美食の迷走

ジャンル:グルメ / テーマ:フレンチ / カテゴリ:食の記 [2017年04月21日 05時30分]
コーヒーを愛好し研究するに先覚たる山内秀文(やまうち ひでのり)さんより、氏が訳出した本の新訂版を恵送いただいた。『フランス料理の歴史』(ジャン=ピエール・プーラン エドモン・ネランク:共著/山内秀文:訳・解説/角川ソフィア文庫 KADOKAWA:刊 2017年3月)である。原著の“Histoire de la cuisine et des cuisiniers:Techniques culinaires et pratiques de table, en France, du Moyen-Age à nos jours”(Jean-Pierre Poulain, Edmond Neirinck)は、その1988年初版が『よくわかるフランス料理の歴史』(大阪あべの辻調理師専門学校:監訳 藤井達巳・藤原節/同朋舎出版:刊 1994年)として、2004年第5版が『プロのためのフランス料理の歴史 時代を変えたスーパーシェフと食通の系譜』(辻調理師専門学校 山内秀文:訳/学習研究社:刊 2005年)として、日本語の訳本が刊行されていた。今般に文庫化された新刊は、2005年の訳本を加筆修正、これに訳者自らの補記を加えたものである。
 美食の迷走 (1)
 
 《…この本の最大の特徴、それは終始グランド・キュイジーヌ、オート・キュ
  イジーヌと呼ばれる最高料理の流れに焦点をあてて、フランス料理の
  歴史をたどっているということだ。(略) アナル派の歴史観が台頭して
  からは、大衆的な料理、日常食と高級料理を等価に扱う歴史書が多い。
  もちろんこうした歴史の捉え方も重要だが、ただフランス料理が普遍的
  な料理として世界に君臨している理由を考慮すれば、高級料理に焦点
  をあてた料理史は、ある意味で本道といえるし、日本のプロの料理人、
  料理の愛好家にとっては納得しやすく、かつ実用的なフランス料理史と
  いえよう。》 (山内秀文 「はじめに」/『フランス料理の歴史』 pp.13-14)
 
まず、私なりの半解を述べよう。オート・キュイジーヌ(haute cuisine:高級料理)の歴史書と聞いて気後れする向きもあろうが、本書『フランス料理の歴史』に臆したり怯んだりしてはつまらない。少なくとも、「オレはナイフとフォークの上品ぶった店では食った気がしない、赤提灯で焼き鳥の方がずっと美味い」などと、僻み根性丸出しの経験則で本書を遠ざけて欲しくない。アナール学派の歴史観の良し悪しは別としても、民衆史とか生活史とか民俗学とか名乗るものの中には‘心性’や‘意識’をむやみやたらに反権力や下層擁護へ結びつける愚論や暴論も多い。だが、私に言わせれば、オート・キュイジーヌの歴史は大衆料理の歴史を追うよりも余程にわかりやすい。オート・キュイジーヌの形成と展開は、その変遷が継承であれ反発であれ、概ねでは体系化や合理化への方向性が明瞭である。それが、《フランス料理が普遍的な料理として世界に君臨している》ことや、《ある意味で本道といえる》ことの理由にもなっている。対して、体系や合理を持たない大衆料理の雑駁さは、気楽なようで真に諦観することを難しくする。だから、仮に「赤提灯で焼き鳥を食べながら」でも話題にするべきは、本書『フランス料理の歴史』のような本についてである。
 美食の迷走 (2)
 
 《プーランが本書を書き終えてからの10年で、オート・キュイジーヌの地
  図は激しく塗りかえられた。(略) フランスには今も多彩な才能が現れ
  ているが、彼らはグローバル化したオート・キュイジーヌの世界では、
  世界に散らばる優秀な料理人の一部に過ぎないともいえる。フランス
  は今後も「フランス料理」の中心であることは変わらないにしても、グ
  ローバル化が進む限りは、これまでのようにオート・キュイジーヌの覇
  権を独占する状況に戻ることは難しいだろう。》 (山内秀文 「フランス
  料理の現在〈2005-2016〉 跋文に代えて」/前掲書 pp.420-421)
 
次に、私なりの曲解を述べよう。文庫化された『フランス料理の歴史』の真価は、山内秀文による《跋文に代えて》という追録にある。旧版にあった挿絵などの図版が新訂版で削られてしまったのは残念だが、《プーランが本書を書き終えてからの10年》の新たな動向、テクノ=エモーショネルやネオ・クラシシズムやネオビストロ(ビストロノミー)などの展開を整え述べた補記は見事である。そして、原著ではフェラン・アドリアによって引き起こされた流れを「美食の迷走」と本文の最終節で非難がましく憂いた著者ジャン=ピエール・プーランと異なり、訳者の山内秀文は《オート・キュイジーヌの覇権を独占する状況に戻ることは難しい》と「フランス料理」の衰亡を冷静に捉えている。料理界の中心円として形成されたオート・キュイジーヌ、黄金期と呼ばれて真円が拡張した19世紀、ヌーヴェル・キュイジーヌの登場で焦点が二重化して楕円となった20世紀、そうしたフランス料理の体系化の歴史に軸ブレはなかった。それが現在は円が崩れて不定形化して中心軸から離れて、料理界における「フランス料理」の優越が衰滅した、そう私は解している。だが、明瞭に君臨する世界帝国が現在の地球上にないからといって、過去の帝国の興亡を探る価値がなくなるわけではない。同様に、プーランらが描いた「フランス料理」の歴史的価値が崩れたわけではない。むしろ、山内秀文の補記による真価は、『フランス料理の歴史』全体を読み返す意義を教えている。
 美食の迷走 (3)
 
 《美食の迷走は、美食体験の中で味覚が食べるという行為に優越するよ
  うになる、この瞬間に始まった。食べるということが、食事をする理由で
  あることをやめてしまったのだ。試食の際にも、最も重要な段階は、口
  に入れるその瞬間になった。そして、飲み込んだ後にくる、感覚の融合
  や統合という価値観は、美食の地平からは消え去ってしまった。 こうし
  た傾向は、ワインが先行している。19世紀まで優勢だった、ワインが
  飲み手に及ぼす効果を含み込んだ、ワインと酩酊の文化から、ワイン
  への関心が味覚の次元に集中する感のある、ワインの味の文化へと
  移行してしまった。だから、今日のワイン分野での危機の大部分は、味
  覚の迷走に関わるものだ。》 (ジャン=ピエール・プーラン 「美食の迷
  走」/前掲書 pp.334-335)
 
さらに、私なりの俗解を述べよう。プーランが「危険かつ誤った騒乱」とも「美食の迷走」とも呼ぶ事態は、分子美食学やテクノ=エモーショネルだけに要素や因子を求められない。例えば、「食育」にも‘騒乱’や‘迷走’が見られる。食育の‘迷走’も、《味覚が食べるという行為に優越するようになる、この瞬間に始まった》のであり、その典型が‘Institut du Goût’(味覚研究所)を創設したフランスのJacques Puisais(ジャック・ピュイゼ)による「ピュイゼ・メソッド」である。フランスで味覚教育として始まった「ピュイゼ・メソッド」、その洗礼を受けた初期の児童は既に40歳代に達していて、中には《優秀な料理人》として活躍する者もいる。この《味覚が食べるという行為に優越する》食育は世界各国に広がりをみせて、日本でも(奇しくも2005年頃から)三國清三らによって盛んに喧伝されている。プーランは「美食の迷走」の傾向を《ワインが先行している》と述べているが、ピュイゼがワインの醸造と香味研究の権威であることに鑑みれば、私には何らの不思議もない。そして、ワインに始まった「美食の迷走」は、私に言わせれば、コーヒーの世界にも及んでいる。プーランの言を書き換えてみよう。
 
 「珈琲の迷走は、喫茶体験の中で味覚が喫するという行為に優越するよ
  うになる、この瞬間に始まった。喫するということが、飲用をする理由で
  あることをやめてしまったのだ。試飲の際にも、最も重要な段階は、口
  に入れるその瞬間になった。そして、飲み込んだ後にくる、感覚の融合
  や統合という価値観は、喫茶の地平からは消え去ってしまった。 こうし
  た傾向は、珈琲が後追いしている。20世紀半ばまで優勢だった、珈琲
  が飲み手に及ぼす効果を含み込んだ、珈琲と覚醒の文化から、珈琲
  への関心が味覚の次元に集中する感のある、珈琲の香味の文化へと
  移行してしまった。だから、今日の珈琲分野での危機の大部分は、味
  覚の迷走に関わるものだ。」 (鳥目散帰山人)
 
さて、私なりの半解なり曲解なり俗解なりが確かならば、料理やワインに興味がある者はもとより、コーヒーなども含めた全ての飲食物を愛好する者にとって、角川ソフィア文庫の『フランス料理の歴史』は必読の書であるといえよう。…さあ、山内秀文よ、怜悧聡慧にして遠識兼照なる訳文と解説を、日本中の食魔へ大いに見せつけるがいい!
 
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蕎麦に居るね 27

ジャンル:グルメ / テーマ:うどん・そば / カテゴリ:食の記 [2016年10月18日 23時30分]
2016年10月16日、郡上八幡へアート催事を観に行ったついでに町を散策、その途中で昼飯を摂る。郡上八幡といえば麺類はうどんか天ぷら中華そばだろうが、そんな本来は抛っておいて蕎麦を三食。
 
「蕎麦正まつい」にて、「ざるそば」を食す。
 蕎麦に居るね27 (1) 蕎麦に居るね27 (2)
一食目。ホテルの支配人だった松井和至氏が「蕎麦正」(高山市荘川町)の三島正氏に師事して2009年9月に開業した「蕎麦正まつい」を初訪。11時開店を待つ客の3組目として並ぶ。蕎麦切りは冷たい蕎麦だけ、ざるとおろしの2種。席に通されて「ざるそば」(1000円)を注文。蕎麦が運ばれてきて、まず美しく輝く麺だけズルズル…ウマい! 馥郁たるソバの香り、芳醇なソバの味。この圧倒される甘さは荘川産ソバを天日干ししているからなのか? 鼻でも口でも喉でも胃でも美味い蕎麦に感涙、コリャ、ウマい! 辛汁は尖ったところのない落ち着いた仕立てで好い。薬味の葱も山葵もスバラシイ芳香だが強すぎるので控えて、麵を食べ終わってから蕎麦湯に浸して味わう。「蕎麦正まつい」、コリャ、2015年7月に開業した犬山店にも行ってみなければ!
 
「俄」にて、「郡上清流あまごそば」を食す。
 蕎麦に居るね27 (3) 蕎麦に居るね27 (4)
二食目。郡上八幡で約270年続く酒蔵に生まれた原保元氏が地元で居酒屋を開いた後に2014年4月に開業した「俄」(にわか)を初訪。黒を基調にしたオサレ居酒屋風の店内に客はちらほら。カウンターに座って「郡上清流あまごそば」(1380円)を注文。冷たいぶっかけの仕立てで美しく盛られた蕎麦が運ばれてきて、郡上産蕎麦粉100%使用の二八を謳う麺をズルズル…う~ん。予想以上に黒っぽい麺はホシが多い蕎麦に特有の味はあるがソバの香りがほとんど捉えられない。あまごはフツーの味で、レモンやハジカミも甘露煮には合うが、蕎麦には合わない。私には苟且の意味でニワカにしか感じられない、それはメニューだけなのか、店そのものか?
 
「泉屋」にて、「天ぷらそば」を食す。
 蕎麦に居るね27 (5) 蕎麦に居るね27 (6)
三食目。町家の造りの古体な店で1930年に開業して3代目が営む「泉屋」を初訪。入口近くのテーブル席に座ると、想像通りに灰皿が積んである(訪店中に煙草は吸わなかったが)。店奥の座敷席には家族客、その頭上ではテレビが「NHKのど自慢」、イイねぇ。「芋かけそば」には早すぎる時季、「天ぷらそば」(850円)を注文。運ばれてきた蕎麦の丼から添えられた散蓮華で取り鉢に天ぷらだけ除けて、まず色の薄い甘汁をズルズル…ウマい! 出汁がしっかりしている。テレビから流れるカンコンという鐘の音を聞きながら麵をズルズル…ソバの香りは薄いが味はしっかり出されて汁に合う。ん? 頭上のサークラインが突然消え、店主が出てきて紐を引っ張り「スイマセン」(笑)。衣フヤフヤの海老天を食べながら思う…「泉屋」は正しい麺類食堂だ、好い!
 
郡上界隈が必ずしもソバ栽培の好適地であると私は思わない。実際にソバが振興作物の一つとされているのは、収益性の薄い米作りからの転作勧奨によるものだからだ。
 《そばの作付けについては、大豆を作付けしたほ場で、翌年に栽培する
  ことで連作障害対策として有効な作物であり、加えて雑草に強いことか
  ら荒廃農地の再生作物として作付けされています。収穫されたそばの
  実については地元加工グループで利用されるなど、比較的地元で利用
  されています。しかし、他の品種同様、鳥獣害被害が深刻であり、さらに、
  電気柵などの資材を設置するほど収益性がないため、獣害を受けるが
  ままといった状況となっています。今後、安価で行える獣害を減少させ
  る施策の研究を行うなど、郡上市内で消費されるそばのすべてが地元
  産を使用し、また安定した供給量が確保できるように栽培を推進します。》
  (「郡上市農業振興ビジョン」 第5章 品目別の振興方向/2010年2月)
郡上市はソバ栽培を、2007年実績に比して栽培面積で2倍弱の34ヘクタール、生産量で3倍弱の17トンを2018年の目標としているが、年々に温暖化も進んでいる中で、果たしてソバの質はどうなのか? Tシャツ1枚になって町を散策した秋日和、「まつい」や「泉屋」のように再訪したくなる蕎麦屋を見つけられて好かったが、郡上八幡を‘蕎麦どころ’と呼ぶに今は難しい。では、将来は? その課題は重い。
 
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蕎麦に居るね 26

ジャンル:グルメ / テーマ:うどん・そば / カテゴリ:食の記 [2016年10月04日 23時30分]
斑尾高原でのトレラン大会に参加、その前後に蕎麦を食すること、今秋は四演。
 
2016年10月1日
 
「そば処 うえだ」で蕎麦を食す。
 蕎麦に居るね26 (1) 蕎麦に居るね26 (2)
「ざるそば」(850円)
約1年ぶりの訪店。聞けば、朝まで雨が降り晴天になったのは半時間前、どうりで空いているわけだ。今般も望んでテラス席。注文した蕎麦がきた…ん? 箸が無い(というよりも、雨天で箸箱を出してなかった:笑)。箸を取って美しく細打ちされた麺を啜ると、今般は甘みが薄いが香りが引き立って旨い。辛汁は角張った口当たりが減じ、甘味が僅かに強い感じ。一口二口と啜りこむと蕎麦と汁が一体に成れ、次第に箸が止まらなくなる。相変わらず臭みのない蕎麦湯も旨い。黒姫高原から見る野尻湖や斑尾山の明媚のように、やはり「うえだ」の蕎麦は‘野趣’よりも‘洗練’の調和へ研いでいる趣が好い。「ごちそうさま」と店を出る頃、ほぼ満席になっていた。
 
 蕎麦に居るね26 (3) 蕎麦に居るね26 (4)
高原を車で下る途中に「まつき」でブルーベリーソフトクリームをソース付きで食べてから、妙高高原駅の前の蕎麦屋へと向かうもフラれた。ならば、と関川の関所へ車を走らせて「道の歴史館」の駐車場に停め、関川の沿道に下りて約5年前にトレラン大会で走ったことを想い返しながら散策。
 
「そば処 せきがわ」で蕎麦を食す。
 蕎麦に居るね26 (5) 蕎麦に居るね26 (6)
「天ざるそば」(1200円)
関川の関所「道の歴史館」の隣にある蕎麦屋を初訪。ガランとした座敷に客は私1人。「天ざるそば」を注文して待つと、まず瑞々しいキュウリのサービス。次にざるそばと天ぷらが運ばれてきた。麺は二八のようだが香りも味もマズマズ、麺の上の海苔はジャマ、辛汁は市販の麺つゆのような感じ。野菜と茸の天ぷら盛り合わせは好い味。天ぷらのかけらを蕎麦猪口に放り込んで蕎麦湯を加えて飲めば、臭みなくフツー旨い。店の立地や構えから、てっきり背伸びして上品ぶったモノが出てくることを勘繰ったが、好い意味で懼れは外れた。つまり、この一帯に多い食事蕎麦の一つとして、平凡だが合格の味。
 
2016年10月2日
 
「上信越自動車道 小布施パーキングエリア 上り線 スナックコーナー」で蕎麦を食す。
 蕎麦に居るね26 (7) 蕎麦に居るね26 (8)
「二八そば(冷)」(650円)
トレラン大会後の帰途に「道の駅 ふるさと豊田」を覘くも、蕎麦の売り切れでフラれること前年に同様。では、と小布施PAのスナックコーナーに寄って蕎麦を遅い昼飯にすること前年に同様。…ん? 何か変わった? 前年に食べた温かい「たぬき山菜そば」がとても好い味だったので、謳いの‘二八’をさらに味わおうと冷たいざるそばにしたが、やや感動が薄い。いや、他所のSA・PAで食べた蕎麦よりもズッと良いことは前年に同様。だが、蕎麦の麺の風味がやや薄く感じて、駄蕎麦の中で上等といったところか。それでもイイのだが…。
 
「長野自動車道 みどり湖パーキングエリア 上り線 白樺亭」で蕎麦を食す。
 蕎麦に居るね26 (9) 蕎麦に居るね26 (10)
「すんきそば」(600円)
高速道路を進むうちに日暮れて、みどり湖PAのスナックコーナー「白樺亭」に寄って蕎麦を晩飯にすること前年に同様。…ん? 《木曽名物すんき漬と舞茸の天ぷらをトッピング》とは妙な組み合わせだな。ズルズル。舞茸の天ぷらは良いが、どうも無塩乳酸発酵の‘すんき’を穏やかにしようと野沢菜醤油漬けと混ぜているらしい。いや、駄蕎麦の中では上等の味。だが、木曽開田一帯で食べられる正真のすんきそばは厳寒期のモノであり、この蕎麦をキッパリ「すんきそば」と言われるとなぁ。名付けはともかく、また食べてもイイのだが…。
 
【余聞ごと】
 蕎麦に居るね26 (11)
えちごトキめき鉄道に移管された妙高高原駅の前へ約2年ぶりに行ったところ、隣り合う2軒の蕎麦屋、向かって右の「きくや高原そば」は建物が無くなって更地になり、左隣りの「加藤そば屋」は看板が無くなって閉店していた。「加藤」の店前には《満七十三歳 葬儀告別式九月二十九日》の‘忌中札’…故人は店主だろうか。「加藤」について、写真家の北島敬三氏はこう記す。
 
 《私と「加藤」とのつきあいは古い。私が小学生だった頃、妙高高原駅がま
  だ田口駅と呼ばれていた頃からで、四十年近くにもなる。驚くべきことに、
  その頃からメニューも店構えもほとんど変わっていない。入り口がアルミ
  サッシになり、木製の壁掛けメニューの値段のところが上書きされている
  くらいである。壁に掛けられた霊峰妙高の写真や絵は、四十年前から同
  じままである。メニューも、「もりそば、かけそば、天ぷらそば、かけうどん、
  天ぷらうどん、日本酒、ビール、丼もの少々」だけでこれも変わらない。
  (略)「もりそば」は、文字どおりどんぶりに山盛りにされてくる。地粉を使
  った太目の麺で、歯ごたえ、香り、喉ごしともに申し分ない。(略)昼時に
  は、地元の蕎麦好きたちが、仕事の合間にぬる燗一本ともり一杯をうま
  そうにすすっている。私も、「加藤」に行ったらそうする。たぶん、蕎麦通
  に受けないが、蕎麦好きは満足するだろう。いつ頃からだったか、「加藤」
  のすぐ隣に「高原蕎麦」という本格的な店ができた。そちらは混んでいる
  がしかし、くれぐれも間違わないように。》 (北島敬三 「どんぶりもりとぬ
  る燗」/『蕎麦処 山下庵』 山下洋輔:編著 小学館:刊 2009年)
 
「きくや」は昨2015年8月末に、「加藤」は本2016年7月末に、閉業していたことを帰宅後に知った。《くれぐれも間違わないように》と言われても、もう2軒共に店も蕎麦も失われた。たぶん、蕎麦通に響かないが、蕎麦好きは悲しむだろう。残念だ。
 
新ソバの時季にはやや早かったが、爽やかな秋の香りを感じた蕎麦巡り四演。好い蕎麦屋は、蕎麦好きの傍(かたわ)らに存在する。「信州信濃の新ソバよりも あたしゃあなたの傍(そば)がよい」
 
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蕎麦に居るね 25

ジャンル:グルメ / テーマ:蕎麦 / カテゴリ:食の記 [2016年07月21日 01時30分]
長野県木曽方面のトレラン大会へ出向いて、その前後に蕎麦を食すること、今夏は三演。
 
2016年7月16日
 
「時香忘」で蕎麦を食す。
 蕎麦に居るね25 (1) 蕎麦に居るね25 (2) 蕎麦に居るね25 (3)
「極粗挽き寒ざらし熟成 もり蕎麦」(おお盛り) (1620円)
大会前日の昼食。毎年に一度、7月の訪店も8回目。夜明け蕎麦があるというので少し迷うが、やっぱり毎度のもり蕎麦で。麺だけ啜ると、甘い! 汁に浸けて啜ると、甘い! 熟成度3が効いているのか、甘い! 《調和の円熟を増してきているのかもしれない》前回よりも表面のヌメリ感が減じて、さらに円熟? ハハハハ、素直にウマいとしか言いようがない。だが、勘定ついでの雑談では「もう体力的に厳しくて…」と。2003年の開業から約13年、高田典和氏が《皆さんにね五感でお蕎麦を召し上がっていただきたい。…街のストレスって随分ストレスがあるじゃないですか、そういう方たち来ていただいて、ここでねひと時の時間をのんびり過ごしていただけたらどんなに幸せかなって思いますね》(TV番組「ウドちゃんの旅してゴメン」 初夏の南信州・木曽路を歩く 2006年6月10日放送)と言ってから約10年。「時香忘」にも《随分ストレスがあるじゃないですか》? 身を削った円熟の味なのだろうか? 蕎麦そのものに進化を見ても衰えは感じられない、それが恐ろしくて、また美味しい。
 
2016年7月18日
 
「くるまや 本店」で蕎麦を食す。
 蕎麦に居るね25 (4) 蕎麦に居るね25 (5)
「天ぬき付きざるそば」(2枚) (1590円)
大会翌日の昼食その一。5年ぶり2回目の訪店。開店と同時に暖簾を潜って10組目。直後に満席。…ん? ざるともりが同額になっている(つまり、海苔は無料?笑)。黒い中太の麺は噛み応えがあり、噛めば噛むほどソバの香味が効く。甘味の強い汁のかえし、初めは醤油と砂糖と酒をバラついて感じるが、天ぬきに箸を進めてから蕎麦をどっぷり浸して食べると、もうバラつきが気にならない。「地酒の七笑でもチビチビやりながら天ぬきをつつきたいなぁ」と独り呟きながら、田舎蕎麦として長らくまとまった「くるまや 本店」の風情に安心して食べ進む。
 
「旗挙そば 源氏」で蕎麦を食す。
 蕎麦に居るね25 (6) 蕎麦に居るね25 (7)
「ざるそば」(二段) (1140円)
大会翌日の昼食その二。昨年訪ねた「巴」(「道の駅 日義木曽駒高原 ささりんどう館」)から僅か230mに位置する「旗挙そば 源氏」を初訪。満席に3組待ちだったが、10分弱で案内された。「くるまや 本店」から分立しただけあって、麵や汁の仕立てが似ている(もっとも、それを承知で食べ比べに訪ねたのだが:笑)。だが、細かくは違う。麺はより太くて、渋みも含めてソバの味が濃い。汁の口当たりは硬めで、酒の風味が強い。真っ当な田舎蕎麦としては、下品になるギリギリで踏み止まった感じ、「それはそれで好いじゃないか」と独り呟きつつ完食。
 
[余聞ごと]
蕎麦屋の「くるまや」は、「国道店」も「中津川店」も「旗挙そば 源氏」も下条家の一族が「本店」から分立したようだ。しかし、何故「源氏」だけが「くるまや」を屋号に名乗らないのだろうか? 《くるまや本店は代々、福島関所を治める山村代官の屋敷にお仕えし、製粉・精米業を営んでいた水車小屋でした》(Web「くるまや本店の歴史」)というが、木曽谷の黒川に居た下条家は、甲斐源氏小笠原氏流を仮冒して伊那谷の下條村界隈を戦国時代まで治めた下条氏と関連があるのだろうか? 日義の「源氏」は「木曽名物 旗挙本手打そば」を看板に掲げるが、木曾義仲の挙兵の地は上田の依田城なのか東御の白鳥河原なのか木曽の宮ノ越なのか? …わからないことだらけで、旗挙げどころか私はお手上げ。
 
帰途、木曽谷から権兵衛峠道路で伊那谷へ移り、2011年の開店より5周年を迎えた「Liddell Coffee House」(リデル コーヒーハウス/下伊那郡高森町)を初訪。店主が焙煎したジャワコーヒーを喫し(2杯目は松屋式で注文)、ジャズを聴いて憩い、店主と談話しながら、トレラン大会と滝見物と蕎麦屋巡りに遊んだ時間を想い返した。
 
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食べネパ!

ジャンル:グルメ / テーマ:カレー / カテゴリ:食の記 [2016年07月05日 01時30分]
ナマステ。ネパールのコーヒーを取り上げる催事に関わることになったら、ネパール料理が食べたくなってきたネパ。「ネパ~ル君」にならネパね。「ねば~る君」じゃないネパよ。ネパールにもキネマ(Kinema)という大豆発酵食品、つまりネパール納豆があるけれども、それはネパールの東寄りで作られているネパ。で、コーヒー栽培が盛んなのは、もっと西の方のシャンジャ郡あたりだから、「ねば~る君」は用無しネパね。どちらにしても、「ネパ~ル君」が食べたいのはダルバート(dal bhat)ネパ。ここ最近は日本各地で「インド・ネパール料理」を掲げている店がやたら増えているけれども、ダルバートを予約なしの定番にしている店はすごく少ないネパよ。でも、近場で探して食べネパ!
 
 食べネパ! (1) 食べネパ! (2)
2016年6月19日、「TARKARI」(タルカリ)で、ダルバート(ランチメニュー)を食す。
名古屋市千種区楠元町(城山八幡宮の一の鳥居の南)。旧サンティプールカフェに昭和区塩付通のタルカリが移って合体した店。カミさんと2人で初訪。100円増しでカレーを骨付きヤギカレーに変えてノンベジのダルバート。バスマティのバート(米飯)にダル(豆)スープもカレーもぶっかけてタルカリもアチャールもチキンティカも混ぜ込んでパパドを割ってふりかけながら手食。
 
 食べネパ! (3) 食べネパ! (4)
2016年6月25日、「BIHANI」(ビハニ)で、ダルバート(ランチメニュー)を食す。
名古屋市昭和区塩付通(名古屋国際中学校・高等学校の南西)。旧タルカリの後に開かれた店。直前に吉岡コーヒーで吉岡知彦氏とカレー談議をした際にビハニにもダルバートがあることを確認して、直後に初訪。サラダをタルカリ(野菜炒めおかず)に替えてもらったダルバート、黄染めのバートはジャポニカ(?)。飯もおかずも指が火傷しそうに熱いがかまわず手食。
 
 食べネパ! (5) 食べネパ! (6)
2016年6月26日、「MACHA PUCHARE」(マチャプチャレ)で、何も食さない。
名古屋市熱田区神宮(名鉄神宮前駅の北)。前日の談議で吉岡氏が「ネパールらしさ」を推していたので、勇んで初訪…ん? 《親愛なる顧客今月オープン行くまで私たちは新たなインド料理の後閉鎖するための非常に申し訳ありませんがあなたに感謝します! Bhanchha Preetika House》という貼り紙。つまり、マチャプチャレは閉店したようだ、残念カナ(khana)。
 
 食べネパ! (7) 食べネパ! (8)
2016年7月4日、「TARKARI」(タルカリ)で、タルカリバート(ランチメニュー)を食す。
コーヒー催事は2日前に終わったが、タルカリで再び昼飯を摂るカナ(khana)。今般は軽くタルカリバート。全部混ぜて手食していると、店主が「前にもお見えになりました?」、「はい。その後に吉岡さんからカトマンドゥで一緒だったって聞きましたが…」と応じて、そこからネパール話にカレー話にコーヒー話など談議が弾む。また来よう。
 
ダルバートは2店で3回食べたけれども、他にもネパール料理はあるカナ(khana:食事)と思うネパ、まだ食べたことのないメニューがあるカジャ(khaja:軽食)といえるネパよ。以前はインド料理と分けて捉えていなかったネパ、まだまだ知らないネパール料理があるネパ、「ネパ~ル君」にならネパね。いろんなネパール料理を食べネパ! ナマステ。
 
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蕎麦に居るね 24

ジャンル:グルメ / テーマ:蕎麦 / カテゴリ:食の記 [2016年05月05日 23時30分]
蕎麦を食した春の遊歴、その憶え。
 
啓蟄の末候に。
2016年3月15日、「つけ蕎麦 BONSAI」にて、「ごまだれ鶏つけ蕎麦」を食す。
 蕎麦に居るね24 (1) 蕎麦に居るね24 (2)
ラーメンから派生した「つけ麺」とかいうもの、これをリスペクトしたのか、これにインスパイアされたのか、要はパクった蕎麦版「つけ蕎麦」とやらが近来に勃興している。そもそも蕎麦切りは汁につけて食べるものだったのであり、今さら「つけ蕎麦」などと名付けられても、まるで「サードウェイブコーヒー」のように本末転倒にして軽佻浮薄の感は拭えない。 ともあれ、他用で三多摩へ出掛けたので、立川駅南口近くの「BONSAI」(ボンサイ)を初訪、「ごまだれ鶏つけ蕎麦」(並/冷/780円)を昼食に摂る。《たっぷりの白ごまと豆乳を使ったクリーミーなつゆにすりたての生姜を加えてすっきり仕上げています。クルミの食感が良いアクセントで、美容健康にとても良いです》という謳い。…ズルズル。《すっきり》というよりも「スパイシーでしょっぱくて強烈な味」のつけ汁に、思わずのけ反る。ええい、《ブラックペッパー、山椒、コリアンダー、パプリカなど9種類》を混ぜた特製スパイスをぶっこむ…「蕎麦の香料諸島や~」(意味不明:笑)。ソバ臭さが効いている硬めの麺は太打ち、いや‘中太ストレート麺’といった方がイイ? 「BONSAI」のつけ蕎麦、面白い味で意外と好かった…邪道のゲテモノとしてだが。
 
清明の末候に。
2016年4月19日、「駅そば 千成」にて、「若竹そば」を食す。
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名古屋駅のタワーズ通りにある立ち食い系の蕎麦屋は、「みたて」から「晨光庵」へ、そして2010年2月より「千成」へ二転三転、いや七転八起、もとい七転八倒している。 どの店の時も何度か食べているが、いずれもやりたいことが滑っているというか、材質を活かした仕立てが通じていない感じは拭えなかった。 ともあれ、他用で名古屋駅を通りかかったので、久しぶりに「千成」を訪ねて、「若竹そば」(冷/600円)を昼食に摂る。《シャキシャキとした食感の筍とワカメが出会った春を感じるおそばをどうぞ》という謳い。…ズルズル。筍もワカメも美味しくないなぁ。ええい、わさびを汁に溶いて…ありゃ、ますます粉っぽくなっちゃった。相変わらず惜しいなぁ。‘駅そば’や‘立ち食い蕎麦’としては、麺も汁もまずまずの水準にあるのだが、季節ものとかイロモノで滑る体質(?)は変わっていない。忘れた頃に気が向いたならば、また寄ってみよう…か、どうしようか迷うだろうなぁ(笑)。
 
穀雨の末候に。
2016年4月29日、「東京庵」(豊橋 本店)にて、「手打水車ざる」を食す。
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東三河の豊橋界隈で麺類といえば「うどん」であり、それも「にかけうどん」である。この‘にかけ’うどんの由来は、「(お)にかけ蕎麦」の由来とも異なるようだが、どちらも謎のまま。また、2010年4月以後の豊橋では、新ご当地グルメ(?)の「豊橋カレーうどん」が幅を利かせている。豊橋界隈の麺類店3大勢力(勢川/東京庵/信洲庵)の多くの店でも「豊橋カレーうどん」を売っている。だが、ここに《当店では豊橋カレーうどんは取り扱っておりません。なお、当店自慢のカレーうどんはご用意しております》と正しき反抗を敢然と掲げる店がある…豊橋唯一の蕎麦処(?)「東京庵」の本店である。 ともあれ、他用で豊橋へ出掛けたので、1884年創業の老舗「東京庵」本店を初訪、「手打水車ざる」(1000円)を昼食に摂る。…何じゃコリャ! うずらの卵がデフォルト(標準装備)であることは了解、だが、薬味が葱と練り山葵と生山葵と大根おろしともみじおろしと生大根で、かき揚げ天ぷらも添えられている。二段分が皿盛りの麺はいわゆる田舎蕎麦、かなり黒い。…ズルズル。麺は、香りが薄いのに味が濃い。これが、かなり甘い笊汁に合う。薬味を駆使して、蕎麦の味わい七変化、いや千変万化? 食事の蕎麦としてスバラシイ!
 
立夏の前日に。
2016年5月4日、自宅にて、「節分五色つけ蕎麦」と蕎麦菓子を食す。
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 《せつぶんそば 【節分蕎麦】 節分は季節の移り変わりの境目で立春、立夏、
  立秋、立冬の前日すべてが節分だが、一般的には立春の前日を指している。
  この日、清めのそばを食べて晴々しく立春を迎える。本来はこの節分そばを
  「年越しそば」といい、「大晦日そば」と区別される。》
  (新島繁 『蕎麦の事典』 柴田書店)
立夏前日に節分蕎麦を食べることは《一般的》ではない。それでも食べるとすれば特殊な蕎麦にしよう。作るしかないな。扁桃と白胡麻と仙台味噌と砂糖と味醂と白だしを擂り混ぜて、豆乳でのばしたクリーミーなつけ汁を作る。上巳の節句とは季が違うが、翌日は新暦で端午の節句でもあるので、節句つながりで「雛蕎麦」を真似て田靡製麺の乾麺「五色そば」を茹でる。油揚げとエノキ茸と茄子とパプリカを焼いて、サニーレタスと共に具とする。つまり、「扁桃胡麻味噌豆乳汁の節分五色つけ蕎麦」だ。…ズルズル。ウマい。食後のデザートは、湖北えぇもんづくり本舗の「蕎麦餅」(小豆/栗)と「蕎麦最中」だ。ウマい。春の蕎麦の遊歴を祝って締める。
 
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東西10分対決

ジャンル:グルメ / テーマ:うどん・そば / カテゴリ:食の記 [2015年12月20日 01時30分]
槙田雄司氏(芸名:マキタスポーツ)が提唱して話題となっている「10分どん兵衛」について、2015年12月に日清食品は公式Webサイトで「おわび」と慢じ称して広告宣伝に使い始めた。「日清はなぜ10分どん兵衛を作らなかったのか」という対談の中で、《日本人って、すごく真面目じゃないですか。3分だったら3分、5分だったら5分っていう決めごとを守りすぎていて、ちょっとでもオーバーすると、ものすごく失敗したみたいになる》と槙田氏は言っている。私には、耳が痛い指摘である。‘即席めん’を作る場合の湯戻し時間(待ち時間)を、「湯を注ぎ始めた時からか?注ぎ終わった時からか?」やら「待ち時間いっぱいで蓋を開けるのか?食べ始めるべきか?」やらで悩み続けて、その不断の重圧によって私はガキの頃から‘即席めん’を避ける傾向にあった。
 東西10分対決 (1) 東西10分対決 (2)
「鳥目散帰山人は10分どん兵衛のことを知りませんでした。世の中の多様性を見抜けていなかったことを深く反省しております。」…そこで、以前に関ヶ原駅前観光交流館で買い求めた「日清のどん兵衛 関ヶ原 東vs西 食べ比べ!」セットを使って、「10分どん兵衛」のきつねうどん食べ比べ東西対決をやってみよう!どんばれ!
 
 東西10分対決 (3) 東西10分対決 (4) 東西10分対決 (5)
「東」のどん兵衛(鰹だし)と「西」のどん兵衛(昆布だし)、各々に410gの熱湯を(カップを計量器に乗せて計測して)注ぎ入れて蓋を戻し、(規定の湯戻し時間である)途中の5分時点に麺の様子を素早く観察してから再び蓋を戻し、計10分を経過した時点で蓋を開けて観察。つゆの色の濃さが東西で違うことは当然であるが、つゆから引き上げた麺の色の濃さに関して、規定の5分時点よりも「10分どん兵衛」の方が明瞭に差がある。但し、「東」の麺には色ムラが残っているのに対して、「西」の麺は色ムラが無くてプックリと膨れた輝きがスゴイ。麺の見た目では「西」の圧勝。立ち上る香りに関しては東西で差があるのは当然だが、各々の5分時点と「10分どん兵衛」で大きな差は無い。では、実食。「東」の方が「西」よりも、つゆが麺に染み込んだ味わいがシッカリと感じられる。また、「どん兵衛」の東西での味付けの違いは、「鰹だしvs.昆布だし」というよりも「醤油味vs.昆布味」とでも言った方が適切ではないか、という従来からの私の判断が、より際立った感がある。味付けでは、(慣れた味としての私の好みもあって)「東」に軍配を上げよう。麺を啜り込んで噛んでみると、そもそも‘即席めん’らしい限界はあるものの、ツルツルシコシコよりもフワフワモチモチに近い食感については、何故か「西」の方が口当たりが良い。但し、油の味が舌に強く残るのは「西」の方で、こうしたところも「10分どん兵衛」にした場合に、良くも悪くも明確化するのだろう。これはつゆを飲んだ時だけではなくて、麺やかやくの油揚げを引き出して味わっても感じられた。この辺りは、食べる側の好みによるところかもしれない。総じて言えば、「東」よりも「西」の方が「10分どん兵衛」としての価値が勝っている、と私は感じた。どんばれ!
 
 東西10分対決 (6) 東西10分対決 (7)
遅い昼食に「10分どん兵衛」のきつねうどんを2食も摂ったので、《世の中の多様性を見抜けていなかったことを深く反省して》、いや腹ごなしに(?)、尾張旭市のスカイワードあさひの「第2回 夜景茶会」へ。9階の展望室から夜景を眺めながら、TEAS Liyn-an(ティーズ リンアン)の堀田信幸氏がふるまう紅茶(ティーバッグのディンブラ)を味わう。このティーバッグの規定の抽出時間は3分程度だろうが、紙コップの中で浸ったまま「10分ディンブラ」(?)にして、そのまま飲みきってイケる。この紅茶も、この催事も、地味だがなかなか好い味わいがある。どんばれ?
 東西10分対決 (8) 東西10分対決 (9) 東西10分対決 (10)
 
どん兵衛の「東西10分対決」は、面白かった。私の在住地は「東」の領域なので、「西」のどん兵衛を入手し難いが、機会があれば「東西10時間対決」や「東西10日間対決」にも挑戦してみよう。どんばれ!
 
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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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