フォースと共に

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2017 [2017年05月20日 01時00分]
コーヒーの「フォースウェイブ」(第4の波)とは何か? コンビニコーヒーハイテクコーヒー? ドリップバッグコーヒー? いや、野風俗なコーヒーかもしれない… ‘The 4th will be with you, always.’(フォースは常に君と共にある)
 
 フォースと共に (1)
 《日本のコーヒーショップ市場では、スターバックスがメジャーになって久
  しいが、そのスターバックス発祥の地、米ワシントン州では最近、別の
  種類のコーヒーショップが大きな注目を集めている。店自体は至って
  普通なのだが、普通ではないのが、店員のユニフォームなのだ。コー
  ヒーショップの名前は「ビキニ・ビーンズ・エスプレッソ」。その名から想
  像するところ、ビキニ姿の若い女性がカフェラテなどのコーヒーを淹れ
  て販売している店かと思いきや、それどころではない。なんと、もはや
  ビキニも脱ぎ捨て、おっぱい丸出しのトップレス・バリスタが、コーヒー
  をサーブしてくれるというのだ。(略) 近年日本では、スターバックスな
  ど“シアトル御三家”に継ぐ「サードウェーブコーヒー」が話題となってい
  るが、「フォースウェーブ」として、ぜひともトップレスコーヒーに上陸し
  てもらいたいものだ。》 (「おっぱい丸出しの美女が接客 「トップレス
  コーヒー」が全米でブームの兆し」/Webサイト「日刊サイゾー」 2017
  年4月5日)
 
私も《ぜひともトップレスコーヒーに上陸してもらいたい》と思ったが、品評会だの競売制だのでむやみやたらに値段が高い「トップ・オブ・トップ」のコーヒーは既に売れ行きが鈍って‘less’(より少なく)になり始めた。捨て置いても既に日本のコーヒー市場は‘トップレス’になるだろう。けれども、コーヒーの「フォースウェイブ」はトップレスコーヒーではなくてカフェインレスコーヒーだ、という説もある… ‘Use the 4th.Feel it.’(フォースを使え、感じるのだ)
 
 《今のコーヒースタイルはサードウェーブの時代といわれていますが、で
  は、その後に来る「第4の波:フォースウェーブ」は、どんな波が来るの
  でしょうか? 流れから予想すると、カフェイン抜きのデカフェの時代が
  来るかも?とも言われています。》 (今井利夫 「次に来るコーヒー第4
  の波?『デカフェ・コーヒー』」/Webサイト「中日新聞プラス」 2017年
  4月22日)
 フォースと共に (2)
 《コンビニ大手のローソンが9日からカフェインレスコーヒーの販売を始
  めた。ローソンが新たに販売するのはカフェインを97%カットしたカ
  フェインレスコーヒー。(略) カフェインレスコーヒーは生豆の輸入量が
  この4年で約2倍に増えるなど市場が拡大している。ミスタードーナツ
  は去年12月から、スターバックスは今年1月から販売を始めていて
  競争が激しくなっている。》 (「日テレNEWS24」 2017年5月9日)
 
私は《カフェイン抜きのデカフェの時代が来る》としても、その流行はフードファディズムでしかないので、極力飲むべきではないと思っている。コーヒーの「フォースウェイブ」は、トップレスコーヒー? カフェインレスコーヒー? いや、ボーダーレスなコーヒーかもしれない… ‘The 4th is strong with this one.’(フォースが強い奴だ)
 
 フォースと共に (3)
 《コーヒー豆生産者への敬意と、彼らとのパートナーシップを表現するた
  めに従来からの「国・農園・品種・生産処理」といった表記のルールで
  はなく、「生産者の名前」を主とした銘柄表記へと順次切り替えてまい
  ります。それぞれの農園に固有の自然環境と、生産者の想いや考え
  方、生産方法で変わるコーヒーの豊かな個性の広がりを、いままで以
  上に味わっていただければ幸いです。》 (「シングルオリジンコーヒー
  の銘柄表記変更のお知らせ」/Webサイト「丸山珈琲」 2017年2月
  1日)
 
コーヒーの《「生産者の名前」を主とした銘柄表記》が盛んになればなるほど、従来からの生産国ごとに括られる共通の風味が鈍って‘less’(より少なく)になると私は思っている。例えば、「国境なき医師団」は《苦境にある人びと、天災、人災、武力紛争の被災者に対し人種、宗教、信条、政治的な関わりを超えて差別することなく援助を提供する》ことを憲章に掲げているが、国境や地方の境界では‘らしさ’を語ることのできないボーダーレスコーヒーは、生産者にも消費者にも人種・宗教・信条・政治的な関わりを超えて持続することができるのだろうか?… ‘I'm one with the 4th. The 4th is with me.’(フォースは我と共にあり、我はフォースと共にあり)
 
 《コーヒーのサードウェーブは米国のコーヒーの歴史における第三の波
  ではありません。なぜならば、そのような意味での第一の波も第二の
  波もないからです。第三の波がないので、第四の波という意味での
  「フォースウェーブ」も当然ありません。》 (伊藤亮太 『常識が変わる
  スペシャルティコーヒー入門』/青春出版社:刊 2016年)
 
コーヒーの「フォースウェイブ」は、トップレスコーヒーでなし、カフェインレスコーヒーでなし、マイクロロットやシングルオリジンなどのボーダーレスコーヒーでもないのだろうか? 《‘波’に本質は無い、空疎である》から、そもそも《「フォースウェーブ」も当然ありません》ということなのか? それでも人間は愚昧にも、‘less’(ほとんど無い)コーヒーの「フォースウェイブ」を求めるだろう… ‘May the 4th be with you.’(フォースと共にあらんことを)
 
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そうだ 京都、嗜好。 3

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2017 [2017年05月14日 23時00分]
デイヴィッド・リス(David Liss)は、《オランダ黄金期の商業と聞いて現代人が思い浮べるのは、まず絵画の取引だろう。絵画は芸術品というより、美的な商品と見なされていた》(歴史解説/『珈琲相場師』 松下祥子:訳 早川書房:刊)と言う。その17世紀のオランダ画壇の中でも特異な存在であったヘラクレス・セーヘルス(Hercules Pieterszoon Seghers/c.1589-c.1638)の回顧展がメトロポリタン美術館で催されている頃、セーヘルスを名乗った作家アンナ・ゼーガース(Anna Seghers/1900-1983)を研究する臼井隆一郎氏の講演を含む催事が京都で開かれるという。セーヘルスはコーヒーがオランダへ本格的に輸入される直前に死んだが、ゼーガースの小説はコーヒーのある日常を臼井さんに語らせるだろう…一昨年昨年に続いて「嗜好品文化フォーラム」へ行ってみよう。そうだ!京都、嗜好。
 そうだ 京都、嗜好。3 (1) そうだ 京都、嗜好。3 (2)
 
2017年5月13日
「第15回 嗜好品文化フォーラム」 (京都新聞文化ホール)
 
ドシャ降りの新名神高速道路を往き、会場から北北西約1kmに駐車。まずは今般も、「café de corazón」(カフェ デ コラソン)へ。毎土曜7時からのモーニングコーヒークラブに参加。コラソンブレンドを飲みながら、社会情勢やら郷土食やらコーヒーやら雑多な話題で楽しく過ごす。散会後、傘をさして三条通の辺りまで散策、雨の京都の街は好い風情。
 
会場へ到着、旦部幸博氏と「やぁ、どうも」。臼井さんと旦部さんを左右に置いた席で、午前の部である嗜好品文化研究会の助成研究口頭発表を聴く。「定住化したケニアの牧畜民による蜂蜜利用の変容」(稲角暢)と、「台湾「哈日族」の嗜好品文化 ──アイドルとアニメグッズをめぐって」(張瑋容)と、「11-13世紀 中国西部少数民族における茶の嗜好品化」(森本創)の3題。前2題は1990年代以降のポコットや哈日の変容の政治的背景を考えながら、3題目は地域間交流と茶の関係をコーヒーの伝播史と対照しながら聴いた。旦部さんと感想を述べあいながら、会場近くの「なか卯」で昼飯。雨は上がったようだ。
 そうだ 京都、嗜好。3 (3)
午後の部は「嗜好品と政治学」をテーマとした講演と討論。記念講演「朝コーヒーを飲める普通の生活の世界政治 ──20世紀ドイツ文学の視座から」(臼井隆一郎)と、基調報告「嗜好品が政治を帯びるところ ──「つながり」と「からだ」」(斎藤光)と、髙田公理・臼井隆一郎・斎藤光・藤本憲一・井野瀬久美惠・速水健朗の6人(敬称略)による総合討論。臼井さんは、演題通りにコーヒーを絡めて、アンナ・ゼーガースから始まり19世紀以来のドイツ史を論じた。話が‘アウシュヴィッツのコーヒー’に及んで演者自ら悲憤に絶句、ヘタクソだが心を打つ講演だった。総合討論でも、臼井さんが人間の根本的な‘アヤシサ’を問うて、「何で定住するようになったか?」という人類史の基底を揺るがす発言が光耀した。髙田さんが『九十歳。何がめでたい』(佐藤愛子:著)に倣って「定住。何がおもろい」と見事に括って催事が終了。
 そうだ 京都、嗜好。3 (4)
京都ブライトンホテルへバスで移動して懇親会にも参加。立食ビュッフェの宴の中、疋田正博氏や楠正暢氏や小山伸二氏とも談話。今般の催事では、その前後や休憩でも臼井さんと喫煙しながら喋りっ放し。帰路に車へ同乗してもらった旦部さんとも、会ってから別れるまでの始終で楽しきコーヒー談議が続いた。
 
 そうだ 京都、嗜好。3 (5) そうだ 京都、嗜好。3 (6)
移民の排斥、棄民、殺戮、思考と志向と嗜好の制圧…定住化して群れたヒトが国家や政治や社会の在り様に根本的な‘アヤシサ’を現出させているとすれば、《朝コーヒーを飲める普通の生活》にも未来はない。人類史自体が行き場のない‘トランジット’であり、そこに咲いた流転の徒花(あだばな)がコーヒーなのかもしれない。そう私に想わせる「嗜好品文化フォーラム」の一日だった、それも嗜好? そうだ!京都、嗜好。
 
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珈琲ドシャメシャ

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2017 [2017年05月10日 01時00分]
先日、我が家で、カミさんが「スーパー!ドラマTV」で犯罪捜査ものの海外ドラマを観ていた。スマホから顔を上げた娘がカミさんに「おかん、ローアンドオーダー?」と訊ねた。カミさんは「もぉ全然ダメ、コレ無しだと新聞も読めないわ」と答えながら眼鏡を触った。2つの間違いがあった。カミさんの視聴していたドラマが「LAW & ORDER:犯罪心理捜査班」(Criminal Intent)なのかと娘は訊ねたが、観ていたのは「クリミナル・マインド」(Criminal Minds)だった。だが、それはどちらでもよい。カミさんの答えは、「おかん、老眼はどうだ?」と訊かれたと思ってのことだった。恐るべき「空耳アワー」に、私は喫していたコーヒーを噴いた。
 珈琲ドシャメシャ (1)
 
先日、UCCカフェメルカードやローソンで、「ゲシャゲイシャ」(Gesha Geisha)というコーヒーが販売されたらしい(私は飲んでいない)が何だろう? エチオピア・ゲシャあるいはエチオピア・ゲイシャではダメなのか? 「ジェマドロ」(Gemadro)などとも違うのか? ゲシャゲイシャとはドシャメシャみたいなものか? 山下洋輔らのドシャメシャにはドシャメシャなりの理法と秩序が存在するが、ゲシャゲイシャにはローアンドオーダーがあるのだろうか? ゲシャゲイシャが、グガングガンダパトトン・ギャバシュビキョモカケケ・キャンキョンカリコレカリコレ・シャバドビウビシャバドビヤ・テペパテピテパタピテピタ・スバラバな香味ならば飲もう。
 珈琲ドシャメシャ (2)
 
 《昭和の初期、牛込赤城下に住んでいた頃である。神楽坂の「田原屋」
  へ、高田保チャンと、よくコーヒーを飲みに出掛けた。 彼もコーヒー好
  きだったので、時には、お代わりをして二杯のむようなことも屡々あっ
  たが、いつも逢う芸者が一人いた。ところで、その芸者は、やっぱり、
  珈琲をのんでいるのだ。 なんべんも逢うので、自然と彼女もボクらの
  顔を見知ってか、いつしか、逢うと軽く会釈をするようになった。ある日
  のこと、──「あんたも、いつも珈琲をよく飲んでいますね……」と、声
  をかけると、その芸者が、──「妾(わたし)は、毎日、四、五回コーヒー
  を飲むのです。夕方、お座敷へ出る前には、ここで二杯ぐらいコーヒー
  を飲むこともあるんですよ……」と笑って答えるのだ。 その頃のコー
  ヒー代は、一杯、十五銭だったが、一日に、五、六杯のコーヒーを欠
  かさずに飲むとなると、一円ぐらいから散財することになるわけだ。
  その頃は、十五円も出せば、酒も充分に飲み、一晩、待合で泊れる
  ような時代だったから、一円というコーヒー代は、相当の金額だった。
  まさに「珈琲芸者」という称号を贈ってよいとおもった。彼女の名前は、
  つい訊きもらしたが、懐かしい珈琲仲間の一人だ。》
  (寺下辰夫 「珈琲芸者」/『珈琲飲みある記』 柴田書店:刊 1962年)
 珈琲ドシャメシャ (3)
 
1931(昭和6)年にエチオピアでゲイシャが採集された頃には、寺下辰夫は田原屋で「珈琲芸者」を見出していたようだ。この《毎日、四、五回コーヒーを飲む》芸者が神楽坂の旧検(民政党派)・新検(政友会派)のいずれの検番に属していたのかは判らないが、当時の花柳界にもそれなりのローアンドオーダーがあったはずで、コーヒーのゲイシャは日本から始まったとしても‘空耳’ではあるまい。カミさん同様に耳も目も衰えてきた私だが、まだまだ笑ってコーヒーを喫したい。ゲシャゲイシャなんてわけのわからないシロモノも含めて、コーヒーをドシャメシャに飲もう。
 
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ほぼブラジル

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2017 [2017年05月03日 01時00分]
2017年4月30日、日本政府が海外における広報拠点と位置づける「ジャパン・ハウス」第一号の開館式がブラジル連邦共和国のサンパウロで催された。その2日前、コーヒー栽培を担った日本人の「ブラジル移民住宅」の保存修理工事竣工記念の式典が「博物館 明治村」で開かれた。
 
 ほぼブラジル (1)
 「ブラジル移民住宅を再生 明治村で修理完了式典」
 《犬山市内山の博物館明治村は二十八日、展示施設「ブラジル移民住
  宅」の修理完了を祝う式典を開いた。 長野県小島田村(現・長野市小
  島田町)から海を渡りコーヒー栽培に打ち込んだ夫妻が、サンパウロ
  州の原始林を開拓して一九一九年に建てた。硬い現地材やスペイン
  瓦を使いブラジルの風土に合わせた開放的な構造だが、入植者の日
  本人大工や左官職人が継ぎ手や壁などに和風建築の技術を発揮し
  ている。 七五年に明治村に移築され、経年劣化したため一昨年末か
  ら初めて大掛かりに修理してきた。瓦をふき替え、壁の一部を取り除
  いて屋根の簡素な構造を見られるようにした。 四月二十八日は、一
  九〇八年に神戸港からブラジルへ最初の移民船が出港した記念日。
  完成式にはアルナウド・カイシェ・ドリベイラ在名古屋ブラジル総領事
  が出席し、「この住宅はブラジルに日本の人々が持ち込んだ称賛に
  値する技術の結晶。移民した先駆者たちが、より良い世界のために
  働くという精神で何を行ったかを知ることができる」と述べた。(三田村
  泰和)》 (「中日新聞」愛知県県内版 2017年4月30日)
 
 ほぼブラジル (2) ほぼブラジル (3) ほぼブラジル (4)
2017年5月2日、私は「博物館 明治村」を訪れた。「移民を載せてブラジルへ進航していた明治41(1908)年の笠戸丸に思いを馳せるべきなのか? どうも違うような気がする」と呟きながら、村内4丁目の「ブラジル移民住宅」へ向かう。
 
 ほぼブラジル (5) ほぼブラジル (6) ほぼブラジル (7)
まず、1階を見学。相変わらず笠戸丸の模型と説明が幅をきかせている。「明治村」の目的が《明治時代の各種資料を収集保管して、広く一般に展示、公開する》(公益財団法人明治村定款)ことである限りは、大正8(1919)年に建てられた住宅だけでは恰好がつかないのだろう。《1917年 政府により海外興業株式会社設立》というパネル(ブラジルへの移民数の推移)の一言こそが、この「ブラジル移民住宅」に繫がるコンテクスト(脈絡)の要であるが、それは全く説かれていない。
 
 ほぼブラジル (8) ほぼブラジル (9) ほぼブラジル (10)
次に、2階を見学。コーヒー農園で使用された用具の展示に加えて、この建物自体の修理にともなって材料や技法が掲げられたことは面白いが、今般の私の関心は別にある。《ブラジルでは木造の本格的な家屋はめずらしく、ノミやカンナなどの大工道具の刃が折れても新しいものが手に入りませんでした》というパネル(寄贈者 久保田夫妻とこの建物について)の一言こそが、この「ブラジル移民住宅」に繫がるコンテクスト(脈絡)の要であるが、それは全く説かれていない。
 
 ほぼブラジル (11)
 《私達は結婚直後の大正六年に、長野県から、このブラジルへ移住して
  参りました。その時の私は二十三才、妻が十七才、そして、この家は
  渡伯三年目に建てられました。レジストロは、サンパウロ市や我々が
  上陸しました移民港サントスから二〇〇粁ほど離れた奥地です。最初
  の一、二年は西も東もわからない外国のことでしたので、食べていくだ
  けでも精一杯でした。その内、長男が生れ、どうやら此の地に根を下し
  て生活出来る見通しがついて来ましたので、この家を建てる決心をし
  ました。》 (「ブラジル移民住宅」内展示パネル「久保田夫妻からのメッ
  セージ」)
 
久保田安雄氏が1919(大正8)年に《この家を建てる決心》をした理由は、もう一つあったと私は臆測する。
1908(明治41)年の笠戸丸によるブラジルへの‘デカセギ’移民は失敗だった。だが、同年にアメリカ合衆国と(日露戦争以後に増加した北米への移民を自粛する)「紳士協定」を結んだ日本政府は、移民政策を南米へと推し進めるしかなかった。1913(大正2)年に‘永住’移民の嚆矢としてサンパウロ州にイグアッペ植民地を開設したが、翌1914(大正3)年にサンパウロ州政府が渡航費補助を中止して移民は中断された。しかし、第一次世界大戦の勃発によってヨーロッパからの移民をコーヒー栽培の担い手として失ったサンパウロ州政府は、1916(大正5)年に渡航費復活を伯剌西爾移民組合と約した。これにより、1917(大正6)年に3隻(若狭丸・河内丸・しゃとる丸)の移民船がサントス港に入り、イグアッペ植民地、中でもレジストロへの直来入植が本格的に始まった。この計521家族2156人の移民の中に久保田夫妻がいた。同年に移民会社を統合して《政府により海外興業株式会社設立》がなされた。1919(大正8)年には海外興業株式会社(海興)が(レジストロへの入植を主導した)伯剌西爾拓植会社を併合して、移民事業を国策企業として独占することになった。既にレジストロへ入植していた久保田夫妻らは、先鞭の永住者としての姿を後続の移民者にみせることが強いられたのではないか? 《ブラジルでは木造の本格的な家屋はめずらしく》ある久保田安雄氏の「ブラジル移民住宅」は、政争と戦争の余波によって、移民事業の営利化・国策化が顕現したからこそ、正に1919(大正8)年に確とレジストロに《この家を建てる決心》をさせられた、そう私は想察する。
「博物館 明治村」が「ブラジル移民住宅」で説くべきは、笠戸丸ではなくて河内丸であり、その経緯を繋げたコンテクスト(脈絡)であろう。少なくとも、《ブラジル移民にとって笠戸丸は忘れられない船であり、移民史の基点として「笠戸丸以来何年」というように、現在でもその名が使われています》などという、稚拙な俗解を掲げ続けるべきではない。レジストロを中核とするイグアッペ植民地は、後年にコーヒーよりも紅茶の栽培が盛んになり、ブラジルのコーヒー史で大きく取り上げられることはない。だが、いや、だからこそレジストロから移設された「ブラジル移民住宅」こそが、日本からの移民によるコーヒー史としての「ジャパン・ハウス」第一号であるべきなのだ。1917(大正6)年にブラジルへの‘永住’移民が始まってから100周年を迎えた今2017年、ここにこそ《ブラジル移民住宅を再生》した意義を感ずる。
 
 ほぼブラジル (12) ほぼブラジル (13)
「博物館 明治村」からの帰途、ブラジルの食材店に寄った。帰宅後に、ガラナ・アンタルチカを飲みながら煮込んだフェイジョアーダを米飯にぶっかけて食べ、カフェ・ジーニョを喫しながらゴイアバーダとケージョ・ミナスで作ったロミオとジュリエットを楽しんだ…私には、「ほぼブラジル」の日だった。
 
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珈琲桟敷

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2017 [2017年04月28日 23時00分]
山川直人が描く漫画「シリーズ小さな喫茶店」の単行本(ビームコミックス/KADOKAWA エンターブレイン:刊)、1冊目は『一杯の珈琲から』(2015年10月)、2冊目は『珈琲色に夜は更けて』(2016年6月)、そして3冊目は『珈琲桟敷の人々』(2017年4月)と題されていた。「珈琲桟敷」(コーヒーさじき)とは、何だろう?
 珈琲桟敷 (1)
 
『珈琲桟敷の人々 シリーズ小さな喫茶店』の特徴は、収載された話の全てで一つの喫茶店が舞台になっていることだ。「水の戯れ」(連載第21話・収載第24話)から登場した自家焙煎でネルドリップの店「珈琲ロルカ」が、「おしゃべりな夜」(連載第22話・収載第21話)、「人面犬と少女」(第23話)、「さまよえる男たち」(連載第24話・収載第26話)、「消えていく店」(連載第25話・収載第27話)、「花林糖の日」(連載第26話・収載第22話)、「曖昧な記憶」(連載第27話・収載第25話)、「嘘とマッチ箱」(第28話)、「汝の敵を愛せよ」(第29話)、「燦めく星座」(第30話)まで、計10話を通して出づっぱり。収載順では、客の‘月永さん’を「おしゃべりな夜」で主人公にして始まり「燦めく星座」でリフレインさせる単行本の構成は見事。だが、『一杯の珈琲から』や『珈琲色に夜は更けて』にみられた突飛や異様の話が減じた『珈琲桟敷の人々』は、奇譚としての面白味が失せた。
 珈琲桟敷 (2)
 
『珈琲桟敷の人々』は、英文で“Children of Paradise in a Coffee Shop”と記されているから、「天井桟敷の人々」に擬(なぞら)えたに違いない。映画『天井桟敷の人々』(Les enfants du Paradis/1945)を不朽の名作たらしめているのは、ジャック・プレヴェール(Jacques Prévert/1900-1977)のシナリオに由るところが大きい。そのプレヴェールが、映画公開の翌年に発表した単行本の処女作『言葉たち』(Paroles)、その中に収められた詩‘Déjeuner du matin’(朝の食事)を抄訳して掲げよう。
 
 珈琲桟敷 (3)
 あのひとはコーヒーを
 カップについだ
 あのひとはミルクを
 コーヒーカップについだ
 あのひとは砂糖を
 カフェオレに入れた
 小さな匙で
 あのひとはかきまわした
 あのひとはカフェオレを飲んだ
 それからカップを置いた
 わたしに何も話しかけないまま
 
これは「天井桟敷」でも「珈琲桟敷」でもなくて、「珈琲朝食」(コーヒーあさじき)の詩だ。もう一つ「天井桟敷」とコーヒーを繋げるならば、劇団「天井桟敷」を主宰した寺山修司(1935-1983)だ。寺山修司の第一歌集『空には本』(的場書房:刊 1958)、その中に収められた短歌を掲げよう。
 
 ふるさとの訛(なまり)なくせし友といてモカ珈琲はかくまでにがし
 
これは「天井桟敷」でも「珈琲桟敷」でもなくて、石川啄木の「ふるさとの訛なつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」(第一歌集『一握の砂』/東雲堂書店:刊 1910)を本歌取りしている「珈琲乞食」(コーヒーこじき)の歌だ。そして、今の世は「天井桟敷」というよりも「聾桟敷」(つんぼさじき)だ。だから、寺山修司の歌に擬えて、狂った歌を近未来へ掲げよう。
 
 ふるさとに鉛(なまり)あつめし友逝きてモカ珈琲は核までにがし
 
『珈琲桟敷の人々 シリーズ小さな喫茶店』は、「天井桟敷」の人々に向こうを張ったつもりだろうが、大向こうを唸らせるほどの出来ではない。奇矯や怪異の話が減じた『珈琲桟敷の人々』は、漫画としての面白味も失せた。小さな喫茶店「珈琲ロルカ」に桟敷席があるとも思えないが、「天井桟敷」で飲むコーヒーは香味も失せて不味いのだろうか? それは山川直人の課題というよりも、「聾桟敷」の世情に因るのだろう。「珈琲桟敷」とは、何だろう?
 
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翡翠のコーヒー

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2017 [2017年04月17日 23時00分]
2000年3月18日、フランスの風景を中国の古墨で描いた日本画の企画展の会場で、一夜限りのフレンチレストランが開かれた。このクリエイションZAG(名古屋市東区)で催された晩餐会は、ソムリエがオーナーであるレストランの開業の予告と料理の試行を兼ねていた。友人の近藤マリコ氏が企画したもので、カミさんと食事を楽しんだ私は、食後のコーヒーを担当した。自宅で焙煎してきたモカ・マタリを、会場で淹れて供したのである。同年の後日、ソムリエの那須亮氏は、‘翡翠’(カワセミ)を店名に冠したレストランを名古屋市千種区に開いた。
 
あの一夜限りのレストランから17年が過ぎた2017年3月18日、私はカフェ・バッハ(東京都台東区)でシュークリームをおやつにしながらコーヒーを飲んでいた。そのコーヒーは中国雲南省瑞麗の江東農園のもので‘翡翠’(ひすい)という名が冠せられていた。私は数日前に受けた近藤マリコ氏の依頼を思い出した。曰く、「那須亮氏が還暦を迎え、それを言祝ぐ晩餐会を店とは別の場所で一夜限りで催す。ついては食後のコーヒーを供せよ」と。‘翡翠’を飲みながら、那須氏が生まれた「昭和32年」をドレスコードとする晩餐会で担うべきコーヒーを練った…
 
 翡翠のコーヒー (1) 翡翠のコーヒー (2) 翡翠のコーヒー (3)
2017年4月16日、「那須亮・還暦祝ディナー」が催されている会場の太洋ビル(名古屋市東区)に闖入(?)し、食後のコーヒーを担当した。ドレスコード「昭和32年」に関しては、中南米のコーヒー生産7ヵ国の輸出割当協定「メキシコクラブ」が1957年7月に結ばれたことに因んで、7ヵ国から選んだ豆をブレンドしたコーヒーとした。ティジュコ(ブラジル)とブエナヴィスタ(コロンビア)とセントタラス(コスタリカ)とモンテクリスト(ニカラグア)とサンタリタ(エルサルバドル)とマリランディア(グァテマラ)を等分に、協定の開催国産であるシエラミステカ(メキシコ)は倍量に、7種類の生豆を手廻し釜で混合焙煎したものを用意した。抽出は、ヤグラ掛けしたネル布での「打ち返し」(二度濾し)、それも「半返し」を披露することにした。デザートのシュークリームとワインが供された後に、「メキシコクラブ」や「打ち返し」、そして昭和32(1957)年の喫茶店でのコーヒーの値段が1杯50円(ラーメンは45円、映画観覧は140円)だったことなど雑話を晩餐会の参加者に説いてから、コーヒーを淹れて供した。
 翡翠のコーヒー (4) 翡翠のコーヒー (5) 翡翠のコーヒー (6)
 
晩餐会の終了後、ロールアップしたパンツの下から赤い靴下を見せていて正に‘翡’(カワセミ)姿の那須亮氏と歓談、それから会場を去った。‘翡翠’の那須亮氏と企画した近藤マリコ氏が関わる晩餐会での17年ぶりのコーヒー提供は、60年前の国内外のコーヒー事情を改めて考証することにもなった。私自身のコーヒー探究にとっても好い機会だったなぁ…帰宅後、土産に頂戴したワインと菓子を取り出しながら、「メキシコクラブ」と「打ち返し」で懐古と優美が合い立つ一夜限りの‘翡翠’のコーヒー、その味わいを想い返した。
 
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シン・コシラ

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2017 [2017年04月16日 01時00分]
映画『シン・ゴジラ』(2016年)は「現実(ニッポン)対虚構(ゴジラ)」などという惹句を掲げていたが、コーヒーの世界に必要なものは虚構の‘ゴジラ’ではなくて現実に‘コシラ’(拵)えることだ。時に新たに、時に神へ、常から真に、手間(てま)隙(ひま)をかけて材を用い形を整え意を注いで作る…「シン・コシラ」こそ欲するべきなのだ。
 
 《あまりにもぶざまだ。11日、東芝は2度にわたって延長していた20
  17年3月期の第3四半期決算(16年4~12月)をようやく発表した。
  だが、監査法人の承認を得ていない前代未聞の決算発表となった。
  東芝の綱川智社長は、「あらためて(期限を)延長しても(監査法人
  から)適正意見をもらえるメドが立たない」と泣き言のような説明を
  した。》 (『日刊ゲンダイ』 2017年4月12日)
 シン・コシラ (1)
 《パナソニック株式会社は、1月19日発表のコーヒーサービス事業
  「The Roast」についてサービス開始日を次の通り延期させていた
  だきます。 〈当初〉2017年4月上旬 → 〈変更〉2017年6月上旬 
  スマートコーヒー焙煎機本体の一部部品において、調達上の課題
  が発生したため当初設定していましたサービス開始日程を延期し
  ます。》 (パナソニック株式会社 プレスリリース 2017年4月12日)
 
あまりにもぶざまだ。パナソニックは1月19日発表のコーヒーサービス事業「The Roast」について、《焙煎機の開発ではイギリスのベンチャー企業「IKAWA」社と技術提携し、豆の特長を引き出すための、きめ細かな温度・風量制御、さらには使い勝手の良さを実現しました》と言っていたが、焙煎機の部品調達のきめ細かな制御に失敗、さらには手前勝手な販売延期を実現した。《厳しい品質管理と安全基準で選定した世界中の良質なスペシャルティ豆》を提供するはずの石光商事、《1種類の豆に焙煎度の異なる2~3パターンを作成》するはずの後藤直紀、これら提携した者も、事業発表の時には自ら喧伝したが発売延期については沈黙している。あまりにもぶざまだ。東芝を他山の石として、パナソニックらは泣き言のような説明を止めてコーヒーサービス事業から撤退した方がよい。コーヒーの世界を拵える資格がないのだから。
 
 《…デンバーのBext Holdings Inc.は、これらの農家が豆の公正な
  価格に見合う代金を容易にかつ迅速に得られるようにしたい、と考
  えた。同社は、見たところ高級な秤(はかり)に見えるモバイルのロ
  ボットを作った。バイヤーはこのロボットを農家の農地で使ってコー
  ヒー豆の品質を分析し、計量する。ロボットは一回分(30~40ポン
  ドの袋に詰める)の豆をサイズで選り分けて、良品の比率を計算す
  る。そして優・良・可などのマークをつける。もちろんそのマークは、
  バイヤーと農家の両方に見える。そして彼らは、Bext360のモバ
  イルアプリを使って公正価格を交渉する。同社のアプリとクラウド上
  のソフトウェアは、Stellar.orgのブロックチェーン技術を使って、豆
  の生産者生産地、バイヤーと支払い金額、などを記録する。CEO
  のDaniel Jonesによると、コーヒーを飲む人も、カップ一杯ごとに、
  コーヒーの産地や、農家が公正な代金をもらったかどうかを、分か
  るべきだ、という。“そうすれば、消費者はこれまでになく啓蒙される。
  そしてコーヒー業界の企業は、彼ら消費者の高いスタンダードを満
  たそうとする”、と彼は語る。》 (Lora Kolodny 「コーヒー豆の等級
  分けロボットとブロックチェーンを使って生産農家に公正な支払いを
  するBext360」 岩谷宏:訳/Webサイト『TechCrunch』日本版
  2017年4月12日)
 シン・コシラ (2)
 
あまりにもひどい。ロボットに《優・良・可などのマーク》で選別される生産者。モバイルアプリで《農家が公正な代金をもらったかどうか》を確かめながら飲む消費者。農民は誰のために何に向かってコーヒーを作っているのか? 喫する者は何のために誰と向き合ってコーヒーを飲むのか? コーヒーを拵える道理も、コーヒーを嗜む意義も、ダニエル・ジョーンズはわかっていない。あまりにもひどい。Bext360は設置されるごとに破壊された方がよい。コーヒーの世界を拵える資格がないのだから。
 
 シン・コシラ (3)
コーヒーの世界に必要な「シン・コシラ」は、どこにいるのだろう? 恰好だけの‘クール’は要らない。流行だけの‘スタイリッシュ’も要らない。それらは空疎を隠す欺瞞だから。手間(てま)隙(ひま)をかけて共に謀って拵える「シン・コシラ」のコーヒーを私は飲みたい。勿論「シン・コシラ」の菓子も食べたい。
 
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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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