偽証の衝撃

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2018年01月20日 23時30分]
近代オリンピックのオリンピアード競技大会(夏季五輪)には、かつて1912年の第5回ストックホルム大会から1948年の第14回ロンドン大会まで計7回に、建築・彫刻・絵画・音楽・文学を種目とする「芸術競技」があった。1952年の第15回ヘルシンキ大会からは競技に代えて「芸術展示」が行われ、1992年の第25回バルセロナ大会からはカルチュラル・オリンピアードとしてより多彩な「文化プログラム」が催されている。この間に1964年の第18回東京大会では、「芸術展示」が組織委員会の主催で美術部門(古美術・近代美術・写真・スポーツ郵便切手)と芸能部門(歌舞伎・人形浄瑠璃・雅楽・能楽・古典舞踊邦楽・民俗芸能)の計10種目に規定され、また「現代日本美術展覧会」や「日本古美術展」など約30の催しがオリンピック協賛芸術展示として実施された。
 偽証の衝撃 (1)
 
 《1964年、東京オリンピック開催を機会に、国立近代美術館(東京)、石橋
  美術館(久留米)、国立近代美術館京都分館(京都)、愛知県文化会館
  美術館(名古屋)を巡回して開催された「現代国際陶芸展」では、日本で
  初めて世界各国の陶芸が一堂に集められ、展観されました。そしてそれ
  は当時「日本陶芸の敗北」と評されるほどの衝撃を、日本の陶芸界に与
  えました。(略) 本当に日本陶芸は敗北だったのでしょうか。「現代国際
  陶芸展」の検証とともに、戦後の日本陶芸に拓かれた新たな世界をとら
  えていきたいと思います。》 (「1964 証言 ― 現代国際陶芸展の衝撃」)
 
確かに1964年当時の「現代国際陶芸展」要項には、《この際、国立近代美術館および朝日新聞社では東京オリンピックの年を機会に「現代国際陶芸展」を開催し…》と記された。また、1940年の幻の東京五輪の海外告知ポスターを手掛けて1964年の東京五輪でも組織委員会に属していた原弘(1903-1986)が、「現代国際陶芸展」のポスターをデザインした。だが、この展覧会を主導した小山冨士夫(1900-1975)はその図録へ寄せた挨拶文にさえオリンピックに一語も言及していない。国立近代美術館では1964年10月1日から34日間にオリンピック東京大会芸術展示として「近代日本の名作」展が催されたが、これに先行して同館で同年8月22日から20日間に催された「現代国際陶芸展」はオリンピック協賛芸術展示ですらなかった。「東京2020参画プログラム」(公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会)に名を連ねる岐阜県現代陶芸美術館の企画展「1964 証言 ― 現代国際陶芸展の衝撃」は、「この年、もう一つのオリンピックがあった。」と謳う。これ自体が‘偽証’ではないのか? 観てみよう。
 偽証の衝撃 (2)
 
「1964 証言 ― 現代国際陶芸展の衝撃」 (岐阜県現代陶芸美術館)
 
 《…このたびの展観は世界の国々をまわり、一人一人の作家を訪れて、日
  本人の目で作品を選んだという点である。この点にこんどの展観の特徴
  があると同時に外国から見れば日本的な偏向があるかもしれない。(略)
  しかしこんど世界各国の陶芸家を歴訪して感じたことは果たして日本の
  陶芸が世界で最も優れているかどうかという反省である。》 (小山冨士夫
  /展覧会図録『現代国際陶芸展』 朝日新聞社:刊 1964)
 
 《なんのために、まただれのためにという目的的な創作思考が、お座敷で
  遊んでいる人達の嗜好に左右されているのではないかと、そんなにひど
  い疑いすらもちたくなるのです。》 (柳原義達 「日本陶芸の敗北 ―現代
  国際陶芸展をみて―」/『藝術新潮』178 新潮社:刊 1964)
 
もちろん、例えば柳原義達(1910-2004)が《私にはなんの興味もない》と酷評したルーチョ・フォンタナ(1899-1968)の陶板について、どれほど《大変な失敗》の作品だったのか、私にはそういう興味もある。だが、1963年か1964年に制作された陶芸品を観ること自体が、この企画展の面白味ではない。《世界の国々をまわり、一人一人の作家を訪れて、日本人の目で作品を選んだという点》、つまり勝手な蒐集を「現代国際陶芸展」と嘯いた小山冨士夫の器量が面白いのだ。そういう意味では、陶芸以外の豊富な資料をもっと駆使して《「現代国際陶芸展」の検証》をして欲しかったが、公立の‘陶芸’美術館での‘陶芸展・展’としては無理か?
 偽証の衝撃 (3)
ともあれ、偏向と反省を自認している事象に、その前提を忘れて「日本陶芸の敗北」か否かを論ずるほどバカバカしいことはない。《本当に日本陶芸は敗北だったのでしょうか》という問いかけは《なんのために》されて、「この年、もう一つのオリンピックがあった。」という謳いは《だれのために》あるのか、そう考えると《お座敷で遊んでいる人達の嗜好に左右されているのではないかと、そんなにひどい疑いすらもちたくなる》。1964年の「現代国際陶芸展」の衝撃は、オリンピアード競技大会などではなくて、相撲の興行で外国人力士の活躍に慌てるようなものである。「1964 証言 ― 現代国際陶芸展の衝撃」は、企画の着眼が良いだけにオリンピック云々で煽る‘偽証’の衝撃が愚かしくて惜しい展覧会だった。
 
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芽か荷か

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2018年01月07日 05時30分]
文化庁メディア芸術祭の地方展が愛知(ナゴヤ)にやってきた。はてさて‘メディア芸術’とは何だろう? 文化芸術基本法(旧:文化芸術振興基本法)に拠れば、‘芸術’(第8条)でも‘伝統芸能’(第10条)でも‘芸能’(第11条)でも‘生活文化’や‘国民娯楽’(第12条)でもなくて、《映画、漫画、アニメーション及びコンピュータその他の電子機器等を利用した芸術》を‘メディア芸術’(第9条)というらしい。‘メディア芸術’なんて国に規定された虚ろな言葉は愚劣でどうでもいいし、愛知展は「ヒトを超える、芸術。」とか「人間存在さえも超えるような、機械の、機械による、機械のための芸術。」とか人を食ったようなキャッチコピーを掲げている。腹立たしいので観てみよう。
 芽か荷か (1) 芽か荷か (2)
 
文化庁メディア芸術祭愛知展 「MECÂNICA -私と私の次なるもの-」
(ナディアパーク/デザインセンタービル2F・3F・4F)
 
 《愛知展では、ここ20年の間に制作されてきたアート、エンターテインメント、
  漫画、アニメーション各分野の作品群から、「人工知能/人工生命なるも
  の」を感じ、考えることをテーマに28点の作品を選定して展示。アンドロ
  イドと人工生命創造という二つの領域の融合により開発された世界初公
  開となる機械人形「Alter(オルタ)2」や、デジタル時代において新たな弔
  いの形を表現する「デジタルシャーマン・プロジェクト」など、最先端かつ
  ユニークなアート作品を見ることができる。》
  (「人間の未来 ここに」/『中日新聞』 2018年1月6日)
 
 芽か荷か (3)
2018年1月6日訪。2階アトリウムでのマンガとアニメーションの展示は、漫画「PLUTO」に関する長崎尚志の随想が好かっただけで、商業作品から抜き出しただけの雑なパネルばかり。3階デザインホールに展示されたデジタルアートとしての商業ゲームもただ置いてあるだけ。この階では、アート部門の「(不)可能な子供、01:朝子とモリガの場合」(長谷川愛)とアニメーション部門の「ムーム」(堤 大介/ロバート・コンドウ)が面白かった。
 
 芽か荷か (4) 芽か荷か (5)
展覧会の題通りに「MECÂNICA」(メカニカ)らしかったのは、4階デザインギャラリーに展示された「Alter(オルタ)2」(代表:石黒浩/池上高志)と「デジタルシャーマン・プロジェクト」(市原えつこ)だけ。う~ん、いずれもよくできているロボットなのだろうが、例えば鼻をほじったり貧乏揺すりをしたりするわけではないので、この先で《ヒトを超える》とも思えない。いや、そもそも《人工知能/人工生命なるもの》が追うべき存在に人間は足るのだろうか?
 
トークセッションⅠ「MECÂNICA《メカニカ》の開催を迎えて」を聴く。河村陽介氏はインフルエンザ罹患で欠席。市原えつこ氏と関口敦仁氏の話しっぷりは拙いけれども実直で、各自の作品の来歴は面白くて聴き応えがある。「名古屋国際ビエンナーレ ARTEC」(1989-97)から「ユネスコ・デザイン都市なごや」(2008-)まで、ご当地ナゴヤのお手盛り喧伝に終始する江坂恵里子氏の話運びにうんざりする。森山朋絵氏も「名古屋はメディアアート・メディア芸術の聖地」と繰り返し述べたが、そういうヨイショは無用だろう。
 
展覧会で作品に贈賞理由や講評を付し掲げても罰は当たらないだろうに、気が利かない展示だらけで文化庁も運営委員会も仕事をしているとは言えない。メディア芸術祭の地方展、愛知展「MECÂNICA」はもちろん先行した石垣島展「ひかりきらめくイマジネーション」にしろ後続する京都展 「Ghost」(ゴースト)にしろ、とってつけたような無理矢理のテーマ付けは酷い。それとも、この展覧会自体が日本の文化芸術に《新たな弔いの形を表現する》試みなのか?
 
 芽か荷か (6) 芽か荷か (7)
ナディアパークを去って、大須観音を覘きながら、その後に星屑珈琲でコーヒーを喫しながら考える。文化庁メディア芸術祭、これを続けていれば《私の次なるもの》が芽を出すのか? 芸術を規定して顕彰して出陳することは民間には荷が重いのか? だから「MECÂNICA」は「芽か荷か」(メカニカ)なのか? 人間が《機械の、機械による、機械のための芸術》と嘯いても、‘メディア芸術’の未来は楽しくない。
 
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トリとめのないスキ

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2017年11月22日 23時30分]
【おトリさま】
 トリとめのないスキ (1) トリとめのないスキ (2)
酉年の2017年もあと1ヵ月余となった11月18日の夜、私は東京にいた。池袋で「ぶたんべ珈琲」催事を終えて、山谷の定宿「ほていや」にチェックインすると、スグに再び外出した。浅草界隈で「おとりさま」と呼ばれる鷲(おおとり)神社の酉の市へ。その二の酉が終わるまであと1時間余、喧噪に浸ろう。
 トリとめのないスキ (3) トリとめのないスキ (4) トリとめのないスキ (5)
「人並に 押されてくるや 酉の市」(虚子)ってか。それにしても夜の夜中だってのに、そそるガキから気色取ったネエさんまで、すげえ人出だねこりゃ。「春を待つ ことのはじめや 酉の市」(其角)ってか。まぁ酉の祭(まち)は、江戸っ子のハロウィンかもしれねぇな。かっこめ(熊手御守)もいっぺぇ売ってやがるねぇ。「雑鬧や 熊手押あふ 酉の市」(子規)とくらぁ。こっちは手銭でちょいと一杯やっていきてぇが、どうも白っぽいヤツが増えたね出店も。おっと、長國寺まで抜けちまった。ちぇっ、風が強くなってさみぃねこりゃ。こんちは素見通で宿へけぇろう。やい、好い気散じになったぜ。
 
【スキ数寄】
 トリとめのないスキ (6) トリとめのないスキ (7)
2017年11月19日の昼、私は東京にいた。カフェ・バッハから談議を続けていた旦部さんと上野駅で別れると、スグに上野恩賜公園を散策した。《人の「好き」は人それぞれであり、「数寄」は人の数だけ存在します》…10日間催されている最終日に「TOKYO数寄フェス2017」を園内で覘こう。まずは、日比野克彦・海部陽介・石川仁による「上野造船所 不忍池 舟プロジェクト」を観る。
 トリとめのないスキ (8) トリとめのないスキ (9) トリとめのないスキ (10)
噴水前広場へ。大巻伸嗣の「プラネテス -私が生きたようにそれらも生き、私がいなくなったようにそれらもいなくなった-」を観る。寛永寺の文殊楼をモチーフにした(?)インスタレーション、キレイだが意味不明。こぱんだウインズの金管六重奏による門前コンサートを聴く。橋本和幸と伊藤園による「ティーテイスターフォレスト」も覘く。オモロイが意味不明。ガツンとくる作品や催しには出くわさなかったが、黄葉が舞い散る公園で老若男女が憩う光景はそれ自体が‘数寄’なのかもしれない。
 
【トリとめのないスキ】
 トリとめのないスキ (11)
東京藝術大学大学美術館の3階で、東京藝術大学130周年記念事業の展覧会「全国美術・教育リサーチプロジェクト -文化芸術基盤の拡大を目指して- 「子供は誰でも芸術家だ。問題は大人になっても芸術家でいられるかどうかだ。パブロ・ピカソ」」を観る。《幼稚園から小中高生、現役大学生、アーティストの作品を通し美術教育の流れを体感する展覧会》と銘打つが、どうもピンとこない。
 トリとめのないスキ (12) トリとめのないスキ (13)
 《“芸術を通して人を育てる”、そうした環境をさらに整えてゆくためには、幼
  稚園→小学校→中学校→高等学校と繋がる美術教育の流れが一層関
  係性を持ち、大学での教育とも深く連携することが必要であると考えてい
  ます。人は成長する過程の中で、常に傍に芸術があることで、豊かな人
  間性と、多様な価値を受け止めることのできる「生きる力」を身につけて
  ゆくことができます。》 (日比野克彦 展覧会の「ごあいさつ」)
 トリとめのないスキ (14)
違うね。《傍に芸術があること》が《「生きる力」を身につけてゆく》などという蓋然性はない。日比野克彦の提言は、まるで安倍晋三の演舌のようで空しく愚かしい。パブロ・ピカソは《私は大金を持った貧乏人のように暮らしたい》と言ったらしいが、現代の日本の芸術家は金を持たない貧乏人だらけだ。より深刻な問題は大人になって芸術家でいられない、そういう大学卒業後の流れなのだ。東京藝術大学が《文化芸術基盤の拡大を目指して》いるのであれば、就学階層順に作品をベタ並べにしている場合ではないだろう。展覧会でシシヤマザキの作品に使われた音楽が「♪ 食べるものない 誰か 何も」と言っていたが、その通りだ。
 
 トリとめのないスキ (15) トリとめのないスキ (16)
木戸修の退任記念展「SPIRAL 螺旋の軌跡」を観ながら東京藝術大学を出る。「♪ すっかり もう4時 二度できる 二度できる 明日から」と歌いながら、落ち葉を踏み歩いて上野恩賜公園を去る…東京で覘いた祭りにもフェスにも展覧会にも、トリとめのないスキが溢れていたなぁ。
 
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かわまち日和

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2017年10月02日 05時30分]
中之島公園は、美濃加茂市が国土交通省の支援制度に依って進める「かわまちづくり」事業の拠点である。要は日本ライン下り乗船場跡地を再活用するもので、目下は自然環境体験学習館を建設してバーベキューエリアを整備している(2018年度に供用予定)。その木曽川の岸辺にある中之島公園で「きそがわ日和」の催事、前回は私に「ドングリ日和」だったが、主催者は《昨年は雨でも負けずに開催しちゃったのですが、やっぱり青空の下でやりたい…》と言っていた。その願いに私が掲げた「てるてる坊主」が効いたのか? 今回は…晴れた! だから、また、私は川を見る。川は私を見ない
 かわまち日和 (2) かわまち日和 (1)
 
「ワークショップ きそがわびより 2017」 (主催:特定非営利活動法人 きそがわ日和)
 
 かわまち日和 (3) かわまち日和 (4) かわまち日和 (5)
2017年9月30日、春日井市図書館で「コーヒーの日」の資料を漁ったり、小山伸二氏の詩や臼井隆一郎氏の論考が載った『現代詩手帖』最新刊(特集:詩と料理/思潮社:刊)を読んでから、さぁそろそろ向かおう。尾張パークウェイと国道41号線で県境を越え、太田橋で木曽川を越えて、昼下がりの会場へ。澄んだ秋空へ向けてドングリを飛ばす‘ToPPaPo’、陽を浴びて芝生を転がり回る‘人力ころころクリーナー’、こどもの歓声が響く。爽やかでのんびりとした雰囲気の催事を見ながら、主催のスタッフや出展者や来場者らと歓談して過ごす。
 
 かわまち日和 (6) かわまち日和 (7) かわまち日和 (8)
少し走ろう。木曽川沿いのテラスから下流側へスタート。選奨土木遺産(土木学会認定)である太田橋(1926年供用)の下を潜って化石林公園の川辺で振り返り、青い三径間鉛直材付き曲弦ワーレントラス鋼橋と川の水面の美景を眺める。トレラン気分で河川敷の藪道や河原をヒャッホーと駆けて、中濃大橋(1969年供用)を潜る。白いディビダーク工法による三径間有鉸ラーメン箱桁橋と川の水面の美景を背に走る。オフロード走を終えて、一旦上がった土手道から枯れた派川の川床へ下りて進めば、市域を越えて一色西島排水樋管、ここで折返し。
 
 かわまち日和 (9) かわまち日和 (10) かわまち日和 (11)
派川に架かる一色大橋(1988年供用)から鳩吹山を背にした河川敷の美景を眺める。木曽川右岸を上流側へ、土手道のジョギングコースをハアハアと駆け戻る。往路は川の水面を間近に見て進んだが、復路は秋澄む遠景も楽しめる。…ん? ‘まち’を左に‘かわ’を右に見て、歴史と地勢を感じながら遊び進む、これじゃ独りで「かわまちづくり」、いや走る「かわまち日和」だ。太田橋の側道橋から会場を見下ろした後にテラスへ戻り、約9kmを約1時間3分(撮影含む)でフィニッシュ。
 
 かわまち日和 (12) かわまち日和 (13)
腹減った、喉渇いた。「ティダティダ」のかまぼこおにぎり、「Petit Paris」のクロッカンマフィン、「コクウ珈琲」のアイスコーヒー、喫茶「川の家」で買い集めて食べて飲む。再び皆と談じていれば、陽が傾いて風が吹き始めて…催事も終了。撤収作業を手伝ってから「コクウ珈琲」へ移り、勝手に淹れたマンデリンやタバコを喫しながら店主らと深夜まで談議してから帰宅。川は私を見ないが、私は川を見た、「ワークショップ きそがわびより」で遊び、その日は「かわまち日和」でもあった。
 
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川は私を見ない

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2017年09月19日 23時30分]
ここから語るのは演劇についてだ。つまり、私には関係のない話だ。自宅の書棚にあった本を見つけて読み返す。鈴木忠志 『演劇とは何か』 岩波書店。私は147ページの6行目からを読む。
 
 《つまり一般の住居であろうと体育館であろうと、あるいはお寺であろうと野
  外であろうと、俳優と観客との関係が方法的にきちんと位置づけられた
  演出というものがあれば、劇が行われる場になると思います。ですから
  私は、つねに「劇場」というものは劇場になりうる空間と考えている。日
  常見慣れた光景のなかに、別な日常が入り込み、空間を構成する関係
  を組み変え、空間の印象を変容させるところに演劇性があり、演出とい
  う仕事があると思っています。》
 
私がこの本を初刷で読んだのは、1988年のことだ。今日にはテキスト群を美濃加茂市内の3ヵ所に置いた劇作家のKさんが元旦に生まれた年だ。それで一体何が痕跡として残っているのだろうか。しかし大丈夫だ。こんな風に演劇は始まる。いつもこんな風だ。目を上げ、町に出ろ。
 
「まち×演劇×アート 早稲田・美濃加茂交流まち演劇プロジェクト」
 
  川は私を見ない (1)
台風一過で秋日和の2017年9月18日、美濃加茂へ車を走らせる。特定非営利活動法人きそがわ日和と早稲田大学OBOGチームと美濃加茂市が組んだ早稲田大学・美濃加茂市学生演劇公演10周年記念の催事を観る。
 
 川は私を見ない (2)
まず、影山直文氏(カゲヤマ気象台)のプロジェクト「月はお前を見ない」を観る。美濃加茂市中央図書館、旧小松屋裏の土手のベンチ、コクウ珈琲…設置場所でテキストを読み巡る、約1km弱の小さな旅。木曽川の土手で涼風に吹かれながら、既に演劇の公演1回目を観てきた早大生と談話する。私は川を見る。川は私を見ない。
 
 川は私を見ない (3) 川は私を見ない (4)
次の催事会場、御代桜醸造へ。出張喫茶の「コクウ珈琲」のグァテマラを飲みながら、髙田裕大氏のドローイングファイルを捲り観たり、来場者と談話したり…夕陽が射す待合空間で遊ぶ。
 
 川は私を見ない (5) 川は私を見ない (6)
日暮れた頃、アムリタによる本日2回目の公演「みち・ひき」(脚本・演出:荻原永璃/出演:河合恵理子・藤原未歩・大矢文・金子美咲/音:白樺汐/ドラマトゥルク:吉田恭大)が始まる。前説で「第四の壁」を壊しそうな雰囲気が察せられ、酒蔵の奥に並べられた椅子に座って身構えたが、川にも道にも見立てた通路状の舞台に次第に馴染んで魅入られる。木曽川に太田宿に商店街に自転車に鳥に魚に…美濃加茂のご当地描写がてんこ盛りでサービス過剰気味の感。だが、甘言や媚態とまでは言えない《俳優と観客との関係が方法的にきちんと位置づけられた演出》が上手い。私は川を見る。川は私を見ない。
 
 川は私を見ない (7)
アムリタの劇「みち・ひき」に早稲田銅鑼魔(どらま)館の話が出てきた。私は暗闇でニヤリとし、「あんねて」で喫したコーヒーの香味を想起した。森尻純夫氏は芝居も珈琲もつくっていた。1982年 森尻純夫 「芝居も珈琲もぼくの祝祭」 月刊喫茶店経営別冊『blend ブレンド─No.1』 柴田書店 173ページの中段5行目から。
 
 《ぼくが書き、演出する芝居もそうだ。若い演劇を支える上昇思考、もしくは
  指向には、どっかで見切りがある。仮の宿、って感じ。芝居なんてもとも
  とそうしたものです、ってこととはちょっと違うことだ。ある名人の神楽び
  とが「たかが神楽ですから」といったことがある。あ、ぼくのいい方に似て
  いるなあ、とうれしかった。たかが珈琲、と常にいうのだ、そしてたかが
  芝居、その背後にある重さ、ついでにそういいきれる余裕、客観性、「醒
  め」みたいなものに生きることのできる強さ、が「文化」を紡ぎだす条件
  なんだ。 四年前、芝居と珈琲とをごちゃまぜにひとつの会社にして、自
  身の等身を投影したような建物をつくっちゃったのも、そんなところでぎ
  りぎりになっちまおうと決意したからだ。》
 
催事はお開きとなり、御代桜醸造の会場で撤収作業を手伝う。汗をかいた身体に夜風が涼しく吹いて、心地好い。「コクウ珈琲」へ移り、イタリアンブレンドのアイスコーヒーやタバコを喫して、店主らと談話する。私は美濃加茂に住んでいない。だがそれは大事なことではない。演劇とは何か? 私の言葉に重みはない。私は店を出る。車で木曽川を渡って帰る。帰る家の方角を一瞬見失ったような気がした。もう深夜かもしれない。私は川を見る。川は私を見ない。
 
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音と場所 PiM

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2017年08月13日 05時30分]
IAMAS(イアマス)は岐阜県が1996年に設立して2012年に廃止した国際情報科学芸術アカデミーの略称だったが、今は2001年に併設した情報科学芸術大学院大学の無理な英名‘Institute of Advanced Media Arts and Sciences’の略称としてすり替え残されている。芸術がハコモノ行政に弄ばれた典型として墓碑銘の感がいやます。岐阜県美術館は情報科学芸術大学院大学との連携企画事業「IAMAS ARTIST FILE」を2013年から催して、今般は第5弾をやっている。2017年8月11日には関連のトークイベントもあるし、AiMの公開演奏もまたある。なんやろーね、行かなかんわ。
 
IAMAS ARTIST FILE #05 前林明次 「場所をつくる旅」 (岐阜県美術館:展示室3)
 音と場所PiM (1)
 《四つのパートから成る作品の中心になっているのは、岐阜県美術館が
  所蔵する山本芳翠の《琉球漁夫釣之図》と、前林が沖縄で採録してき
  た音源を混ぜ合わせた音響のインスタレーション。油絵が暗闇から浮
  かび上がる空間には4chサラウンドシステムから波の音が響き渡り、
  そこに沖縄のさまざまな場所の環境音が重なっている。(略) 明治20、
  21年ごろに描かれたという油絵と、現在の音の間には130年近い隔
  たりがある。その間に沖縄は、日本が地政学的に抱えてきた問題を
  象徴的に示す場となった。だがその「問題」は作品では前景化されな
  い。 130年前と現在、絵画と音、観ると聴く、美術館と外、ここ・岐阜
  と遠い場所・沖縄。それらの間にある膨大な情報とさまざまな関係性
  への想像は、体験者自身にゆだねられている。》 (千葉恵理子 「過去
  を見て 今を聴く」/『朝日新聞』愛知版 2017年8月2日) 
 音と場所PiM (2) 音と場所PiM (3)
前林明次氏の「場所をつくる旅」は《風景画の音によるアップデート》だそうだが、私の《関係性への想像》では保守王国という場所で琉球処分の画に占領軍の音が聴こえる。山本芳翠の〈琉球漁夫釣之図〉を葛飾北斎の〈琉球八景〉にすり替えたならば、《関係性への想像》では冊封使録の挿絵に己酉の乱の音が聴こえるのだろうか? なんやろーね。
 
トークイベント 「音・場所・表象」 (岐阜県美術館:講堂)
 音と場所PiM (4) 音と場所PiM (5)
松井茂氏と柳沢英輔氏と前林明次氏による鼎談を聴く。以下、雑な聴講メモ。
〔松井茂〕 映画はトーキーになって何か重大なものを失った。 『ラ・シオタ駅への列車の到着』(リュミエール兄弟) 『セザンヌ』(ストローブ=ユイレ) 音と映像の同調の困難さ。 オスプレイの音が出たとき「出たぁ」という感じ、前林作品は極めて映画的な作り方。
〔柳沢英輔〕 美術館というモノを展示する場所で音を展示する難しさ。 超音波を可聴域に変換した「Ultrasonic Scapes」とエオリアンハープによる「Ferry Passing」の紹介。 絵画や映像にはフレームがあるが音にはフレームがない。
〔前林明次〕 感覚的な衝撃を直に受けないようにパッケージ化して映像を無害化する、ある種の耐性をつける。 二重の合成、沖縄の現実が合成されている。 音が持っている同期以外の意味、同位。 記録ではなくて記憶になった時に作品になる。
松井さんの音の話は、面白いが厭らしい。柳沢さんの音の話は、素直だが利己的。松林さんの音の話は、上品だが落ちない。鼎談の最後の方で出てきた「ウォークマン」の話を私なりに脳内処理する。‘聴くために録る’テープレコーダーと‘録ったものを聴く’ウォークマン、サウンドアートの展示とトークショウでの解説、いずれも音と場所の断絶を示している《関係性への想像》。なんやろーね。
 
「アーティスト・イン・ミュージアム AiM 2017」 (岐阜県美術館:実習棟)
 音と場所PiM (6) 音と場所PiM (7)
5日前と同様に永田砂知子氏が〈土の音〉を即興で演奏するが、今般は正村暢崇氏が舞踏で加わったことで、催しの焦点が変わった。寛ぎの時間は失われて緊張の雰囲気、演奏の聴衆(オーディエンス)が舞踏の観衆(スペクテーター)に変って、響く音までこうも変わるのか。その舞台としては(私が観逃がした13時からの)多目的ホールの方が相応しかっただろう、(私が観た16時半からの)実習棟での上演は前回の方が好かった。今般の「PiM」は、「パーティシパント(関与者)・イン・ミュージアム」ではなくて「パフォーマー(演者)・イン・ミュージアム」だ。作家(渡辺泰幸氏)らと少談して会場を去る。サウンドとインスタレーションとパフォーマンス、音と場所と表象、それらの連関と断絶とすり替えを5日ぶりに再訪した岐阜県美術館で味わい楽しんだ。
 
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土の音 PiM

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2017年08月11日 01時30分]
岐阜県美術館は2015年度より日比野克彦氏が館長になって、翌2016年度から「ナンヤローネ プロジェクト」を始めたんやって、なんやろーね。その一環として「アーティスト・イン・ミュージアム」(AiM)の第一弾(鈴木一太郎氏)が昨夏に開かれたんやけど、わっちは見ーへんかったんやて。でも、今夏は「AiM」の第二弾を、見知っている渡辺泰幸氏がやっとるところやよ。公開演奏もあるんやて。なんやろーね、行かなかんわ。
 土の音PiM (1) 土の音PiM (2)
 
「アーティスト・イン・ミュージアム AiM 2017」 (岐阜県美術館:実習棟)
 
 土の音PiM (3) 土の音PiM (4)
1996年2月11日に「鯉江良二展」を観て以来の7847日ぶり、2017年8月6日に岐阜県美術館へ。おぉ、30日前に「みのかも文化の森」でも聴いた音がする。その木々の緑に白い陶鈴が鳴る〈風の音〉を私が纏い遊ぶと…ん? 作家(渡辺泰幸氏)が登場。渡辺さんと公開制作やコーヒー話を少談してから、実習棟の床に並べられた〈土の音〉を眺めて触って打って遊ぶ。ここには鑑賞者(ヴューアー)はいない、誰もが関与者(パーティシパント)だ。やがて、窓際に置かれた椅子に座って、公開演奏の聴衆(オーディエンス)になる。
 
 《まず、土の音が並んだ庭の中を、時々音をポコ、ポコ、と鳴らしながら散
  歩。天井から吊り下げられた鈴の作品を鳴らしながら、次の筒状の茶
  色い作品群のところへ移動。この筒状を木の球で鳴らすと高くてかわ
  いい音が鳴ります。次に壁際の船形の作品に移動。ここでは音の密度
  が高い演奏をする。音程の組み合わせも現代音楽的な不協和音まで、
  ヒビの入った作品で出るノイズ音も敢えて使う。最後に白い器を擦る音
  で、5人の音の重なりを出し、その後、白い器の美しくのびやかな音の
  ソロで、場を沈め終わり。》 (永田砂知子 Facebook 2017年8月7日)
 土の音PiM (5) 土の音PiM (6)
 
トンペティは波紋(はもん)使いだが、トム・ペティは1950年生まれのミュージシャンであり、永田砂知子は1950年生まれの波紋音(はもん)使いである、なんやろーね。永田砂知子氏が登場して、〈土の音〉で即興演奏。おぉ、予想より素直に響く〈土の音〉が心地好い。永田さんがシャラシャラと頭上の〈実の音〉を鳴らした時、何故か富樫雅彦氏の「SPIRTUAL NATURE」(1974)のイントロを想い出して、しばらく私の頭の中では富樫さんと永田さんの2人のパーカッショニストの奏でる音が混じって響いていた。富樫さんは「紀元二千六百年記念日本万国博覧会」が催されるはずだった1940年に生まれ、「日本万国博覧会」(大阪万博)が催された1970年に妻に刺されて下半身不随になり、2007年に死んだ。‘コーヒーの鬼’「もか」の標交紀氏も1940年に生まれて2007年に死んだ。永田さんは「日本万国博覧会」の鉄鋼館に遺されたバシェ兄弟(ベルナール・バシェ:1917-2015/フランソワ・バシェ:1920-2014)の音響彫刻を蘇生する活動をはじめて、バシェ協会の会長を務めている。永田さんの奏でる〈土の音〉を聴きながら、なんやろーね、想いを巡らす。
 
 土の音PiM (7) 土の音PiM (8)
聴衆(オーディエンス)の後は、来場者の多くが〈土の音〉を触って叩いて打ち鳴らす関与者(パーティシパント)になった。おぉ、関与する意義や正解は求めない、美術と音楽の混交に遊ぶ時間は小さくても短くても「芸術祭」だ。つまり、「パーティシパント・イン・ミュージアム」(PiM)だな…その好ましい味わいを笑いながら会場を去った。
 
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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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