コーヒーの無形文化遺産

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2013 [2013年12月20日 23時00分]
‘Turkish coffee culture and tradition’(トルココーヒーの文化と伝統)が、「無形文化遺産の保護に関する条約」に基づく第8回政府間委員会において、UNESCO(国際連合教育科学文化機関)のIntangible Cultural Heritage(無形文化遺産)の代表一覧表に記載されることが、2013年12月4日に決定された。ユネスコの別のシステムである文化遺産では、2000年に「キューバ南東部のコーヒー農園発祥地の景観」が、2011年には「コロンビアのコーヒーの文化的景観」が、いずれも世界遺産として登録されている。今般は、無形文化遺産として「トルココーヒーの文化と伝統」が認められた。興味深い報である。
 
コーヒーの無形文化遺産 (1)
 ‘Turkish coffee culture and tradition’ 「トルココーヒーの文化と伝統」
 トルコ(ターキッシュ)コーヒーは、豊かで伝統的な共同体の文化を伴って、特殊
 な調合と淹れ方の技法を備えている。焙煎したての豆を細かな粉に挽き、その
 挽いたコーヒーと冷たい水と砂糖とをコーヒーポットに入れ、それを火床の上で
 泡立つようにゆっくりと淹てる。この飲料は小さなカップで供され、水の入ったグ
 ラスが添えられる。人々が談話や情報の共有のために会い、あるいは本を読む
 ために、主としてコーヒーハウスで飲まれる。その伝統自体が、もてなしと交友、
 そして人生の日々の歩みに浸透している洗練された風情、それらの象徴である。
 友人同士で招かれ合って飲むコーヒーでは、親密な会話や日々の問題を共有
 する機会となる。また、トルココーヒーは結婚式や祝祭日など社交の節目にも
 重要な役割を果たしていて、その知識や儀礼は家族間での見聞や参加を通じ
 ながら伝承されていく。飲み終えたカップに残った粉で、その人の運勢を占うこ
 ともする。トルココーヒーは、時に文学や歌などで讃えられ、あるいは冠婚葬祭
 に不可欠でもあり、トルコにおける文化的遺産の一部とみなされる。
 (無形文化遺産の説明/帰山人:訳)
 
トルコでは、‘Turkish Coffee Culture and Research Association’(TKKAD/トルココーヒー文化研究協会)が国内有数のコーヒー会社によって2008年に設立された。2010年には、トルコ文化観光省により「トルココーヒー文化」が国定無形文化遺産リストに挙げられていた。近年に伝統的なトルココーヒーの消費が伸び悩んで減少し始めたこと、これにトルコの業界も政府も危機感を抱き、対策を講じようとしたのである。こうした動向の先に、今般、ユネスコ無形文化遺産となった「トルココーヒーの文化と伝統」が存在する。
 
コーヒーの無形文化遺産 (2) コーヒーの無形文化遺産 (3) コーヒーの無形文化遺産 (4) コーヒーの無形文化遺産 (5)
旧来の無形文化遺産でコーヒーが絡む例として、‘Oxherding and oxcart traditions in Costa Rica’(コスタリカの牛飼いと牛車の伝統/2005年宣言)などが挙げられる。19世紀半ばからコスタリカの牛車(carreta)は、セントラルバレーから山を越えてプンタレナスまで10~15日間を要してコーヒー豆を搬送するために使われていた。その他にも、‘Iraqi Maqam’(イラクのマカーム/2003年宣言)や‘Naqqāli, Iranian dramatic story-telling’(ナガリー、イランの劇的語り部/2010年記載/緊急保護対象)などで、演場としてコーヒーハウスが登場している。この他にコーヒーハウスが芸能の演場として現れる無形文化遺産は、‘Arts of the Meddah, public storytellers’(大衆講談師メッダの技芸/2003年宣言)、‘Âşıklık〈minstrelsy〉 tradition’(アシュクルク〈吟遊詩人〉の伝統/2009年記載)、‘Karagöz’(カラギョズ/2009年記載)など、トルコに多くみられる。トルコのコーヒーハウスにおいて多彩な芸能が演じられてきたこと、それらの伝統が既に無形文化遺産として認められていること、コーヒーハウスが絡む無形文化遺産のいわば「集成」として、「トルココーヒーの文化と伝統」が改めて遺産になった、とも捉えられようか。
 
コーヒーの無形文化遺産 (6)
 《コーヒーは、重要な客をもてなすための飲料であった。ごく最近まで、村落部
  などでは、コーヒーを飲む道具のセットは一部の裕福な家の客室(ムサフィル・
  オダス)くらいにしかそなえつけられていなかった。村の客室は、別棟の平屋
  建てになっていて、五~六世代まえ祖先をおなじくする父系血縁集団(スラレ)
  の共有財産である。客室は、外来客のための宿泊施設であるとともに、村の
  男性成員の集会場兼社交場でもあった》 (松原正毅「トルココーヒーの系譜」
  /月刊喫茶店経営別冊『blend ブレンド―No.1』/柴田書店:刊/1982年)
 
トルコのKahve(カフヴェ/コーヒー)やKahve-hane(カフヴェハーネ/コーヒーハウス)を取り巻く文化や歴史を考える際、その多くはスーフィズムなどイスラムの影響を強く語り、やがて後のサロンやクラブに類するヨーロッパのカフェにも通じる機能的特質が示される。確かに重要な観点ではあるが、アジア遊牧民にも由来する父系血縁集団の因習や風俗と、トルココーヒーやカフヴェハーネとの関連にも目を向けるべきか、私はそう考えている。アジア的共同体にみられる共有財としてのトルココーヒーの文化と歴史、そうした視座はラルフ・S・ハトックスの『コーヒーとコーヒーハウス ―中世中東における社交飲料の起源』(斎藤富美子・田村愛理:訳/同文舘出版:刊/1993年)や臼井隆一郎の『コーヒーが廻り世界史が廻る 近代市民社会の黒い血液』(中央公論社:刊/1992年)といった名著でも明らかに欠落している。多彩な芸能の演場としても機能したカフヴェハーネ、その「トルココーヒーの文化と伝統」が無形文化遺産として認められた今般、新たな追究を想う。
 
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あしたのJCS 後篇

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2013 [2013年12月05日 01時00分]
「明日があるさ」(坂本九:歌/青島幸男:詞/中村八大:曲)が発売された1963年12月1日より半世紀を経て、創立20周年を迎えた「日本コーヒー文化学会」に明日はあるか?
 
【JCS年次集会当日 2013年12月1日】
 
 明日のJCS (11) 明日のJCS (12) 明日のJCS (13)
冬晴れの朝、山谷の宿から隅田川沿いに東京スカイツリー直下まで往復約10kmを走る。
 
 明日のJCS (14)
「カフェ・バッハ」
ケンヒェン(2杯分ポットサービス)第3弾の‘アウスレーゼ’でパナマ・ドンパチ・ブルボンと‘モンブラン’の組合せで朝から憩う。ドンパチのブルボンは、甘い香味に力強い深みあり、柑橘系の香りもそこそこ…ティピカの方がパナマらしいかナ(?)。娘が来て合流、マラウィを薦め、おかわりのエチオピアを付き合い、シュトレンを土産に…バッハの朝は好い朝だ。
 
 明日のJCS (15)
地下鉄車内で娘と別れて神保町へ。昼食にエチオピア(本店1階)でチキンカリー(4倍)。
 
 
「日本コーヒー文化学会 第20回年次集会」 (学士会館)
 
開会直後、「前回(6月総会)に来れなかったから」と律儀にも来会した上島達司氏(UCC上島珈琲会長)の祝辞、「新装したUCCコーヒー博物館ではコーヒー切手にも注目して…有馬の切手文化博物館と共に神戸を『切手City』にしたい」と…面白い発案、流石である。
 
講演Ⅰ 「イギリスの最新事情とコーヒーの歴史」 小林章夫(JCS会長)
2002年よりサバティカルで約1年間暮らして以来、約10年振りに10日ほどイギリスに滞在した、と。「で、イギリスはあまり変わらない。で、食べ物はおいしくない。で、コーヒーもまずい。で、ホテルのコーヒーは味が麦茶みたい、エスプレッソバーはイギリス人がやっている店はまずい。で、コスタもまあこんなもんかなぁ程度。で、やっぱりまずい」と…で?
 
講演Ⅱ 「愛され続ける伝統文化 トルココーヒー」 細川直子(トルコ文化研究家)
1988年より約25年イスタンブールに在住、「25年前はトルココーヒーかネスカフェだけ、現在はフィルターコーヒーも増えてきた」と。‘トルココーヒーの誕生とその広まり’は、確度も新味も無い話。他方で、チャイとの対比話、トルココーヒーマシン普及話(トルコのスターバックスでも使用)、‘kahvaltı’(カフヴァルトゥ=コーヒーの前)朝飯話、などは興味深い。
 
講演Ⅲ 「脚光を浴びているパナマ(ナチュラル)コーヒー」 鈴木太郎(サザコーヒー)
そもそも演題を「いちばんおいしい パナマ・ゲイシャ・ナチュラル」に変えて、350.25USドル/ポンドで落札した‘Best of Panama 2013’のエスメラルダ豆の話…気勢ばかり。もっとも、「パナマのエスメラルダ農園でこっそりポケットに入れたコーヒーがコロンビアの自社農園でスクスク育っている」という聞き捨てならない話も出てきて、面白くもあったが…
 
分科会 焙煎・抽出委員会 「長時間焙煎と短時間焙煎」
山内秀文委員長による「焙煎時間と風味」に関する課題提起。前段は『田口護のスペシャルティコーヒー大全』に拠って‘加水分解エリア’通過と香味の関連、後段は香味の嗜好や官能に討議が拡散。来春にバッハで実践検証する会合予定、と。いずれにしても、物理と化学と官能と生理と工学と商業…視角や論点が綯い交ざり易い課題は統馭が難しいナ。
 
 
散会後、山内さんと神田まで、互いコーヒー話に夢中で迷い歩き(笑)。日本コーヒー文化学会(JCS)は創立から20年を経て…今は、彼は誰時であるのか、誰そ彼時であるのか。「明日があるさ」…明日はあるか? あしたはどっちだ? 帰途、新幹線の中で想い巡らせた。
 
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あしたのJCS 前篇

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2013 [2013年12月03日 01時00分]
在住地の傍近で『第2回 紅茶フェスティバル in 尾張旭』が催される日、それを捨て置いて高速バスに乗って東京へ。未明に途上のSAで、紅茶でなくてコーヒーを独り淹れて喫する。「日本コーヒー文化学会」が創立20周年を迎える冬…夜明けぬコーヒーに明日はあるか?
 明日のJCS (1) 明日のJCS (2)
 
【JCS年次集会前日 2013年11月30日】
 
大坊珈琲店の開店を待つ間に青山界隈を散策すれば、朽ちた空きビルや薄汚い空地がそこここに…都会なのに鄙劣とは再開発の皮肉。ドトールでココアを飲んで体を温め待つ。
 
 明日のJCS (3)
「大坊珈琲店」
閉業前に最後の訪店、大坊勝次氏の「今生のお別れ?」に思わず「何でですか!」(笑)。ブレンドの1番を淹れ、私が持参したコーヒーを淹れ、釜を廻しつつ飲み比べる大坊さん、煙草を喫しながら飲み比べる私、2人で品評しながら論議を交わす…通例の楽しき時間、穏やかな惜別の時間。今般のコーヒーは、甘く軽やかではあるが少し旧い苦みを感じた。
 
代々木上原駅から堀口珈琲(上原店)を素通りして富ヶ谷方面へ歩く…怖いもの見たさ?
 
 明日のJCS (4)
「THE COFFEESHOP ROAST WORKS」
‘今日のコーヒー’のイルガチェフェを飲みつつ…予予ウワサの村澤智之氏、(先SCAJのDCSブースでも見たが)Alpha Domincheの‘Steampunk’、独自の外装飾が施された‘Probatone 12’で焼いた豆、目を奪われる…予想外(?)に好い(笑)。スチームパンクで淹れられた‘ダークミックス’おかわり…スチームパンクの挙動はかなり理に適っている。加えて、焙煎が相当に好いので吃驚。村澤氏とはコーヒー愛好の表現志向では合わないが、上手いモノは美味い。一本取られた(?)満足感で、エル・インヘルトのパカマラを買う。
 
 明日のJCS (5) 明日のJCS (6)
表参道に戻り、ヒルズに本日開店のマックスブレナーを覗けば歩道に列で「4時間待ち」…待てるか!デルレイもメゾンもサンパカも無視、リンツでショコラショーを飲む…リンツ臭い。
 
 明日のJCS (7)
「Mi Cafeto」(表参道店)
サンセバスティアン・パカマラ・ナチュラルを喫し待てば、開店1周年記念でホセ(川島良彰氏)登場…「アレ、どうして居るの?」に「1周年オメデトウ」。再会談話もそこそこにファンに囲まれながら抽出するホセ、私は煙草を喫しつつテラスの女性客と談笑。「じゃあ、また」。
 
浅草から‘めぐりん’に乗って山谷へ…指先が痺れフラフラ…こりゃカフェイン過剰だ(笑)。
 
 明日のJCS (8)
「カフェ・バッハ」
長年通って初の「ノンカフェイン飲料くれ~、あとケーキもおまかせ」に、‘りんごジュース’と‘ドイツ風りんごのタルト’の組合せ…マジか!や、田子と中川とでリンゴ産地は違うが風味は相殺するだろ…何? バッチリ? そんなワケあるかいナ…ホンマや!(笑) ママ(田口文子氏)と談話、ドンパチのティピカvs.ブルボン飲み比べ豆土産をいただく。「じゃ、また明日」。
 
 明日のJCS (9) 明日のJCS (10)
東京在住の娘と妹夫婦と合流し、新宿西口の「炉端かば」で会食。憂いたり笑ったり、身内談議の肴は、白身魚の刺身にカサゴの唐揚げなどなど…焼酎に梅酒で酔い心地。別れて山谷の宿に戻り…日本コーヒー文化学会でも、憂いたり笑ったりが続く?…明日があるさ。
 
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サードウェイブとは?

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2013 [2013年11月19日 01時00分]
コーヒー界で語られる「サードウェイブ」とは、いったい何であろうか? ‘波’の本質は何か? 例えば、『サードウェーブ・コーヒー読本』(茶太郎豆央:著/枻〈えい〉出版社:刊)は、庸俗の日本人にとって読み解くだけでも極めて難しい。とても日本語で書かれたとは思えない。
 サードウェイブとは? (1)
 
 《サードウェーブ・コーヒーカルチャーは、その店を訪れれば、より快適でよりハ
  イクオリティなライフスタイルの提案型ビジネスだ、いうことがすぐに分かりま
  す。そして結果セカンドウェーブのビジネススタイルよりも、コーヒーギークの
  取り込みだけでなく、フーディーやライフスタイル・コンシャスな人々にカフェカ
  ルチャーの門戸を開くことができました。》(p.131)
 
 【日本語訳】第三波の珈琲文化は、その店を訪れれば、より快適でより高品位
  な暮らし方の提案型商売だ、いうことがすぐに分かります。そして結果、第二
  波の事業のやり方よりも、珈琲に熱狂する者の取り込みだけでなく、食に関
  心の強い人たちや生活の様式を意識する人々に珈琲屋における文化の門
  戸を開くことができました。
 
このように、日本語に訳しても文脈は意味不明で、その文意を汲み取るには容易でない、恐るべし『サードウェーブ・コーヒー読本』。しかも茶太郎豆央氏は、この潮流をアメリカ西海岸あたりの話に限定しないで執拗に日本との絡みを強調するので、余計にややこしい。
 
 《日本も含めた世界中で、スターバックスが街角にあふれ、良質で安価なコー
  ヒーが身近に楽しめるようになりました。》(p.10)
 《例えばブルーボトルを創業したジェームス・フリーマンは、日本の喫茶店での
  コーヒーを著書やスピーチで必ず紹介するほど。「Kissaten」が英語として
  流通する日も来るのではないか、と期待するほどです。また他の人たちも、
  日本の道具を使いながら、日本でのコーヒー体験をインスパイアの源泉とし
  て高い評価をしています。サードウェーブは日本の喫茶店カルチャーに、熱
  い視線を注いでいるのです。》(pp.49-50)
 《それぞれの大会において、日本人の民族性に刻み込まれる「おもてなし」「手
  仕事」「味覚の繊細さ、確かさ」「勤勉さ」が、コーヒーの世界で花開いたので
  はないでしょうか。》(p.160)
 
まず、日本において《スターバックスが街角にあふれ》ているのは一部の都市に限られる。国全体でもアメリカ合衆国に比べれば、人口あたりの店舗数は5分の1以下である。さらに、現在のスターバックスは《良質で安価なコーヒー》を供してない。認識の誤り、ややこしい。また、羽當だのランブルだの大坊だのを日本の「Kissaten」の象徴かのように言うジェームス・フリーマン氏の視線など、取るに足りない。これらの店は、崇敬すべきでも僅数異端の存在であって、まるで東照宮と金閣寺だけを見て日本の社寺文化を語るようなものだ。そもそも、『サードウェーブ・コーヒー読本』における茶太郎豆央氏の日本人観が、《「おもてなし」「手仕事」「味覚の繊細さ、確かさ」「勤勉さ」》という、幕末期から明治期に居留した外国人の感想のようである。この旧態で陳腐な視線で物語るは認識の誤り、ややこしい。
 
 サードウェイブとは? (2)
 《生まれ育った場所を離れて、何の事前情報もないままに初めて訪れた土地で、
  偶然素晴らしい純喫茶に出会う。そんなことが何度もありました。予期せぬ喜
  びほど、胸を強く打つものはありません。こうした経験を重ねるたびに、ある
  想いが自分の中にふつふつと湧き上がって来ました。「素晴らしい純喫茶が
  あるのは、東京や大阪だけじゃないんだ」》
  (『47都道府県の純喫茶 愛すべき110軒の記録と記憶』p.2)
 
日本の喫茶店文化を絡ませて語るのであれば、例えば、「純喫茶保存協会」会長にして訪店累計が4000軒超といわれる山之内遼氏の著作『47都道府県の純喫茶 愛すべき110軒の記録と記憶』(実業之日本社:刊)あたりを参考に踏査すべき。少なくともスターバックスよりまだしも《街角にあふれ》ている日本の純喫茶に、「ムーブメント」だの「リスペクト」だの「ポアオーバー」だのというカタカナは何の関係も無い。必要なカタカナは、「シャンデリア」と「ホットサンド」と「ミーコー」と「レーコー」なのである。認識の誤り、ややこしい。
 
もっとも、『サードウェーブ・コーヒー読本』(茶太郎豆央:著/枻〈えい〉出版社:刊)の腰巻にある惹句「世界を席巻する新しいコーヒーカルチャーのルーツはここニッポンにあった」を全て否定はできない。「サードウェイブ」が日本にその源流を求めること、民謡にもある。
 
 ♪ ハァー サードウェイブ (ハ アリャサ)
   サードへと草木もなびくよ (ハ アリャアリャアリャサ)
   サードは居よいか 住みよいか (ハ アリャサ サッサ) ♪ 
   (民謡「サードおけさ」より)
 
コーヒー界で語られる「サードウェイブ」とは、いったい何であろうか?庸俗の人類にとって輪郭さえ茫とした風潮を読み解くだけでも極めて難しい。‘波’に本質は無い、空疎である。
 
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もっとスペシャルではない?

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2013 [2013年11月18日 01時00分]
休日の昼下がり、3杯目のコーヒーを喫しながら買い置いてあるムックのページをまた捲る。『BRUTUS(ブルータス)特別編集 もっとおいしいコーヒーの進化論。』(マガジンハウス:刊)…「もっと」という語はコーヒー雑誌の‘motto’(モットー)なのか?…敗北感が膨らんでくる。
 もっとスペシャルではない
 
コレには負けた。雑誌『Casa BRUTUS(カーサ・ブルータス)』No.129 2010年12月号(同年11月発売)を流用して、約1年後の2011年10月にムック『カーサ・ブルータス特別編集 COFFEE BOOK』に仕立てる手口、惹句は「コーヒーをもっとおいしく飲むために。」。その約1年後に刊行された雑誌『BRUTUS(ブルータス)』No.742 2012年11月1日号(同年10月発売)を流用して、また約1年後の今2013年11月にもムック『ブルータス特別編集 もっとおいしいコーヒーの進化論。』に装うやり口…鉄面皮の「もっと」連発に負けた。
 
コレにも負けた。2007年に《山本宇一さんがコーヒーにこだわった店を新丸ビルで始めます。》(『ブルータス』No.612)、2012年に《山本宇一さんが駒沢公園通りに、自家焙煎のコーヒースタンド始めます。》(『ブルータス』No.742)と来ていたので、次は《山本宇一さんが自家焙煎の歌声喫茶を新橋ガード下で始めます。》が来るのではないかと勝手に期待したが、実際に来たのは《山本宇一さんのコーヒースタンドが、とうとうオープンしました!》であった…《とうとう》って、《進化》どころか何の進展も無い。さらに、新たには《中野ブロードウェイに、村上隆さんがコーヒーショップを開きました。》が加わった。次なる特集では《フグレンが手を引いて、村上隆さんのコーヒーショップがとうとう閉店に追い込まれました!》が来るのではないかと予測したいが、また躱されそう…安直な「ナントカさん」連発に負けた。
 
コレこそ負けた。表紙を赤系から青系にしただけで、中身は雑誌(『ブルータス』No.742)の特集記事をまるまると流用して3分の2を占めさせた今般のムック『ブルータス特別編集もっとおいしいコーヒーの進化論。』…しかし、前誌の《2012年。スペシャルティコーヒーはもはや“スペシャル”ではありません。》はどうなったのか?…何と! 《2013年。スペシャルティコーヒーはもはや“スペシャル”ではありません。》…“特別”編集した筈のムックで再び《“スペシャル”ではありません》との主張…《進化》どころか何の進展も無い。前誌に対して《これは時代を画するコーヒー本だ!》と評した私…「スペシャルではない」連発に負けた。
 
恐るべきは予想を遥かに超越、「もっと」「スペシャルではない」コーヒー本へ退化したこと。マガジンハウスによるコーヒー本の低劣さには対処なく負けた…ココから先は、「次の表紙は黄系か緑系かも」とか、「次の惹句は“さらにスペシャルではない”、さらに次には“とうにスペシャルではない”かも」とか予測するだけ、その内容は「おいしいコーヒーの退化」か? ‘motto’(モットー)すらハッキリしない者がコーヒーの進化を語ることは「もっと」も無理…そんな世迷言をつぶやきながら醜悪なムックを閉じると、傍らのコーヒーもすっかり冷めて…
 
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ポアオーバーなコーヒー

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2013 [2013年11月09日 23時00分]
休日の昼下がり、3杯目のコーヒーを喫しながら買い置いてある雑誌のページをまた捲る。『Discover Japan(ディスカバー・ジャパン)』2013年12月号 Vol.31(枻〈えい〉出版社:刊)だ。「コーヒーとお茶。」特集の惹句は「話題のサードウェーブ・コーヒーは日本からはじまった」…サードウェイブは日本で発祥?…私の胸中で途方もない違和感が膨らんでくる。
 ポアオーバー (1)
 
《サードウェーブの火付け役》で《大の親日家で喫茶店をこよなく愛する》と本誌で紹介されているブルーボトルコーヒー創業者のジェームス・フリーマン(James Freeman)氏へのインタビュー記事や彼のコメントを読んでも釈然としない。この違和感の根はいったい何?
 
 《「マスターは両方を見比べて最終的に奥のカップを温めて、懇親のコーヒーを
  注ぎ入れてくれました。その演出は言葉にならないほど完璧で、コーヒーの温
  度も味もすべてが最高だった」 日本文化は細部までに行き届いた演出と情熱
  とが魅力だという。》(p.21)
 《ジェームス・フリーマンが日本製のコーヒー道具を採用するのはやはり「味」と
  「演出」に決め手があったようだ。(略)またジェームスは「演出」の重要性につ
  いて自身の体験を話す。 (略)日本のコーヒー文化に大きくインスパイアされ
  たジェームスは顧客へ提供するコーヒー時間の「演出」に強い情熱を欠かさな
  い。》(p.22)
 《「なにに対しても、均等にきづかう、スキのないおもてなし」》(茶亭羽當につい
  て:p.33)
 《「エイジド・デミタスをいつも飲むよ まるでショーのような演出だよ」》(カフェ・ド・
  ランブルについて:p.38)
 《「手仕事の中で作られる ミステリアスなコーヒー」》(大坊珈琲店について:p.42)
 
日本のコーヒー店の渾身の仕事ぶりを見て(懇親?の)「演出」つまりはパフォーマンスやショウと捉えている…来日したハリウッド映画の俳優やミュージシャンの燥ぐ態で吐く妄言と何ら変わらない。取材を受けたジェームス・フリーマン氏か、それを文に仕立てた茶太郎豆央(松村太郎・河邉未央)氏か、いずれかあるいは双方共が、日本の喫茶店の文化的特性を「演出」としか感じられないらしい。この軽佻な感性と蒙昧な知性で、「話題のサードウェーブ・コーヒーは日本からはじまった」などと誤りを‘宣う’ことは、行き過ぎた煽り文句を超えて、日本のコーヒー文化に対する面汚しでしかない。直ちに撤回させるべきである。
 ポアオーバー (2)
 
《サードウェーブの名づけ親》と本誌で紹介されたトリッシュ・ロスギブ(Trish Rothgeb/Skeie)氏へのインタビュー記事の脇には、「サードウェーブまでの流れ」が誤って示される。
 
 《セカンドウェーブ(1960年代~2000年頃) コーヒーの味にフォーカスが当た
  り、エスプレッソが広まった。特にシアトル系カフェとしてスターバックスが代表
  格。 (略)サードウェーブ(2000年以降) それまでの波の大量生産・大量消
  費に対するオルタナティブとして発展中。(略)》(p.24)
 
セカンドウェイブこそが、《それまでの波の大量生産・大量消費に対するオルタナティブとして》1960年代に始まったのである。トリッシュ・ロスギブ氏が《新しいコーヒーの概念をアメリカスペシャルティコーヒー協会へむけ2002年の年末にひとつの記事を寄稿した》(p.24)際にも、スターバックスを‘an example of a hyper-Second Wave company.’(‘Norway and Coffee’/ “Newsletter of the Roasters Guild” 2003年春号)と称している通りに、シアトル系カフェの巨大チェーン化はセカンドウェイブ後期にみられる変質後の姿であり、‘波’の本質では無い。本誌はトリッシュ・ロスギブ氏のサードウェイブ提唱の《アイデアの元は女性解放運動で第一波、第二波、第三波があります》(同p)と明かしている。この閑話として、私がUSAのコーヒー史をフェミニズムの‘波’で喩えるならば、本来のセカンドウェイブに対する「バックラッシュ(Backlash)」こそがスターバックスなどのシアトル系カフェの巨大チェーン化である、と捉えたい。それこそが、フェミニズムと同様にコーヒーにおいても、サードウェイブが未だ曖昧糢糊とした定義し難い概念でしかないこと、その理由となる。社会的背景を顧みない「サードウェーブまでの流れ」は、賤陋でしかない。
 ポアオーバー (3)
 
それにつけても、論や動向としての「サードウェイブ」は肯定も否定も自由であろうが、旧来‘Pour-Over’と称して実態は‘Poor-Over’(?)としか思えないプアオーバー()を、本誌では《ドリップではなく、ポア・オーバー!(略)ドリップではなくポア・オーバーと頼むのが正解》(p.24)としている。プアではなくてポアならば‘Poor-Over’とは言えないが、では、『Discover Japan(ディスカバー・ジャパン)』の「コーヒーとお茶。」特集は‘Phowa-Over’として、ポア(pho ba)して現世から消し去るべきであろうか?…誤った特集はもう懲りた…そんな世迷言をつぶやきながら醜悪な雑誌を閉じると、傍らのコーヒーもすっかり冷めて…
 
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をりをりそそぐ

ジャンル:グルメ / テーマ:コーヒー / カテゴリ:珈琲の記:2013 [2013年10月26日 05時00分]
♪ をりをりそそぐ秋の雨 木の葉木の實を野に山に 色さまざまに染めなして をりをりそそぐ秋の雨 ♪(尋常小學唱歌 第六学年用 第十二『四季の雨』:1914年)…などと歌いながら、実際には陽がそそいで暮れた秋の日の夜、コーヒーを求めて愛知県西尾市へ行ってきた。
 
2013年10月16日、フレーバーコーヒー中川正志氏のUstream番組「週刊フレーバー」に出演。昨2012年10月25日の「対決 マニアvs珈琲屋」、今2013年2月6日の「帰山人が吠える トンデモ珈琲トーク」に続き、3回目は「スペシャルなゲストとスペシャリティ対談」。本番前から巨大迷路やらトレランやら脱線した雑談で突入…って、終始コーヒーに関しても雑談であるのは毎度。タイムラインで旦部幸博氏の補足コメントに救われるのも毎度(笑)。
 
「スペシャルティコーヒーとは何か?」という課題は3回の番組で通底しているが、結局グダグダでハッキリしないまま、脱線だらけの放言ばかり。まぁ、適当に豆を煎る名人(?)であるフレーバーコーヒー中川さん自体が‘スペシャルティ’を適当に焙煎する追究をし始めた、その変化を追うことも面白いか? 中川さんの研究成果を観たり聴いたり飲んだりする立ち寄りついでに「週刊フレーバー」で気散じ出演、‘をりをりそそぐ’放談は今後もまだ続くか?
 
 
♪ をりをりそそぐ秋の雨 木の葉木の實を野に山に 色さまざまに染めなして をりをりそそぐ秋の雨 ♪…などと歌いながら、実際に秋霖、コーヒーを求めて愛知県一宮市へ行ってきた。
 
発祥が不明のまま「モーニング発祥の地」を名乗って「モーニングプロジェクト」なる街おこしを推める一宮市。だが先般は、喫茶店のモーニングサービスを食べに行ったとかスタンプラリーへ行ったとかではない。修文大学・修文大学短期大学部(旧:一宮女子短期大学)の学園祭である「第52回 修文祭」の2日目(2013年10月20日)をチョットだけ覘いてみた。
 
をりをりそそぐ (1) をりをりそそぐ (2) をりをりそそぐ (3) をりをりそそぐ (4)
7号館で珈子さん(当ブログ訪問時のハンドル)こと木野照代氏(修文大学短期大学部生活文化学科講師)が主導しているクラブ「コーヒー倶楽部」の模擬店を見学しつつ、併せて隣のステージで珈琲工房ひぐち樋口精一氏の講演「魅惑のコーヒー」を聴く、樋口美枝子氏が振る舞うコーヒーも飲みながら…いずれの催事も小規模ながらも集客好く成功だろう。5号館の模擬店でカレーライスとスイーツを頂戴した後、門外の喫煙所で一服していると…メインステージから漏れ聴こえてきた「どぶろっく」のお笑いライブ、生♪ もしかしてだけど ♪ イイねぇ。最後に「コーヒー倶楽部」が淹れたコーヒー…学生が‘をりをりそそぐ’ドリップ、それを樋口夫妻が見つめる、オモシロイ光景…私の杯は湯切れで待たされた(笑)が、味は合格だナ。
をりをりそそぐ (6) をりをりそそぐ (5) をりをりそそぐ (7) をりをりそそぐ (8)
 
 
「をりをりそそぐ秋の雨 美味し木の實を出す店に 味さまざまに染めなして をりをりそそぐ秋の雨」…尋常にコーヒーを‘をりをりそそぐ’こと、気概を感じて楽しむこと、清福である。
 
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kisanjin

Author:kisanjin
鳥目散 帰山人
(とりめちる きさんじん)

無類の珈琲狂にて
名もカフェインより号す。
沈黙を破り
漫々と世を語らん。
ご笑読あれ。

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