僕はコーヒーがよめない3

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2015 [2015年12月30日 05時30分]
コーヒーが「のめない」のか、それとも「のまない」のか、それが問題だ!…それも問題だが、コーヒーを「よまない」ワケにはいかないし、コーヒーを「よめない」のはもっと問題だ!
 
 僕はコーヒーがよめない3 (1)
『ダ・ヴィンチ』2015年10月号(KADOKAWA:刊)の「ゆったり。じんわり いつも傍らにコーヒーと本」特集に池辺葵氏が描き下ろした無題のマンガは、ほとんど読めない。4ページ12コマの中で《ふふふ》という3文字しかないので、‘読む’というよりも‘見る’だけである。もっとも、特集の他の読み物ページも半分くらいは不出来で読めたもんじゃないので、やはり私はコーヒーを《ゆったり。じんわり》と「よめない」。
 
 僕はコーヒーがよめない3 (2) 僕はコーヒーがよめない3 (3)
コーヒー漫画の「僕はコーヒーがのめない」(福田幸江:作 吉城モカ:画 川島良彰:監修)は、『週刊ビッグコミック スピリッツ』(小学館)に2014年の24号(5月12日発売)より連載され始めたが、同年46号(10月11日発売)の第18話までで以降は休載となり、翌2015年の36号(8月3日発売)から掲載が再開された。単行本で読んでいた私は、第2巻の発売(2014年11月28日)から1年1ヵ月の間、「僕はコーヒーがのめない」を読めないのであった。連載再開後の第19話以降を収載した『僕はコーヒーがのめない』第3巻(ビッグコミックス)は、カバーデザインを1・2巻とは変えられて、2015年12月28日に発売された。…なぜ休載したのか? なぜカバーのデザインが変わったのか? ホセ(川島良彰氏)ならではのネタと通俗に堕したウンチクとの並走が次第に苦しくなっていないか?…『僕はコーヒーがのめない』の漫画としての面白味が半端で私は「よめない」。
 
 僕はコーヒーがよめない3 (4) 僕はコーヒーがよめない3 (5)
コーヒー漫画の「夜の珈琲」(左東武之:著)は、Webサイト『ガンガンONLINE』(スクウェア・エニックス)に2013年1月17日配信から2015年11月26日配信まで連載された。単行本で読んでいた私は、第14話以降を収載して2015年12月22日に発売された『夜の珈琲』第3巻(ガンガンコミックスONLINE)が最終巻であることを飲めないのであった。なぜ第14話以降は終息へと向かう臭いを露骨に漂わせ始めたのか? なぜ(それまでアキミツによる一元視点を主にした物語だったのに)最終23話でマスターのモノローグを使ってしまったのか? なぜ左東武之氏自身が《まだまだ書き切れていないネタも残っております》(第3巻本体裏表紙)と言っているのに連載が終わったのか? なぜ第3巻は1・2巻とは変えられて巻末の‘オマケ漫画’が付いていないのか?…「僕はコーヒーがのめない」と比しても漫画としての面白味が大きかった「夜の珈琲」の完結を私は「よめない」。
 
 僕はコーヒーがよめない3 (6)
コーヒー漫画(?)の『みんなの食卓 珈琲物語』(少年画報社:刊 2015年12月14日発売)は、カバー無しのザラ紙印刷でいわゆる‘コンビニコミック’であるが、『クッキングパパ 特製メニュー 本格的喫茶メニュー編』(講談社:刊 2006年8月発売)や『漫画で読む珈琲の世界 珈琲どりーむ』(芳文社:刊 2014年2月発売)のような抜き写し版とは異なり、全て新作描き下ろしの漫画集だ。描かれた祖母のホットケーキもOLのホットサンドも営業マンのポテトサラダサンドも女学生のビスケットもフリーライターのガレットも主婦のキャラメルサンドイッチもコーヒーに合いそうだが、《温かく香る冬の週末珈琲日和》という惹句は飲めないのであった。そもそも、「思い出食堂」や「みんなの食卓」などの廉価版‘コンビニコミック’は、その存在自体が貧寒としている。深夜のコンビニエンスストアで漫画を虚ろな目で独り読む人々が読者層であるならば、描き下ろしている作家層も(単行本の抜き写し再出版がされるうえやまとち氏やひらまつおさむ氏とは違って)雑誌扱いのペーパーバック本に作品を寄せる生活から脱することができない人々である。ミカフェートやブルーボトルコーヒーで『僕はコーヒーがのめない』を読むことはできるが、『みんなの食卓 珈琲物語』は読まない、いや、読めない。コーヒーと漫画、各々の世界でのヒエラルキーが反映されて連動している、当に貧者のコンビニコーヒー漫画としての『みんなの食卓 珈琲物語』、その格差の悲哀を私は「よめない」。
 
コーヒー漫画の中にも「のめない」話があるのも仕方がないが…しかし、「のめない」からといって「よまない」ワケにはいかない。但し、コーヒーの世界には先が「よめない」コトもある。
 
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JCS漂歩記 後篇

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2015 [2015年12月16日 01時00分]
コーヒー小説の傑作『可否道』を著した獅子文六は、1969年12月13日に死んだ。その46年後の2015年12月13日、鳥目散帰山人は、東京を漂い歩く…コーヒーの「可」とするところと「否」とするところ、コーヒーの可否を考えながら。
 
【JCS年次集会翌日】 2015年12月13日
 
 JCS漂歩記 (21)
「café Bach」(カフェ・バッハ)
宿「ほていや」の部屋でコーヒーを淹れて喫した後、宿を出て、徒歩3秒で入店。バタートーストにおまかせコーヒーはマンデリン(タノバタック)。深煎りでも苦味と共に酸味が出ていて、トーストとの相性も好い。但し、近年のカフェ・バッハでは良品の豆ほどやや焙煎が浅くなる傾向を感じるが、今般は顕著。タバコを喫しながら新聞を読んで、ふと顔を上げるとほぼ満席。予約していたシュトレンに昔風りんごのケーキが土産に加わって、ママ(田口文子氏)に見送られる。
 
 JCS漂歩記 (23) JCS漂歩記 (24) JCS漂歩記 (25)
「TOKYO COFFEE FESTIVAL 2015 winter」 (国連大学前広場)
銀座の画廊で美術展を観た後に、青山で催されているTCF(TOKYO COFFEE FESTIVAL)へ。2015年9月の第1回に続く2回目の開催、私は初訪。雨が降りしきっても大盛況。少量カップで5店舗のコーヒーを飲み比べる5枚綴りのチケット(1000円)を買って、人混みに突入。「And Coffee Roasters」でケニア、「GLITCH COFFEE&ROASTARS」でケニア、「Single Origin Roasters」でホンジュラス、「REC COFFEE」でクリスマスブレンド、「Paul Bassett」でルワンダを飲む。いずれも煎りが浅いことは予想通りだが、ほとんどが生焼け。コレを美味い美味いと燥いでいる連中の気が知れない、いや、舌と鼻が知れない。私は巡っているうちにムカムカして胸やけが酷くなってきたが、コーヒーの「否」とするところでも、その実相を捉えるためには犠牲がつきものだ。JCS(日本コーヒー文化学会)がコーヒー界の老人クラブならば、TCFはコーヒー界の学童保育みたいなものだろうか?
 
 JCS漂歩記 (26)
「Gentle Belief」(ジェントル・ビリーフ)
TCFから撤退して、「ジェントル・ビリーフ」までフラフラと歩く。カウンターに突っ伏したまま、「うぅ気持ち悪いよ~、口直しに濃いイタリアンブレンドちょうだい」。浅野嘉之氏と焙煎論やら抽出論やら社会論やら、一昨日に続いてコーヒー談議を延延。「バセットのルワンダさえ浅煎りの生焼けで…」と愚痴る私に出された2杯目はルワンダ…や、コレなら好い。気分が回復して、さらに饒舌に(笑)。
 
 JCS漂歩記 (27) JCS漂歩記 (28) JCS漂歩記 (30)
「A MUSIC ABOUT COFFEE」 (WIRED TOKYO 1999/QFRONT 7F)
日暮れた渋谷駅前のスクランブル交差点を見下ろして、向かいのQFRONTへ。前日より劇場公開され始めた映画「A FILM ABOUT COFFEE」とのタイアップ企画「A MUSIC ABOUT COFFEE」、その終盤の畠山美由紀氏と小池龍平氏によるライブを聴く。ま、コーヒー音楽CD「Coffee & Music -Drip for Smile-」のプロモ催事みたいなものだナ。セットリストの最後は堀内隆志氏(カフェ・ヴィヴモン・ディモンシュ)が作詞した「Drip for Smile」。大坊勝次氏のコーヒー豆(限定5袋)販売の抽選会で催事は終了。前日のJCS年次集会で右隣の浅野さんに問われて(左隣に大坊勝次氏本人を置いて)「大坊さんをカーネル・サンダースの置物みたいに消耗する最近の動向は気にいらないね」と私が答えたことを思い出して笑う。
 
 JCS漂歩記 (31) JCS漂歩記 (32)
「本家 しぶそば」の温かい「かき揚げそば」で腹ふさぎ…ん?搬入される麺箱から察するに‘あさひや製麺所’の麺か。かき揚げの乾いたところと浸ったところを交互に食べながら、今日のコーヒーの「可」とするところと「否」とするところを考える。さぁ、新幹線の中で崎陽軒のシウマイ弁当でも食べながら帰ろう。帰宅後、コーヒーを淹れて、早速にカフェ・バッハのりんごケーキとシュトレンを「ウマイウマイ」と味わいながら、東京でコーヒーを求めて漂い歩いた3日間を想う…人生も楽じゃないしコーヒーも楽じゃないが、雨が降ろうが風が吹こうがコーヒーの真実を追って、コーヒーの可否を考えることは楽しい。‘Café o Muerte!’
 
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JCS漂歩記 中篇

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2015 [2015年12月15日 01時00分]
アムハラ人で近代ソロモン朝のネグサナガスト(諸王の王:エチオピア皇帝)であるメネリク2世は、エチオピアにおけるコーヒー飲用を1880年頃から広めたといわれる。このショア王時代のメネリク2世は、南下してオロモ人の諸侯が支配する地域を征服していった。その結果、オロモ人の逃亡や流出によって広大な耕作地が失われて、二次林としての森林が回復した。フォレストコーヒーを産出するベレテ・ゲラの森は、メネリク2世の野望によって生み出されたのである。メネリク2世が死んだ1913年12月12日から102年後、2015年12月12日の鳥目散帰山人は、東京を漂い歩く…ベレテ・ゲラのコーヒーの真実を想いながら。
 
【JCS年次集会当日】 2015年12月12日
 
 JCS漂歩記 (11) JCS漂歩記 (12) JCS漂歩記 (13)
宿「ほていや」の部屋でコーヒーを淹れて喫した後、朝の遊び走りへ。白鬚橋から隅田川テラス(右岸)へ…ん?工事中で通行止だ。迂回して桜橋から左岸を走って、東京スカイツリーの直下へ。移転(2015年4月)してきた「たば塩」を横目に、大横川親水公園へ。紅葉と鳩と鴨を見ながら公園の南端まで走って、折り返して北上。宿へ駆け戻って、シャワーを浴びる。
 JCS漂歩記 (14) JCS漂歩記 (15) JCS漂歩記 (16)
 
 JCS漂歩記 (17)
「café Bach」(カフェ・バッハ)
宿を出て、徒歩3秒で入店。チョコレートケーキにおまかせコーヒーはケニア。カフェ・バッハで迎える好い朝…この時間こそが‘レジェンド’だ。店を出て、トレセンに寄って、(北京から田口護氏と前夜に帰国したばかりの)中川文彦氏と談議。北京のコーヒー事情や社会情勢が面白い。
 
「日本コーヒー文化学会(JCS) 第22回年次集会」 (学士会館)
 
 JCS漂歩記 (18)
「委員会活動:現状と報告」(各分科会の活動報告と総括/進行:小山伸二)
汲むべき内容など微塵も感じられないつまらない報告ばかりなので、学会誌の最新号を読みながら聞き流す。振り返ってみれば、委員会が設置されて暫くの間は他では聴けない話もあったが、今となってはJCSなどとは無縁のWeb上の討議や各地のワークショップやセミナーなどの方が余程に専門的であって、委員会活動どころかJCSそのもののあり方や意義を見直すべきだろうに。欠伸連発。
 
 JCS漂歩記 (19)
講演 「コーヒーのルーツ、ベレテゲラフォレストを訪ねて」 中平尚己
映像(「未来世紀ジパング 池上彰が注目!世界一の経済成長!!奇跡のエチオピア」の一部)が流されてから、UCCホールディングスの中平尚己氏の語り。2011年以来に中平氏自身が観たエチオピアの現地事情は生々しくて面白い。JICA(独立行政法人国際協力機構)によるベレテ・ゲラ参加型森林管理計画(2003年~2012年)の活動の話は、中平氏が当事者ではないのでやや空疎。講演後、「2008年よりのECX(Ethiopian Commodity Exchange)によるコーヒーへの統制策が無ければ、ベレテ・ゲラの森林公社が輸出業者の登録を強いられる必要も無かっただろう。ベレテ・ゲラのコーヒーをシダモやイルガチェフェのようなブランドにしたいと言われたが、ECXの体制こそが阻害要因ではないか?」という旨の私の質疑に、「仰る通り。まぁああゆう国ですから…」という中平氏の返答。いくら‘野生のコーヒー’とか‘赤いダイヤモンド’と謳っても、それを商品化する過程では産業統制という政策の人為が強烈に関与する真実、それを忘れてはならないと私は改めて思う。
 
焙煎・抽出委員会 「生豆の特徴による焙煎プロセス・コントロール」 山内秀文
前回(2015年11月14日)の分科会でのディスカバリーによる焙煎データを見ながらの振り返り。客観的な検証というよりは、参加者各人の意図と実際の出来不出来との結びつけしか読み取れない、という印象。後半は、‘焙煎の基礎技術の確立’や‘日本のコーヒーのテロワール’に関する山内委員長の独擅場。その提起は熱いが、散漫ならず論をまとめていくことは容易でないだろう。
 
 JCS漂歩記 (20)
散会後も山内さんらとも話したかったが、先約していた妹との晩飯会談へ向かう。新宿のアルタ裏で合流、「居酒屋ダイニング Mr.SANPEI」で飲んで食べて愚痴って諭して…軽くて深い(?)兄妹酔っ払い談議。別れて、終電を乗り継いで宿へ戻る。まぁ、人生は楽じゃないが、コーヒーも楽じゃない。明日もコーヒーを求めて漂い歩こう…コーヒーの真実を想いながら。
 
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JCS漂歩記 前篇

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2015 [2015年12月14日 01時00分]
1964年12月11日、通称チェ・ゲバラ(Ernesto Rafael Guevara de la Serna)は、国際連合総会での演説を‘Patria o Muerte!’(祖国か死か)と叫んで締めた。その51年後の2015年12月11日、鳥目散帰山人は、東京を漂い歩く…‘Café o Muerte!’(コーヒーか死か)と叫びながら。
 
【JCS年次集会前日】 2015年12月11日
 
 JCS漂歩記 (1)
夜行バスで東京へ。甚雨の中、湯を沸かし、豆を挽き、ネル布で淹れる。人気の無いビルの裏手で、独りコーヒーを喫する。
 
 JCS漂歩記 (2) JCS漂歩記 (3) JCS漂歩記 (4)
「Cafe HAITI」(カフェ・ハイチ 新宿センタービル店)
西新宿からバスに乗って美術館へ行く前に、冬の雨で冷えた体を温めたい…そうだ!「カフェ・ハイチ」へ行こう。センタービル店で、《ハイチ大使館の協力等によりセンマーク地方の農園と直接買付の形で輸入して》いるカラコリコーヒー(?)に、ザラメをザラザラ、ラムを振り入れまくる。舌にザラつく酒入りハイチコーヒーが、相変わらず美味しくなくて美味しい。
 
 JCS漂歩記 (5) JCS漂歩記 (6) JCS漂歩記 (7)
目白台の永青文庫で特別展を観て、雨上がって青空の下、胸突坂を下る。水神社の大銀杏の葉が吹き荒れる風で舞い散り、目の前が真っ黄色。神田川沿いの冠木門から椿山荘の敷地へ入って丘を上がる。初訪の「そば処 無茶庵」で昼食を…ん?さっきの突風で61年前に移築した建物の客席が埃だらけで使えない、下の「木春堂」(石焼料理)に急遽席を用意する、と。十割で仕立てた「天せいろそば」は、ソバの香りが立っているし麺の弾力がプリプリと素晴らしい。次回は肉を焼いた煙臭に巻かずに食べたいナ(笑)。何?サービス料を無しにして、ホテルのどら焼きをお詫びの品に、と…冬の嵐の置き土産だナ(笑)。江戸川公園を抜けて関口台地を散策。
 
 JCS漂歩記 (8)
「Tram」(トラム)
4度目の訪店。「濃いのでおまかせ」に、イエメン(イスマイル)が出てきた。燻り臭がさらに減った。ブレンドがデミタスで出てきた。調和した苦甘さがさらに増えた。「大坊珈琲店」とは異なる香味の力強さに意図を感じて、古屋達也氏とコーヒー談議。もう、いや、そろそろ、大坊を継ぎながら大坊から離れる予感…それで好い。
 
 JCS漂歩記 (9)
恵比寿から外苑前へ渋谷で電車を乗り換える途、(「そば処 二葉」から改名してからは)初訪の「本家 しぶそば」で腹ふさぎを。「冷やしかき揚げそば」を注文して席に着くと同時に品が出てきた…早い!良い味と良い捌きの良い駅蕎麦の店。
 
 JCS漂歩記 (10)
「Gentle Belief」(ジェントル・ビリーフ)
ん?旭屋出版「カフェ&レストラン」の取材を受けている!来歴を語っている浅野嘉之氏が私をチラチラ見ながら「話しにくいなぁ」(笑)。私に会いたいと偶然にも訪店していたH氏と歓談しながら待つ。浅野さんが淹れたイタリアンブレンドを飲んで、私が(前回に続いて)松屋式で淹れたホンジュラスを飲んで、延々とコーヒー談議。
 
山谷の定宿「ほていや」にチェックイン。部屋でビールを飲みながらスタミナ豚焼肉丼を夜食に摂る。今日の東京は、ひと月分の雨が半日で降り、その後に摂氏24度まで気温が上がった…それでも、雨が降ろうが風が吹こうが私は漂い歩く。明日もコーヒーを求めて漂い歩こう…‘Café o Muerte!’(コーヒーか死か)。
 
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愚劣な教科書

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2015 [2015年12月01日 01時00分]
かつて、《枻(えい)出版社のコーヒームックは常に自ら焼き直した陳腐な仕立て一本槍である》と私は断じていたが、その懲りない出版社は‘日本酒’でもパクリ本騒動を起こしていた。 
 愚劣な教科書 (1)
 
 《料理やスポーツの本などを出版している枻(えい)出版社(東京都)が、エッセイ
  スト葉石かおりさんの本の一部を、無断で再編集し、別のムック本に流用して
  いたことが分かった。26日からセブン-イレブンで約2万5千部を発売していた
  が、葉石さんからの抗議を受け、店頭から27日に回収した。 同社によると、
  同社から出版されている葉石さんの著書「うまい日本酒の選び方」(税抜き13
  00円)の文章の一部を、担当者が書き換えてムック本「日本酒入門」(同500
  円)に無断で掲載した。 (略)葉石さんによると、ムック本の半分近くを自著か
  ら流用されたという。(塩原賢)》 (「ムック本に著作権侵害、2.5万部を回収
  セブンで販売」/「朝日新聞」 2015年10月28日)
 
 愚劣な教科書 (2)
そして、パクリ本騒動から1ヵ月後の2015年11月28日に枻出版社が発刊したのは、‘コーヒー’ではなくて‘カフェ’のムック本であった。改心なのか? 変心なのか?…《客が絶えないカフェの秘密を教えます》という惹句が付されているが、他人に教える前に自らのパクリ癖を絶やす極意を学んだらどうなのか?
 
『カフェの教科書』(エイムック3253/枻出版社:刊)
 
 愚劣な教科書 (3)
「芳醇なる珈琲の香りに誘われて。」(pp.4-7)
《…不安感すら漂う暗闇の異空間》や《華やかな暗さのロマンチシズム》というカフェは、‘新・3大 気軽には飲めないコーヒー’として知られる「伴天連」のような店なのだろうか?…《日常から非日常へ隔絶された異世界カフェ》では理解不能だから、気軽には飲めない。
 
「人気カフェには理由がある。」(pp.8-51)
《ビル一棟をまるごと改装》、《最後に茶葉をおひたし》、《大豆七変化》、《つまるところフランスパンばかり》、《固定のレシピを持たない》、《デザートだけのコース》、《朝食にこの上ないこだわり》、《文化住宅の再生》、《贅沢なサンドイッチ》、《スパイス料理》、《わずか5坪のスタンド》…興味深い店もあるが、どこまでがカフェで、どれほどの人気で、何が理由なのか? まるでわからない。
 
「カフェ空間学。」(pp.52-85)
アパート、倉庫、廃校、文学館、銭湯、ギャラリー、美術館…《カフェにとって、食べ物や飲み物と並んで大切なのが、空間》という割には、《無限の可能性》とか《アーティスティック》とか《時代の温もり》とか《コンセプチュアル》とか《レトロスペクティブ》とか《クラシカル》とか薄っぺらなコトバを並べているだけ。カフェの空間を学ぶというよりも、カフェの空疎を学ばされている気分になる。
 
「カフェ、マニアックス。」(pp.86-112)
閑話にもならない駄弁の寄せ集めを‘カフェ、マニアックス’などと括るとは、山内秀文氏や小山伸二氏に非礼であろう。本家(?)「カフェ・マニアックス」である彼らの話を聴いている方が余程ましである。少なくとも、《カフェ作りを考える》のであれば、《既存の飲食業界の常識を打ち破るアイディア》を貧相なエイムック『カフェの教科書』に求めるよりも、《小規模で強い店をつくる》を謳う『カフェ開業の教科書』(田口護:著/旭屋出版:刊 2013年)を読むべきであろう。
 愚劣な教科書 (4)
 
 《ところでいま“カフェ”をめぐって考えてみると、それは、たとえばS・ブラッドショー
  の『カフェの文化史』(海野弘訳)で語られているようなカフェ──つまり、人々が
  集まり時を“過す”場所というのとはまったく異なったカフェのあり方になって来て
  いることがわかる。時を“過す”というのは、時間(情報)の“消費”とは異なって
  いるからだ。 (略)そしてその変化は、カフェが、時を過す生活空間から、情報
  の消費空間へと変化してしまったことと重なっていると言えよう。つまり、都市空
  間のあり方によってカフェの意味は変化しているのである。 (略)そうしたカフェ
  は、新しいか否か、他では得られないか否かということだけが問題であり、また、
  その情報をどれだけ速く獲得できるかどうかが問題になる。ということは、誰も
  が知ってしまった時、情報としての価値がなくなってしまうのである。 (略)かつ
  て、量産品の商品が都市に溢れ、空間が商品化されることによって、遊歩する
  人間は、消費者として組織しなおされて行ったように、わたしたちは、情報空間
  化されたカフェが全面化する中で、速度を価値とする情報の経済の中に生きる
  消費者として組織されつつあるのだ。》 (柏木博 「情報化したカフェの消費」/
  『ユリイカ』1987年4月号:特集*喫茶店 滅びゆくメディア装置/青土社:刊)
 
枻出版社の『カフェの教科書』は、《人々が集まり時を“過す”場所というのとはまったく異なったカフェのあり方》を示している。それは、《誰もが知ってしまった時、情報としての価値がなくなってしまう》ような《情報の消費空間》としてのカフェである。悪いことには、《カフェ作りを考える》ような読者自体を商品化して消費するビジネスに加担するムック本でもある。『カフェの教科書』は、《客が絶えないカフェの秘密を教えます》どころか「読むに堪えないカフェの空疎を教えます」という、回収されるべき貧相で愚劣な‘教科書’である。
 
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微小な波

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2015 [2015年11月23日 01時00分]
小さな小さな波がコーヒーに到達した時、はたしてコーヒーはどうなるのだろうか? 微小な波でもコーヒーは焼けてしまうのだろうか?
 
  微小な波 (1)
 「コーヒー:マイクロ波でまろやかに 中電開発」
 《中部電力が、電子レンジなどに利用されるマイクロ波を使ったコーヒー豆の
  焙煎技術を開発した。まろやかでコクのあるコーヒーを抽出できる。 インス
  タントコーヒー向けなどの安価なコーヒー豆をよりおいしく飲みやすくできる
  といい、焙煎装置も試験的に開発。埼玉県の企業を通じて特許を出願中
  だ。装置は22、23日、中部電が名古屋市内で開く展示会「テクノフェア」で
  一般公開される。 コーヒーの味は生豆の品質で7割が決まるといわれる。
  中部電は焙煎方法の熱処理に着目。通常、回転ドラムに生豆を入れて外
  から熱を加えたり、熱風を送り込んだりして豆をいるが、マイクロ波の放射
  で豆の成分が変化し、苦みやあくを抑えられることを確認した。 今回の開
  発では、顧客から依頼されたプラスチックの原料を乾燥させる電気の技術
  を応用。現在、特許を出願している企業は業者用に製品化を検討している。
  中部電機器開発チームの河村和彦研究副主査は「高級ではなく、脇役だっ
  たコーヒー豆もおいしく飲めるようになる」と話している。(共同)》
  (「毎日新聞」 2015年10月21日)
  微小な波 (2)
 「コーヒーまろやかに 中電、マイクロ波焙煎を開発」
 《中部電力は、電子レンジに使われるマイクロ波を活用し、コーヒー豆のえぐ
  みを抑えてまろやかな味のコーヒーをいれることができる焙煎技術を開発
  した。飲料メーカー工場などへの採用を目指す。 缶コーヒーやインスタント
  コーヒーに使われる豆は、安価だがえぐみ成分が多い。中電は二年越しの
  研究で、豆をいる際、熱風や赤外線の代わりにマイクロ波で加熱すると、
  えぐみ成分が半減することを突き止めた。 開発のきっかけは東海地方の
  飲料メーカーのコスト削減支援。焙煎した豆をひく際、細かく粉状にすると
  成分を抽出しやすくなって豆の使用量を減らせるが、えぐみも出やすいと
  いう課題があった。えぐみを除くこの技術を生産ラインに組み込めば、豆
  消費量の二~三割削減も可能になるという。 共同開発した埼玉県のマイ
  クロ波機器メーカーを通じて七月に特許を申請。河村和彦研究副主査
  (49)は「どんな豆でもすっきりした後味にできる」と自信を示す。
  (太田鉄弥)》 (「中日新聞」 2015年10月22日)
 
  微小な波 (3)
この中部電力が開発したコーヒーの焙煎技術が、《電子レンジなどに利用される》ISMバンドの2450MHz(2.45GHz)帯を使っているのか否かは不詳であるが、いずれにしても《マイクロ波併用粉体加熱装置》と称されているから、マイクロ波加熱‘のみ’でコーヒーを焙煎するわけではなさそうだ。これを「マイクロ波焙煎機」と称するべきか、に疑問が残る。マイクロ波加熱によるコーヒーの焙煎で手近に思い浮かぶのは‘電子レンジ’(microwave oven)の利用であるが、実際には上手くいかない。《とにかく先ず手始めに、コーヒーの生豆を適当な容器に入れて電子レンジでチンしてみると、焦げているのやら、まだ半生のものができてしまった》という廣瀬幸雄氏は、電子レンジに改造を施してそれなりの成果を得たようだ(『もっと知りたいコーヒー学.』pp.54-59/旭屋出版:刊 2007年)。だが、実用機として広まったという話は聞こえない。《私はアマチュアだった頃、焙煎に使えそうな器具はありとあらゆるものを試しました》という石脇智広氏も、《うまくいかなかったのは電子レンジくらいで…》と記している(『コーヒー「こつ」の科学』pp.139-140/柴田書店:刊 2008年)。けれども、実用機としてのマイクロ波コーヒー焙煎機が、何と電子レンジが開発されるよりも早くに存在したかもしれない、という話もある…微小な波は‘チン’よりも早くコーヒーに到達していたのか?
 
 《この研究をしていたのが中島茂さん。(略)日本海軍のレーダーの第一人
  者で、特にマイクロ波の研究が専門です。戦争末期には、いわゆる「殺人
  光線」の研究に取り組みました。 「あの殺人光線というのは、要するにマ
  イクロ波をビームにすることですか」と私が聞くと、「そうそう、電子レンジだ
  よ。あれでB29のエンジンを焼けないかと考えたのだけれどね」と言いま
  す。どの程度まで開発したのかについては「ほんの実験程度」。では具体
  的にどんな実験をしたのかと聞くと、「ああ、最初にできたやつで配給の芋
  を焼いた。美味しかったよ」とにこにこされました。海軍の殺人光線の最初
  の被害者は、サツマイモだったのです。 (略)やがて終戦になり、職を失っ
  た中島さんは「食えないから、何か売れる物を作ろうとした。見ると殺人光
  線用のマイクロ波の電子管がいくつか残っているので、これを使ってコー
  ヒー豆を炒る機械を作ったんだ。要するに電子レンジだよ。終戦直後だよ。
  これを新橋や銀座の珈琲店で何台か買ってもらった。店ではしばらく使っ
  ていたよ。芯からよく炒ることができるので評判は良かった」。(略)もしそ
  のコーヒー炒り機がいま残っていれば、立派な産業技術遺産でしょう。》
  (戸髙一成 『聞き書き 日本海軍史』 pp.70-71/PHP研究所:刊 2009年)
  微小な波 (4) 微小な波 (5)
このマイクロ波コーヒー焙煎機を、太平洋戦争中の《いわゆる「殺人光線」の研究》(Z装置開発)の電子管を流用して終戦直後に作った話は、実に興味深い。《新橋や銀座の珈琲店で何台か買ってもらった。店ではしばらく使っていたよ》という中島茂氏(1907年-2006年:故人/日本無線株式会社の技術者)こそが、世界初のマイクロ波コーヒー焙煎の実用機を作ったのであろうか?…中島茂氏が殺人光線の研究に取り組んだ場所は、第二海軍技術廠島田実験所(静岡県志太郡島田町:現在の島田市)と牛尾実験所(静岡県榛原郡五和村:現在の島田市)である。この(私の故郷でもある)島田を、戸髙一成氏は誤って《伊豆の島田》と連呼するなど、『聞き書き 日本海軍史』の精度には疑わしいところも多いが、《もしそのコーヒー炒り機がいま残っていれば、立派な産業技術遺産でしょう》という評は肯ける。この中島茂氏が開発した焙煎機が、いかなる周波数帯を使用したマグネトロンを搭載して、はたして誘電加熱であるマイクロ波加熱‘のみ’でコーヒーを焙煎できたのか、そこも不詳であるが、このマイクロ波コーヒー焙煎機の真相は今後に捉えたい。
 
マイクロ波などの誘電加熱のみで上手くコーヒーを焼ける焙煎機の開発には、(電子レンジによる悪戯などではなくて)焙煎プロセスに応じて出力だけではなくて(ISMバンドに縛られない)周波数帯をも可変する必要があるだろう、と私は想像する。だが、手続きや技術が大掛かりになるだろうから、これを実用機とすることに容易ではないだろう。それでも、小さな小さな波がコーヒーに到達した時、はたしてコーヒーはどうなるのだろうか? 微小な波でもコーヒーは焼けてしまうのだろうか?…少なくとも、ニューウェイブやサードウェイブなどという‘波’でコーヒーは焼けないが、マイクロウェイブでコーヒーが焼けるならば、‘波’は微小でも余程に面白そうではある。
 
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再発見の逆襲

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2015 [2015年11月17日 01時00分]
コーヒーの世界を再び発見する者は、‘フラヌール’(flaneur:風来人)なのか? 日本コーヒー文化学会(JCS)の焙煎抽出委員会による分科会催事、その集会に参加するべく、私も雨が降る晩秋の東京へ。『Discover Japan(ディスカバー・ジャパン)』2015年11月号 Vol.49(枻〈えい〉出版社)は、表紙で《サードウェーブ・コーヒーの次は何だ?》などと寝惚けた戯言を吐いていたが、コーヒーの世界に‘サードウェイブ’などという虚像は不要である。コーヒー世界の‘再発見’(rediscovery)の再発見、つまり「再発見の逆襲」に私は向かう…
 
【集会当日の逆襲】 2015年11月14日
 
「café Bach」(カフェ・バッハ)
 再発見の逆襲 (1)
『ディスカバー・ジャパン』Vol.49は、《世界が憧れるコーヒー・レジェンドを知っていますか?》などと問いかけていた。レジェンドだかストリンジェンドだかは関知しないが、コーヒーと菓子が美味い店は承知している、それで充分。モンブランとおまかせコーヒー(エチオピア)を味わう。好い朝だナァ。ママ(田口文子氏)と談話してトートバックとコーヒーを頂戴し、トレセンで中川文彦氏と談話して本を頂戴する。マスター(田口護氏)は不在、伝説の地へ巡り打ちに行くレジェンド(?)の再発見…逆襲だな。
 
「日本コーヒー文化学会 焙煎・抽出委員会」(富士珈機 東京支店 セミナールーム)
 再発見の逆襲 (2) 再発見の逆襲 (3)
今般の分科会テーマは「コーヒー生豆の性格の違いと焙煎方法」、先般(2015年2月15日)の「焙煎機DISCOVERYと焙煎技術について考える」に続いて連なる催し。今般は旦部幸博氏を招いて、山内秀文氏と鳥目散帰山人の珈琲狂3人が集まる、あな恐ろし。福島達男氏・浅野嘉之氏・大坊勝次氏・松下和義氏らも加われば、さらにもあらず。…ん?開会前から大坊さんが、エチオピア・イルガチェフェで再びのディスカバリー焙煎に挑む(満悦?)。開会。まずは、旦部さんの講義、短くても濃くて大坊珈琲店のブレンド4番のよう。
 再発見の逆襲 (4) 再発見の逆襲 (5)
続いて、(バッハ田口さんによるコーヒー豆4分類の)AタイプのブラジルとDタイプのグァテマラを、参加者全員で2人1組となって焙煎実技。私は前回同様に大坊さんと組む(事前に大坊さんから指名された:笑)。では、私も再びのディスカバリー焙煎に挑む!皆と違う‘本物の’Aタイプ豆、『田口護の珈琲大全』でAタイプの典型として実際に使用されたパナマ・SHB(つまり13年を経た枯れ豆)を焼く。都市ガス圧を0.8kPaにして、ダンパーを3.7(ほぼニュートラル)にして、摂氏198度で275グラム投入して…後は何もしない。勝手に中点となり、1ハゼが始まり、2ハゼが始まり…火力も変えず、ダンパーも動かさず、サシ(スプーン)で豆も見ず…ん、ココだ、終了。出来はまあまあの「一本焼き」。後ろで見ていた旦部さんが「本当に何もしないんだ」と笑う。交代して大坊さんも、再びのディスカバリー焙煎にグァテマラで再び挑む(不満?)。旦部さんも松下さんも、はじめてのディスカバリー焙煎に挑む(悪戦苦闘?)。参加者全員が各自の工程で焙煎して、皆で試飲しあう。
 再発見の逆襲 (6) 再発見の逆襲 (7)
…ん? 大坊さんがコーノ名門で、松下さんが(自身で持参した)松屋式で、並んで抽出している…スゴイ共演だ(笑)。結局、生豆の性格(タイプ)の違いを焙煎に絡めて論ずるところまでは至らなかったが、皆ワイワイと盛り上がった催事となって好し。閉会して帰る大坊さんと別れて、皆で移動して「Gentle Belief」(ジェントル・ビリーフ)で懇親会。ビールで「コーヒーに」乾杯、立食形式で飲み食いしながらコーヒー談議。松下さんが帰り、旦部さんが帰り…私は最後まで残って、福島さんたちと延々と談議。散会後、定宿「ほていや」へ。(富士珈機並びにジェントル・ビリーフの皆様に謝意を表す)
 再発見の逆襲 (8)
 
【集会翌日の逆襲】 2015年11月15日
 
「café Bach」(カフェ・バッハ)
 再発見の逆襲 (9)
宿の部屋でコーヒーを淹れて喫してから、隣の店カフェ・バッハへ「おはよ~」。ドイツ風りんごのタルトとおまかせコーヒー(マラウィ)を味わう。あっという間に満席、活気溢れる店内、好い朝だナァ。飲み食いしながら、前日の焙煎プロファイルを検証する。まぁ、ディスカバリーを再び使いこなしたというよりも、またも意を通して勝手な再発見…逆襲だな。
 
「Gentle Belief」(ジェントル・ビリーフ)
上野でカハクの特別展を観て、公園で昼食、散策してから、外苑前のジェントル・ビリーフへ。…ん?店の前で大坊さんにバッタリ遇う、「昨日はどうも」(大坊さんは他用があってスグに帰った)。浅野さんの淹れたおまかせコーヒー(ケニア)を味わう。…え?松下さんが置いていった金枠とペーパーで私に松屋式で淹れよ、と。じゃ、比較対照にケニアを淹れよう。浅野さん大ウケ。大坊さんが置いていったディスカバリー焙煎のエチオピアも味わう。延々とコーヒー談議。
 
 再発見の逆襲 (10)
生豆の違いでコーヒーの味は変わる。焙煎の違いでコーヒーの味は変わる。抽出の違いでコーヒーの味は変わる。それを、例えば‘本物の’Aタイプ豆で、例えば再びのディスカバリー焙煎で、例えば松屋式の抽出で、実践しながら語り合い味わう、‘再発見’(rediscovery)を再発見する好い時間を過ごしたなぁ…帰途の新幹線で「秋浪漫弁当」(膳まい限定:神田明神下みやび)を食べながら想う、コーヒー世界の風来人による「再発見の逆襲」だ。
 
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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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