それいけ! 岐阜アンパン

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2018年07月02日 05時30分]
私はこの私の報告を大変不思議な話から始めなければなりません。どうぞ冷静に聞いて下さい。動揺を避けて下さい。知的に判断を下して下さい。さて皆さん! この会場の中にアンパンマンが三人おります。この席から見ますとそれがはっきりわかります。そこだけぼーっとヘロウ(復光)がとりまいています。この事実を皆さんはどう考えられますか。皆さん、ちょっとお待ちください。これは約53年前に岐阜で開催された「現代美術の祭典 アンデパンダン・アート・フェスティバル」、通称「長良川アンパン」または「岐阜アンパン」を題材にしたトークイベントで経験したことを、唯今表現してみたのです。これについて私は若干の説明を加えなければなりません。それはこういうことです。
 
 それいけ岐阜アンパン (3) それいけ岐阜アンパン (4)
2018年7月1日に岐阜を訪れた私は車をあっちこっちと巡らせていました。五月晴れで蒸し暑い午後、堺で創業して岐阜へ移ってきた蕎麦屋で遅い昼飯を摂り、金華山を見上げながらふもとの公園を散策し、コーヒー屋へ寄りました。その「YAJIMA COFFEE」(ヤジマコーヒー)では、ネパール・カレンダーラ・ピーベリーとエチオピア・イルガチェフェ・コケを飲みながら、店主の矢島明といろんなことを論じ合いました。その後に、「みんなの森 ぎふメディアコスモス」へ行って、トークイベント「長良川アンデパンダン 1965年、岐阜に何が起こったか?」を覘いてみました。1965年に岐阜で何が起こったのかといえば、「第20回国民体育大会 」の夏季大会と秋季大会、つまり岐阜国体です。その前年に東京では、3月に予定されていた「第16回 読売アンデパンダン展」が中止となり、10月に「第18回 オリンピック競技大会」いわゆる東京五輪が開催されました。後に「偽証の衝撃」や「無慈悲の津波」へとスプロールしていく時代がはじまったのです。それについて少しお話ししましょう。
 
 それいけ岐阜アンパン (1)
「長良川アンパン」の1965年8月15日のシンポジウムで松澤宥は、《今、東海道新幹線で東京から大阪まで4時間で走っています。そのうち3時間で走るそうです。2時間で走ることも可能になるでしょう。そして1時間でも…》と講じましたが、会場近辺の街には何らも関係ないことでした。東海道新幹線も名神高速道路も岐阜市街のはるか南へ導かれて開通していたのです。《眼に見えるものはつまらない、眼に見えないものを信じよ》と松澤宥は叫びましたが、会期中の作家連中に見えるものは新幹線でも高速道路でもありませんでした。「長良川アンパン」を企画運営した西尾一三ら関の〈VAVA〉も、長良川河畔で穴を掘り続けた神戸の〈グループ位〉も、檻に入り続けた池水慶一も、《眼に見えるもの》は前年4月に開業した「長良川グランドホテル」でした。そして、近来の「長良川グランドホテル」では限定販売の‘特製あんぱん’が人気だそうですが、「長良川アンパン」の頃に‘あんぱん’はなかったのです。松澤宥の《眼に見えるもの》は、殴り合っていた〈ゼロ次元〉の岩田信市と加藤好弘と小岩高義でした。殴り合うアンパンマンが三人、黙って見ていた松澤宥。私の話の冒頭に出て来たのはこれだったのです。
 
 それいけ岐阜アンパン (2)
話がだいぶ詐術めいて来たでしょうか。「長良川アンデパンダン 1965年、岐阜に何が起こったか?」というトークイベントのテーマに対して私の話は無関係すぎるでしょうか。まして私は門外漢の聴講者なのです。皆さん! アンデパンダンとは独立した者であり、無鑑査無褒賞だそうです。その言葉の本来の意味に免じて、羽目をはずした話をさせていただきたいと思います。トークイベント「長良川アンデパンダン 1965年、岐阜に何が起こったか?」は、名古屋芸術大学の高橋綾子が講師で、岐阜市立図書館長の吉成信夫がゲストで、主催の〈articulation〉(アーティキュレーション)の田中由紀子が司会でした。聴き応えはあるけれども進行管理がまるでなっていないアンパンマンが三人、私の話の冒頭に出て来たのはこれでもあったのです。また、実のないどうでもいい対談よりも、臨席した池水慶一や石原ミチオや水谷勇夫の子息イズルの話が面白いのです。「長良川アンパン」に参画したアンパンマンが会場の中に三人、私の話の冒頭に出て来たのはこれでもあったのです。そこだけぼーっとヘロウがとりまいています。この事実を皆さんはどう考えられますか。
 
 それいけ岐阜アンパン (5) それいけ岐阜アンパン (6)
「長良川アンデパンダンが、なぜ戦後前衛芸術の〈分水嶺〉となり得たか?」という高橋綾子の問いかけに、池水慶一は「今も〈分水嶺〉が続いている。パンドラの箱を開けてしまった」と応じていた。そもそも前衛芸術の〈分水嶺〉とは何だろう? パンドラの箱の底に希望が残っているのだろうか? 長良川を上流へたどれば庄川との分水嶺に会えるが、岐阜に流れる川は分かれ道の一つに過ぎない。希望はそれ自体が幻想である。食べないアンパンは腐るし、感じない人間は死ぬ。人間の歴史は変えられなければならない。自宅に帰って、サカエパンのアンパンを食べなければならない。それいけ! 岐阜アンパン。
 
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時は休まない

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2018年06月25日 23時30分]
平成最後の「時の記念日」である2018年6月10日、セイコーホールディングスは銀座の和光の時計塔を「時を休もう。」と記した白い布で覆った。だが、時は休まない。鴨長明曰く、《ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとどまりたるためしなし。世の中にある人とすみかと、またかくの如し》(『方丈記』)と。
 時は休まない (1)
 
2018年6月24日、「時の記念日」から2週間後に愛知県あま市にある美和歴史民俗資料館を訪ねて、企画展「第28回 ときのきねんび展」を観る。
 時は休まない (2) 時は休まない (3) 時は休まない (4)
宮崎照夫氏が所蔵して福岡晃良氏が修理・整備した古時計の動態展示。「イ 木 yasumi」展のプレイベントで遇った福岡さんに再会、解説を受けながら観て遊ぶ。チクタクボ~ンと鳴る明治期の振り子式の掛時計を観ながら、実家にあった時計のゼンマイをジコジコと巻いていたガキの頃を思い出す。東日本大震災の直前に入手して生き残った古時計の話など、モノが語るからの‘物語’に感興を覚える。産業振興などと称して「ものづくり」とかいうバズワードを濫用する社会を憾(うら)む。だが、時は休まない。
 
♪ 夕暮れの街角 のぞいた喫茶店…と三木聖子の「まちぶせ」(荒井由実:詞・曲)をカバーで歌った石川ひとみは、《「曲もいいし、詞の内容が私たちの中学、高校時代の青春にぴったり。私にもこういう経験がある》と言う(「365日 あの頃ヒット曲ランキング」/Web「スポニチアネックス」 2011)。石川ひとみが《のぞいた喫茶店》は、彼女が2歳から高校卒業まで住んでいた愛知県美和町(現:あま市)にあったのだろうか? そんなことを考えながら名古屋へ移り、三の丸に駐車して栄まで散策。
 
店舗の営業終了が6日後にせまった丸栄百貨店へ行き、その建物を増築設計した村野藤吾が昭和28(1953)年度の日本建築学会賞を受けた作品として改めて観て遊ぶ。
 時は休まない (5) 時は休まない (6)
 《村野は既存のストライプ状の外壁をそのまま上方へ伸ばし、ここに鳩羽
  紫色のカラコン・モザイクタイルを貼った。開口部にはガラスブロックを
  嵌め、それを細い方立で固定。各層を表す小庇付きのボーダーを方立
  と同じテラゾ(人造石研ぎ出し)で構成することで、端正なファサードに創
  りあげた。この外観は外光から商品を守る役割を担い、広小路通にリ
  ズムと賑わいを与えている。(略) 初層の壁面や柱、階段には特に豪華
  な大理石が貼られ、煌びやかな空間を演出している。村野は階段を各
  フロアを繋ぐ空間装置として扱い、手摺に至るまで心血を注いだ。また
  エレベーター扉には東郷青児による瀟洒な女性の絵が描かれている。
  (略) 現在、丸栄百貨店は、度重なる改築により当初の面影がだいぶ
  薄らいでしまった。》 (open architecture ⓐ 丸栄百貨店/村瀬良太
  :文責)
 時は休まない (7) 時は休まない (8) 時は休まない (9)
「丸栄のあゆみ パネル展 ―伝えたい記録、残したい記憶―」を7階特設会場で観る。年表、写真、チラシ、制服、手提げ袋、ジオラマ、そして来客者と従業員の顔写真によるモザイクアート…何を見ても丸栄百貨店75年の歴史は虚しさを抱えている。江口忍氏は《丸栄を駄目にした最大の原因が「ギャル栄」》(「さらば丸栄 軌跡を追う」/『中日新聞』 2018年6月21日)などと言うが、違うね。1999年改装で渋谷109系化した「ギャル栄」どころか、競合するオリエンタル中村百貨店が名古屋三越と改称して「4M」が成った1980年よりもさらに昔、1950年代後半に経営危機に陥って興和グループの指揮下に入った時点で百貨店としての丸栄は栄華を失った。それから60年間続いた‘後退戦’…それが「丸栄のあゆみ」なのだ。だが、時は休まない。
 
 時は休まない (10) 時は休まない (11) 時は休まない (12)
♪ 夕暮れの街角 のぞいた喫茶店…丸栄の3階にあるUCCカフェメルカードと地下1階にあるガロンコーヒーを覗いて胸の奥で別れを告げる。時に記念を求めても、時に記録を伝えても、時に記憶を残しても、時は休まない。
 
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ゴムゴムの宝もの

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2018年06月10日 05時30分]
2018年6月6日に雨ざあざあ降ってきて、三河の幸田(こうた)の深溝(ふこうず)のアジサイ寺で有名な瑞雲山本光寺(ほんこうじ)、あっという間に滴る四葩(よひら)の香、梅雨入りの遊び。
 ゴムゴムの宝もの (1) ゴムゴムの宝もの (2) ゴムゴムの宝もの (3)
 
2018年6月9日、尾張の一宮へ行き、家具インテリア店の「LUFT」(ルフト)を初訪、3周年記念イベントを覘く。
 ゴムゴムの宝もの (6)
 《その小さな物体の底には、その人の想いの断片がひっそりと沈んでいる。
  ふとしたきっかけで、あなたがそれを手にした時、その沈殿物は、音も
  たてずにゆっくりと浮遊しはじめる。ラテックス(天然ゴム)や木材を主な
  素材とする伊藤千帆さんの作品には、経年とともに歩みを進める表層
  と記憶とが、琥珀色の透明感の中で共存している。》 (「treasure/宝
  もの」展 案内)
 ゴムゴムの宝もの (4) ゴムゴムの宝もの (5)
伊藤千帆氏がいつ‘ゴムゴムの実’を食べたのか、私は知らない。だが以前に、得意技を郡上で観たし、各務原美濃加茂では一緒に遊んだこともあるし、展覧会「treasure/宝もの」(Studio Riverbed:企画)の作戦会議にも居合わせた。つまり、伊藤さんは私と同様に‘きそがわ(日和)の一味’である。そして今般は、サイトスペシフィックインスタレーションというよりも宝探しな感じ。「LUFT」店内のあちこちで琥珀色に輝く作品…財宝か? 観たけりゃ並べてやるぜ…探してみろ、想いの断片をそこに置いてきた。
 
 ゴムゴムの宝もの (7) ゴムゴムの宝もの (8)
「コクウ珈琲」の出張カフェでイタリアンブレンドを飲みマロンケーキ(Petit Paris)を食べながら談議。あ、強風で飲みかけの紙コップが吹っとんだ。「ちょっとドライブしてくる」と車で西進、濃尾大橋を渡って木曽川右岸を行ったり来たり、川景色を味わう。
 
 ゴムゴムの宝もの (9) ゴムゴムの宝もの (10) ゴムゴムの宝もの (11)
木曽川左岸へ戻って散策。木曽川尾西緑地を進み、堤治(つつみはり)神社の三位の銀杏を見上げ、起(おこし)の渡船場跡や湊屋など寂れた美濃路を歩いて遊ぶ。「LUFT」へ戻って、コクウブレンドを飲みながら来場者と談話、展覧会で再び宝探し。
 
 ゴムゴムの宝もの (12)
帰った後も美濃路で観たアジサイに‘ゴムゴムの宝もの’を想い重ねて、栗花落晴れ(つゆりばれ)の遊び。
 
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ムエンナーレ

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2018年05月21日 05時30分]
2018年5月19日、ナディアパークの名古屋市青少年文化センター(アートピア)にあるカフェで催事があった。この公益財団法人名古屋市文化振興事業団が主催する‘アートトークショー’、過去の20回は聴いていないが、今般は「きそがわ日和」も俎上に載せられるので覘いてみよう。
 
7th deepnight vol.21 「“ミニトリエンナーレ”の新たな展開を考える」
(ナディアパーク/デザインセンタービル7F:7th Cafe)
 
 ムエンナーレ (1) ムエンナーレ (2)
 《「ビエンナーレ」「トリエンナーレ」と呼ばれる国際芸術祭が世界中で行わ
  れる現在、それらの地域版ともいえるアートイベントが東海エリアでも数
  多く開催されています。その中から新たな展開や試みを模索する「きそ
  がわ日和」と「足助ゴエンナーレ」を紹介しながら、“ミニトリエンナーレ”
  が目指すものについて考えます。》 (7th deepnight vol.21 案内)
 
進行役は田中由紀子氏(美術批評・ライター)、出演は小川友美氏(NPO法人 きそがわ日和)とオオノユキコ氏(足助ゴエンナーレ実行委員会)、聴衆は計17名。「きそがわ日和」(2010年より岐阜県美濃加茂市太田宿を主に連年不定期開催)と「足助ゴエンナーレ」(2014年より豊田市足助町で毎年秋開催)、その舞台裏をぶっちゃけた小川さんとオオノさんの話が面白い。これらのアート催事を田中さんは「ミニトリエンナーレ」と称して、その目的と問題点を提示した。だが、両催事のようないわゆる‘アートプロジェクト’を、小規模な「あいちトリエンナーレ」のようなものと括って位置付ける前提自体に無理がある。この認識のズレが明瞭な論戦にならないまま終わったのは残念。
 ムエンナーレ (3) ムエンナーレ (4)
 
 《地域の人たちが一〇人中一〇人くらい「芸術祭のおかげで元気になった」
  と言うので、本当に元気になったのか試してみようと思って精神科医を連
  れて来て、出前臨床をやりました。いきなり集落を訪れていって、「アート
  はこのまちにとってどうですか」など、一時間くらい話すのです。そうやっ
  て調べたら、かなり躁鬱的な人が多いという結果が出ました。そして、
  アートに対して予想以上に興味がないという結論になってしまいました。》
  (川俣正 「なぜアートプロジェクトの支援なのか 画一的になった“サイト・
  スペシフィック”を壊す」/熊倉純子:監修 『アートプロジェクト 芸術と共
  創する社会』 水曜社:刊 2014)
 
 《しかし、注意すべきは、現在の日本で行われているアートが、それらの過
  去の運動を自身の正当化の根拠のようにしながら、結局は、国策の一
  環であるかのような「地域活性化」に奉仕してしまって、閉じていく現状で
  ある。六八年的なものが日本の田舎に吸収されてしまって、閉じていく現
  状である。六八年的なものが日本の田舎に吸収されてしまっているよう
  に、ぼくには見える。前衛のゾンビたちが、身体を溶かしながら、田んぼ
  の中に崩れかけている(誤解のないように言っておけば、ぼくは「ゾンビ」
  という言葉を、単に否定的なものとして使っているわけではない)。》 (藤
  田直哉 「前衛のゾンビたち ──地域アートの諸問題」/『すばる』2014
  年10月号/藤田直哉:編著 『地域アート 美学/制度/日本』 堀之内
  出版:刊 2016 収載)
 
 《いろいろな意見があっていいと思いますが、アートは根源的には地域の
  問題解決のために存在しているのではありませんから。》 (飯田志保子
  :談/小川希:編 『アートプロジェクトの悩み』 フィルムアート社:刊 2016)
 
 ムエンナーレ (5)
近来の日本では‘アートプロジェクト’に批評の排除を指摘する声もあるが、それが美学的な批評であれ社会的機能の是非論であれ運営や影響の危惧であれ、今般の‘アートトークショー’ような催事こそが論ずるに絶好の機会であろうに。加えて言えば、トークショーでもその後の懇親会でも参加者の中で門外漢だったのは私ただ一人であり、それは私にとって楽しくもあったが、ある意味で歪んだ構図を露わにしているともいえる。催事が催事自体に《吸収されてしまっている》、その《閉じていく現状》は、各地の‘アートプロジェクト’にも今般の‘アートトークショー’にも発症しているからだ。誤解のないように言っておけば、私は‘アートプロジェクト’や‘アートトークショー’の開催を、全て否定しているわけではない。しかし、継続性を強調し過ぎて催事が催事自体に《吸収されてしまっている》ならば、《アートは根源的には地域の問題解決のために存在しているのではありません》という意味を取り違えることになる。現代アートの‘アートプロジェクト’は規範や継続から無縁なれ…「ミニトリエンナーレ」ではなくて「ムエンナーレ」を私は欲する。
 
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カラメルまちアート

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2018年04月16日 23時30分]
2018年4月14日・15日、美濃加茂の中山道太田宿界隈で開かれた催事に遊ぶ。「イ 木 yasumi」は、9日間の展覧会の皮切りを「MARGINALIA」に併せて、ワークショップも絡めるアート催事。「MARGINALIA」は、太田宿で既存の3店舗と新たな3店舗に17の臨時出店を加えて、「イ 木 yasumi」を‘まちアート’として絡めるマーケット催事。覘いてみよう!
 
 カラメルまちアート (1)
「イ 木 yasumi」(やすみ) 小川友美〔版画〕 田代裕基〔彫刻〕
 企画: STUDIO2-2-2(加藤恵)/Studio Riverbed(田原由紀子)
 会場: 岐阜県美濃加茂市太田本町 林邸(空き古家)
 カラメルまちアート (2)
「MARGINALIA」(マージナリア) 余白的創造市
 会場: Gallery crossing(クロッシング)/WOHL HÜTTE(ヴォール・ヒュッテ)
    /コクウ珈琲/nipponia(ニッポニア)/rofmia(ロフミア)
    /yatra(ヤトラ)/イ 木 yasumi展示会場
 
 カラメルまちアート (3) カラメルまちアート (4)
「イ 木 yasumi」については先般にプレイベントへ参加したし、会場となった林邸は「きそがわ日和2016冬 時の指紋」でも見ていたが、今般は小川・田代両氏の作品が空き古家に溶けこんだ展示が好い。曇りのち雨の14日、曇りのち快晴の15日、日ごと時ごとに風情が変化して面白い。「余白を刻む」と題されたワークショップに遊ぶ人たちを眺めながら、人と木(植物)との‘間’を探れば…移ろう時を刻み取って休み留めようにもまた移ろう。
 
展示や商品や造作を観て、開業や運営の裏話を聞いて、飯を差し入れたり差し入れられたりして、催しの道具を運んで、撤収を手伝って…会期両日の昼から夜まで太田宿の会場を何度も往復して、来場者なんだかスタッフなんだかわからない時を知人らと雑談しながら楽しく過ごす(交流した皆さまに感謝申し上げます)。もっとも面白かったのは、ワークショップの下準備で銅板のプレートマーク加工(ビゾーつけ)を体験したこと…これ‘裏’ワークショップじゃん(笑)
 
 カラメルまちアート (5) カラメルまちアート (6)
‘まち’に‘アート’を絡めるには多様な形態がある。行政を絡めるアートフェスのように規模を追うカタチもある。業者を絡めるアートフェアのように売上を追うカタチもある。他方で、続ける人や挑む人が集って「イ 木 yasumi」を「MARGINALIA」に絡めるような催し方もある。それは、まさに余白に置かれた傍注くらいのもので、休止符を余白に刻む程度のものかもしれない。けれども、‘まち’の空き家も余白といえるからこそ、移ろうても絡めるカタチがある。そして、観て歩きを絡める、買い歩きを絡める、食べ歩きを絡める、そこに何とも言えない融通と闊達の清々しさがある。これぞ、絡める(カラメル)まちアート…帰宅後に自作のキャラメルマキアートを喫しながら想い返して笑った。
 
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偽証の衝撃

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2018年01月20日 23時30分]
近代オリンピックのオリンピアード競技大会(夏季五輪)には、かつて1912年の第5回ストックホルム大会から1948年の第14回ロンドン大会まで計7回に、建築・彫刻・絵画・音楽・文学を種目とする「芸術競技」があった。1952年の第15回ヘルシンキ大会からは競技に代えて「芸術展示」が行われ、1992年の第25回バルセロナ大会からはカルチュラル・オリンピアードとしてより多彩な「文化プログラム」が催されている。この間に1964年の第18回東京大会では、「芸術展示」が組織委員会の主催で美術部門(古美術・近代美術・写真・スポーツ郵便切手)と芸能部門(歌舞伎・人形浄瑠璃・雅楽・能楽・古典舞踊邦楽・民俗芸能)の計10種目に規定され、また「現代日本美術展覧会」や「日本古美術展」など約30の催しがオリンピック協賛芸術展示として実施された。
 偽証の衝撃 (1)
 
 《1964年、東京オリンピック開催を機会に、国立近代美術館(東京)、石橋
  美術館(久留米)、国立近代美術館京都分館(京都)、愛知県文化会館
  美術館(名古屋)を巡回して開催された「現代国際陶芸展」では、日本で
  初めて世界各国の陶芸が一堂に集められ、展観されました。そしてそれ
  は当時「日本陶芸の敗北」と評されるほどの衝撃を、日本の陶芸界に与
  えました。(略) 本当に日本陶芸は敗北だったのでしょうか。「現代国際
  陶芸展」の検証とともに、戦後の日本陶芸に拓かれた新たな世界をとら
  えていきたいと思います。》 (「1964 証言 ― 現代国際陶芸展の衝撃」)
 
確かに1964年当時の「現代国際陶芸展」要項には、《この際、国立近代美術館および朝日新聞社では東京オリンピックの年を機会に「現代国際陶芸展」を開催し…》と記された。また、1940年の幻の東京五輪の海外告知ポスターを手掛けて1964年の東京五輪でも組織委員会に属していた原弘(1903-1986)が、「現代国際陶芸展」のポスターをデザインした。だが、この展覧会を主導した小山冨士夫(1900-1975)はその図録へ寄せた挨拶文にさえオリンピックに一語も言及していない。国立近代美術館では1964年10月1日から34日間にオリンピック東京大会芸術展示として「近代日本の名作」展が催されたが、これに先行して同館で同年8月22日から20日間に催された「現代国際陶芸展」はオリンピック協賛芸術展示ですらなかった。「東京2020参画プログラム」(公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会)に名を連ねる岐阜県現代陶芸美術館の企画展「1964 証言 ― 現代国際陶芸展の衝撃」は、「この年、もう一つのオリンピックがあった。」と謳う。これ自体が‘偽証’ではないのか? 観てみよう。
 偽証の衝撃 (2)
 
「1964 証言 ― 現代国際陶芸展の衝撃」 (岐阜県現代陶芸美術館)
 
 《…このたびの展観は世界の国々をまわり、一人一人の作家を訪れて、日
  本人の目で作品を選んだという点である。この点にこんどの展観の特徴
  があると同時に外国から見れば日本的な偏向があるかもしれない。(略)
  しかしこんど世界各国の陶芸家を歴訪して感じたことは果たして日本の
  陶芸が世界で最も優れているかどうかという反省である。》 (小山冨士夫
  /展覧会図録『現代国際陶芸展』 朝日新聞社:刊 1964)
 
 《なんのために、まただれのためにという目的的な創作思考が、お座敷で
  遊んでいる人達の嗜好に左右されているのではないかと、そんなにひど
  い疑いすらもちたくなるのです。》 (柳原義達 「日本陶芸の敗北 ―現代
  国際陶芸展をみて―」/『藝術新潮』178 新潮社:刊 1964)
 
もちろん、例えば柳原義達(1910-2004)が《私にはなんの興味もない》と酷評したルーチョ・フォンタナ(1899-1968)の陶板について、どれほど《大変な失敗》の作品だったのか、私にはそういう興味もある。だが、1963年か1964年に制作された陶芸品を観ること自体が、この企画展の面白味ではない。《世界の国々をまわり、一人一人の作家を訪れて、日本人の目で作品を選んだという点》、つまり勝手な蒐集を「現代国際陶芸展」と嘯いた小山冨士夫の器量が面白いのだ。そういう意味では、陶芸以外の豊富な資料をもっと駆使して《「現代国際陶芸展」の検証》をして欲しかったが、公立の‘陶芸’美術館での‘陶芸展・展’としては無理か?
 偽証の衝撃 (3)
ともあれ、偏向と反省を自認している事象に、その前提を忘れて「日本陶芸の敗北」か否かを論ずるほどバカバカしいことはない。《本当に日本陶芸は敗北だったのでしょうか》という問いかけは《なんのために》されて、「この年、もう一つのオリンピックがあった。」という謳いは《だれのために》あるのか、そう考えると《お座敷で遊んでいる人達の嗜好に左右されているのではないかと、そんなにひどい疑いすらもちたくなる》。1964年の「現代国際陶芸展」の衝撃は、オリンピアード競技大会などではなくて、相撲の興行で外国人力士の活躍に慌てるようなものである。「1964 証言 ― 現代国際陶芸展の衝撃」は、企画の着眼が良いだけにオリンピック云々で煽る‘偽証’の衝撃が愚かしくて惜しい展覧会だった。
 
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芽か荷か

ジャンル:学問・文化・芸術 / テーマ:art・芸術・美術 / カテゴリ:観の記:美面 [2018年01月07日 05時30分]
文化庁メディア芸術祭の地方展が愛知(ナゴヤ)にやってきた。はてさて‘メディア芸術’とは何だろう? 文化芸術基本法(旧:文化芸術振興基本法)に拠れば、‘芸術’(第8条)でも‘伝統芸能’(第10条)でも‘芸能’(第11条)でも‘生活文化’や‘国民娯楽’(第12条)でもなくて、《映画、漫画、アニメーション及びコンピュータその他の電子機器等を利用した芸術》を‘メディア芸術’(第9条)というらしい。‘メディア芸術’なんて国に規定された虚ろな言葉は愚劣でどうでもいいし、愛知展は「ヒトを超える、芸術。」とか「人間存在さえも超えるような、機械の、機械による、機械のための芸術。」とか人を食ったようなキャッチコピーを掲げている。腹立たしいので観てみよう。
 芽か荷か (1) 芽か荷か (2)
 
文化庁メディア芸術祭愛知展 「MECÂNICA -私と私の次なるもの-」
(ナディアパーク/デザインセンタービル2F・3F・4F)
 
 《愛知展では、ここ20年の間に制作されてきたアート、エンターテインメント、
  漫画、アニメーション各分野の作品群から、「人工知能/人工生命なるも
  の」を感じ、考えることをテーマに28点の作品を選定して展示。アンドロ
  イドと人工生命創造という二つの領域の融合により開発された世界初公
  開となる機械人形「Alter(オルタ)2」や、デジタル時代において新たな弔
  いの形を表現する「デジタルシャーマン・プロジェクト」など、最先端かつ
  ユニークなアート作品を見ることができる。》
  (「人間の未来 ここに」/『中日新聞』 2018年1月6日)
 
 芽か荷か (3)
2018年1月6日訪。2階アトリウムでのマンガとアニメーションの展示は、漫画「PLUTO」に関する長崎尚志の随想が好かっただけで、商業作品から抜き出しただけの雑なパネルばかり。3階デザインホールに展示されたデジタルアートとしての商業ゲームもただ置いてあるだけ。この階では、アート部門の「(不)可能な子供、01:朝子とモリガの場合」(長谷川愛)とアニメーション部門の「ムーム」(堤 大介/ロバート・コンドウ)が面白かった。
 
 芽か荷か (4) 芽か荷か (5)
展覧会の題通りに「MECÂNICA」(メカニカ)らしかったのは、4階デザインギャラリーに展示された「Alter(オルタ)2」(代表:石黒浩/池上高志)と「デジタルシャーマン・プロジェクト」(市原えつこ)だけ。う~ん、いずれもよくできているロボットなのだろうが、例えば鼻をほじったり貧乏揺すりをしたりするわけではないので、この先で《ヒトを超える》とも思えない。いや、そもそも《人工知能/人工生命なるもの》が追うべき存在に人間は足るのだろうか?
 
トークセッションⅠ「MECÂNICA《メカニカ》の開催を迎えて」を聴く。河村陽介氏はインフルエンザ罹患で欠席。市原えつこ氏と関口敦仁氏の話しっぷりは拙いけれども実直で、各自の作品の来歴は面白くて聴き応えがある。「名古屋国際ビエンナーレ ARTEC」(1989-97)から「ユネスコ・デザイン都市なごや」(2008-)まで、ご当地ナゴヤのお手盛り喧伝に終始する江坂恵里子氏の話運びにうんざりする。森山朋絵氏も「名古屋はメディアアート・メディア芸術の聖地」と繰り返し述べたが、そういうヨイショは無用だろう。
 
展覧会で作品に贈賞理由や講評を付し掲げても罰は当たらないだろうに、気が利かない展示だらけで文化庁も運営委員会も仕事をしているとは言えない。メディア芸術祭の地方展、愛知展「MECÂNICA」はもちろん先行した石垣島展「ひかりきらめくイマジネーション」にしろ後続する京都展 「Ghost」(ゴースト)にしろ、とってつけたような無理矢理のテーマ付けは酷い。それとも、この展覧会自体が日本の文化芸術に《新たな弔いの形を表現する》試みなのか?
 
 芽か荷か (6) 芽か荷か (7)
ナディアパークを去って、大須観音を覘きながら、その後に星屑珈琲でコーヒーを喫しながら考える。文化庁メディア芸術祭、これを続けていれば《私の次なるもの》が芽を出すのか? 芸術を規定して顕彰して出陳することは民間には荷が重いのか? だから「MECÂNICA」は「芽か荷か」(メカニカ)なのか? 人間が《機械の、機械による、機械のための芸術》と嘯いても、‘メディア芸術’の未来は楽しくない。
 
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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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