてハイニッシュサイクルの人である。
 ウルスラは邁む (1)
 
 《さまざまな幻想的ビジョンを通じて、夢見ることの極限を追求したアーシュ
  ラ・K・ル=グィンのSFは、アメリカの女流SFのなかでも孤絶した存在で
  ある。(略) 彼女の声価を決定的に高めたのは一九六九年に発表され
  た『闇の左手』である。(略) この惑星の住民である両性具有人には男・
  女というもう一組の異文化理解が託されているが、この部分でも作者は
  性急な結論には至らず、ヒューマニズムと非ヒューマニズムの極限で、
  相互理解の可能性を示すだけである。(略) 『所有せざる人々』(一九七
  四年)では、隣り合う二つの惑星に資本主義と社会主義という二つの体
  制が仮託されている。この小説が提起しているのは、単にどちらがよい
  かという社会体制の得失だけではない。むしろそれが目指しているのは
  社会と人間の関わり方そのものの探求である。》 (新戸雅章 「アーシュ
  ラ・K・ル=グィンの孤独」/ 『SFとは何か』 笠井潔:編著/日本放送
  出版協会:刊 1986)
 
だから、《しかし彼女の最も予見的な言葉はその著作ではなく、2014年11月に全米図書賞を受賞した際のスピーチで述べられたものかもしれない》(「追悼、アーシュラ・K・ル=グウィン──困難な世界から「未来」を見通していた作家」/Web 『WIRED』 News 2018年1月25日)などという寝惚けたような評には首肯しかねる。他の新聞各紙などもスタジオジブリ制作のアニメーション映画『ゲド戦記』(2006)に引っ張られてか、ル=グウィンを「ゲド戦記の作者」と説くこと一辺倒で訝しい。どうせジブリ映画を引くならば、アニメ版『魔女の宅急便』(1989)のウルスラ(Ursula)に触れて、原画である〈星空をペガサスと牛が飛んでいく〉(1976)の《さまざまな幻想的ビジョンを通じて》アンシブルでル=グウィン作品と繋げる…くらいの芸当がほしい。
 
西部邁が2018年1月21日に死んだ。私にとって西部邁は、まったくでたらめな、実にいやな男だった。
 ウルスラは邁む (2)
 
 《「まったくでたらめな、実にいやな男だった、死んでもらってほんとに嬉しい」
  という伝わり方もあれば、「いろいろ失敗も錯誤もあったが、まあなかな
  か一生懸命格闘して、いいこともやったり言ったりして死んでってくれた
  男だ」という伝わり方もあって、どっちを選ぶかという選択問題があった
  時に、僕はどう考えても後者を取りたいと思う。ところで今日のこのコー
  ヒー、あなたにご馳走してもらえるんでしょう?(笑) 例えばあなたがおご
  ってくれるコーヒーについて、僕は二つのことが言えるんですよね。「よく
  もまぁ、こんなうまくもねぇこんな店、なんで選んだんですか?」とごねるこ
  ともできる。人様にまともな記憶を残したくないということを選んだとしたら、
  それでいいのかもしれないね。(略) つまり、真善美を求めないような生
  き方が考えられないのならば、それを遺さずに死ぬという死に方もまた
  考えられないのではないかと、やはりこれも「論理的」に、そうなります。
  「死」について言えば、死ぬべき時に死ぬっていうのが一番正しい。》
  (西部邁:談/「「言葉」を持って、矛盾の中へ。」/Web「ブッククラブ回」
  interview)
 
 《今日は核武装の話です。私は核武装の話は怖くていやなんですが、当ゼ
  ミナールの西部先生が「核武装の話のない防衛論は、クリープのないコー
  ヒーどころか、カフェインのない似非(えせ)コーヒーだ」といってききませ
  ん。》 (小林麻子:談/『西部邁ゼミナール』 「核武装論に本気で取り組め
  ─日本が核武装しなければならない理由」/TOKYO MX 2013年3月
  2日放送)
 
だから、《かといって西部がビビットかというとそうでもないんだけど。彼だって立場に固執するだけの話だからさ、伝統がどうしたこうしたとか》(康芳夫:談/竹熊健太郎 『篦棒な人々』 太田出版:刊 1998)などと評されていた通りに、《社会と人間の関わり方そのものの探求》に疲れたのだろう、西部邁は自裁した。「よくもまぁ、こんなうまくもねぇ死に方、なんで選んだんですか?」とごねることもできるが、それが《死ぬべき時に死ぬっていうのが一番正しい》のであれば、どう考えても《死んでもらってほんとに嬉しい》という伝わり方を取りたいと思う。但し、(煙草に対する姿勢と同様に)コーヒーに関しては、カフェインのないものを‘似非’(えせ)と言い切るところがでたらめではなかった。
 
 ウルスラは邁む (3)
アーシュラ・K・ル=グウィンと西部邁、二人の死は1960年代から1970年代までの思想の多様化と停滞が、また一つ遠のいていく現実を象徴している。けれども、《単にどちらがよいかという社会体制の得失だけ》は《いろいろ失敗も錯誤もあった》ままに放置して、〈虹の上をとぶ船〉でウルスラは邁(すす)むのである。
 
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日和見よたび

ジャンル:ライフ / テーマ:ひとりごと / カテゴリ:あ・論廻 [2017年11月04日 01時30分]
「文化の日」に岐阜県各務原市で催される「マーケット日和」、《入場無料で公園隣の大学祭とも合同開催ということもあり、毎年子ども連れのファミリー層や大学生~年配層まで多くの来場者で賑わいを見せている》(Web『LIVERARY』 2017年10月31日)。確かに露店も来場者も増えて、憩う場というよりも燥ぐ場になってきた。
 日和見よたび (1)
2017年11月3日、混雑必至の催事「マーケット日和」を秋の日和に見る私の旅も今回で四度(よたび)…行ってみよう!
 
 日和見よたび (2) 日和見よたび (3) 日和見よたび (4)
会場の周辺道路は大渋滞、予定より1時間近く遅れて中部学院大学に駐車。まずは、「珈琲工房ひぐち」出店ブースへ。今年は樋口周作氏が奥方と出店している。「セピアの宝石」(深煎りブレンド)を買って、歩き飲みしながら学びの森エリアへ。怖ろしいほど多くの出店と人出だが、空いた芝生に座って晴れた空を眺め憩う。「コクウ珈琲」出店ブースを覗けば繁忙…「じゃ、聴いてほしい講演会はオレが聴いてくるわ」(笑)。
 
シティカレッジ特別講演会「「学びの森」から描くまちの未来地図」
 日和見よたび (5)
会場は中部学院大学各務原キャンパス大講義室、定員300人の催事だが聴講したのは50人弱でスカスカ。各務原市役所広報課の廣瀬真一氏とかかみがはら暮らし委員会代表理事の長縄尚史氏によりマーケット日和や夏フェスOFTやKAKAMIGAHARA STANDの話、要はご当地プロモーション。その後、ゲストが登壇。(以下は私的メモ)
 日和見よたび (6)
山田高広(NPO岡崎まち育てセンター・りた/株式会社三河家守舎)
愛知県岡崎市のQURUWA・おとがわプロジェクト・リノベーションまちづくり 便利なのと豊かさとは違う ルールは疑うべき 社会実験で既成事実化する (公園の施設)行政が規制をつくるなら何もつくるな カネは得意な人が担う
 日和見よたび (7)
吉田有里(Minatomachi Art Table, Nagoya/港まちづくり協議会)
名古屋市港区のアッセンブリッジ・ナゴヤ アートなんかあってもまちは変わらない ボートピアの売上の1%がまちづくり協議会に入る 空き家をワークショップ形式で改修 カネは全く違うものを結びつけて使い方を考える
 
山田氏の話も吉田氏の話も具体例が面白かった。もっとも、私には‘まちの未来地図’までは見えてこない。だが、役人だろうが商人だろうが芸人だろうが「まちづくり」はプロモーターが牽引するものであり、ノリと勢いで自惚れる連中がプロモーターとして優秀とみなされることはわかった。何よりも「文化の日」らしい暇つぶしになった良い講演会であった。
 
 日和見よたび (8) 日和見よたび (9) 日和見よたび (10)
学びの森エリアへ戻れば「Accordy」や「手廻しおるがん かごやか」の音が聴こえてきて、そちらへフラフラ。コーヒー屋や雑貨屋の出店ブースを見巡るのもイイが、この「森の音楽隊」を聴いている時間はさらにイイ。さらに市民公園エリアへ。古本市を覘き巡ってから、前回は買い損ねた「コバレレコーヒー」出店ブースへ。「カレンダーラ」(ネパール)を飲みながら小林勝久氏と少談。
 
 日和見よたび (11) 日和見よたび (12) 日和見よたび (13)
出店数と催事内容を増やした市民公園エリアも怖ろしいほど多くの出店と人出だが、空いた芝生に座って晴れた空を眺め憩う。「コクウ珈琲」出店ブースへ戻って、今年も「イタリアンブレンド」を自分で淹れて飲む。篠田康雄氏・小川友美氏・伊藤千帆氏と喋りながらブースの撤収を手伝う(これも遊び)。日暮れてきた会場を後にして、帰途へ。喫して聴いて、秋の日和に四度(よたび)見た「マーケット日和」…面白かった!
 
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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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