リテラシー求む

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2016 [2016年12月22日 05時00分]
《コーヒーのサードウェーブは米国のコーヒーの歴史における第三の波ではありません》(後掲書p.9)とか、《「コーヒー(の品質)ピラミッド」と呼ばれる図を見たことがあるでしょうか。(略)この図はコーヒーの区分、特にスペシャルティコーヒーをめぐる混沌とした状況あるいは混乱した状況を象徴しているようです》(p.196/p.198)とか、《権威ある誰かが認めなくても、誰でも自分のコーヒーを「スペシャルティ」と銘打つことができます。スペシャルティは「言ったもん勝ち」の状況にあります》(p.212)とか、《品評会はいいことずくめなのでしょうか。私は決してそんなことはないと考えています。私見ですが、懸念されるのは高品質なコーヒーの風味の画一化、あるいは多様性の喪失です》(p.232)とか、《日本でコーヒーがワインになぞらえるようになったのは、スペシャルティコーヒーが入りはじめた2000年前後からのことだと思います。それまでの焙煎・抽出偏重からの揺り戻しか振り子は原料品質重視へと向かいはじめました。しかしその振り子は上流側に振れすぎ、原料偏重の状態になっているような気がします。(略)むしろよい原料を得たからこそ加工の自由度が高まるというのが自然なのではないでしょうか》(p.243)とか述べられると、私も「そうだそうだ」と言いたくなる。こうした中にあって、コーヒー本を読む側はもちろん、書く側にもコーヒーに関するリテラシーが求められていると感じた。
 リテラシー求む
 
『常識が変わる スペシャルティコーヒー入門』 (伊藤亮太:著/青春出版社:刊)
 
伊藤亮太氏が本書で目指したところは、《コーヒーに関するリテラシーの向上に役立つこと》(p.268)らしい。コーヒー屋の‘通詞’として活躍してきた著者であるから、語用に口喧しくバズワードを斬ることに長けている。いわば「間違いだらけのコーヒー用語使い」といったところか? サスティナブルコーヒーについてもフェアトレードコーヒーについても有機(オーガニック)コーヒーについても、その論述は概ね間違っていないし、以前に聴講した時と同様、その趣旨に賛同できるところも多い。
 
だが、《コーヒー本で頻繁に使われるコーヒーベルトという言葉ですが、私は要注意ワードだと思っています》(前掲書p.108)とか、《話がややこしくなりましたが、要はコーヒーという飲み物がもたらす「おいしさ」や「満足」で「スペシャルティ」を定義することは好ましくないということです。(略)少数派の意見だとは重々承知していますが、コーヒーにおいてそうしたことが可能なのは、唯一、生豆のときに限られると思います》(pp.242-243)とか述べられると、私は「う~ん」と言いたくなる。賢しいのである。また、焙煎されたコーヒーの「冷凍保存の是非」に関して、《いずれも自分の経験に基づく考えです。科学的に確たることは言えないのですが、水分の作用よりも温度低下の作用の方が優越するのではないでしょうか》(p.179)と述べられると、私は「あれ?」と言いたくなる。曖昧なのである。
 
さらに、「焙煎という言葉」に関して、《でも、漢和辞典を引いてみると「焙」にはバイという音読みもちゃんと存在しています(『新明解現代漢和辞典』)。同じ漢和辞典によれば、むしろ「ホウ」の方が慣用音という位置づけです。ということで「焙煎」は自信をもって「バイセン」と読もうではありませんか》(p.168)と述べられると、私は「おいおい」と言いたくなる。確かに「焙」の音読みを呉音で「バイ」とする漢和辞典は多い。しかし、「焙」という形声文字は声符(音符)が慣用音でホウ(呉音でフ、漢音でフウ)であり、白川静氏は《この字は茶に関して用いられ、茶とともに輸入された字である》(『新訂 字統』 平凡社:刊)としている。白川説に拠ってみれば‘焙烙’や‘焙じ茶’のように《むしろ「ホウ」の方が慣用音という位置づけ》となるのは当然であり、古来の呉音の頭子音が濁音で《バイという音読みもちゃんと存在》していたのかが不確かなままに、後時において業界用語の音読みの由来とする証左にはならない。《でも、漢和辞典を引いてみると…》程度で《自信をもって「バイセン」と読もうではありませんか》とは、‘通詞’らしからぬ粗暴な論述である。稚拙なのである。
 
そもそも、《なお、本書に示す見解はあくまでも筆者個人のものであり、筆者の勤める会社のものではないことをあらかじめお断りしておきます》(p.13)という著者の予防線の張り方は、「堀口珈琲」の代表取締役社長として要注意ワードで好ましくない。コーヒーの遍在性を訴える者にしては、弁明の立脚が偏在している。コーヒー屋の代表権者として遠慮や躊躇があるのだとすれば、リテラシー(literacy)を云々する以前に自らのディーセンシー(decency)を問うべきではないのか? こうした中にあって、コーヒー本を読む側はもちろん、書く側にもコーヒーに関するリテラシーが求められていると感じた。『常識が変わる スペシャルティコーヒー入門』という書名に恥じぬように、爽快で面白味のあるリテラシーを伊藤亮太氏に求めたい。
 
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東京冬来 後篇

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2016 [2016年12月12日 05時00分]
1898年12月10日に調印されたパリ条約で、スペイン帝国の植民地であったキューバに独立が承認された。しかし、その実は米西戦争後の宗主権がアメリカ合衆国へ移っただけであり、キューバにとっては偽の独立でしかなかった。条約調印から丸118年後であり、真の独立を成すがためにフィデル・カストロらがグランマ号でキューバへ上陸してから60年と8日後であり、フィデル・カストロが死んで15日後である2016年12月10日の朝に思う…前日に飲んだキューバコーヒーは不味かったが、さて、コーヒーの世界に、そして、日本コーヒー文化学会には、冬が来たのだろうか?
 
【JCS年次集会当日】 2016年12月10日
 
 東京冬来 (8)
宿「ほていや」の部屋でマンデリンを淹れて喫する。宿を出て、隣の「café Bach」(カフェ・バッハ)へ。朝の陽光に輝く修繕された外壁と看板、その下のシャッターがガラガラと開く、「おはよ~」。新聞を読んでいると、ママ(田口文子氏)が出てきて差し向かいに座って談議。私がホット・モカ・ジャバを飲みながら前日の臼井隆一郎氏との会談の楽しさを言えば、ママは臼井さんが企画した国際シンポジウムで提供したバッハのコーヒーがドイツ・ロマン主義的(?)にタバコと共に喫してもらえた昔日の感動を述べる。トレセンに寄って中川文彦氏と談議。ママや中川さんの話は、ホット・モカ・ジャバのように甘くて熱い。
 
 東京冬来 (9)
小学館の本社新ビルで開業して1ヵ月余の「Mi Cafeto Café & Brasserie HITOTSUBASHI」(ミカフェート 一ツ橋店)を初訪。予想通り、私と同様に集会前に覘き寄った多数の顔見知りが店内で談話していた。スリランカ風チキンカレーと小学館ブレンドを昼食に摂る。う~ん、機械式で淹れるならばパナマ(コトワ農園)以外の豆も使った方がイイのではないか、と思う。コーヒーソフトクリームにも魅かれたが、今はかなり寒いので次の機会に(笑)。白山通りを挟んで斜め向かいの学士会館へ。
 
「日本コーヒー文化学会 第23回年次集会」 (学士会館)
 
塩澤敏明氏(JCS理事)と森光宗男氏(JCS顧問)を偲んで全員で黙祷。先の総会では《来年は誰に黙祷するのだろう?》と思っていたが、年が明ける前に人数が増えてしまった。来年は何人に黙祷するのだろう? それから、講演2題を聴く。
 
セラード珈琲の山口カルロス彰男氏による講演「栽培品種のルーツと新たな品種改良」。山口さんの登壇は2010年の第17回年次集会以来だが、聞き手(圓尾修三:故人)の独擅解説が邪魔だった6年前よりも遥かに好い。撮影禁止の内容とはいえ、概ねはHerculano Penna Medina Filho(ヘルクラーノ・ペンナ・メディナ・フィリオ)らIAC(カンピーナス農事試験所)が発表したものを大きく逸れない。だが、「カップテストの点数は高いが樹形や樹勢が良くない試験圃場の改良育種」とか、「ユーゲニオイデスを掛け合わせたらゲイシャっぽいレモングラス香の酸味の系ができた」とか、「干ばつ中に水をかけても採れなかった温暖化の影響」などの話題は面白い。
 東京冬来 (10)
HARIOの倉永純一氏による講演「HARIOの珈琲器具革命 『V60』からオートプアオーバー『Smart7』」。ほぼHARIOの社史・沿革をなぞっただけだが、2005年の第12回年次集会の焙煎・抽出委員会で「売れるでしょうか」と顔色をうかがうようにV60を披露した企業とは思えぬ意気軒昂の調子。Smart7を大きく取り上げなかったのは、やはり不良品を自主回収中だからか? 「V60のドリッパー底穴のリブ形状のバラツキによる機能差」と「ブルーボトル新ドリッパーを推すフリーマンのV60否定」を質疑したが、スッキリした回答は得られなかった。
 
焙煎・抽出委員会の分科会は、「コーヒーのコクについて」…つまりは、山内秀文委員長による前回の分科会催事の振り返り。今後の催事の内容について、私も含めて甲論乙駁。中には趣旨を捉え違えて商売の訓育を目的にするような痴れ言もあったが、紛糾は歓迎。決着は後日にして、散会。日暮れて冷たい冬の風に吹かれつつ山内さんと談話して神田駅まで歩き、帰路は新幹線を使って自宅へ戻った。
 
 《「日本コーヒー文化学会」というものが出来ました。学会としての性格は
  フツーの学会とはかなり違ったものになるに違いありません。しかしそ
  れが学会として、ある事柄を学問的な対象としようとするのであれば、
  その根底には、対象研究への批判的疑問と、なによりも危機意識のひ
  とつやふたつが不可欠です。そういう意味では、コーヒーにまつわる文
  化の中で明らかに進行していると思えるこの人間の「分裂機械化」の
  「空恐ろしさ」は、やはり「コーヒー文化学会」の人文社会分野の研究対
  象になりうるのではないかと考えています。しかもそれは人文社会的分
  野に収まらないある種の学際的アプローチを必要とします。》
  (臼井隆一郎 「私のコーヒー文化論」/『コーヒー文化研究』第1号
   p.10/日本コーヒー文化学会 1994年12月)
 
 東京冬来 (11) 東京冬来 (12)
友人らより贈られたコーヒーと菓子を嬉しく味わいながら考える。逝ったフィデル・カストロにとって、コーヒーとは何だったのか? 逝った森光宗男にとって、コーヒーとは何だったのか? 人間が「分裂機械化」した東京には、冬が来ていた。批判的疑問と危機意識が欠けた日本コーヒー文化学会には、冬が来ていた。「空恐ろしさ」という冬がコーヒーの世界に来たること、当然であるのかもしれない。東京でコーヒーを巡り遊んだ冬来の二日間を想い返す。
 
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東京冬来 前篇

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2016 [2016年12月11日 23時00分]
東京へ行く支度をする。毎朝のマンデリンの抽出に用いるネル布と一緒に、もう一つ別のフィルターを荷にいれよう。もう一つのフィルターも今般はネル布にする気になって、前日に新品を煮だしおろして醸してあった。そのネル布を冷蔵庫から取り出した時に、携帯電話が鳴った。「美美の森光さんが亡くなりました」という友人からの報せだった。その2時間後の日付が変わる頃、私を載せた夜行バスが発車した。寝つかれないまま、カーテンで閉ざされた窓を暗い車中でぼんやりと眺め続けた。東京に、そして、コーヒーの世界に、冬が来たのだろうか?
 
【JCS年次集会前日】 2016年12月9日
 
 東京冬来 (1)
夜行バスで早朝に新宿へ到着、電車とバスを乗り継ぎ、中目黒のサンドイッチ屋「Chapeau de paille」(シャポード・パイユ)へ。神岡・坪内の両氏と談話しながら、店先でマンデリンを淹れて喫する。エビ・アボカド・卵のオーロラソースのサンドイッチとラムレーズン・チョコレートのフレンチトーストを朝食に…ウマい。歩いて社寺などに寄りながら、目黒通りの周辺を散策する。
 
 東京冬来 (2) 東京冬来 (3)
「神乃珈琲」(カンノコーヒー)を初訪。取材か何かのロケバスがはけてから、開店と同時に一番客となる。2週間前に逝去したフィデル・カストロを偲んで、シングルオリジンのキューバを注文。《アーモンドなどのナッツの様な風味の持続性があり、口に運ぶたびその風味が強くなっていき、余韻が長くつづくソフトな味わいのコーヒーです》…強くなって長引くのはナッツと共に生焼けの香味。
 
 東京冬来 (4)
♪ ハァー サードウェイブ サードへと草木もなびくよ…「サードおけさ」を口ずさみながら、学芸大学駅界隈の商店街を歩く。その後、恵比寿の「Tram」(トラム)へ。ブレンドの濃いめを飲んで、やっと胸やけが治まった。グァテマラとコスタリカも出てきて、産地や品種や精製と香味特性の連関について古屋達也氏と談議。「(森光さんが逝って)大坊さんの気落ちが心配」とも。グァテマラを贈りパプアニューギニアを貰う、焼き豆交換。
 
 東京冬来 (5)
青山の「Gentle Belief」(ジェントル・ビリーフ)へ。おまかせでケニアの濃いめを飲んで、浅野嘉之氏と談議していると、大坊勝次氏が来店。心配の声を伝えれば、「かなり落ち込みました」という大坊さん。それでも3人で賑わしく話すが、刊行予定の対談集のことなど、やはり森光宗男氏の話題から離れられない。「あ、もう行かなければ、お先に、ではまた明日」と大坊さんに告げて店を出る。
 
 東京冬来 (6) 東京冬来 (7)
『コーヒーが廻り世界史が廻る 近代市民社会の黒い血液』(中央公論社:刊)から24年を経て臼井隆一郎氏が著した『アウシュヴィッツのコーヒー コーヒーが映す総力戦の世界』(石風社:刊)をブログに取り上げたところ、著者より呼び出しをくらった(笑)。地下鉄を乗り継いで、秋葉原駅近くの井上ビル4階「Forum ことばと大地」へ。ここは和泉橋の北側、つまり神田川の向柳原の一画であり、神田の悪魔町と言われた佐久間町にあるので、人文系の知の悪魔、いや知の巨人のアジトにはピッタリ(?)。臼井さんの高説を拝聴するつもりで入室し、口頭試問を受けるつもりで差し向かいに座ったが、臼井さん差し入れのケーキを平らげ、私が持参したグァテマラ(エルインヘルト・ウノ・パカマラ)をネル淹てで喫しながら、談論風発。コーヒーセレモニーに土佐丸にジャガイモ飢饉にルワンダ虐殺にキューバ危機に…気がつけば話題を好き勝手に振ってタバコを咥えながら喋りまくっているのは私の方だった。場を「磯丸水産 秋葉原店」へ移しても、飲み食いしながら楽しき談議が続く。6時間半の対談の挙句に「ごちそうさま」と食い逃げ(?)。
 
定宿の「ほていや」へ行って部屋のテレビをつけると、明日の東京の気温は今日よりも摂氏5度以上も低いと予報している。東京に冬が来た。そして、コーヒーの世界にも冬が来たのだろうか? それは明日の集会でも探り続けてみよう。
 
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何が物語だ

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2016 [2016年12月04日 01時00分]
富士コーヒー物語。富士コーヒー株式会社の代表取締役である塩澤敏明氏は若き日にブラジルへ渡り、日本人初のクラシフィカドール小室博昭氏(1937-2002)の薫陶を受けた「名古屋の三羽烏」の一人である。その塩澤敏明氏が、2016年11月2日に69歳で歿した。私が氏を目の当たりにしたのは、日本コーヒー文化学会(JCS)第22回総会後のシンポジウム「愛知県・岐阜県を中心とする喫茶店のモーニングサービスの文化とその変遷」でパネラーとして登壇した2015年6月7日が最後となった。そして、設立10周年記念と銘打った2003年6月22日の日本コーヒー文化学会(JCS)第10回総会後の三遊亭圓窓(六代目)氏の講演も思い出深い。私にとっての富士コーヒーは、東海ラジオから流れてくるコマーシャル、圓窓師匠が語る「富士コーヒー物語」だから…何が物語だ。
 何が物語だ (1) 何が物語だ (2) 何が物語だ (3)

 「末期のコーヒー」 (珈琲小咄 12)
 沢田家のおじいちゃんは一徹者。外国の流行にしっぽを振って喜ぶ日本
 の国情を憂い、横文字を一切嫌った。家族の者が、食後、コーヒーを飲ん
 でも、おじいちゃんだけは番茶を飲み、そして必ずこう言った。
 「コーヒーなんざ、日本人の飲むものじゃあない。日本には昔からお茶が
 あるじゃあねえか」
 そんなおじいちゃんも年令(とし)には勝てず、米寿を祝った翌年、病床に
 臥し、今日か明日かの命となった。おじいちゃんもそれと知ったか、家族
 の者を枕許に呼び、か細い声で言った。
 「あたしの命も、もうこれまで……生まれてこの方、頑としてコーヒーは飲
 まなかったが……みんなが旨そうに飲んでいるのを見て……本当はあた
 しも飲みたかった……末期のコーヒーを飲ましてくれ……」
 家族の者はみな涙を流して、おじいちゃんの言葉を聞いた。すぐに、老妻
 はコーヒーを沸かし、スプーンでコーヒーを口に含ませてやった。すると、
 どうだろう! おじいちゃんは、目をパッチリとあけ、ムックリ起き上がると、
 床から離れて歩き出すではないか! 家族一同が唖然としている中で、老
 妻がつぶやいた。
 「コーヒーは眠気をさますというが、永遠の眠りをさますとは……」
 (三遊亭圓窓 『圓窓五百珈琲小咄を読む本』 pp.30-31)
 
 「菩薩のコーヒー」 (珈琲小咄 866)
 極楽物語。ある日、第二極楽園の池の畔をお釈迦さまがお一人で散歩を
 なさっていました。と、土産売り場から地蔵菩薩が声を掛けました。
 「お釈迦さま。お寄り下さい。コーヒーをご馳走いたしましょう」
 「甘茶はよくいただきますが、コーヒーは初めてですよ」
 お釈迦さまが縁台に腰を下ろすと、すぐに缶コーヒーが運ばれてきた。
 「お地蔵さんは、こんな物まで売ってんですか?」
 「地蔵(自動)販売機を置いてますから」
 お釈迦さまがそこを出て、しばらく歩いていると、虚空蔵菩薩が声を掛け
 て来ました。
 「お釈迦さま。我がカフェーでコーヒーなぞはいかがですか、ご馳走しま
 しょう」
 「さっき地蔵菩薩に声を掛けられて、いただきましたがね」
 「あそこより、ここのコーヒーのほうが美味しいですよ。どうぞ」
 「なるほど、味が違う。コクがありますね」
 「いれたのは虚空(コク)蔵菩薩ですもの」
 (三遊亭圓窓 「コーヒーこばなし」/『FUJI COFFEE NEWS』Vol.444
  2016年7月号)
 
富士コーヒー物語。直営の喫茶店群を整理して「カフェ・ラシュール」1店と「カフェ・セレージャ」2店のみを運営していた富士コーヒーが、新たな喫茶店舗「珈琲元年」を清須市に出したのは2013年4月のことだった。それから約3年半後、名古屋市中川区にある営業本部から運河を挟んで向かいという至近に「珈琲元年」を開いた。富士コーヒーは、この2号店を「珈琲元年」の中川‘本店’と称して、今後に多店舗化とフランチャイズチェーンの展開も視野に入れている。だが、この旗艦店の船出を見届けることなく、オープン2日前に塩澤敏明氏は逝ってしまった…何が物語だ。
 
 《「笑い」と「珈琲」とは、人生にとって必要不可欠なものであり、また脳を
  刺激して身体にとても良い効果をもたらすものであります。したがって、
  どちらが欠けても、人生がとてもつまらないものになってしまうと、私ど
  もは考えております。師匠と私どもが創り出す「笑い」と「珈琲」が皆様
  の人生を豊かにすることを願ってやみません。》
  (塩澤敏明 「『圓窓五百珈琲小咄を読む本』発刊に際して」/『圓窓五
   百珈琲小咄を読む本』 p.557)
 
 何が物語だ (4) 何が物語だ (5) 何が物語だ (6)
富士コーヒー物語。2016年12月3日、私は東谷山フルーツパークへ行き、くだもの館の展示室で富士コーヒーが協賛(実質は出展)しているコーヒー展を訪ねた。私なりの哀悼だ。毎年に東谷山フルーツパークで講習会や展示会を開いていた塩澤敏明氏は、来場者とコーヒーについて語ることを楽しみにしていたという。だが、今般に氏の姿はもうない。帰宅後、フジスペシャルと銘打たれたペルーのコーヒーを淹れて喫しながら、故人を偲んで無理に笑った。《どちらが欠けても、人生がとてもつまらないものになってしまう》から…何が物語だ。
 
 ※富士コーヒーのラジオCMを存知ないと「何が物語だ」が無礼に聞こえるかもしれませんが、圓窓師匠以外には謝りません。
 
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赤いレトロな媒染記

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2016 [2016年11月29日 01時00分]
玉川裕子氏が著した『赤いレトロな焙煎機 遥かなる南米大陸をめざして』(春風社:刊)という歌文集は2016年の春に出版された。だが、詩歌の類が苦手な私は読んでいなかった。先般、映画『函館珈琲』を名古屋シネマテークへ観に行く途でチクショウ(ちくさ正文館書店)を覘くと、『大坊珈琲店』(誠文堂新光社:刊)の隣に『赤いレトロな焙煎機 遥かなる南米大陸をめざして』が平積みされていた。で、発売から約半年遅れで何となく買って、のんびりと読んでみた。岡井隆氏が跋文を寄せていた。
 赤いレトロな媒染記
 
 《(略)アイリッシュコーヒーの項は、「イギリスを旅したとき、北アイルランド
  とイングランド共和国の歴史をよく知らなかった」とか、「珈琲商社で働い
  ていたというのに、コーヒーへの想いが足りなかった」というような正直な、
  私歴にもかかわる告白がある。フィクションではなく私歴を入れるという
  のも、いいではないか。 (略)コーヒーものがたりの中に、今すこし、私性
  を、作者の私生活や家族の匂いを出してみるのもわるくないのではない
  かと思ったりもする。 (略)短歌と散文(詩)とを結びつけて、それをいく
  つもつなげて、歌文集をつくる。この試みは、まことに魅力的だが、やは
  りその話題の主が、コーヒーという嗜好品だったということがこの場合大
  きいのだろう。 (略)しかし、ここもふつうの旅行詠にはなっていない。旅
  人よりも、旅人を呼びよせているコーヒー、あるいはコーヒー豆の方が
  主役である。 (略)玉川裕子さんの歌文集は、あきらかに、反私性の方
  向を目指している。しかし、その底に、作者の孤独や、自己認識を読み
  とろうとすれば、それも可能なのだ。》 (岡井隆 「跋文」/『赤いレトロな
  焙煎機 遥かなる南米大陸をめざして』 pp.159-164)
 
この岡井隆氏の跋文は魅力的だが、どうも二重の違和感を覚える。《あきらかに、反私性の方向を目指している》という評は本の腰巻(帯)にも惹句として引かれているし、《詩人の岡井隆さんは跋文の中で、「私性を超越してしかも魅力に富んでいる」と評価》という解釈の書評(『ニッケイ新聞』Webサイト 2016年6月2日)も見られるが、そうなのか? 《私歴を入れるというのも、いいではないか》と言い、《今すこし、私性を、作者の私生活や家族の匂いを出してみるのもわるくないのではないか》と言い、2016年度の文化功労者に選ばれて《「人としていかに生きるか、その『私性』の探求こそ詩歌に最も大切なもの」》(「毎日新聞」 2016年10月28日)と言う岡井隆氏が、《反私性の方向を目指している》玉川裕子氏を好評しているとは思えない。褒めてねぇだろ、コレ。これが一つ目の違和感。だが、私は岡井隆氏と違って、玉川裕子氏の歌文集が《反私性の方向を目指している》などとは到底思えない。そもそも、「第一章 カフェの逸品ものがたり」を軸に説くから空想や虚構の‘騙り’に目を奪われてしまうのであって、「第二章 カフェの街から」・「第三章 その後」・「第四章 ブラジル again」に目を向ければ‘私性’がそこここに転がっている。《話題の主が、コーヒーという嗜好品》で《コーヒー豆の方が主役》と言う岡井隆氏には、‘反私性’の象徴としてコーヒーを過剰に遠い場所へ置いて捉える恣意がみえる。私には、‘反私性’どころか著者の自己顕示が皮相に浮かんでいる歌文集としか思えない。捉え違えてるだろ、コレ。これが二つ目の違和感。
 
 《一枚ガラスの小さな出窓に、オブジェのように置かれていた赤いレトロな
  焙煎機。道行く人を眺めているようで、わたしは思わず歩みを止めた。》
  (『赤いレトロな焙煎機 遥かなる南米大陸をめざして』 p.37)
 
 《途方もない構想を追ういつからか迂回してゆく赤い実の夢》
  (ひかりの海/前掲書 p.60)
 
 《肥沃なる赤い土壌に降るシューバ大地を湿らす冬の夕立》
  (コーヒー農園〈ファゼンダ〉/前掲書 p.94)
  
 《赤土の遥かなる道バスがゆくパンタナールの風わたるなか》
  (大湿原〈パンタナール〉/前掲書 p.148)
 
『赤いレトロな焙煎機 遥かなる南米大陸をめざして』から1文3首を抄出して並べた。そう、ブラジルは赤い。ブラジルの国号は、蘇芳と同属のブラジルボク(パウ・ブラジル)の‘赤い木’の意に由来するように。そして、間帯土壌であるブラジル高原のテラ・ローシャの‘赤い土’の意が象徴するように。だから、玉川裕子氏が赤い焙煎機を欲して、赤いコーヒーの実の夢を追ったことに不思議はない。けれども、ファゼンダが拡がる赤い土壌、テラ・ローシャは肥沃ではない。むしろ、元来は荒蕪な痩地である。また、パンタナールの縦断道路が通る台地部は赤土のテラ・ローシャだが、低湿地自体は氾濫原土壌であまり赤くない。玉川裕子氏は《コーヒーを表現したいと思い続けてきました。コーヒーから文学へ》と、ブラジル移民100周年・ブラジル民族文化研究センター創設30周年記念図書『愛するブラジル 愛する日本』(金壽堂出版:刊 2008年)への寄稿で記していた(同書p.107)。そういう点も含めて、『赤いレトロな焙煎機 遥かなる南米大陸をめざして』は、著者の体験と依怙による‘私性’を結実させた作品であろう。いや、この歌文集をブラジルで《赤い実の夢》を追って自身を蘇芳のように染めた回想、赤いレトロな媒染記と読みとろうとすれば、それも可能なのだ。
 
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懲り懲り懲り5

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2016 [2016年11月19日 01時00分]
著者がTwitterで《1年9ヶ月ぶりの続編です。2巻以来の連作短編形式で、5巻にして初の、語り手アオヤマくんのための物語です》と言っているし、《友だちに「アオヤマの私生活、つまんなそうだよな」と平然と言ってのける作者。あいつ趣味とか友人関係とか、ぜんぜん想像できないのよな…》とも言っているので、鴛鴦茶でも飲みながら感想を述べていいですか?
 懲り懲り懲り5 (1)
 
『珈琲店タレーランの事件簿5 この鴛鴦茶がおいしくなりますように』(岡崎琢磨:著/宝島社:刊)は、サブタイトルに紅茶が混ざりこんでコーヒーそのものからますます遠ざかった。だからなのか、けれどもなのか、この最新巻は僅かに読みやすくなった。第1巻第2巻第3巻第4巻と続いていた不自然な話し運びと稚拙な言い回しが減じたからで、だが、面白味も減じた。つまり、第5巻は『源氏物語』になぞらえた「減じ物語」である。
 
 《降り注ぐ七月の陽光の下で、樹は美星の目にいちだんと映えて見えた。彼
  女の横に並んで視線を同じくしながら、アオヤマは訊ねる。「前々から思っ
  てたんですけど、これ、何の樹ですか」 もう二年もタレーランにかよってい
  ながら、アオヤマが樹について何も知らずにいたことを、美星は意外に感
  じた。》 (pp.225-226 「純喫茶タレーランの庭で」/『珈琲店タレーランの
  事件簿4 ブレイクは五種類のフレーバーで』)
 懲り懲り懲り5 (2)
 《思えば初めてこの店の扉を開いてから、早いもので二年が過ぎた。》(p.25
  「第一章 少女のショートカットはなぜ魅力的だったのか?」)
 《眞子と会うのは、二人でタレーランを訪れた日以来、二週間ぶりだった。七
  月に入っても梅雨が明けきらず、窓の外ではタクシーのワイパーが懸命に
  雨を弾いている。》(p.110 「第三章 ワールド・コーヒー・ツアーズ・エンド」)
  (『珈琲店タレーランの事件簿5 この鴛鴦茶がおいしくなりますように』)
 
──んぐぁ、と喉で変な音が鳴った。5年以上前の寒い冬の日にタレーランで起きた心温まる(?)「レモン爆発事件」を切間美星が回想してアオヤマに語ってから店を早じまいしてデートに誘う第4巻の「純喫茶タレーランの庭で」。11年ぶりに会ったアオヤマの初恋の相手(小島眞子)を含めてドロドロとした3組の男女関係の深い悩みに美星とアオヤマが巻き込まれる第5巻の「第三章 ワールド・コーヒー・ツアーズ・エンド」と「第四章 コーヒードール・レゾンデートル」。その両方が同じ7月に起きたと平然と言ってのける作者。確かに「珈琲店タレーランの事件簿」シリーズをいくら読んでもアオヤマこと青野大和の《趣味とか友人関係とか、ぜんぜん想像できない》わけだが、それ以上に作者である岡崎琢磨の整合や調和に対する気遣いとか、ぜんぜん観取できないのよな。
 
 懲り懲り懲り5 (3)
『珈琲店タレーランの事件簿5』に相応しいサブタイトルは、「この鴛鴦茶がおいしくなりますように」ではなくて「世の中は夢のわたりの浮橋か」であろう。この『源氏物語』の最終巻名「夢浮橋」の由来とされる「世の中は夢のわたりの浮橋か うちわたりつつものをこそ思へ」という歌、これを小島眞子に《夢に架かる浮橋を渡った瞬間に、この大長編は終わりを迎える。まるで、叶えられた瞬間に夢を見られなくなる世の常を象徴しているかのようでしょう?》(p.53)と曲解させた時点で、この物語の歪んだ先は全て読める。「珈琲店タレーランの事件簿」シリーズは、夢に架かる浮橋を渡った瞬間に終わりを迎えるのではないだろうか? 《たぶん、本気で信じていないんだろううね。だからこそ、夢なんだよ》(p.106)…コーヒーを挽く音、また「懲り懲り懲り」と聞こえる。
 
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ムーゼルマンとカーフィル

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2016 [2016年11月10日 01時00分]
例えば、小川洋子氏のエッセイ集『カラーひよことコーヒー豆』(小学館:刊 2009年)にはアウシュヴィッツ強制収容所の話が登場する。見学した時に《たくさんのお人形があったのが忘れられない》(「思い出のリサイクル」)し、《最も衝撃的だったのは収容された者たちの靴の山だった》(「靴は人生の同伴者」)と記されている。だが、そこにアウシュヴィッツのコーヒーの話は登場しない。小川洋子氏は、須賀敦子氏の《きっちり足に合った靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ》(『ユルスナールの靴』/河出書房新社:刊 1996年)という文を引いて、《靴は、かけがえのない人生の同伴者だ》と言う。しかし、コーヒーこそが《かけがえのない人生の同伴者》だと思う人間もいる。アウシュヴィッツ強制収容所で殺した人間も殺された人間も、そう思っていたのだろうか?
 ムーゼルマンとカーフィル (1)
 
『アウシュヴィッツのコーヒー コーヒーが映す総力戦の世界』 (臼井隆一郎:著/石風社:刊)
 
 《20年以上前になるが、すでに著者は『コーヒーが廻り世界史が廻る』(中公
  新書)を世に送り出している。今回「コーヒー」がめぐるのは「アウシュヴィッ
  ツ」。題名からは前著より重たい気配が感じられる。(略) 前著では、起源
  から現代に至るコーヒーの歴史が、社会・文化史的な観点から幅広く記述
  され、特にイギリスとフランスには多くのページが割かれて、近代市民社会
  の形成とコーヒーの関係が詳細に論じられていた。だが、この度はだいぶ
  様子が異なっている。前著が主に近代市民社会的コーヒーを論じた表の
  顔とすれば、本書が主題とするのはその裏の顔。クロノス的、ファシズム的
  コーヒーなのである。 目次に目を通すと、第1章がコーヒーの起源としての
  アラブを扱う以外、残る7章のほとんどはドイツを中心に巡るのがわかる。
  著者の言葉を借りれば、コーヒーに即した「新即物主義的ドイツ研究」であ
  る。植民地獲得競争に乗り遅れた後進国ドイツ、「土地なき民」であればこ
  そのコーヒー事情を追うことにより、近代市民社会の鬼子であるファシズム
  の形成と展開が、日本や現代世界をも視野に収めて論じられ、大変熱の
  こもった著書になっている。 「おそらく私的に過ぎる謎解きの楽しみに徹し
  た」と著者は言う。そうなのかもしれない。だからこそ本書の主脈について
  は著者の饒舌に楽しく身を任せて読んでいける。ただ主脈を外れた所では
  いくつか著者の記憶違いもあって、うっかり見過ごしかねない饒舌さだから
  要注意。》 (冨重与志生:評 「ファシズム論 幅広く考察」/『北海道新聞』
  本の森 2016年10月23日)
 ムーゼルマンとカーフィル (2)
臼井隆一郎氏の新著『アウシュヴィッツのコーヒー コーヒーが映す総力戦の世界』を、《コーヒーに即した「新即物主義的ドイツ研究」》であるとした冨重与志生氏の評には同ずる。だが、臼井氏の前著『コーヒーが廻り世界史が廻る 近代市民社会の黒い血液』(中央公論社:刊 1992年)が表の顔で、本書の主題が《クロノス的、ファシズム的コーヒー》としての裏の顔とする対比に、私は首肯できない。コーヒーが近代市民社会の「黒い血液」であり「ニグロの汗」であるとした『コーヒーが廻り世界史が廻る』からして、既に《クロノス的、ファシズム的コーヒー》を饒舌に描いているのであり、この度の本書でもその様子は変わらない。この臼井氏の2つの著作に通底する視座は、どこから来ているのだろうか?
 
 《コーヒーという商品の歴史をその最初から最後まで辿ってみようなどと考
  え始めた直接のきっかけは、一九七七年秋、ベルリンで開催された「ワ
  イマール共和国展」で見たブラジルのコーヒー豆を燃料に走る機関車の
  写真であった。》 (『コーヒーが廻り世界史が廻る』 あとがき)
 ムーゼルマンとカーフィル (3)
 《あれは確か、中学を卒業して高校の入学を待つ春休みのことであった。
  『罪と罰』や『戦争と平和』など、世界文学の定番とシャーロック・ホームズ
  などを読み進めるうちに、たまたま推理小説かと思ってロベート・メルルの
  『死はわが職業』を購入して読んだ。(略) 当時、コーヒーという飲み物を
  特に美味しいとも思わなかったわたしは、囚人たちを静かに落ち着いて
  シャワー室に入って行かせるこのコーヒーという飲み物に深い印象を受け
  た。(略)以来、コーヒーを飲む人を見ると決まって、ガス室に入って行くユ
  ダヤ人囚人を思い出すという奇妙なメカニズムがわたしのなかに条件反
  射として住み着いてしまった。》 (『アウシュヴィッツのコーヒー』 はじめに)
 ムーゼルマンとカーフィル (4)
廃棄されてアロマを放ちながら燃え上がる‘焦熱地獄’のコーヒーが『コーヒーが廻り世界史が廻る』となり、アロマを欠いても死への撒き餌となった別種の‘焦熱地獄’のコーヒーが『アウシュヴィッツのコーヒー』となった。コーヒーを視るに粧飾や正当化とは無縁である臼井隆一郎氏の著作は《大変熱のこもった》ものであるが、常にコーヒーの実相へ‘総力戦’で注がれているその視線は、深沈たるものだ。例えば、本書『アウシュヴィッツのコーヒー』では、《ザンジ》(p.26)が86ページ後に、《ブナ》(p.44)が185ページ後に、《メクレンブルク》(p.75)が126ページ後に、《カーフィル》(p.125)が142ページ後に、紙面の時空を超えた事象の連関として説かれる。特に‘kafir’(カーフィル)に関しては、《コーヒー文明はカーフィル化の歴史なのであろうか。それが、本書を書くに当たって、コーヒーという言葉の起源をカーフィルに求めて以来、拭いきれない疑念であった》(p.267)とまで語られると、「コーヒーの寓意性に臼井さん自身が染まってカーフィル化していないか?」と笑いたくもなるが、だからこそ《著者の饒舌に楽しく身を任せて読んでいける》のである。
 
 《わたし自身は、常日頃どちらかと言えば、「コーヒーさえ飲めれば、世界が
  どうなろうと構わぬ」と思っている人間である。》 (『アウシュヴィッツのコー
  ヒー』 はじめに)
 ムーゼルマンとカーフィル (5)
臼井隆一郎氏は前著『コーヒーが廻り世界史が廻る』でも同様の趣旨をフョードル・ドストエフスキー(『地下室の手記』)や清岡卓行(「千年も遅く」)の文言から引いていたが、この度の新著では著者自身の真情として吐露する。氏は前著の「終章 黒い洪水」を、ボブ・ディランの‘One More Cup of Coffee’(コーヒーもう一杯)の歌詞で締めていた。そして、新著では、アウシュヴィッツの「ムーゼルマン」(回教徒/囚人)のコーヒーを歴史の中に解いて、《コーヒーが映す総力戦の世界》が「カーフィル」(非イスラーム/奴隷)化を蔓延させていることを明かす。ムーゼルマンのコーヒーとコーヒーのカーフィル化を描いた『アウシュヴィッツのコーヒー』は、より苦くてよりコクのある「コーヒーもう一杯」である。私は、例えば「きっちり嗜好に合ったコーヒーさえあれば、そのコーヒーで世界を変えられる」などとは思わない。コーヒーに薄暗がりの世界があることから目を背けさせる美辞麗句に浸り、いつも変わらぬ奴隷根性で動くコーヒー市場の光景には飽き飽きした。「コーヒーさえ飲めれば、世界がどうなろうと構わぬ」、そんな思いに駆られて苦々しいコーヒーを口に含みながら『アウシュヴィッツのコーヒー コーヒーが映す総力戦の世界』を読むと、世界の味わいは一変するのだ。
 
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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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