再発見の新梢 後篇

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2017 [2017年03月22日 01時00分]
コーヒーの世界を再び発見する者は、‘フラヌール’(flaneur:風来人)なのか? そこに新梢はあるのか?
 
【集会当日の新梢】 2017年3月20日
 
 再発見の新梢 (15)
連泊した宿「ホテル アクセラ」をチェックアウト。バッハブレンドとバタートーストで朝の「カフェ・バッハ」に憩う。トレセンへ行って中川文彦氏らと談話…「あ、もう行かなきゃ!」。三ノ輪から日光街道を都バス乗り継ぎで北上、催事の会場へ。
 
 再発見の新梢 (16) 再発見の新梢 (17) 再発見の新梢 (18)
富士珈機の東京支店セミナールームを会場とした日本コーヒー文化学会の焙煎抽出委員会の催事、ディスカバリー焙煎機の実技を交えた集会は、2015年2月15日(再発見の風来)、2015年11月14日(再発見の逆襲)、2016年3月5日(再発見の覚醒)、2016年9月11日(再発見のコク)と続いての5回目、テーマは「焙煎と香味」。まずは、山内秀文委員長のオリエンテーション。続いて、山口崇氏の発案による「焙煎時の排気気体の湿度計測実験」を高木誠氏が代行プレゼンテーション(この発案には焙煎の雰囲気の捉え方に課題があるので、厳しい意見を私は述べた)。そして、今般の本旨であるリントン・ラスナの焙煎の計画と実践、ねるっこ抽出での試飲、焙煎の意図と実際の検証、意見交換を開始。過去4回の集会では毎回2人1組で計20釜だったが、(事前の私の意見も汲み取ってもらい)今般は5人1組で計8釜の焙煎。その釜数を減らした分、意図と検証の意見交換に時間を割いた。私も大坊勝次氏と同じ組に参加、5人で話し合い、深煎りの釜は大坊さんが、浅煎りの釜は私が焙煎役に。前半の火力を抑え過ぎて2ハゼをかなり低い温度帯(摂氏207度)で引っ張った大坊さんの焙煎は、意図よりも酸が残って燻りも強いものになって残念。私は皆が討議中でも火力と排気の設定を割り出しておいて、最初から最後まで火力一定(0.65)ダンパー固定(3.5)の‘一本焼き’。投入後はほったらかしで穏やかな焙煎曲線を描く推移、摂氏192度で約18分半の焙煎終了。予想通りの焙煎工程で思った通りの香味特性が出てシメシメ。他の組でも、私の‘一本焼き’を模す者、大坊さんの焙煎に倣う者、それらと真逆に走る者など、ワイワイと談じながら挑んでガヤガヤと談じながら味わって盛会。単に香味がどうなったかではなくて、どんな設定やどれくらいの調整がどういう香味に結びついたのか、という言が増えてシメシメ。閉会後に参加者の大半が「ジェントル・ビリーフ」へ移動、毎度の立食の懇親会でも賑々しい雰囲気は続く。私も延々と喋って…「あ、もう行かなきゃ!」。別れを告げ、地下鉄と新幹線を乗り継いで帰途に着く。
 
 再発見の新梢 (19)
帰宅後、買った「カフェ・バッハ」の焼き菓子と「PRANA CHAI」のチャイティー、貰った厦門産の釣魚臺紅茶と大坊さんのブレンドコーヒー、土産を荷から取り出しながら思う…今般の分科会催事は、意図と実際の差違、嗜好や官能の差異、そこを互いに認識しあう時空としては好かった、と。パルミエを食べながら、「予想通りとはいえ、綺麗な酸味が強く広がって渋みは残らない浅煎りが‘一本焼き’でできて好かったなぁ」と「再発見の新梢」を独り呟いた。‘フラヌール’(風来人)が遊び歩きを続ける限りは、コーヒーの香味もまた新たに芽吹いていくのだ。
 
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再発見の新梢 前篇

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2017 [2017年03月21日 01時00分]
コーヒーの世界を再び発見する者は、‘フラヌール’(flaneur:風来人)なのか? そこに新梢はあるのか? 日本コーヒー文化学会(JCS)の焙煎抽出委員会による分科会催事、その集会に参加するべく東京へ。コーヒーの世界に‘再発見’(rediscovery)の新梢を求めて遊び歩く、つまり「再発見の新梢」…
 
【集会前前日の新梢】 2017年3月18日
 
 再発見の新梢 (1) 再発見の新梢 (2)
春の彼岸は三連休初日の昼下がり、道路渋滞で到着が遅れた高速バスをバスタ新宿で降りる。乗り疲れたので、新宿駅東南口駅前広場で満開を迎えたコヒガンを花見して憩う。腹が減ったので「BERG」(ベルク)へ。ジャーマンブランチのビアセットを立ち飲み立ち食い。
 
 再発見の新梢 (3) 再発見の新梢 (4)
中央線快速で移動して東京駅で降りると、目の前に中央本線の0kmポスト。駅舎内の「東京ステーションギャラリー」で企画展を観る。北口ドーム部の回廊から人波を眺めつつ、高遠から桜を移したり起点でない駅に起点標を移したりする忙(せわ)しなく危うい都市‘東京’を笑う。
 
 再発見の新梢 (5) 再発見の新梢 (6) 再発見の新梢 (7)
今般に連泊する宿「ホテル アクセラ」にチェックイン。徒歩1分で、「café Bach」(カフェ・バッハ)へ。久しぶりにカウンター席へ座り、シュークリームをおやつにしながら、中国の瑞麗は江東農園の「翡翠」を飲む。「濁りが無くて味わいが深いなぁ」などと山田康一氏と談話。空いたところで喫煙席を借りて、一服しながら中川文彦氏とも談話。戻った宿の部屋でヱビスの桜デザイン缶を晩酌にしながら、「雲南でも中南米やアフリカに匹敵するコーヒーが採れるようになったんだなぁ」と「再発見の新梢」を独り呟いた。
 
【集会前日の新梢】 2017年3月19日
 
 再発見の新梢 (8)
日の出とともに遊び走り、宿からスタート。今般は写真撮り無しで隅田川の橋を眺めながら、題して「ギリシャの犬ラン」(御手洗潔シリーズの小説「ギリシャの犬」による)。往路は、白髭橋を渡らずにカモメと戯れながら右岸の隅田川テラスを南下する。合流する神田川の柳橋を渡り、霊岸島の水位観測所から佃大橋を眺める。中央大橋を渡って石川島公園を駆け、派川の相生橋を渡って越中島公園を抜ける下流域での周回走。復路は、レガッタが川面を走るのを見ながら左岸の隅田川テラスを北上する。「ケルンの眺め」を眺めて小名木川の萬年橋を抜け、吾妻橋で浅草へ渡ってから、吉野通りで宿へ戻って約20kmを2時間17分でフィニッシュ。
 
 再発見の新梢 (9) 再発見の新梢 (10) 再発見の新梢 (11)
カフェオレとチョコケーキで朝の「カフェ・バッハ」に憩う。ママ(田口文子氏)と談話しつつ、インディアAPAも喫する。青山の国連大学前広場で催されている「TOKYO COFFEE FESTIVAL 2017 Spring」へ。相変わらずの大盛況。目をつけていた「PRANA CHAI」(プラナ チャイ)を試飲、牛乳では塩と蜂蜜を、アーモンドミルクでは生姜や胡椒を強く感じて面白い。会場内で上映されるコーヒー映画を観る。
 
 再発見の新梢 (12) 再発見の新梢 (13) 再発見の新梢 (14)
「Mi Cafeto C'est Délicieux ! AOYAMA」(ミカフェート 青山店)でグランクリュのコトワ(カトゥーラ)とアマンディーヌを味わう、美味い。「Gentle Belief」(ジェントル・ビリーフ)でトマトソースのパスタとイタリアンブレンドを味わいながら、浅野嘉之氏と談話。戻った宿の部屋でヱビスのジョエル・ロブション華やぎの時間缶を晩酌にしながら、「コーヒーフェスでコーヒーを一切飲まなかったので、以前と違って胸やけ無しだったなぁ」と「再発見の新梢」を独り呟いた。
 
花は咲き、起点は移り、滑稽は孵り、人は駆け、街に集い、世は流れる…‘再発見’の遊び歩きは続く…
 
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十円ハゲの変

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2017 [2017年03月17日 01時00分]
いまさらだが、ハゼよりもハゲが気になる。そういえば、二ハゼを延々とピチピチいわせる大坊勝次氏も、38年間続けた店を閉めるに思い悩んで脱毛を嘆いていた時があった。コーヒーのハゲ(禿)とは何だろう?
 十円ハゲの変 (1)
 
 ♪ コーヒー豆を深煎りした時 一部が丸く剥離した
 ♪ みんなの前で呼ばれたあだ名は ・・十円ハゲッ!
 ♪ どうして~? どうして~? どうしてハゲができたの~?
 
巷間では、「水抜きがうまくいかず表面だけ乾いたから」とか「1ハゼ以降の火力が強いから」とか「急速に焼くから」とか「時間をかけすぎるから」とか言われているし、「渋味やえぐみの原因」とか、「おいしく焼けた証拠」とか、百家争鳴、甲論乙駁、五里霧中だ。
 十円ハゲの変 (2)
 
 ♪ あのハゲ膨張するゆて 嘘ついて爆ぜてきたん!
 ♪ ハゲは嫌いが1万に対し ハゲの味方は30!
 ♪ どうして~? どうして~? どうしてそんなに剥がれたの~?
 
ハゲた豆だけを集めれば確かに‘えぐい’感じもするが、‘explosion’(破裂)してできたものなのだから、「エグスプロージョン」として時々みかける程度ならば、コーヒーの十円ハゲも好いのではないか? だが、変に思えるところもある。
 十円ハゲの変 (3)
 
 《二ハゼ中に煎り止めして豆を取り出すと、手網の外でもしばらくハゼ
  が続きます。これを注意深く観察すると、ハゼ音と同時に、胚芽の
  真上あたりから、小さな楕円形の豆のかけらが剥がれて飛んでい
  るのがわかるでしょう。よく見ると、すでにその部分が剥離した豆が
  たくさんあることがわかります。(略)なお剥離が起きる胚芽の真上
  は、豆組織が特に薄いので、ここから壊れやすいのだと考えられま
  す。》 (旦部幸博 『コーヒーの科学 「おいしさ」はどこで生まれるのか
  pp.188-189/講談社:刊)
 
コーヒー豆の《胚芽の真上あたり》、いわゆるキャップの部分が《豆組織が特に薄いので、ここから壊れやすい》という旦部幸博氏の説。しかし、キャップ以外の外部内乳の表面部分が《剥がれて飛んでいる》豆も多い。このハゲはどうしたことだ? 変かもしれない。
 十円ハゲの変 (4)
 
 ♪ 多くな~い? 多くな~い? ハゲてる箇所が多くな~い?
 ♪ いや多くな~い! 多くな~い! 薄いとこしかハゲてな~い!
 ♪ 変じゃな~い? No! 変じゃな~い!
 ♪ 変じゃな~い? No! 変じゃな~い!
 ♪ 変! 変! 変! 変! 変! 変! 変! 変! 変
 ♪ これが 十円ハゲの変 十円ハゲの変 十円ハゲの変 十円ハゲの変
 ♪ 十円ハゲの変 十円ハゲの変 十円ハゲの変 十円ハゲの変
…諸説あり
 
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広がらないスプレッド

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2017 [2017年03月07日 01時00分]
「人はパンのみにて生くるにあらず」と聖書は説く。神の言葉で腹ができるわけでもないが、確かにパンのみでは生きられない。パンにスプレッドをたっぷり塗りつけたいし、パンに添えたコーヒーも飲みたい。では、コーヒーのスプレッドをパンに塗ったらどうか? それは、コーヒーの世界に‘spread’(広がり)をもたらすのだろうか?
 
 《…若い人から年配の方まで幅広い世代に人気の「雪印コーヒー」。
  『雪印コーヒーソフト』はそのおなじみの「雪印コーヒー」の風味が
  手軽に味わえるパンスプレッドです。ちなみに今年、「雪印コー
  ヒー」は発売55年目を迎えます。そんな節目の年に発売される
  『雪印コーヒーソフト』。ぜひトースト、パンケーキ、フランスパン、
  カステラ等いろいろなパンやおやつにぬって、今までに体験した
  ことのない至福の「雪印コーヒー」の世界を味わってください。》
  (雪印メグミルク株式会社 商品リリース 2017年2月16日)
 
 広がらないスプレッド (1)
「雪印コーヒーソフト」は、雪印メグミルクグループの甲南油脂株式会社(持株比率51%)の名義で製造されているが、実質は加工油脂メーカーの植田製油株式会社によるパンスプレッドである。2000年にはそれまでに体験したことのない最悪の集団食中毒事件を起こした雪印メグミルク(当時は雪印乳業)から、《今までに体験したことのない至福の「雪印コーヒー」の世界を味わってください》と言われてもなぁ。その「雪印コーヒー」も、2013年に生誕50周年記念で始めた「オレたちのゆきこたんプロジェクト」が2年後の3rdシーズンに尻切れ蜻蛉に終って、至福の世界はひろがっていない。では、「雪印コーヒーソフト」はどうか?
 
 《開発者 「ネオソフト」を若い人たちにアピールするためいろいろ
  と検討していたところ、弊社の看板商品である「雪印コーヒー」と
  合体させれば一石二鳥なのではという安直過ぎる思い付きが発
  端です(笑)》 (福田瑠千代/「ねとらぼ」 2017年3月1日)
 
 《再現度でいうと、塩味のせいもあり「そのまんま雪印コーヒー」と
  いうことはなく、コーヒー風味のマーガリンといったところ。これの
  おかげでパンとの相性は抜群なのだが、あの甘さを求めている
  人からすると、ちょっぴり物足りないかもしれない。》 (中村あさか
  /「おためし新商品ナビ」 2017年3月1日)
 
 《コップに注いだ雪印コーヒーと見比べると雪印コーヒーソフトの方
  が、かなり色は薄い。(略)濃い甘みやコーヒー感を期待してい
  る方は物足りなく感じるかもしれないが、マーガリンのように日
  常的に使っても食べ飽きない味が好印象だった。》 (K.ナガハシ
  /「ロケットニュース24」 2017年3月1日)
 
 《甘みはそれほど強くなく、味の印象は薄いです。印象が強いのは
  「あの」雪印コーヒーの香り。ぼわわわーんと鼻の奥に広がって
  いきます。(略)特徴があるのは、味よりも香り。「あの」雪印コー
  ヒーの香りが、口からのどを伝わって鼻の奥に広がります。》
  (高橋ホイコ/「ねとらぼ」 2017年3月4日)
 
 広がらないスプレッド (2) 広がらないスプレッド (3) 広がらないスプレッド (4)
実際に「雪印コーヒーソフト」を買って食べてみよう。《安直過ぎる思い付き》で、自作のコーヒーのスプレッドを対照に用意する。「雪印北海道バター 食塩不使用」と食塩と黒糖と自家焙煎したコーヒーの微粉と濃い抽出液、これらを適当に練り混ぜたものだ。パンは、あえて甘みの強いコモオリジナル食パン(株式会社コモ)にした。試食。「雪印コーヒーソフト」は、概ねで前記に並べた先行の感想の範疇に留まった。そのまま食べても、食パンに塗っても、トーストしてから塗っても、「雪印コーヒー」の香料の臭いが《ぼわわわーん》と広がるだけで、味は《ちょっぴり物足りない》。ただ、「雪印コーヒーソフト」を塗ってから加熱したトーストでも香料の臭いは弱く残る。対して自作したコーヒーのスプレッドはどうパンに合わせた場合でも、香料に頼らない分だけ臭いがかなり弱いが、口に含んだ味わいはコーヒーが強く効いている。商品としての完成度は「雪印コーヒーソフト」の方が良いが、口中に残る風味は自作したスプレッドの方が圧倒的に好い。
 
「人はパンのみにて生くるにあらず」…パンにスプレッドをたっぷり塗りつけたいし、パンに添えたコーヒーも飲みたい。だが、コーヒーのスプレッドをパンに塗っても、《今までに体験したことのない至福の》世界は広がらなかった。広がらないコーヒーのスプレッドでは、コーヒーの世界に広がりをもたらすことはできない。人は神の言葉で腹ができるわけでもないが、広がらないスプレッドで腹ができるわけでもなさそうだ。
 
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ちょっと白けるコーヒーの話

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2017 [2017年03月03日 05時00分]
コーヒー本の新刊が絡んだ、“OCWave”(おしえて=おいしいCoffeeウェイブ)を再び転載しよう。
 ちょっと白けるコーヒーの話 (1) ちょっと白けるコーヒーの話 (2)
 
[質問] コーヒーの本を読んでもわかりません。コーヒーについて教えて下さい。
 
《アメリカで一番有名な珈琲愛好家は日本人女性だった!》というキャッチーな帯の言葉に惹かれて、岩田リョウコさんの『シアトル発 ちょっとブラックなコーヒーの教科書』(ガイドワークス:刊)を読みました。読んで面白いとは思いましたが、友達や会社の人に「ねぇねぇ知ってた? コーヒーってね…」という感じで誰かにコーヒートリビアを話そうにも、ちょっと信憑性が薄い感じがしてためらってしまいます。
 
最もわからなかったのは「ミツバチもコーヒーが大好きだった!」の話です。《ミツバチは私たち人間と同じ理由でコーヒーを摂取している》というのは、本当でしょうか? その《同じ理由》として記憶力と効率性とおいしさの中毒性の3つが挙げられていますが、私は記憶力や効率性のためにコーヒーを飲んではいません。また、コーヒーの花だけに憑かれたミツバチだけがそんなに元気になるのならば、他のミツバチはどうしているのでしょう? ミツバチが急にいなくなってしまう事件が世界中で報告されていますが、いずれ地球上にはコーヒーから蜜を集めるミツバチだけが生き残るのでしょうか? ニンゲンもコーヒーが好きな人だけが元気に生き残るのでしょうか?
 
私はただただコーヒーを飲むのが好きというだけで、コーヒー農園の人でもバリスタでもコーヒー批評家でもありません。みなさんも一度は考えたことがあるような素朴な疑問を持つただのコーヒー好きです。コーヒーに詳しい方にはちょっと白けるコーヒーの話かもしれませんが、教えてください。
 
 
[回答No.2] (質問者が選んだベストアンサー)
 
私も読みました。ミツバチの話に限らず、この本全体に信憑性はありません。信憑に足りないというよりも、《ちょっと科学的なことなどをイラストにして簡単に説明してみようと思ってできあがった》ら整合性に欠けたウケ狙いのトンデモ本になってしまったのでしょう。ほとんどが根拠のないたわ言ですし、著者が《科学的》と称している話題でも「風が吹けば桶屋が儲かる」的な説明ですから真に受ける必要はありません。
 
「ブラック」には暗澹たるとか厄介なとか悪質なとかいう意味もありますから、『シアトル発 ちょっとブラックなコーヒーの教科書』もブラックジョークというよりも曲解と詭弁のこじつけ集だと捉えましょう。それより「ホワイト」には潔白とか汚名を雪(そそ)ぐという意味がありますから、「ねぇねぇ知ってた?」をためらって白ける質問者さまの方がマトモだと思います。どうかコーヒーを飲んで元気に生き残ってください(笑)
 
 
[回答No.4]
 
もちろんコーヒーのミツバチが最強に決まっている。コーヒーを食べるルアクがジャコウネコの中では最強だし、コーヒーを食べるジャクーが鳥類最強。たぶんコーヒーを齧るコウモリがその仲間では最強だし、コーヒーを食べさせられている象なんかマンモスよりも強いぜ。サルもコーヒー食べている奴が仲間うちでは最強だろうけど、ニンゲンでは岩田リョウコが霊長類最強だな。未来の地球には、こいつらしか生き残っていねえよ。
 
 
[回答No.3]
 
私も『ちょっとブラックなコーヒーの教科書』を読みました。アメリカで先行して出ていた原著『Coffee Gives Me Superpowers』も読んでいました。私が気になったのは、ミツバチよりウンコです。原著にも《コーヒーを飲むとトイレ(大)に行きたくなる》話がでてきましたが、日本語版のボーナスページはさらにウンコだらけです。ウンコ好きなんでしょうね(笑)
 
 
[回答No.1]
 
本を読むと「イケてないコーヒーのオーダーをする6タイプ」の中に「最近コーヒーを覚えたカフェインに弱いタイプ」ってありますよね。岩田リョウコさんは「最近コーヒーを覚えた科学に弱いタイプ」なんですよ、きっと。信憑性? 素朴な疑問を正しく解いているコーヒーの本は、ブルーバックスの『コーヒーの科学』だけです。
 
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コーヒーは旅をしない

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2017 [2017年02月25日 01時00分]
コーヒーは旅をするのか? 『旅する缶コーヒー』というコーヒー漫画はあるが、缶コーヒーが旅をするのか、不明だった。《日本のはるか遠く、地球の裏側で元気に育った、小さな赤い実は、おいしいコーヒーになるために、長く険しい旅に出発します》というショートムービー「コーヒー豆の大冒険」(UCC上島珈琲)があるのだから、コーヒーは旅をするのか? いや、「旅をしない」という新たな話が報じられた。
 コーヒーは旅をしない (1)
 
 「コーヒーも旅をしない」 @コンゴ民主共和国・ルブンバシ
 《コンゴ民主共和国(旧ザイール)の南部ルブンバシで、取材中にコー
  ヒーを頂いた。近くで栽培された豆を使っているという。口に含むと、
  オレンジのような香りと、黒糖のようなまろやかさが口全体に広が
  った。かなり重量感のあるコーヒーだった。 アフリカでは、エチオピ
  ア産やタンザニア産の豆が有名だが、高地に位置するコンゴ南部
  でも良質の豆が取れる。「でも、この豆を日本に持って帰っても、こ
  のおいしさは再現できないんだ」と現地在住の日本人は残念がる。
  原因は水だ。日本の水は軟水が多く、お茶をいれたり、だしをとっ
  たりするには適しているが、コーヒーには不向きだとも聞く。「コー
  ヒー豆も生きているから、育った場所の水でいれるのが一番おい
  しい」という。 そういえば、欧州を旅した時、「おいしいワインは旅を
  しない」という言い伝えを聞いた。良質のワインは保存が難しいし、
  地元で全部飲んでしまうから、というのがその理由だった。 おいし
  いコーヒーも「旅をしない」のだろうか。確かめるためには、私たち
  が旅をしてみるしかない。》 (三浦英之 特派員メモ/「朝日新聞」
  2017年2月23日)
 コーヒーは旅をしない (2)
さすが、三浦英之特派員、このルポは、とても好い。日本の水が《コーヒーには不向き》という点は寝耳に水で賛同できないが、そこは水に流そう。コーヒーは《育った場所の水でいれるのが一番おいしい》から、日本では《このおいしさは再現できない》という言、なるほど、水が合う合わないということは、コーヒーにもあるのだろう。たとえ、それがどんな水であっても…
 
 《コルウェジから約290km離れたルブンバシは、コンゴの鉱業のもう
  一つの中心地だ。この地域の研究者たちは、鉱業が住民の健康
  に深刻な悪影響を及ぼしていると主張している。 彼らの調査によ
  れば、採掘人や地元住民が日々の生活で摂取している金属の量
  は、安全基準の数倍に達しているという。 住民の尿を検査したとこ
  ろ、基準と比べてコバルトが43倍、鉛が5倍、カドミウムとウランが
  4倍も含まれていた。子供の場合はさらに数値が高かった。 別の
  調査で、コンゴの鉱業が盛んな地域で獲れた魚には、高濃度の金
  属が含まれていることもわかっている。 さらに別の調査では、ルブ
  ンバシの土壌は「地球上で最も汚染が深刻な10地域の一つに入
  る」という結論が出たという。》 (「事故で、汚染で、次々と倒れるコ
  ンゴの鉱山労働者…彼らを搾取する「巨大企業」の正体とは?」
  Webサイト『クーリエ・ジャポン』 2016年10月/‘The cobalt
  pipeline: Tracing the path from deadly hand-dug
  mines in Congo to consumers' phones and laptops’
  Todd C. Frankel “The Washington Post” 2016.09.30)
 コーヒーは旅をしない (3)
仮に土壌や水が汚染されているからといって、《コーヒー豆も生きているから、育った場所の水でいれるのが一番おいしい》という主張に、水をさすことはできない。仮に土壌や水が汚染されているからといって、そこに人が生きているから住んでいる場所の景色を観るのが一番楽しいという主張に、水をさすことができないように。コーヒーにとっても、人にとっても、水になれるということは、そういうことなのだ。
 
 コーヒーは旅をしない (4) コーヒーは旅をしない (5)
動乱と侵略と内戦と殺戮と疫病と貧困の中にコンゴ民主共和国(RDC)があり、荒廃と汚染と病害の中にRDCのコーヒーがある。キブやカタンガを主にしてRDCのコーヒー産業にも復興の手は差し伸べられているが、2000年代以降の生産量や輸出量に現状でも伸張はみられない。そうした経緯と実態を解しないままに、日本をはじめとするコーヒー消費国がRDCにもスペシャルティコーヒーを求めるのであれば、コーヒーは「旅をしない」方が好い。正に、《私たちが旅をしてみるしかない》のである…コーヒーは旅をしない。
 
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僕はコーヒーがよめない4

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2017 [2017年02月11日 01時00分]
コーヒーが「のめない」のか、それとも「のまない」のか、それが問題だ!…それも問題だが、コーヒー漫画が「よめない」のか、それとも「よまない」のか、それも問題だ! 『週刊ビッグコミック スピリッツ』(小学館:刊)に連載され、ビッグコミックスとして単行本化されてきた『僕はコーヒーがのめない』(福田幸江:作 吉城モカ:画 川島良彰:監修)は、2017年1月30日発売の第7巻で完結、改め一気読み。
 僕はコーヒーがよめない4 (1)
 
[あらすじ] 無類のコーヒーオタクである花山太一には、電機部品の町工場を畳んで「花山焙煎所」を営み超浅煎り焙煎をする花山大吉の息子、飲料メーカー「東京ドリンクカンパニー」(TDC)で女子社員からお地蔵さんと呼ばれている社員、最高級のコーヒーを味わう会員制組織「レッドダイヤモンドクラブ」(RDC)の会員、という3つの顔がある。花山太一の先輩社員である加賀谷俊介は、TDC創立50周年の記念企画としてサードウェイブプロジェクトを立ち上げ、天堂周伍郎が率いるRDCとの「王様コーヒー」対決に勝利して、TDCを辞めてポートランド発祥のストックトンコーヒー陣営へ移った。花山太一はTDCに残り、コロンビアのバスケス農園で「飲んだ人が幸せになれるコーヒー」を目指したコーヒー畑を作った。
 
 僕はコーヒーがよめない4 (2)
「僕はコーヒーがのめない」は、コーヒー漫画として‘王様’であろうか? とんでもない。それは「のめない」話だ。いや、監修がホセ(川島良彰)であるから、コーヒーに造詣を深くする情報源としては使える。だが、‘漫画’としては、出来があまりよろしくない「バリスタ」よりもさらに酷い。何故か? 画がダメだから。作画を担当した霜月かよ子は、連載前にTwitterでこうつぶやいていた。
 僕はコーヒーがよめない4 (3)
 《すでに講談社のKiss編集長ブログに告知されていますが、漫画家の
  こやまゆかり氏がネーム原作の18世紀のフランスが舞台の漫画が
  新雑誌で始まる予定です!》 《あと、それよりも先に別の漫画も連
  載スタート予定です。今までとは全く毛色の違う作品です。掲載日が
  わかり次第改めて告知させていただきます。》 《掲載はまだまだ先
  ですがオリジナル作品も進行中です! 多分年末あたり…になりそ
  うな予感。》 (2014年3月22日 @shi_moon11)
 《私は『吉城モカ』という新名義でやらせていただきます~。霜月かよ子
  とは違って暖かい絵柄に。》 (2014年4月21日 @shi_moon11)
 僕はコーヒーがよめない4 (4)
《漫画家のこやまゆかり氏がネーム原作の18世紀のフランスが舞台の漫画》とは「ポワソン 寵姫ポンパドゥールの生涯」(隔月刊誌『ハツキス』連載:2014年7月号~2016年11月号/講談社:刊)であり、《オリジナル作品》とは「クドラクの晩餐」(月刊誌『ARIA』連載:2014年12月号~2015年11月号/講談社:刊)である。これらに先行した「僕はコーヒーがのめない」は、《今までとは全く毛色の違う作品》であり、だから《『吉城モカ』という新名義で》挑んだのだろうが、これが裏目に出た。霜月かよ子は、決して絵がヘタな漫画家ではない。いや、描線などは上手な方である。但し、線が細いのでやや暗い背景に動きが少ないシリアスな描写が合っている。これを‘吉城モカ’の「僕はコーヒーがのめない」は自ら封じてしまった。描線を省いて背景を抜いたコマを多用した結果、《霜月かよ子とは違って暖かい絵柄に》したハズが、弱弱しい絵柄になってしまった。それも、主人公の花山太一を描いたコマで‘霜月かよ子’を封じたために、必要以上にストーリー全体が弱弱しくなって迫力に欠けた漫画になったのである。
 
さらに踏み込んで評すれば、「僕はコーヒーがのめない」における小学館の編集部の罪は重い。原作を担当させた福田幸江が、いわゆる‘対決もの’よりも登場人物が身を置く場を移していく‘葛藤もの’に技があることは新「味いちもんめ」のシナリオをみればわかりきったことだろうに。作画を担当させた霜月かよ子が、その本領を発揮する画技と意欲の軸足を講談社へ移すことはわかりきったことだろうに。原作と作画の布陣からして欠格であった「僕はコーヒーがのめない」は、コーヒー漫画として‘王様’どころか‘ディフェクト’だらけである。関係者はコーヒー漫画が「よめない」のか、それとも「よまない」のか、いずれにしても問題だ。できることならば、おやまけいこを改作者にして、(吉城モカではない)霜月かよ子を作画者にしたリメイク版「僕はコーヒーがのめない」を私はよみたい。
 僕はコーヒーがよめない4 (5)
 
コーヒー漫画の中にも「のめない」話があるのも仕方がないが…しかし、「のめない」からといって「よまない」ワケにはいかない。但し、コーヒーの世界には先が「よめない」コトもある。
 
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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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